一人文化祭
3
「生首ください」
美容師さんのハサミが止まる。
「え?」
「あの、練習用の生首、捨てるやつください」
髪を切ってもらいながら、かくかくしかじか理由を話した。
「へー、肝試しの飾りですかぁ。使用済みの――髪が短いやつなら差し上げますよ。何個要りますか?」
美容師さんは快く譲ってくれた。ただし、燃えるゴミでは出さないように、とくれぐれも注意された。そうね、猟奇的だものね。
生首ゲットだぜい!
意気揚々とそれを何個も紙袋に入れて、美容室から出た。その足で、百均の紙粘土とアクリル絵の具を買い込む。途中で紙袋から生首が転がりでたら、お店、大騒ぎだったかもな。
それから、空気清浄機の入っていたダンボール箱を、まだ捨てていなかったことを思い出しにんまりする。細い立方体で、異様に墓石に似ている形のダンボールだ。下に普通のダンボール箱を置けば、なんと言うことでしょう。シルエットは完全に日本の墓石。
グレーの絵の具で塗り塗りし、同居している姑に、墓石の文字を頼む。彼女は習字が上手いのだ。「先祖代々の墓」とお義母様の達筆でぜひ書いてください、そうお願いした時の彼女のなんとも言えない表情は一生忘れられない。こんな嫁でごめんなさい。卒塔婆の梵字は自分でググって書きますから。
それから協力者をもう一人。三歳児のまーくんの手に絵の具を塗り塗りし、自作のお墓にペタペタ付けてもらう。完璧じゃん。子供の血の手形。超こえー。まーくんは綺麗好きなので、アライグマのように必死に手を洗っていた。ごめんよ。
生首は、ところどころ紙粘土で肉付けしながら、目玉が飛び出したり、ざっくざくに斬られた傷から血を流したりしているやつをいくつか作成。
あとはパパのナイロンのスウェットスーツに、新聞紙を丸めて詰め込んだゴミ袋で作った人型を押し込め、顔にお化けのお面を被せる。これは去年の仮装用に買った市販のやつ。同じように、まー君の赤ちゃんの頃の服を着せた、布製の目玉がポロリした人形も完成。ポロリもあるよ! だね。
上だけのレインコートも一個使って、「テケテケ型」下半身がちぎれた人形を作った。これは軽いから、子供にぶつけても危なくない。
夜中遅く帰って来た夫は、真夜中に墓石を作っている妻を見てどう思ったのだろう。無言でじっと見ていたけれど、シュールな光景だったろうな。
パパは大の宗教嫌いで、お寺からお堂修繕工事の寄付を求められてキレていた人だ。常々「お墓なんて要らない、あんな高いもの買わせようとしやがって」と文句を言っていたので、パパの墓はこれにしてやろう。
あと、下の息子は生首を見て、
「にーにー? にーにー?」
と不安げにしていたけれど、これ、おまえの兄貴じゃないからな。髪型は確かにツンツンしていて散髪したての誠太に似ているだろうけど。ほら、魔太郎に似てないだろう? ちょっと眼鏡をかけさせてみる。
ぎゃっ、誠太!?
まあ、文字通り寝食を忘れ、まるで一人文化祭のようにキャッキャしながらせっせと準備をした。うん、忙しいけど、楽しかった。いいじゃん肝試し、大好きかも。
……この時は、あんな怖い目に遭うと思わなかったんだ。
4
「それでね、子供が襖を開けたら、私がビニール紐を放しますので、そしたらこの上半身人形がバーンと子供に向かって迫るわけです」
自治会館の二階で、私はドヤ顔で説明する。自治会館は割と立派な二階建てだ。一階は大ホールと倉庫と給湯室、そしてトイレが男性用と女性用、二階はやはり給湯室と、談話室という名の和室が二部屋あり、襖で仕切られた続き部屋になっている。
普段は老人会や囲碁同好会で使ったりするそうだ。ちなみに、どちらからも廊下に出ることができるので、入り口と出口にするつもり。
でも、窓は片方の部屋の一面にしか無くて、昼間でも薄暗い。奥の和室なんて、晴れた日でも照明をつけたほうがいいくらい。
子供たちは、新入生歓迎会やクリスマス会等の集まりがある日でも、そこには入らない。一階の大ホール以外は入らないでね、との注意の必要も無く、けして行かない。薄暗い和室は、子供たちが普段から「怖い」と思っている場所なのだそうだ。
ただ薄暗い和室ってだけで、もう入るのが怖い。これって、準備なんてほとんど要らないってことなのよね。
でも、精一杯やるけどな!
