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作戦会議

E組の教室は、まるで戦略会議室そのものだった。狭い教室には人の気配と熱気が充満し、壁一面に張り巡らされた模造紙がその場の緊張感を象徴している。模造紙には、各種目の出場者情報がびっしりと書き込まれ、魔法の種類や得意技、過去の実績、性格の分析までもが詳細に整理されている。教室中央に置かれたホワイトボードは作戦会議の要であり、次々と新しい情報が書き込まれるたびに、生徒たちの声が飛び交う。

ドアが勢いよく開き、男子生徒が息を切らしながら飛び込んできた。


「第三諜報班、戻りました!」

教室内の全員が瞬時に彼の方に注目し、その場の熱気がさらに高まる。彼の報告を待つ生徒たちの視線には、緊張感と期待が交錯していた。

「A組、アリーナバトルの出場者は、菅原、速見、間宮、星岡で確定です!」


その言葉に、教室内がざわめき立つ。壁に寄りかかっていた生徒たちが姿勢を正し、空気がさらに張り詰めた。


「でかした!」

浅井がホワイトボードの前に立ち、勢いよくペンを走らせる。その目は鋭く、しかしその背中には頼もしさが漂っている。

「調整役の輿水が出ないってことは、A組は連携重視じゃなく、個人プレーに頼るはずだ。あいつらの敵は俺たちE組じゃなくて、同じ組のクラスメート。自分が目立つことしか考えない奴らだ。予定通り、恵一、美寛、舞陽、俺でいくぞ!」


浅井の言葉が教室に響き渡り、ホワイトボードにE組の出場者の名前が次々と書き込まれていく。その瞬間、教室全体の空気が一変した。生徒たちの表情には自信と高揚感が宿り、緊張感の中にも士気の高さが見て取れる。


「第一諜報班、ラリーのルート調査から戻りました!」

息を切らした男子生徒が教室に飛び込んできた。彼の声が教室内に響き渡ると、瞬時に全員の注目が集まった。

「今年度の地雷原設置位置、昨年度と変わらないとのことです」


「よし、了解!」

美寛が一歩前に出て、力強く頷く。短髪が揺れるたびに、彼女のエネルギッシュな存在感が教室全体を引き締めていた。その一言で、教室内に漂っていた微かな緊張感が少し和らぐ。しかし、次の指示を出す彼女の声には、リーダーとしての強い決意が込められている。

「他のトラップの位置も引き続き調査をお願い!」


一方、教室の隅では舞陽が静かに資料を広げていた。長い黒髪を束ねたその姿は、喧騒の中でも冷静さを失わない静謐さを放っている。彼女の細やかな手つきで並べられたデータや記録が、周囲の戦略の土台を支えていた。

「輿水は今年も出場するみたいね」

淡々とした声が教室の空気を再び引き締める。彼女が指差した資料には、輿水の過去の成績や戦術傾向が詳細に記されていた。


「今年も?」美寛がその資料に顔を近づける。

「そう。去年の映像を見る限り、彼女は意外にも無茶をする傾向があるわ」

舞陽は視線を資料から離さず、冷静な口調で説明を続ける。

「バイクに乗ると性格が変わるのかもしれない。普段は冷静なのに、攻めすぎる傾向が強いのよ。その結果、去年はバイクを2回故障させて、合計162分もロスしている。攻める姿勢が強すぎる分、リスク管理が甘いのが彼女の弱点ね」


舞陽の鋭い指摘に教室内の生徒たちはペンを走らせながらメモを取り、緊張感の中にも確かな期待が生まれる。


「つまり?」

美寛が舞陽の報告を受け、的確に核心を突く。

「私たちがバイクの故障を1回以内に抑えて、修理時間を10分以内に短縮できれば、勝率は五分五分以上になるわ」

舞陽の確信に満ちた言葉が教室に響く。その瞬間、周囲の士気が高まるのが感じられた。


舞陽はさらに資料を指差し、具体的な提案を続ける。

「加えて、地雷原の位置が昨年と変わらないということは、去年のデータをそのまま活用できるわ。これを元にドローン班と連携して、実地で地形の確認を進めるべきね」


具体的で現実味のある提案に、生徒たちの間から小さな歓声が漏れる。冷静な舞陽の分析と、美寛の的確なリーダーシップが絶妙に噛み合い、E組の戦略は一層磨かれていった。


「頼むわ、舞陽」

美寛が短く指示を出すと、舞陽は軽く頷き、必要な資料を手に取り教室を離れた。その背中には、任務に挑む覚悟が滲んでいる。


「浅井氏ぃ、ドッジボールの編成どうなってるの?」

恵一が確認すると、浅井がホワイトボードを指差す。

「12名の枠はこれで埋まった。後は戦術の確認だけだ」


その一方で、教室のホワイトボードに「?」と記されたままのバイク耐久レースの欄が、E組の戦略の中で唯一の不確定要素として残されていた。他の種目では戦略が着々と進み、教室内には生徒たちの熱気が満ちていたが、この欄だけが曖昧さを象徴するように空白を浮かべていた。

