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力と技の衝突

夏の陽光が容赦なく降り注ぐ白金魔導学園の闘技場。灼熱の光が石畳を焼き、蜃気楼のような揺らぎが遠くに見える。空気は乾ききり、風すら生ぬるい。しかし、その場に集った誰もが暑さを意識する余裕など持ち合わせていなかった。

それほどまでに、この試合が持つ意味は大きかった。


「皆さん、お待たせしました!」

高らかに響く声が、観客の熱気をさらに煽る。実況席に立つのは、天羽(あまは)來優(こう)


試合の実況を務める彼女の声は、いつも通りの快活さを保ちながらも、どこか興奮を抑えきれない響きを帯びていた。

「これより、二年A組・輿水輿水選手と、交換留学生・エレオノーレ・ルイーゼ・フォン・テウトニア選手による模擬試合を開始します!」


観客席がどよめく。

闘技場を埋め尽くした生徒たちは、固唾を呑んで中央に立つ二人を見つめていた。模擬試合とは名ばかりの、異例の一戦。それは、単なる実力のぶつかり合いではない。ここに集った誰もが、それを理解していた。

「我が国最大の同盟国テウトニア第四帝国の皇女にして、類稀なる雷撃魔導の使い手、エレオノーレ・ルイーゼ・フォン・テウトニア選手!」

天羽の声に応じるように、陽光の下で彼女は静かに佇んでいた。


白金の鳥のエンブレムが胸元で輝くトラックスーツが、微かに揺れる。陽光を受けた金髪が淡く光を帯び、ノーラの碧眼には揺るぎなき自信と冷徹な計算が潜んでいた。

「そして——白金魔導学園二年A組エースの一人にして、精緻なる剣技を誇る輿水輿水選手!」

秋菜は静かに立っていた。その姿には一片の乱れもなく、同じく白金の鳥のエンブレムが施されたトラックスーツが、微かな風を受けて揺れる。穏やかな表情は試合前の張り詰めた空気の中でも変わらず、まるで静水のごとく落ち着いていた。しかし、その指先はわずかに動き、秘めたる炎がその奥底で揺らめいていることを示していた。

二人は向かい合う。

闘技場を満たしていた緊張が、一瞬だけ和らぐ。互いに交わす礼の動作は形式的なものではなく、戦士としての敬意と覚悟を示す儀式だった。しかし、それも束の間、張り詰めた空気はすぐさま研ぎ澄まされた刃のように戻る。


