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体育祭 - 第二日目(1)

日が昇り、初夏の陽射しが学園の広大なグラウンドを照らしていた。澄み切った青空の下、体育祭2日目の開始を告げる鐘の音が高らかに響き渡り、観客席の歓声が波のように押し寄せる。試合開始への期待感が空気を満たし、熱気がグラウンド全体に広がっていった。


最初の種目、セブンスラグビーが始まると、A組の圧倒的な実力がグラウンドを支配した。観客席からは歓声が上がり、久美は上段から冷ややかにその様子を見下ろしていた。陽射しに照らされたピンクの縦ロールがきらめき、彼女の愛らしい容姿とは対照的な冷たい微笑みが浮かぶ。


「今年も、早々に決着がつきそうね」

久美が軽く肩をすくめながら呟くと、秋菜が柔らかな声で答えた。

「でも、E組の編入生がまだ出ていないわ。高得点の種目に向けて温存してるのかも」


「ふん、せいぜい足掻くがいいわ」

久美はつまらなそうに視線をグラウンドに戻すと、試合終了を告げる笛の音が響き渡った。順当にA組が優勝し、スコアボードに新たな数字が刻まれる。


A組500点

E組0点



   ❖ E組控室の状況 ❖



だが、E組の控室では別の空気が漂っていた。浅井が両手を広げて控室の中央に立ち、みんなの注目を集める。その表情には昨日の敗北の影はなく、むしろ不屈の闘志が浮かび上がっていた。

「これからが本番だぞ!」

浅井の声が控室の静けさを切り裂き、生徒たちの視線が彼に集中する。その目には強い決意が宿り、言葉一つ一つが胸に響く。


「今までの結果は予定通りだ。でも、これからは絶対に落とせない。ここで勝たなきゃ、俺たちは何のために戦っているんだ?」

浅井の言葉が控え室の静寂を切り裂くように響いた。その瞳には、これまでの悔しさを乗り越えた決意の光が宿っていた。


その言葉に応えるように、美寛が勢いよく椅子から立ち上がる。短髪が軽く揺れ、快活な笑みを浮かべた彼女の拳が力強く空中で突き上げられる。

「そうよ! ここから巻き返すんだから! ドッジボールでA組もB組も叩き潰してやろう!」

舞陽がその隣で控えめに微笑み、静かに頷いた。背中で揺れる長い黒髪と、落ち着いた表情が彼女らしい冷静さを際立たせている。

「クロスフィールド・ラリーもあるわ。勝てるチャンスは十分にある。焦らず、戦略をしっかり守ればね」


浅井は二人の言葉に力を得たように大きく頷き、握りしめた拳をもう一度見つめた。

「そうだ。俺たちはこの日のために準備してきた。ここで結果を出さなきゃ意味がない。今こそ、E組の本気を見せる時だ!」


控え室には静かだった空気が変化し、緊張感の中に確かな一体感が生まれ始めた。遠くから聞こえる観客席の歓声が、これから始まる反撃の幕開けを告げるように響いていた。

美寛が立ち上がり、全員に向かって目を配る。その瞳にはキャプテンとしての覚悟が宿り、彼女の背筋はピンと伸びていた。


「この試合、絶対に負けられないわよ」

その一言に、全員が無言で頷く。舞陽がわずかに微笑みながら、静かに拳を握りしめた。恵一はその言葉に呼応するように目を開け、小さく息を吐いた。


「分かってるよ、児高氏。俺の軍神の盾(アイギス)で、みんなを守る」

そんな中、クロスフィールド・ラリーに参加する江藤が親指を立てて笑いながら言った。

「じゃあ、俺たちはラリーで先にポイント取ってくるわ。あとで表彰台で会おうぜ!」

矢部も手を振りながら、冗談めかした口調で続ける。

「みんな、勝利の準備だけしておけよ!」


E組全員がそれぞれの役割に向かう覚悟を胸に立ち上がる。そして、美寛が大きな声でチームに気合を入れる。

「行くわよ、みんな!」


そして、ついにE組の初戦が始まる。


扉がゆっくりと開かれ、金色の陽射しが控え室に差し込む。その瞬間、観客席からのざわめきが押し寄せ、試合開始直前の興奮がE組を包み込んだ。外に広がるのは、魔導ルーンが描かれた広大なコート。その中央には既にB組の選手たちが並び、鋭い目つきでこちらを見つめている。


美寛を先頭に、E組の一行が堂々とコートへと歩み出る。その歩調には統率があり、観客席のざわめきが徐々に大きくなっていった。普段は「落伍者」のレッテルを貼られているE組だが、この瞬間、彼らの目には確かな闘志が宿っているのが分かる。


