ひでぇかーちゃん
17
「ふうん、それで、廊下を砂糖だらけにしたわけ」
夜中にパパに正座させられて、怒られている私。まあ、正確には塩を撒いたつもりだったんだけれどね。
「バカバカしい」
ですよね。私も今となっては夢だったのではないかと……。うん、おそらく寝ぼけたのだろう。明日綺麗に掃除しておきます。ジャミラこえ~っ。
あの、もう……寝ていいですか?
まーくんは腕の中で眠っている。
「強く引っ張りすぎだよ」
痣になったまーくんの手首を見て、また怒られる。すみません。
ふと、夫の目が反対の腕に注がれる。
「あれ、なんか汚れてね?」
私もそっちに目をやる。左手首に黒い、煤のようなものがまとわりついていた。私は自分のパジャマの裾でそれを必死に拭った。
それを見て、確信してしまう。うん、あれは夢じゃなかったって。
18
旦那が、火災のあった家の子と同級生だったという、役員書記のお母さんに偶然スーパーで会った。
「次はクリスマス会ですねぇ。どうしますか? サンタやりますか?」
なんて気軽に話していた時、彼女の後ろから旦那さんと、小学生の子供がやってきた。私は慌ててペコッと頭を下げ、ご挨拶する。
「またやって! クリスマス会で肝試しやって!」
と、小学生の男の子がはしゃぐ。そっか、楽しかったか。でもさすがにもう和室で待機とか、寒々しい。あそこエアコン付いてないし。そして寒いと、打ち身とかも痛いよね。寒いと、心も寒いからね。
「もうやらないほうがいいよ」
後ろでお父さんがボソッと言う。私が目をやると、対照的にお父さんが目をそらす。
「カイト、なんか焦げ臭くなって帰って来たし、花火とかさ、近所迷惑だし」
「花火じゃなくて肝試しやりたいんだよ」
カイト君が食い下がる。
「いやあ、でも次やっても、仕事があると手伝え無いから」
お父さんの歯切れの悪い言葉。私は、思い切って聞いてみた。
「お父さん、自治会館にあった家の子と、同級生だったんですか?」
一瞬竦み上がったように固まる旦那さん。
「……はい。まあ、そんなに仲は良く無かったんだけれど」
「四年生の時、亡くなったんですよね?」
「うん。なんか、暗い子で、ちょっとほら、なんだっけ、コノ恨み晴らさでおくべきかーの」
「魔太郎?」
「そうそう、あれに似てたな。黒魔術とかやってそうだった。儀式で燃えたのかと思ったくらい」
ひでーな、オイ。
「いやいや、いじめられてはいなかったよ。下の子も、いい子だったし。切りそろえた昔風のおかっぱで。ボブっていうより、本当におかっぱーって感じの直毛のおかっぱでさ――大人しい子だった」
「おかっぱ……。ちなみに、名前って?」
旦那さんも奥さんも、きょとんとした顔をした。なんでそんなこと聞くのかな、っていう顔だ。
「たちばな しのぶ ってヤツだけど」
「しのぶ。男で?」
「そう。妹は優香だったかな」
優香……。ゆうちゃん。ぞぞーっ。しのぶ。忍。忍者。ニンニン。
いや、確認は止めておこう。あだ名は聞かないぞ。だってちびっちゃうもの。
安心してくださいお父さん。もうやりません。
あれから息子には、塩を入れた袋を持たせている。お仏壇に置いておいた盛り塩。パパは嫌な顔をしたけれど、家のあちこちに置いている。気づけば私、すっかり私が嫌いなやばい人になっているじゃないの。
でも、気休めでもいい。じっさいちょっと効果はあったようで、まーくんは廊下を指差ささなくなったし、誠太は押されて転ぶことも無くなった。そして家の臭いは、気にならなくなっただけかもしれないけれど、感じなくなった。
ただ、どうやらまた間違えていたみたい。
五月に入って、泣きながら誠太がママのところにやってきた。
「ひでえかーちゃん、校庭で遊んでたら、いつの間にかランドセルに蟻が集ってたよ」
大丈夫。大事なのは、塩か砂糖かではない。親の気迫みたいだからね。ところで誠太、ママからかーちゃんになったんだなぁ。
と、ちょっと寂しく感じる今日この頃であった。
完
ご愛読ありがとうございました。
火災や子供等、怪談にありがちなんですが、ほぼ知り合いから聞いた実話ミックスっす。
作者の体験も含め、色々混ぜてエッセイっぽく創作してみました。エッセイではございませぬ! ほんとだもん。夫はジャミラになんて似てないんだからぁああ(逃)
地味ですが今ボボに書ける精一杯のホラーです。うん……地味だなーおい。