鐘の音が響いた瞬間、闘技場に沈黙が訪れた。灼熱の陽光を浴びた石畳がわずかに揺らぎ、大気が震える。熱気に包まれた空間が、一瞬だけ張り詰めた静寂に支配される。


次の刹那、圧縮された魔力が解放された。空間に軋むような波紋が走り、雷光が奔る。

雷鎖閃ドンナーケッテン——!」

ノーラの声が響くや否や、黄金の鎖が空を裂いた。絡み合う雷撃が大気を震わせ、猛る獣のように獲物を捉えんと襲いかかる。


秋菜は瞬時に後退する。直後、先ほどまで立っていた場所を雷撃が貫いた。石畳が焼け焦げ、崩れた瓦礫が熱を帯びて散る。


「な、なんという初撃! ノーラ選手の攻撃が、開始直後から輿水選手を襲う!!」

天羽の実況が興奮に震えた声で響き渡る。


秋菜は足元の崩れた石畳を視界の端に捉えながら、冷静に距離を取る。

しかし、ノーラはすでに次の一手を繰り出していた。攻撃の間合いを詰め、畳み掛けるように雷光を収束させる。間断なき攻め、それこそが彼女の戦い方だった。


「逃がさない——!」

空気が裂ける。


雷光が一直線に伸び、空間を貫いた。雷閃突ブリッツシュトース——純粋な破壊力を持つ雷槍が、秋菜を狙い撃つ。

秋菜は瞬時に身をひねり、その軌道を紙一重で回避した。


しかし、その刹那——


視界からノーラの姿が消え、一気に加速した。

足元の石畳がわずかに沈む。残像すら残さず、ノーラの身体が突風のように接近していた。


天羽の声が震える。

「圧倒的です! ノーラ選手、すでに輿水選手の懐へ! 速い、速すぎる!!」


雷撃を纏った拳が振り抜かれる。


秋菜は即座に詠唱を紡いだ。

「東西南北、四方の神々よ、此処に集う全てを祓い清めたまえ——!」

青白い光が瞬時に広がり、結界が展開される。純粋な浄化の力が、雷撃の衝撃を吸収した。


しかし——防壁が軋む。


衝撃が魔導障壁を貫き、秋菜の身体を押し流した。


「……っ!」

重力に引かれるように、秋菜の足元が崩れる。視界が揺らぎ、意識がわずかに遅れて衝撃を受け止める。


観客席から、どよめきが広がった。

「な、なんというパワー! 輿水選手、完全に受けに回っています!」


ノーラの碧眼が揺るぎなく秋菜を捉える。

微笑を湛えたまま、彼女はゆっくりと歩を進めた。雷光を纏うその姿は、まるで嵐の只中に立つ雷神のごとく、静かでありながら圧倒的な力を誇示していた。


「行きます!」

ノーラの周囲に、新たな雷鎖が奔る。


秋菜はかろうじて体勢を立て直したものの、完全に押されていた。攻撃の手を緩めることなく、ノーラの雷撃が次々と降り注ぐ。わずかに距離を取ろうとすれば、すぐさま間合いを詰められる。防戦一方のままでは、勝負にならない。


「これは……! ノーラ選手、輿水選手を圧倒! まるで雷の嵐が一方的に襲いかかるような猛攻です!!」

天羽の実況が響き渡る。

闘技場全体が雷撃の閃光に染め上げられていた。

「なんという圧倒的な攻撃! 輿水選手、完全に押されている!」


観客席の一角で、恵一が不安そうに声を上げた。

「こ、輿水氏ぃ……」


試合を見つめる彼の顔には、驚きと焦燥が入り混じっている。

しかし、そのすぐ傍らで、舞陽だけは静かに戦況を見守っていた。


「……いや、違う」

ふと、彼女は呟いた。


碧眼が細められる。試合の細部が、彼女の視界の中で精密に捉えられていく。

秋菜の動き。防御の際の魔力の揺らぎ。ノーラの攻撃のわずかな変化——


そして、確信に至る。

「秋菜、ただ防御しているだけじゃない」


「ど、どういうことですか? 解説を求める」

恵一が呆気に取られたように尋ねる。


舞陽は視線を外さずに続けた。

「防御のたびに、ノーラの攻撃へ微量の弱体化術式を混ぜている」


恵一が息を呑む。

「ま、マジすか?……そんな高度なプレイ、どうやって?!」

声には驚きと困惑が入り混じっていた。観客席のあちこちでも、秋菜が押され続けているようにしか見えない戦況に、困惑のざわめきが広がっている。


だが、舞陽の視線は揺るがなかった。

「普通の魔導士には不可能な領域よ」

防戦に回りながらも、相手に気づかれない程度の魔導干渉を仕込む。それは、感性力と悟性力の高度な調和が求められる技術であり、一瞬の隙や余計な力の流れすら許されない。術式のわずかな乱れが相手に察知されれば、即座に反撃を許してしまう。それは、並の魔導士には決して真似できない技量だった。


そして——


ノーラの表情が、僅かに険しくなった。

雷鎖の奔る速度が鈍る。雷撃の威力が、微かに減衰する。

ノーラは、自らの力が削がれていることに気付き始めた。


「……なぜ?」

違和感が拭えない。先ほどまでの圧倒的な攻撃の感覚が、どこか鈍くなっている。疲労の兆しはまだない。体力も魔力も、限界には程遠い。だが、確かに何かが変わっている。

彼女は、秋菜を見据えた。

秋菜の呼吸は乱れておらず、依然として冷静だった。


「まさか……!」

ノーラの脳裏で、閃きが走る。


その瞬間——


「なっ……!」

視界が揺らぐ。足元にわずかな違和感が走り、支えを失ったかのように片膝が崩れる。


石畳に、ノーラの膝が沈んだ。観客席が、一瞬の静寂に包まれる。

皇女が——膝をついた。


「これは……? 圧倒的優勢だったノーラ選手が、突如として膝をついた……! 一体、何が起こったのか?」

天羽の声が、驚愕を隠せないまま響き渡る。


そして、その瞬間——


「——参ります!!」

秋菜の声が、静かに闘技場に響いた。


挿絵(By みてみん)


