まーくん
10
私はプリプリ怒っていた。助手席には夫と同じサイズのゾンビが乗っている。自治会館にこれ以上子供会の荷物が置けないので、お化けグッズは全て持ち帰りだ。
いや、整理すれば外の倉庫に――ほとんど捨ててよさそうな物ばかりだし――置けそうだな、とは思ったけれど、それは来年の人にお願いしよう……。
まあ、お化け持ち帰りを怒っているわけではなく、バックシートの息子に対してである。
誠太はバカでかい墓石を抱えさせられながら、さらにガミガミ繰り返し怒られている。
「おまえさ、林間で本当に肝試しできるの?」
「……自信無くなってきた」
「かーちゃん、ずっとお前を待ってたんだぞ?」
「え、ママどこに居たのよ?」
がーん。そっか、お化けやってたことも秘密にしてたしな。あと、墓石やらゾンビやらも全部息子が学校に行っている間か、寝ている間に作ったので、見せるのは初めてだ。
今も、前が見えないほどの墓石や、助手席で間男のようにふんぞり返っているゾンビに、誠太はビクビクしている。
「罰としておまえの部屋にこれを置く」
「は? 何言ってるの?」
「オブジェだオブジェ」
「嫌だよー、やめてよー」
息子は半泣きだ。
「あとさ、誠太。おまえ花火で耳塞いでたろ?」
「だって打ち上げだよ? 噴射式の音だって怖いのに」
噴水花火のプシューって吹き出る音もアウトらしい。なんと不憫な。
「あと、なんだよあのネズミ花火ってやつ。綺麗でも無いし、どこくるかわからないし、何が楽しいのかまったく分からない。誰が考えたの?」
ねずみ花火開発者にマジ切れている誠太。
「今日は嫌なことづくしだったってこと? 誠太は楽しめたの?」
「肝試しは、みんながきゃーきゃー言ってるのを見るのは楽しかった」
ううう、そうか。ならよしとするか。
11
家に帰ると、午後八時近かった。まーくんが階段を危なっかしく降りてきて出迎えてくれる。玄関まで、テテテと走ってやってきた。
今日は一日、兄貴の行事で離れていたから、寂しかったのだろう。思い切り抱きしめてやる。この息子は三歳半になったが、なかなか言葉が出なくて、最近ようやくパパ、ママが言えるようになってきたくらいのレベルだ。
「りんご」は言えないけれど「り」「ん」「ご」と一文字ずつは言えるという不器用ぶり。
発育的には相当遅いのだろうけど、既に文字は読めるみたいだし、性格はむしろ誠太よりしっかりしているので、心配はしていない。
ところが、私とお兄ちゃんが玄関から中に入っても、しばらく玄関に立っていた。
「どうした? まーくん。行くよ」
「うーっうっうっ」
玄関ドアを指差している。まだ文章は言えないので、基本的に「あーあー」とか「うーうー」である。何を訴えているのか当てるのは、なかなか根気がいる。
最初は、お兄ちゃんが靴を揃えないで家にあがったから、それに怒っているのかと思った。この子は几帳面で、誠太がズボラ過ぎるのが気に入らないらしい。しょっちゅうお兄ちゃんとパパ――こいつもひどい――の靴を小さな手で揃えている。
でも、明らかに靴を指していない。すりガラスのはまった玄関扉だ。
「そうだね、もう真っ暗だね」
なんだろう、遅くまで俺を置いてどこ行ってやがった? と責めているのか? ハロウィンの行列だけは近所のママに付き添いを頼んで参加させてもらったから、お菓子でお腹は空いてないかと思ったけど。
仕方なくまーくんを抱き上げて二階のリビングに上がると、パパがTシャツにトランクス一枚で転がっている。
「腹減ったー」
ぶちっ。遊んで来たわけじゃねーんだが?
指でもしゃぶってろ、と言いたいのをグッとこらえる。今日は簡単冷凍餃子でも焼いて済ますか。
夫はむくりと起き上がり、くんくんと鼻を鳴らす。
「なんか、ママと誠太、焦げ臭くない?」
「花火もやってきたからね」
まーくんはママから降りて、階段の方を覗いている。まだ玄関を気にしているようだった。




