押し入れから出てこない
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「シャーッ、カーッ、ガアッゲッガッガッゴッ」
一人でお化け役の背後に回るくらいの勇者が、我が子供会にはもうひとり居たわけ。だから思い切り怖がらせないとね。
盛大に脅すようなうめき声をあげつつ、這い回って部屋奥まで戻るが――あれ?
暗闇にいくら目を凝らしても、一度外の明るさに慣れてしまったせいか、なかなか見つけられない。
ていうか、居なくない?
(ほほう、やんちゃなヤツめ)
私が座っていた場所のすぐ後ろには、半間サイズの押入れがある。ここに隠れて、逆にお化け役の私を脅かそうって魂胆だろう。
「グガァアアアアアッ」
私はいきなり開き戸タイプの収納をパカッと開いた。そこまで古くないみたいだけど、湿気のせいか立て付けが悪くなっていて、けっこう力がいった。
でもそこには、溢れそうなほど荷物が収納してある。二段とも。例え子供でも入るスペースは無い。
事前に、奥の部屋の押入れは神輿のハッピやその他もろもろ――おそらく毎年の自治会役員が「来年の人にやってもらおうぜ」と、整理を先延ばしにしてきた――不要そうな物がびっちり入っている。
(あるぇえ?)
隣の部屋の襖が開いた。
「うおっ」
脅かし役の中坊、天パーの杉浦くんが、ぶつかって来たテケテケ人形にビクッとなりながら、それでも私に――私の顔を見た時もビクッとなった――手招きする。
「どうじだ天パ……杉浦ぐん」
変な重低音出しすぎたせいで、声ガラッガラッなのでますます怖がらせてしまった。
「いや、なんか、俺がいる押入れに入ってきたヤツが居て」
あのガキ、そっちに行ったんか!
私は急いで部屋の外の役員さんに声をかけた。
「うおっ」
誘導役の役員さんも、私が急ににゅうっと顔を出したからびびったようだ。
「どうしました?」
「何年生だろ。さっきの男の子のグループの一人が、悪ふざけして押入れ入っちゃったんです」
誘導役の役員さんは、頷いて階下に行く。
「ちょっと、スタートしないで。いったんストップ!」
下で声がする。私は部屋に戻ると、困って押入れをガタガタ言わせている天パーとちょいデブを押しのける。
「ダメだよ、ぼくー。そこは脅かし役の人だけ入るの」
襖を引くが、ビクともしない。
「なんかちょー必死で抑えてる」
「開かないんすよ」
中一とは言え、この二人けっこうデカい。力は相当あるだろう。二人がかりで開かないって……そもそも立て付けが悪いんだよ。この自治会館。
「いや、さっきまでは開け閉め普通に出来ました」
そっか、そこから飛び出して脅かしてたんだものね。レールから外れたのかな。それかあのガキ、つっかえ棒か何かで抑えてるのかな。
「コラー。他の子が出来ないから、早く出てきな」
押入れの中はシーンとしている。中坊が怖がらせようと足で蹴ったり襖を揺らしたりしていたので、壊れるからやめなさい、と注意しながら、もう一度呼びかける。
「おばちゃん、怒るぞ」
またしても沈黙。なんとなく殺した息遣いの気配は感じる。出るに出られなくなってんのかな? 怒らないから出てきなさい、の方が良かった?
「うーん、ちょっと部屋の電気つけようか」
昔ながらの紐を引っ張って付ける、四角い和照明をパチンと付けた。
「このあと花火やるから、時間押してるんだ。そっち持って」
三人がかりで、ギギギッ渾身の力で引き戸を開けた。太田くんのおかげか、ほんの少し――十センチくらい――襖が動いた。
隙間から、開けさせまいと、反対側を必死に抑えている子供の手が見えた。おお、すごい力だなこの子。
そして、私は一瞬ぎょっとなる。
(最近の仮装すげぇええ)
正直悔しかった。
だってそこからわずかに見えた腕には、実に見事な傷メイクがしてあったから。うちの子の妖怪百目小僧がただの子供の落書きに見えるほど、立派なケロイド状のハロウィンメイクが施されていた。
ケロイドどころじゃなく、少し襖から出た指なんて、ところどころ真っ黒に炭化していて、それが剥がれてピンク色に見えているところとか、何の資料見ながら描いたんだろう、と感心してしまった。
私は眼球を紙粘土で作るのに、ググってものすごいグロい、本物の眼球の画像を参考にしたけれど、ここまでリアルには作れなかったもの……。
そう言えば、最近はド〇キに色んなハロウィンメイクグッズが売っている。簡単なやつだと、シールを貼るだけの物とかね。
でも、この子はたぶん親がめっちゃがんばって施した、お手製のやつだろう。
ちっきしょー。私は思わずまじまじと見てしまった。来年はこれより上手にペイントしてやろう。血のりをもっとふんだんに使って、肉が剥がれたようなやつ。縫い目も付けて、全身に描いてやろう。全裸で歩かせれば、いくら誠太でもすげーすげーと人気者――
(捕まるわ)
一人ツッコミをした時、パンッと襖がまた閉じられた。あっぶね。手を挟むところだった。
外から声が聞こえた。
「電気消して~、時間無いから、次のグループ入れマース」
苛立ったような誘導役の役員の声。
「しょうがない、杉浦くんも、太田くんと一緒にブリッジでタカタカやって」
「いや、だからそれ出来ないっす」
慌てて皆、元のポジションにつく。押入れの子も、脅かしたいなら飛び出してくるだろう。
そうして、すべての子供たちを泣かすほど怖がらせたあと、こちらが泣きたくなった。
(息子が来ねぇええええっ)