足元がわずかに沈む。無駄のない動作。それだけで、空気が変わる。

満を持して、秋菜が動いた。ノーラの碧眼がわずかに見開かれる。速さは変わらない。だが、これまでの防戦一方の姿勢とは違う。すべてが計算され尽くし、戦場の流れを掌握する者の動きになっていた。

観客の誰もが息を呑む。


天羽の声が震えた。

「凄まじい……! まさに、技の極致!!」

闘技場の空気が張り詰める。


「うぉおおおおおおおおおお!!!」

突如として、ノーラの雄叫びが轟いた。


観客席がどよめく。轟音とともに、彼女の全身が雷光に包まれた。大気が震え、石畳に刻まれた無数のひび割れが、彼女を中心に広がっていく。まるで雷神が地上に降り立ったかのような光景だった。


「こ、これは……!」

天羽の声が裏返る。


ノーラの碧眼が鋭く光る。先ほどまでの冷静な表情は、完全に戦士のそれへと変わっていた。彼女の呼吸は深く、そして穏やかだった。だが、その体を包む雷光は、確かに先ほどとは異なる性質を帯びている。


「ここからは、本気で行きます」

詠唱は必要なかった。


——竜化(ドラッヘンフォルム)


ノーラの切り札。

戦士のみが踏み入れる、限界突破の領域。

スピード、体力、攻撃力——そのすべてが飛躍的に増幅される。ただし、効果は10分。


「ノーラ選手、ここで奥の手! 彼女の肉体強化術式が発動!! 体力が一気に回復し、オーラが増幅したように見えます!」

天羽の声が、興奮とともに闘技場を満たす。


雷撃の奔流が、ノーラの周囲を駆け巡る。地を裂くほどの圧力が、観客席の最前列にいる者たちの肌を刺す。

試合の流れが、一瞬で塗り替えられた。


「これは——規格外の戦闘強化! 輿水選手、大丈夫なのか!? いや、彼女に勝ち目はあるのか!?」

天羽の声が闘技場に響く。


その瞬間、ノーラが地を蹴ると、足元の石畳がひび割れ、細かい破片が宙に舞った。動き出した彼女の姿は、一瞬のうちに秋菜の視界から消える。


「っ……!」

秋菜はわずかに身を引く。しかし、その判断が間に合うほどの余裕はなかった。

雷光が奔り、鋭い衝撃が結界を貫いた。拳が深くめり込み、秋菜の身体が大きく弾かれる。

観客席がざわめき、悲鳴が混じる。


「す、すごい! ノーラ選手の攻撃が、輿水選手を吹き飛ばした!!」

天羽の実況が興奮を帯びる。しかし、視線の先で、秋菜はゆっくりと身体を起こしていた。


「……しかし、輿水選手、これだけの一撃を受けて、なお立っています!」

天羽の声が、驚きとともに響く。


確かに、秋菜は膝をついていた。だが、倒れてはいない。

息を整え、静かに顔を上げる。


「……これは、恐らくタイムリミットのある技……」

彼女の瞳が、研ぎ澄まされる。

状況は変わった。

もはや、力をぶつけ合うだけの戦いではない。


「ならば、私は耐えればいい」

小さく、しかし確かな声が、静寂の中に落ちた。

戦いは、時間との勝負へと変わる。


ノーラが竜化(ドラッヘンフォルム)を発動した時点で、戦いの条件は明白になった。彼女が時間切れになる前に秋菜を倒せばノーラの勝ち。秋菜が持ちこたえれば、勝負は秋菜のものとなる。


——10分間の死闘が、始まる。


「ノーラ選手、怒涛の猛攻です!」

天羽の実況が響く。


秋菜は横へ跳び、迫る拳を紙一重でかわした。だが、その瞬間、肌を刺すような圧が全身を襲う。

拳が空を切っただけで、大気が裂けた。

秋菜は無意識のうちに頬を押さえた。指先に、滲む血の感触。

(速すぎる……!)