観客席から声が飛ぶ。

「E組、意外とまとまってるじゃん!」

「いや、どうせすぐやられるさ」

笑い混じりの声に、B組の選手たちが冷笑を浮かべる。


だが、美寛が振り返り、チームメイトたちに笑顔を向けた。その笑顔は自信に満ち、言葉以上に「行ける」という確信を伝えていた。


「やってやろうじゃないの」

美寛の小さな呟きが、チーム全員の耳にしっかりと届いた。

浅井が拳を軽く突き上げる。


「よし、勝つぞ!」

その声に全員が頷くと、E組はコート中央に向かって一列に並んだ。


観客席の歓声がさらに大きくなる中、審判が試合開始の合図をするために笛を口元に運んだ。コートには緊張感が満ち、魔導の光がわずかに揺らめいている。


E組の選手たちはコートの中央に集まり、キャプテンの美寛が全員を見渡しながら号令をかけた。

「いい? ここが正念場よ。全力でいくからね!」


その言葉に全員が力強く頷く。それぞれがポジションにつき、緊張と覚悟が入り混じった表情を浮かべていた。フィールド中央付近に立つ恵一は、穏やかながらも確かな決意を宿した目をしている。観客席からはざわめきが広がり、試合開始の空気を一層高めていた。


試合開始の笛が高らかに鳴り響くと、B組の選手たちは一斉にボールを取りに走り出した。同時に、魔導を発動させたボールが炎を纏い、勢いよくE組のコートへと投げ込まれる。


「おお、いきなり火球かよ!」

観客席から驚きの声が上がる。しかし、その瞬間、黄金色の防御壁が恵一の前方に展開された。

「無敵の壁、軍神の盾(アイギス)が発動しました! これはE組の新たな切り札、桂澤恵一選手の固有魔法です!」

実況を務める天羽の声が場内に響き渡る中、軍神の盾(アイギス)は完璧に炎のボールを弾き返し、その衝撃で地面が軽く震えた。観客席が再びざわめきに包まれる。


一方、攻撃役を担う美寛と舞陽は息の合った連携を見せていた。美寛が相手の注意を引きつけるようにフェイントを仕掛け、その間に舞陽が魔導を纏ったボールを正確にB組の選手へと投げ込む。


「アウト!」

審判の声が響き、B組の選手が外野へ退場する。

「さすが舞陽、地味だけど確実ね!」

美寛が笑いながらボールを拾い上げ、再び攻撃態勢に入る。


B組も負けじと魔導を駆使して反撃を試みる。しかし、恵一が展開する軍神の盾(アイギス)による鉄壁の守りは一切の隙を見せず、E組の選手たちが着実に攻撃を重ねるたび、B組の焦りが募っていく。


「全員、もっと魔導を強化していけ! あの壁を突破するんだ!」

B組のキャプテンが声を張り上げるが、その必死の指示も空しく、何度魔導を込めたボールを投げても軍神の盾(アイギス)はびくともしない。恵一を中心に展開されるその圧倒的な守りは、B組の選手たちの攻撃をことごとく無効化していく。


観客席からは驚きと困惑が入り混じったざわめきが漏れた。

軍神の盾(アイギス)、すごすぎる……」

「これ、どうやって突破するんだ?」

試合が進むにつれ、B組の選手たちの動きに焦りと苛立ちが現れ始める。攻撃が無力化され続けるたびに、選手たちの肩が下がり、その表情に明らかな疲労が滲み出ていた。


「おいおい、あれ、ずるくないか?」

B組のリーダーが魔導ボールを握り締めたまま小声で呟いた。その声に、周囲の選手たちが同意するように頷き合う。


軍神の盾(アイギス)とか……チートじゃねえか。あんなの、どうしようもないだろ!」

別の選手が投げる手を止め、呆れたように叫んだ。その一言が、B組全体の士気をさらに削ぎ落としていく。


「なんだよ、これ……勝てるわけねえだろ」

肩を落とした別の選手が、外野に立つ仲間を振り返る。その顔には、完全に諦めの色が浮かび、今にも試合を放棄しそうな気配すら漂っていた。


その間も、恵一は淡々と軍神の盾(アイギス)を維持し続けていた。黄金色の光に包まれた彼の姿には一切の迷いや疲れが見えない。その安定感と静かな威圧感は、B組の選手たちにとって圧倒的な壁として立ちはだかり続けていた。