USBにダウンロードしたお経を流す。暗闇の中、血のりのついた貞子風の衣装――不要なシーツで作った――を着て、髪の毛で顔を覆った私が這って出て行く、という寸法だ。
安心してください、息子よ。大きい音で脅かさないよ。ただたまぁに、お経の音量をぐわーっと上げるかもしれないけれどね。
プリントアウトした赤い御札を畳の上や、手作りのお墓、生首、等身大ゾンビの身体の上にばらまく。小さな懐中電灯の明かりでそれを見つけ、拾って部屋の外に出る、というミッション。
余った紙粘土で作った目玉や、切断された指も落ちているからね。
事前に脅かし役のお父さんを募集したけれど、一人も来てくれなかった……。サポート役の去年卒業した中学生二人のみ。
でも私の被っている、お手製の真っ白なお面が怖すぎたみたいで、二人とも目をそらしている。服には血糊がついているし、髪の毛ダッラーだし、誰のお母さんだか分からないよね。
そろそろ、仮装して町内を回ってきた子供たちが戻ってくる時間だ。お菓子をたくさん抱えて。急がねば。
宴会場となる一階ホールの飾りつけ――本来ハロウィンである――は他の役員さんがやってくれているので、あとは二階だけ。二つある和室の、子供たちが最初に入る部屋――窓のある方――に中学生二人を配置した。天パーの杉浦くんと、ちょいデブの太田くん。しばらく見ない間にでかくなったな。声変わりしてるし。頼りにしてるぞ、がんばれ。
彼ら、最初は部活から帰って間に合えば肝試しに参加する予定だったようだが、直前に脅かし役をやりたいと言ってきた。
なので、二人とも中学のジャージのまま。お化けグッズの斧やらお面やらは、ハリボテのお化けにガムテープでくっつけてしまったし、どうしたものか。
天パーが、ジャージを半分脱いで頭からかぶり、
「俺、これで脅かしますよ」
と大真面目に言う。……ジャミラか。そして素敵な天パーが隠れちゃうから却下だぞ。
「あんまり怖くないね。天パ……杉浦くんは押入れから出てきて脅かせば? ちょいデ……太田くんはブリッジでタカタカ歩いてくるってのはどう?」
「え、ブリッジで? で、出来るかな?」
「なるべく素早く動いて」
「え、いや、俺身体かたくって無理かも」
私は一瞬黙って彼を見た。他に何かあるかな? と考えていただけなのだが、なんか泣きそうな顔をしている彼を見る限り、私の顔がちょっと怖かったようだ。
いや、我ながらこの百均のペイント用のお面、うまく出来たと思うんだよね。目の周りだけ黒く塗って、口が裂けてるやつ。怖いでしょ? ふふ。
いや、こいつら怖がらしてどうする。あくまでも子供会は小学生対象。中坊どもはおまけなのだ。
「よし、じゃー、隅っこから横になってゴロゴロ転がって来い。あとは適当にやって」
私は少し焦っていた。階下が騒がしくなってきたからだ。窓の外を見ると、秋の日は踵落とし、いや、釣瓶落とし、いい具合に薄暗くなっている。自治会館は、直前まで防災炊き出し訓練に使われていたので、階下の大ホールも和室同様、準備でバタバタだっただろう。引率も兼任だし。
自治会館に集合した子供たちは、思い思いの仮装をしていることだろう。毎年、魔女や吸血鬼の可愛い団体が町内を回るから、今年もそうだと思う。見れないけど。
うちの息子にも慌ただしい中、私が元美術部の腕によりをかけて、ペイントしてやった。
敢えて、ハロウィンという洋物に挑むように、思い切り和物。百目小僧。和対洋と言うより、和洋折衷。頭には西洋の剣が突き刺さっているからね。
けっこうリアルに描いたつもりだ。最初は時間の関係で天津飯のように、おでこに描くだけにしようと思った。
でも、天津飯ってお化けじゃねーし。あれ、なんだっけ、宇宙人だっけ?
ちっともじっとしていない息子を叱りながら、あえて季節外れの七分袖と短パンをはかせ、とりあえず見えるところだけびっしりとリアルな目を描いてやったわ。
たぶん相当、気持ち悪がられていることだろう。でも普段からクラスの女子に、キモい、と言われている誠太のことだ。堪えないだろう。
階下のホールは、ビニール袋で作った手作りのジャックオランタンがたくさん飾られている。コウモリやゴーストのイラストを窓ガラスに貼って、お金はかかっていないけれど、それなりに可愛らしいハロウィンの雰囲気が出ているはず。
本当はお菓子食べながら百物語し、ウォーミングアップがてらスクエアゲームをさせてから肝試し開始にしたかったのだけど――他のママたちからストップがかかった。
「趣旨がおかしいから。メインはハロウィンだから。あと相手は小学生ね、やりすぎ」
ちぇーっ。