ノーラの動きは、先ほどまでとは別次元だった。単純な速度の向上ではない。動作の一つひとつが桁違いの威圧を伴い、そこに"間"がなかった。

彼女の碧眼は、もはや仕留めること以外を見ていない。


「もう逃げられません」

静かな声が、雷鳴の余韻に紛れて響く。

雷撃を纏った脚が、瞬時に加速した。


「——ッ!」

秋菜は反射的に防御の構えを取る。


しかし——


ノーラの蹴りが防御結界に衝突した瞬間、秋菜の背後の石畳が爆ぜた。

結界が軋み、耐えきれなかった衝撃が闘技場に深い傷を刻む。

観客席が悲鳴に包まれる。


「お、恐ろしい……!! ノーラ選手、完全に圧倒しています!!!」

天羽の声にも焦燥が滲んでいた。


「輿水選手、どうする!? いや、どうやって耐えるつもりなんだ!?」

秋菜の表情に、わずかな苦渋が滲む。


ノーラは、この10分間だけは絶対的な強者となる。秋菜は防御の達人ではあるが、耐えれば勝てるという安易な考えが通じる相手ではなかった。 闘技場を包む静寂の中、雷光だけが絶え間なく空間を焼いていた。


一方のノーラも、秋菜の静かな佇まいに焦りを感じていた。観衆にはわかりづらい、微細な焦燥。雷撃がいくら奔ろうとも、秋菜は崩れない。


——時間が足りない。


このままでは、力が消え去る。

今のままでは、負ける。


二重竜化ドッペル・ドラッヘンフォルム!!!」

ノーラの叫びとともに、雷撃がさらに激しく迸る。


青白い光が彼女の全身を包み込み、周囲の空気が震えた。陽光すらもかき消すほどの輝きが、雷雲のごとく空を支配する。闘技場の石畳に亀裂が走り、乾いた破片が宙を舞った。

まるで世界そのものが、彼女の力を受け止めきれないかのようだった。

ノーラの呼吸が深くなる。

限界を超えた。


通常の竜化(ドラッヘンフォルム)をはるかに凌駕する、禁じられた領域。

圧倒的な速度と攻撃力がさらに増幅し、その身体は雷光そのものと化していた。

秋菜は、微かに目を細める。

ノーラは理解している。これが最後の一撃になることを。

ならば、ここで決着をつける。


雷鳴が轟き、熱気の満ちた闘技場を稲妻が奔る。空気は張り詰め、遠くに立ち昇る陽炎すら揺らぎを止めたかのように見えた。

ノーラの足が石畳を蹴ると、闘技場全体が震えた。大気が裂け、砕かれた石片が宙に舞う。圧倒的なエネルギーの収束が彼女の腕に集約され、雷光がまるで脈動する生き物のように絡みつく。


雷神鉄槌(ブリッツハンマー)


ノーラが誇る最大火力の魔導——破壊そのものを形にした一撃。


天羽の実況が熱を帯びる。

「こ、これは……! ノーラ選手の決定打、雷神鉄槌が放たれます! 迎撃不能、回避困難! 秋菜選手、どうする!?」


拳が振り抜かれる。

雷鳴とともに、大気が弾ける。


「——ッ!」

観客席から悲鳴が漏れた。まるで嵐の中心にいるかのような暴風が、闘技場全体を駆け巡る。ノーラの碧眼には、勝利への確信が宿っていた。


だが——


秋菜は動かない。


ほんのわずかに指を動かしただけだった。

彼女の唇から、静かに紡がれる。

「掛けまくも 畏き 伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に、禊祓へ給ひし時に生り坐せる 祓戸の大神達、諸々の祟り 禍事 罪 穢れを祓へ給へ、清め給へと申すことを聞こし食せと、恐み恐みも白す——」