「B組の選手たちから、不満の声が上がっています! 軍神の盾(アイギス)を前にして、どうすることもできないという焦りが見えますが、これもまたルールの範囲内!」

天羽の実況が場内に響き渡る。その声は、状況を冷静に伝えながらも、どこか擁護と皮肉を含んだ響きを持っていた。

「ルール内って言われてもなぁ……」

B組のリーダーはため息混じりにボールを握り締めたまま、視線をリングに戻す。その目には、戦意の灯が徐々に消えかけているのが明らかだった。


観客席からも賛否の声が飛び交う。

軍神の盾(アイギス)とか反則級だろ! あれ使われたらどうしようもないじゃん!」

「いやいや、守りを固めるのも戦術だよ。それを突破できない方が悪いんだ」

「でも、あれじゃB組が可哀想だよな……」

B組の選手たちはそのざわめきを背に、もはや勝ち目の薄い試合展開に沈黙を余儀なくされていた。しかし、リング中央で冷静に構える恵一の黄金の防御壁が、彼らの動揺を際立たせているかのようだった。

そのざわめきが収まらない中、舞陽が冷静に恵一に声をかけた。


「動揺してるわね。攻め時よ、恵一」

恵一はその言葉に応えるようにわずかに笑みを浮かべ、頷いた。

「分かってる。あと少しで終わらせる」

そのやり取りを聞いた美寛は、足元に転がるボールを拾い上げ、無邪気な笑みを浮かべながら声を張り上げた。


「ずるいとか言ってる場合じゃないでしょー! 勝ちたいなら、もっと必死に攻めてきなさいよ!」

その挑発的な言葉に、B組の選手たちは一瞬だけ顔をしかめたものの、諦めかけていた心に再び火が灯ったかのようにボールを手に取る。しかし、いくら全力で放たれた攻撃でも、アイギスの黄金の壁の前ではすべてが無力だった。恵一の防御によって弾き返されるたびに、観客席からは感嘆の声が漏れ、E組は着実にポイントを重ねていく。


「これはもう圧倒的です! 軍神の盾(アイギス)を前にして、B組の攻撃がことごとく無力化されています! これぞ鉄壁の守り!」

天羽の実況が響き渡り、その声はまるでE組の勝利へのカウントダウンを告げる鐘のようだった。


試合が終盤に差し掛かり、コート内に残るB組の選手はわずか2名となっていた。一方で、E組は恵一の鉄壁の防御のおかげでほぼ全員が内野に残り、盤石の状態を保っていた。

美寛はボールを手に取り、軽く構えながらニヤリと笑みを浮かべた。


「さて、そろそろ決め時かな」

舞陽が静かに頷くと、恵一も口元にかすかな笑みを浮かべ、互いに短い合図を交わす。そして、美寛と舞陽が息を合わせるように同時にボールを放った。片方は目にも止まらぬ強烈なスピードで一直線に飛び、もう片方は緩やかに弧を描きながら絶妙な角度で相手を狙う。その緻密なコンビネーションに、B組の残りの選手たちは全く反応しきれなかった。


「アウト!」

審判の声が響き渡り、B組の最後の選手が立て続けに退場する。観客席から大きなどよめきと拍手が巻き起こった。


直後、試合終了を告げる笛が高らかに鳴り響く。

「試合終了! 勝者、E組!」

審判の声がコート全体に響き渡ると、観客席から歓声と驚きの声が一斉に沸き上がった。


コート中央では、B組のキャプテンがその場に膝をつき、肩を震わせながら頭を垂れる。

「結局、どうにもならなかった……」

その悔しそうな呟きが静かに風に消えていった。


「なんということでしょう!」

天羽の実況が熱を帯びた声で響き渡る。

「B組を見事に完封しての勝利です! 桂澤選手の鉄壁の守り、軍神の盾(アイギス)が圧倒的でした。そして、児高選手と三國選手の地味ながらも正確無比な攻撃が大いに光りました!」


コートの端では、恵一が肩の力を抜き、深く息をついていた。魔導の緊張感から解放されたその表情は、疲労と達成感が入り混じっている。美寛がその背中を軽く叩き、満面の笑みを浮かべて声をかけた。

「お疲れ、恵一! あんたのおかげで助かったわ!」

舞陽も控えめに微笑みながら、その横で静かに頷いた。

「いい連携だったわね。この調子で次の試合も頑張りましょう」



   ❖ クロスフィールド・ラリースタート地点 ❖



一方その頃――。


「さあ、今年もやってきました! 体育祭第二日目のメインイベント、クロスフィールド・ラリーです! 実況は私、佐相(さそう)(つばさ)、解説は村中光博(みつひろ)がお届けします!」

