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新たな運命の渦

京介の登場により、法廷の空気は一変していた。その場にいる誰もが、彼の圧倒的な存在感に息を呑む。恵一の目にも、彼がまるで光そのもののように映っていた。自らが絶望の淵にいるとき、この青年が現れたことは、奇跡としか言いようがなかった。


京介はゆっくりと証言台へ歩み寄り、その足音一つ一つが法廷全体に響き渡るように感じられた。その後ろには帝国大審院の公式書状を携えた溝呂木の姿が控えており、彼の存在がさらに威厳を引き立てていた。


「裁判長閣下、このような場でお時間を頂戴できますことに、深く感謝申し上げます」


京介の声は静かで落ち着いていたが、その響きには揺るぎない自信が滲んでいた。その一言が放たれると、法廷内は息を呑むような沈黙に包まれた。さっきまで活気づいていたざわめきは跡形もなく消え去り、代わりに場を支配したのは、重くのしかかるような静寂だった。裁判長は微かに眉をひそめ、冷静さを保とうとしながらも、その場の異様な緊張感に押されるように慎重に言葉を選び始めた。


「桝岡殿、これは特別裁判です。関係者以外の立ち入りは認められておりません」


京介は軽く一礼しながらも、毅然とした態度を崩さない。


「失礼ながら、桂澤恵一氏の件に関しては、大審院が特別介入を正式に承認した案件でございます。こちらの書状をご覧いただければ、その正当性をご理解いただけるものと存じます」


溝呂木が一歩前に出て、銀糸で縁取られた黒い封筒を裁判長に手渡した。裁判長がその封を開き、中身に目を通すと、顔色が一瞬で変わった。そこには、桂澤恵一をただちに大審院の保護下に置くよう命じる直筆の文書が記されていた。


「……確かに、これは大審院の直命。しかし、ここで審理を止めるわけには――」


裁判長が言葉を続けようとした瞬間、京介はその声を遮るように再び口を開いた。


「裁判長閣下、無罪の可能性が極めて高い人物を、この場でさらに苦しめることは、帝国の名誉を著しく損なう行為であるとは思われませんか?」


その問いに、裁判長は一瞬返答に詰まった。検察官がその隙をつくように前に出た。


「しかし、被告人が使用した魔導障壁の痕跡は、明らかに国家の規定に反しています。このまま無罪放免にすることは、規律を乱す結果になりかねません」


京介は冷静に検察官を見据えた。その瞳には微かな怒りが宿っていた。


「検察官殿、その魔導障壁の痕跡が、具体的にどのような危害を及ぼしたか、また、それが果たして桂澤氏の意図によるものであったのか、確たる証拠をお示しいただけますでしょうか?」


検察官は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに反論を試みた。


「痕跡そのものが証拠です。未登録魔導の使用は明らかに違法であり――」


「それは形式的な話に過ぎません」


京介の声が検察官の言葉を断ち切った。続けざまに、京介は理路整然とした口調で言葉を紡いだ。


「先ほどの冒頭陳述を拝聴いたしましたが、提出された証拠資料には、桂澤氏が意図的に危害を加えたと示すものが一切含まれておりません。むしろ、彼の行動がなければ、青森県全域が壊滅の危機に瀕していたことは、帝国全体にとって看過できない重大な事実でございます」


その言葉に法廷内の誰もが息を呑んだ。検察官も裁判長も、完全に反論の糸口を見失っている。


「桂澤恵一氏は、明らかに国家の英雄であります。その彼を犯罪者として裁くことが、いかに矛盾に満ちた行為であるかを、ぜひご一考いただきたく存じます」


京介の言葉には、揺るぎない確信が込められていた。その場にいた全員が、彼の論理に圧倒され、口を挟むことができなかった。


「この上さらに審理を続行することは、もはや無意味であると言わざるを得ません」


京介は裁判長に向けて深々と一礼をした。


「つきましては、大審院の命を遵守し、桂澤恵一氏をただちに桝岡本家の保護下に置くことを、ここに提案させていただきます」


裁判長は再び書状に目を落とし、重々しい口調で言葉を発した。


「……本件は、これ以上の審理を行わず、大審院の指示に従うこととする」


その宣言が響き渡ると同時に、傍聴席から抑えきれないざわめきが広がった。驚きと安堵が入り混じった空気の中で、恵一は全身の力が抜けるのを感じた。それでも彼の目は京介の背中を見つめ続け、その堂々とした姿に深い感謝を抱いた。


「桂澤恵一さん、これより君は私の保護下に入ります」


京介が微笑みながら恵一に手を差し伸べる。その手に救われた瞬間、恵一は自らが新たな運命の渦に巻き込まれることを直感した。そしてその運命が、帝国全体を揺るがす波紋を広げていくことを、誰も予想していなかった。

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