術式が発動する。


迎撃ではない。回避でもない。

それは、相手の攻撃を()()()()術式。

雷撃が秋菜の身体をかすめる。

瞬間的な魔力の揺らぎが生じた——その一瞬の隙に、術式の効果が発動する。

ノーラの拳に込められた膨大な雷撃が、逆流した。


「なっ——!」

ノーラの身体を覆う雷光が、跳ね返るように全身を駆け巡る。

視界が揺れ、雷撃の余波が拡散する。

闘技場の大地が軋み、砕けた石片が激しく弾かれる。


天羽の実況が震えた声を上げる。

「信じられない! ノーラ選手の攻撃が——そのまま彼女自身に跳ね返った!!」


そして——

闘技場を満たしていた雷光の残滓が、空間にゆっくりと溶けていく。高く積み上げられた観客席の影が伸び、割れた石畳の隙間に入り込んだ陽光が微かに揺らめいた。


ノーラの身体が、力なく崩れる。

その刹那、まるで空気そのものが凍りついたかのように、場内は完全な静寂に包まれた。


同時に、秋菜の膝がゆっくりと地につく。

彼女の身体にも、ノーラの一撃の余波は確かに届いていた。いなしきれなかった衝撃が、致命傷には至らぬまでも、その体力を完全に奪っていた。

闘技場全体が、息を呑んでいる。


天羽の声が、震えるように響いた。

「両者……動けない……!? こ、これは——!」


誰もが目を見開いたまま、声を上げることすら忘れていた。

時間が止まったかのようだった。


そのとき——


試合終了の鐘が鳴った。

澄んだ音が空を貫く。


「——試合、終了!!」

その言葉が響くや否や、観客席のどこかから悲鳴にも似たどよめきが広がった。


「ま、まさか……」

天羽の声がかすれる。

「——結果、引き分け!!!」

その宣告が下された瞬間、闘技場に詰めかけた生徒たちの間で、一斉に歓声と驚愕が交錯する。


「そんな……あれほどの戦いが、決着を迎えないだと……!?」

「引き分け!? こんなことが……」


誰もが予想しなかった結末だった。

陽光は依然として強く、空の青さは何も変わらない。だが、そこに立つべき勝者の影は、どこにもなかった。


静寂が、再び闘技場を包む。

試合の余韻が、まだ空気の中に滞留している。


熱せられた石畳の上に、ノーラと秋菜は倒れ込んだまま、ゆっくりと荒い息を整えていた。

汗が地面に落ちる音さえも聞こえそうなほど、静かだった。

この戦いは、終わったのだ。

陽光が落ちかけ、闘技場の影が長く伸びる。遠くで、蝉の鳴き声がかすかに聞こえた。

ノーラは、その場で上体を起こすと、ひとつ深く息を吐いた。


——身体の芯まで疲労が染み込んでいる。二重竜化ドッペル・ドラッヘンフォルムの負荷は大きく、未だに身体の奥で魔力の残滓が燻っている感覚があった。


しかし、気分は清々しい。これほどまでに全力を出し切れた戦いは、これまでなかった。

彼女はゆっくりと視線を落とし、まだ地に伏したままの秋菜へ手を差し伸べる。


「貴方の結界は、まるで神話の聖域のようでした」

穏やかな声だった。どこか感嘆を滲ませた口調。


秋菜は一瞬、目を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。涼しげな眼差しが、ノーラの碧眼を映す。


「ノーラさんの雷撃は……雷神の怒りのようでしたよ」


そう言うと、秋菜はゆっくりと手を伸ばし、ノーラの手を握った。


その瞬間、静かだった観客席から、わずかにどよめきが起こる。試合直前まで張り詰めていた空気が、わずかに解けていく。


二人の間に生まれたのは、単なる対戦相手としての関係ではなかった。互いに全力を尽くし、その力を認め合った戦友としての敬意だった。


ノーラは秋菜の手を引き上げながら、微笑を湛える。

「また、いずれ手合わせ願いますわ」


秋菜も頷く。

「こちらこそ」


その言葉に、観客席から歓声が巻き起こる。戦いを見守っていた生徒たちの間にも、二人の間に生まれた敬意が確かに伝わっていた。


「まるで全国大会の決勝みたいじゃねえか……」

浅井は拳を握りしめながら、闘技場を見つめていた。


「姫殿下、輿水氏、二人とも素晴らしかった。まさに魂が震える戦いですぞ……!」

恵一は目を潤ませながら、熱っぽく言った。


夕陽が傾き、闘技場を金色に染めていた。

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