実況席から高揚した声が響き渡り、スタート地点に漂う緊張感をさらに高めていく。


魔導バイクによるクロスフィールド・ラリー――それは体育祭第二日目最大の熱狂を呼ぶ競技であり、その過酷さゆえに「四大地獄」とまで称される一大イベントだ。各組から選ばれた代表2名が、4つのエリアにまたがる障害だらけのコースを駆け抜ける。エリアごとの「地雷原」や「トラップゾーン」など、名の通りの難関が選手を待ち構えるが、どれも一筋縄ではいかない。制限時間を超えれば即失格という厳しいルールが、レースにさらなる緊張感を与えていた。


「解説の村中さん、今年の注目ポイントは何でしょうか?」

佐相の問いかけに、村中は落ち着いた声で答える。

「間違いなく、A組の輿水選手です。彼女の魔導バイクは他を圧倒する性能を誇りますし、何よりその操作技術は学園内でも群を抜いています。今年もA組が有利と言えるでしょうね」


解説が続く中、スタート地点では選手たちが黙々と最終調整に取り組んでいた。魔導バイクのコアが起動するたび、静寂の中に鋭いパルス音が響く。その「キュイーン」という特有の音色は、ただの機械音ではない。戦いの幕開けを告げる予兆のように周囲の空気を張り詰めさせ、観客たちの胸にも高揚と緊張を刻み込んでいった。


E組の矢部と江藤もまた、黙々と準備を進めていた。矢部は端末を手に、ドローンで撮影したコースの主要ポイントを何度も見返している。その視線には冷静な計算の色が宿り、指先には迷いがなかった。

「地雷原エリアでは焦るな。ルートは頭に叩き込んだ。計画通りに行くぞ」

矢部が低い声で言うと、隣の江藤は工具ポーチから整備ツールを取り出し、一つひとつ丁寧に点検しながら答える。

「わかってる。トラブルが出てもすぐ対応できるようにしておく」


E組はこのレースの攻略に向け、独自の戦略を用意していた。他の組では個人プレーが主流だが、彼らはペアで緊密に連携し、役割を分担する方法を採用していた。矢部がルートナビゲーションと戦略判断を担当し、江藤がバイクの整備やトラブル対応に専念する。その上、整備ドローンの待機時間を嫌い、自力で修理を行う覚悟も固めている。


「俺たちがここまで準備してきたのは、この瞬間のためだ。計画通りやれば、自ずと一獲千金への道は近づく」

矢部の言葉に、江藤はふっと笑い、静かに頷いた。

「そうだな。この勝負、絶対にモノにする」


二人の間に短い沈黙が流れる。観客席からのざわめきや他の選手たちがバイクを調整する音が耳に入る中、彼らはそれを意識の外に追いやり、目の前の準備に集中していた。自分たちが積み上げてきた計画を信じ、静かにスタートの瞬間を待つ。


朝の空は澄み切っており、遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。しかし、その穏やかな光景の中で漂う緊張感は、目に見えないほど濃密だった。それでも、矢部と江藤は一切慌てず、自分たちのペースで静かに準備を整えていく。そんな彼らの姿からは、冷静さと固い決意が滲み出ていた。


そんな中、ひときわ目を引く存在――A組の輿水秋菜がスタート地点に現れる。漆黒のシルエットに、学園の象徴「白金の鳥」のエンブレムが胸元で控えめに輝くタイトなライダースーツ。そのスーツに身を包んだ彼女は、穏やかな微笑を湛えながら、スタッフや他の選手たちに礼儀正しく一礼して回る。


しかし、その清楚な顔立ちとは裏腹に、スーツに包まれた身体の曲線は見る者の目を引かずにはおかない。洗練された装いの中で強調される彼女の存在感が、まるで内に秘められた力強さや意志を暗示するかのようだった。


「E組の代表として出場するのね」

秋菜は矢部と江藤にも視線を向け、穏やかな声で語りかける。

「スタート前にエールを送らせて。お互い全力を尽くそうね!」


思わぬ声掛けに、矢部は少し表情を曇らせたが、すぐに軽く頭を下げた。

「ああ、俺たちも全力で挑む」

江藤もポーチを叩きながら、真面目な口調で言葉を添える。

「まあ、一獲千金……いや……E組のプライドがかかった俺たちは、一筋縄じゃいかないってことだけは覚悟しといてくれよ」


その言葉に、秋菜は微笑を深めながらも少し首を傾げた。その仕草には余裕と自信が漂っている。

「それは楽しみだわ。でも……A組としても簡単には譲らないからね!」


彼女は礼儀正しく一礼すると、自分のバイクのそばに向かい、スタートラインに静かに立つ。その後ろ姿を見ながら江藤がぽつりと呟いた。

「……なんか、いい人そうじゃん」


矢部は端末を閉じ、冷静な表情で応じる。

「だが、油断するな。あれがA組のエースだぞ」


しかし、そんな二人の言葉を覆すかのように、スタート直前、秋菜が見せた豹変の瞬間は、あまりにも衝撃的だった。


秋菜が魔導バイクに跨がると、表情が一変する。ヘルメットを被り、顎紐を締める動作を終えた瞬間、目つきが鋭くなり、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。その視線は冷たく、挑発的で、観客席にいた人々の空気を凍らせた。


