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誰も来ないのが一番怖いYOね


 しばらく階下は大騒ぎ。歓談しながら食べている気配がする。その間の待ち時間はけっこう辛かった。真っ暗な中、三人とも沈黙だものね。


 でもやっと、下の騒ぎが収まってきた。やがて、


「二名一組で行ってください。御札を拾ってこられた子には、景品があるよ」


 会長のルールを説明する大声が、上に聞こえてきた。さて、いよいよだ。


 一番バッターは誰でしょう。うちのお兄ちゃんは、何番目かな?

 

 しかし、ここからさらに、ごっつい時間がかかったのだ。


 しょせん小学生。


 真っ先に行くのも嫌だし、組む相手でも揉めているようだ。


 後で聞いた話によると「五人、いや、いっそ全員で行ったらダメですか?」とか「やっぱり止めます」という子が続出していたそうな。


 待っている間に、第一談話室で待機している中学生が、先に参ってきたようだ。なにせ、窓のある和室とは言え、もう外は真っ暗だし、ガラス窓には有名なホラー映画『呪恨』の和夫くんの写真を拡大プリントアウトして貼ってある。


 そう、あの、裸にTバッグ一枚で走り回る、真っ白な子供のヘンタ――幽霊ね。


 その子供の幽霊「和夫くん」が、外から覗き込んでいるように見える仕様なのだ。


 襖を隔てた奥の和室には、貞子風の私がお経の流れるラジカセの隣に座している。完全幽霊モードで黙していた私には、おそらく怖くて話しかけられなかったのだろう。


 真っ暗な押入れの中で待機している杉浦くんも、地味に辛そうだ。お経の音が嫌だったようで、そのうちスマホで音楽を鳴らし始める始末。


 流石にドアの外で待機していた別の役員さんが覗き込み、


「ちょっと! ちょいデ――太田くん! 雰囲気ぶちこわしだから止めてよ!」


 と注意している。


 私は、「ガラスのお面」西島マヤのごとく、心はお化けになりきってはいたのだけれど、上半身人形「テケテケちゃん」のビニール紐をずっと持ったままなので、腕がプルプルしてきている。


(やべー、これ失敗なんじゃね?)


 小学生のチキンさを分かっていなかった。誰も入ってこないまま終わるのかもしれない。これだけがんばって作ったのに、そりゃないよ、セニョール。せめて、息子よ、誠太よ、お前だけは来い。あれだけ豪語してたじゃん? 俺、肝試しは平気だって。


 あ、腕がつった! 思わず紐を離してしまい、ふすまに人形がバーンッとぶち当たる。隣の部屋で「おわっ」という声が聞こえた。ごめん、中坊。


 この後花火もあるし、あまり遅くまでやれない。本気で焦ってきた。誰も来ないの!?


 さんざん心配させた後、やっとのことで、私のいる方の和室の扉がちょっとだけ開いて、待機していた役員さんがコソッと言う。


「低学年女子入りますよ。怖くないやつお願いします」


 おおっ、良かった! いよいよか。え? いきなり低学年女子!?


 階段を昇ってくる足音。女の子達のか細い声。談話室入り口近くに来て分かったけど、すでに泣いてるようだ。


「やっぱり止めるっ、行かない!」

「大丈夫だって、モエちゃん。四人だから怖くないって」


 四人かぁ。たしかに大人数だとあんまり怖くないけどねぇ。ちゃんとしたお化け、実質私一人だし。


 ちょっと不満な私をよそに、女の子たちはそっと第一談話室の引き戸を開ける。


「わっ!」

「きゃぁあああっ」


 おい、中学生。大声出してびっくりさせるのはやめーや。ぜったいうちの息子来られないじゃん。


 女の子たちはこちらの部屋に入ってくることなく、それだけで撃沈。お札取れーず。


 次に、中学年の男子が来たが、やはり入口のある第一の和室で逃げて行った。おい、私の孤独をどうしてくれる? え? マジで誰もこの苦労して作ったお化け部屋に来ないの?


