誠太狙われてる?
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こんな私だが、ホラー映画や怪奇小説は大好きである。それは、物語の中で起こるからこそ、リアリティを感じることができるから。
信じている人は気を悪くしないで欲しいのだが、同じことが現実で起きているような話を、例えば会社の同僚やママ友からされたら、ちょっと引く。あれ、このひとヤバいんじゃね? ってね。あとぜんぜん関係ないけれど、趣味でエロい妄想小説書いてる人とも距離をとる。あれ、誰のことだ?
不思議な話なら気にならない。チラッと何かが見えた程度ならいいのだ。その人も半信半疑で、居たらどうしよう、こわーい、程度の人なら、まったく問題ないのだ。そうじゃなくて自信満々な人。
「昨夜幽霊が出たのよ」「そこに幽霊居るよ」と、まるでゴキブリ出現並みに平然と言われたり「あなたのご先祖様って、ヒゲとモミアゲの繋がったイケメンで、いつもあなたを見守ったり、見守って無かったりするねぇ」とか「オーラがピンクだから、前世は豚だよね」的な、いわゆる完璧に「見える」と言い切る人ね。
手相を見られて「旦那さんってジャミラに似てるでしょ?」と言われたって、例え当たっていたとしても、信じない。どこから情報が漏れているか分からないし。
もちろんそういう人はめったに居ないけれど、宗教の勧誘等で何度か迷惑を被ると、シビアに早急にその人間関係を終わらせることができるな、とも思う。
でも、もし子供が関わってきたら、話は別だ。信じていないことも信じ、縋れるものがあったら藁でもすがるだろう。子供の病気が治ると言われたら、百万円の壺だって買っちゃうのかも。
もし、子供に何かあったら……。
15
その日、やっと復帰したお兄ちゃんの学校から、電話がかかってきた。
うちの子、また何かやらかしたか?
かーちゃんアルアル。学校からの電話は、無言電話や変態電話、または変な金属音がするやつより怖い。
でも、担任からの連絡はちがった。
「息子さん、今日の朝、車にひかれかけたそうです」
「えぇええっ?」
きゅぅううっと心臓が縮まる。
「いえね、登校班の班長にも責任はあったと思うのですが、点滅してる青信号の横断歩道を渡ってしまったんです。で、それに続いた同じ班の子が通る時にはもう赤で……」
「けっけっ、けけけ、けつ、ケツ、け、ケガは!?」
「落ち着いてください、お母さん、轢かれかけただけで、轢かれてはいません。ケツも轢かれていません。ただ、普通は曲がってきてる車に気づいたら止まるでしょ? 誠太君、行くか止まるか迷ったみたいで、結果的に車の真ん前で行ったり来たりしちゃったみたいで」
優柔不断なやつめ。ああ、でもやりそう、あいつ。
「ただ、変なことを言うのでちょっとだけ叱りました」
「え?」
「後ろから押されたって言うんです。それからすぐ下がろうとしたのに、下がるのも、進むのも出来なくなったって。足を掴まれて動けなくなったって言うんです。判断に迷ってそうなったっていうのを認めようとしなくて」
家に帰ってきた息子を問い詰めると、先生に説明した通りのことを、私に言った。
「車来てるの分かってたから、早く行かなきゃって思ったんだ。後ろの班のやつが行けっって押したし……。でも、足が動かなくて、なんか足首握られてるみたいに。痛っ、ほ、ほんとだって。戻ろうと思ったんだけど出来なかったんだ」
誠太は必死に言い訳を口にする。なるほど、これじゃあ怒られるな。意味がわからない。国語力つけなきゃ。国語の問題で「箱の中には何が入ってましたか?」の質問に「箱」って書くようなやつだもんな。
「押されたって、後ろの子誰よ?」
「俺だった」
「は?」
「今日は、五年生、社会科見学があっていないから、四年生が副班なんだ」
「え? どういうこと?」
私が首をかしげると、誠太は泣き始めた。
「後ろに誰もいないのに、早く行けよって押されたんだ」
私は絶句した。うちの子は馬鹿でトロいけれど、頭の回転が鈍いせいか、嘘が上手くない。そして嘘を言っても無駄と分かったのか、嘘をつかなくなった。ましてや、こういうすぐバレる嘘はつかない。
なんとなく釈然としない、嫌な気持ちのまま、それから三日ほどたったある日、また電話がかかってきた。
「誠太君、階段から落ちました」
きゅうっと膵臓が縮まる。膵臓がどこにあるか分からないけど。
「けっけっけっけケツがぁああケガはぁあ!?」
「手すりに掴まってお尻を打ったぐらいですみました。ケツだけに」
先生、冗談を言える気分じゃないんです。
「ちょっとね、誰かに押されたって言っていて、でも誰だか特定できないんです。移動教室の時ですから、走り降りないように生徒たちには注意しているのですが。申し訳ありませんでした」
先生に謝られても……。私の気はそぞろだった。押されるという単語が気に入らなかった。