バイクのアクセルを軽くひねり、音を確かめるその手つきには、礼儀正しい姿の面影など一切なかった。

「よっしゃ、行くべ!」


矢部と江藤はその豹変ぶりに息を呑み、驚いたように彼女を見つめた。

さらにアクセルを全開にすると、魔導バイク特有の鋭い「キュイーン」という音が空気を切り裂き、バイクが地面からわずかに浮かび上がる。その瞬間、秋菜は全身から闘志を剥き出しにした叫び声を上げた。


「オラァァァァァ! 全員粉砕してやるわ、クソがきども!」

その圧倒的な気迫に、周囲の選手たちも観客席も凍りつく。

実況席の佐相が興奮を抑えきれない声で叫ぶ。

「輿水選手、バイクに跨がった途端、まるで別人! その気迫たるや、まさにA組のエースです! 他の選手たちはこの勢いにどう対抗するのか――これは見ものです!」


解説の村中が冷静に分析しながら応じる。

「いやあ。彼女はハンドルを握ると性格が変わるタイプですね。運転席に座らせてはいけない人間ランキングがあれば間違いなくトップでしょう」


カウントダウンが始まり、緊張感が最高潮に達する。


「5、4、3、2、1……スタート!」


その声とともに、秋菜の魔導バイクが稲妻のごときスピードで飛び出した。白銀の軌跡を描きながら、彼女のバイクが発するキュイーンという音が空間を震わせる。その光景に観客席が沸き立った。


「すごい速さだ! もう他の選手たちを置き去りにしているぞ!」

佐相の実況がさらに熱を帯び、観客席は興奮と歓声に包まれる。輿水秋菜の魔導バイクは白銀の軌跡を描きながら、まるで風そのものとなってコースを駆け抜けていた。


「こうなった彼女はもう、コントロールが効きません。バイクか己の肉体が壊れるまで、レミングスのように走り続けます」

村中の解説は冷静ながらも迫力があり、その言葉にスタート地点のスクリーンを見守る観客たちが息を呑む。


佐相が声を上げた。

「レミングス、村中さん、それはちょっと――でも確かに、輿水選手にはアクセルを緩めるという概念がありませんね!」


一方、E組の矢部と江藤は冷静そのものだった。それぞれ別の魔導バイクに乗り、互いに無線で情報を共有しながら、控えめに鳴るバイクの音とともにスタートを切る。そのペースは明らかに遅く、観客席からは失笑の声が飛び交った。


「遅すぎだろ、E組! これじゃ勝負にならねえ!」

「出遅れにもほどがあるな!」


だが、矢部は表情を崩すことなくアクセルを握り直し、隣を走る江藤に短く声をかけた。

「計画通りだ。ここからが本番だな」


江藤も淡々とした声で応じる。

「焦るなよ、俺たちの勝負はこれからだ」


彼らの魔導バイクは、それぞれ微妙に異なる特性を持っていた。矢部のバイクはセンサーの精度を最大化するためのカスタムが施され、地形解析やルート選択に優れている。一方、江藤のバイクは整備性と耐久性に特化しており、故障や緊急事態への対応が可能だった。それぞれが独自の役割を担い、戦略的に補完し合うことで、E組としての最大の強みを発揮していた。


観客席のざわつきを背に、二人は計画通りのゆったりとしたペースで走り出す。秋菜の稲妻のごときスタートとは対照的に、彼らの動きには計算された冷静さと確信が漂っていた。その姿には、一見控えめながらも、これから訪れる反撃への確かな布石が感じられた。

「まずはペースを作る。江藤、次のカーブに大きな岩がある。ルートAで進め」

「了解。お前の指示通りに進む」

矢部は端末で地形を解析しながら、江藤に的確な指示を送り続ける。一方で江藤は、矢部の分析を受け入れつつ、自分の判断で最適な操作を行い、ルートを選択していた。


E組にとって落とせない戦い、クロスフィールド・ラリーは、ついに火蓋が切って落とされた。

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