「次、上級生男子です。怖くしていいそうです」


 お、さすが上級生。さすが男の子。


 しかしすぐにがっかりする。団体で来たよ、こいつら。五、六年生全員一緒かよ! 大騒ぎするんじゃない。中学生と遊ぶんじゃないっ。


 なんとか第二の和室へ続く襖を開けられたのはいいが、仕掛けの人形を放ったら、最初は「ぎゃっ」って驚いたくせに「へ、へんっ、なんだよこんなのちっとも怖かないや」とボコボコ殴りだしたし……。


 おいー、まだこれから使うんだよ、小僧ども。壊すんじゃないっ。それに、脅かし役の中学生に普通に話しかけたり、指定の懐中電灯じゃないめっちゃ明るいエルイーディーパワフル災害用懐中電灯使うんじゃないっ!


 サーチライトみたいにこっちを照らされたら、シーツ被ったただのオバハンだって――誠太のママだって――ばれるじゃろうがっ。



 ……でも、私は今お化けなの、星影先生。マーヤは舞台から降りない限りお化けなのよ。


 私はいきなり、四つん這いで小学生たちに向かって突進した。


「っぅきゃぁぁぁぁあああ」

「ぎゃぁあああっ」

「ぎたぁあああああああ」


 散り散りになって逃げる子供たち。生首掴んでぶつけられたけど、完全に成りきっている私は痛くないのだ。


 ガッガッガッと蜘蛛みたいな恰好で和室を追い掛け回し、白いシーツで作った長い衣装の裾を踏んで、顔面から畳に突っ込むまで止まらなかった。


 うーいてー。腰も痛ぇぇええ。


 気付くと脅かし役の中坊まで外に逃亡していた。お前ら戻るぇええええ。






「つ、次、二年生男子一人」


 しばらく階段下で上級生男子の「コエェェー」「なんか呻いてた」「マジやべぇ」と、もめている声がしたと思ったら、また、違う子がチャレンジしに来た。


 今度はシルエットから、どう見ても一人。え? 聞き間違え? 二年生つった?


 後から聞いたのだが、どうしても、一人でお札を取りに来たかったという。


 入ってきた子は、中坊どもの「わっ」攻撃にもめげず、一人で襖を開け、テケテケ人形がぶち当たっても「ひっ」と言っただけで普通に入ってきた。すごいな。勇者だな。


「え、どこお札、どこ、真っ暗で見えない」


 とブツブツ一人ごとを言っている。私が座っている所には、小さなランプが置いてあるのでうすぼんやり見えていると思うのだけど――おそらくそれがよけい怖いはず――それでも気丈に畳の上を探している。


 実は私ったらね、さっきの上級生たちの悲鳴でゾクゾクーッって来ちゃって、味をすっかりしめてしまったのだ。


 ゆっくり二年生の坊やに近づいていく。ズズッ……ズズッ……。喉の奥からカーッ……カーッ……シャーッと奇妙な音を出しながら、畳の上をのたうちまわってみる。


「あっ……怖い」


 震えた小さいつぶやき。もう完全にブルッているのに、それでも逃げない。でもお札は見つからない。息遣いを殺しながら探すその姿は健気! 萌え~っ!


 しかし、焦るとよけい御札は見つからない。そこでその子は、なんと、この成り切っている私に質問してきた。


「お、お、お札、どこですか?」


 ずっきゅーん。かわゆーす!!! かわいすぎる。精一杯怖いの我慢して、震える声で一生懸命聞いてくるなんて。


「お札の場所、おお、教え――」

「カーッ、シャーッ」

「ひぃ怖いっ……お札が、ほ、欲しいんです」

「シャァッァア」

「おね、おね、お願いで……」


 泣きだしそうだ! 漏らすかも……。なんだか可哀想になってきた。あと、自分が嫌になってきた。


 私は指でダンボール墓石の上の、火のいらない電池式のお線香――百均でこんなものも買えるのよね――の後ろを指さす。そこにもお札、あるはずよ。


「ああ、あ、ありがとうございます」


 ちゃんとお礼を言って、お札を持って出て行った。


 勇者っつーか天使だ! 天使降臨だ!


 階下で拍手。みんなが褒めちぎってる声が聞こえる。きっと景品ももらえたのだろう。


 おいおい、他の男子。二年生に先越されてどうすんだ。


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