やつはいずこ?
9
「一応、がんばってたんだよ」
肝試しが終わり、和室を片付けている時、他のお母さんたちがこっそり教えてくれた。
誠太のやつ、階段を途中まで登っては降りるを繰り返していたそうな。何度もチャレンジしようと試みていたが、和室に入る直前に心がくだけて下の階に戻ってしまったらしい。五、六回繰り返したけれど、けっきょく参戦出来なかったそうだ。
ひとつめの和室にも入れてない。
つまりあの子は、私があの子のために作った全てをまったく見ることがなく、終わったのである。
脱力……。
このものすごい疲れは何だろう。這いずり回ったり、倒れこんだりしたせいで、足腰も手のひらも痛い。うちのぼっちゃまのためにがんばったのに。ゴリ押ししたと言うのに。
お札やお化けのある方の和室を、電気をつけて片付けながら、ほーとため息をついた。
他の役員と、子供たちは外で花火をしている。そうとう大きな打ち上げもあるようで、念のため自治会館近隣には「ご迷惑をおかけします」的なお手紙を配ってある。
でも、花火の音より、子供たちの大はしゃぎする声の方がでかい気がする。まあ、いいか、みんな楽しんでくれたみたいだし。
何人か、お迎えに来たお母さんたちが片付けを手伝ってくれた。例の二年生の勇者はすごいね、〇〇さんとこの〇〇くんね、という話をしていて、あっ、と思い出した。
「あいつ忘れてた!」
「あいつ?」
怪訝そうなお母さんたちに、隣の部屋の押入れを指差す。
「私まだ全員の顔覚えてなかったみたいで……ほら、腕にすっごい火傷メイクしてきてた子いたでしょう? 仮装行列で」
「いや、あなたのところのご子息が一番すごかったよ」
「役員だから自治会館の準備もあっただろうに、よくあれだけの目玉描けましたね」
「へへーすごいでしょ、じゃなくて!」
言いながらも、私は窓側の和室に入り、押入れを力いっぱい開けていた。
肝試し中に出てこなかったから、中で寝ちゃってるんじゃね? と思ったのだ。
押入れは、先ほどとは打って変わって簡単に開いた。中は思ったより余裕が無くて、こんなに何に使うの? というほど分厚い座布団が積み上げてある。
「あれぇ?」
他のお母さんたちが中を覗き込む。
「さっき一時中断したでしょ? だれの家の子だかちょっと分からないんだけど、入って出てこなくなっちゃった子がいたんですよ」
「ああ、あの時ね」
別のお母さんが言う。
「下で人数数えたら全員居るから、勝手に次のグループ行かせたんだよ」
「え?」
「あの時、今日の参加者は全員下に居ましたよ」
私は、無言になってしまった。
どうもその顔が怖かったみたいで「とりあえず、お面とシーツ取ってくれない?」って懇願されて、やっと私は素の自分に戻った。額が汗だくだ。
もう一度、不安げに聞く。
「リアルな火傷メイクの子、いたでしょ? その子、途中でいなくなったでしょ?」
私の真面目な顔に、ついにその場にいたお母さんたちが怒り出す。
「ねえ、やめてくださいよ、私そういう話嫌いなんだから」
「へ?」
「大人は怖がらせなくていいってば」
寒そうに体を抱く、お母さんたち。こちらは怖がらせようとしているわけではないので困惑してしまう。事実を確認してるんだけどなぁ。
でも、自分でも、さっきの腕を思い出して、急に背中がゾクゾクしてきた。あんなの、メイクで出来るの?
「でも誠太君のママ、引っ越してきたから知らないよね?」
一人のお母さんがポツリと口を開いた。ちょうど嫌そうに生首を回収して、紙袋にしまっていた人だ。
「なにがです?」
「ここの土地、買い手がつかなかったから、前の持ち主が自治会に譲渡したんだよ。だから以前の登記名義は、自治会構成員でも役員でも無くて、地主さんだったんだ」
ああ、そういえば、前の自治会館は別の場所にあったとは聞いた。老朽化で取り壊されて、今はふつうに民家が立っている。
「ここ、町内のうんと外れだなぁとは思ってたんだよね。でも駅まではそこそこ近いじゃん? 何で売れなかったの?」
うちはけっこう高かったぞ、土地。
一人がテキパキとお化けグッズを片付けていく。
「もうっ。私はさっさと花火手伝いに行くからね。そういう話するならもう行くからね」
「だから、さっきからさ、そういう話ってなによ?」
私は何が何やらで、パニック気味のお母さんを見つめる。
この町内、実は昔から住んでる人が多い。片付けを手伝ってくれてるお母さんたちは偶然、子供時代からここに住んでいて、結婚してから実家に戻ってきた人たちだ。書記をやってくれている役員の旦那さんなんて、同級生同士だったりする。
「火災があったんだよ、ここ」
「え? 知らないよ」
「私たちがまだ子供だった頃だから。坪単価をうんと下げたけど売れなくて。気味悪い、とか言うよりも、火災跡地に住んでるなんて、いじめの原因にでもなったら嫌だしね」
聞きたくないなぁ。いや、聞きたいけど、ガチこの場所の話ってのは……。
「も、もしや。死人が出た?」
「うん、一家全員。子供も居たよ。私は学年ちがったけど、パパの同級生だったみたい。小学生四年生の男の子と、三歳くらいの女の子」
ひゅーっ。皆、無言になってしまった。
お父さんたち、サポートに来ない理由がなんとなく……。いやさ、先に言ってくれたら、肝試しなんて提案しなかったかも? だってほら、脅かす方がねぇ、暗闇に何時間も……一番怖いんだから。