浅井がホワイトボードを睨むように見つめながら、眉をひそめて口を開いた。

「今年のクロスフィールド・ラリーは、戦略と事前準備が命だ。参加メンバーが不安定だと、レースで逆転なんて到底無理だぞ」

彼の言葉が教室のざわめきを一瞬だけ静めた。生徒たちは思わず振り返り、ホワイトボードの「?」の欄に目をやる。


だが、美寛は静かに立ち上がると、冷静に言葉を返した。

「わかってる。秘策は用意しているわ」


その言葉と共に、美寛は教室の後ろへ向かい、スマホゲームに熱中している矢部と江藤の肩を軽く叩いた。教室の後方は窓から差し込む穏やかな光に包まれており、二人の無関心な様子が、その緊張感とは対照的だった。矢部は少し面倒くさそうに顔を上げ、美寛を見た。

「なんか用か?」

彼の声には気怠さが滲んでいる。

「俺たち、部活動も佳境(限定イベント)なんだ。手短に頼むよ」


江藤もスマホを置き、肩をすくめながら苦笑した。

「こんな神妙な顔で呼び出されても、正直、俺たち体育祭じゃそこまで貢献できるとは思えないけどな」


美寛は無言で準備室の方向を指し、手招きした。矢部と江藤は顔を見合わせ、ため息をつきながらもしぶしぶと席を立った。


準備室は、E組の作戦拠点として機能していた。小さな部屋だが、壁には模造紙に描かれた戦略図や過去のデータがぎっしりと貼られ、机の上にはラリーの地図やノート、参考資料が整然と広げられている。窓から差し込む午後の日差しが部屋を明るく照らし、資料の文字や線が鮮明に浮かび上がっていた。

すでに準備室には舞陽が待機しており、机に広げられた地図に目を落としていた。その横には浅井が腕を組んで立ち、無言で様子を見守っている。ドアが閉まる音が響くと、舞陽が顔を上げ、入ってきた矢部と江藤を鋭い視線で見つめた。その視線には緊張感があり、準備室全体に静かな熱が伝わる。


矢部が軽い口調で尋ねた。

「で、何の話だ? 俺たちにできることなんて、たかが知れてるだろ?」


江藤も苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。

「正直、俺たちが出たところで、大した戦力にはならないだろうしな」


美寛は少し微笑むと、タブレットを取り出し、画面を二人に向けた。画画面には海外の有名賭博サイトが表示されている。


「まあまあ、まずはこれを見てよ」

美寛は小さく微笑むと、タブレットを取り出し、画面を二人の前に置いた。

画面には、海外の有名なスポーツ賭博サイトのページが表示されていた。明るく輝く「Bet24/7」のロゴが二人の視線を引きつける。

「スポーツ賭博か……これがどうした?」矢部が目を細めて画面を覗き込み、首を傾げた。


「白金魔導学園体育祭のオッズよ」

美寛は画面を指差しながら、淡々と説明を始める。その声は柔らかくも説得力があり、二人の注意をしっかりと捉えていた。

「E組の倍率は+0.1。つまり、E組が勝てば1000倍のリターン。ひと山当てるチャンスってわけ」


江藤の目が少しだけ驚きに見開かれる。

「つまり、E組が勝てば、とんでもない番狂わせになるってことか」


矢部は腕を組み、口角を上げてみせた。その態度は、少しばかり挑発的だったが、どこか興味をそそられている様子も見て取れる。

「ふむ。なかなか興味深いデータだな。それで、これを俺たちに見せる意図は?」


美寛は静かに頷きながら視線を二人に向ける。その瞳には揺るぎない自信が宿っていた。

「アリーナバトルとドッジボールでは桂澤がいるから勝ち目はあるわ。でも、それだけじゃ足りない。あと1勝――バイク耐久レースで勝てば、総合優勝が見えてくる」


少し間を置き、彼女は力を込めた声で続けた。

「そして、その勝利のカギを握っているのが――ここにいるあなたたち二人なのよ」


矢部と江藤が顔を見合わせる。二人の目には、さっきまでの面倒くさそうな様子が消え、真剣な光が宿っていた。

「……その話、詳しく聞かせてくれ」


美寛は舞陽の方に視線を移し、軽く頷いた。

「舞陽、お願い」


舞陽は短く「分かった」と答え、手に持ったタブレットを操作すると、画面を二人に向けた。

「まず、これを見て」彼女はタブレットの画面を指し示しながら静かな声で説明を始める。

「これは去年のクロスフィールド・ラリーのデータよ。A組とE組、それぞれの走行時間とパフォーマンスをまとめたもの」


画面には、A組とE組の走行データが鮮明に表示されていた。グラフの色分けが一目で差を伝えている。彼女の指がグラフの一部を指し示す。

「A組の総走行時間は732分22秒、私たちE組は908分58秒だった。ここから故障によるロスを引いた時間、つまり実走行時間は、A組が570分22秒、E組が755分58秒。故障によるロスは両組とも2回で、それぞれ約2時間。ここに関しては大きな差はないわ」


矢部と江藤は画面に顔を寄せ、黙ってデータを見つめる。舞陽が視線を画面に据えたまま、言葉を続けた。

「でも、注目すべきはここよ」

彼女はグラフの別の部分を指差し、鋭い視線を浮かべながら冷静に語る。

「A組もE組も、実走行時間の10%が無駄だったの。A組の場合は57分、E組は約75分ね」


矢部が腕を組みながら軽く眉を上げる。

「その無駄って具体的にどういうことだ?」


舞陽が頷き、淡々と答えた。

「原因はルート取りの失敗や不適切な判断。今年はドローン班と協力して、無駄を徹底的に省いた最適ルートを用意したわ。この75分のうち半分でも削減できれば、実走行時間は718分11秒まで短縮できる」


矢部がその言葉に感心したように頷く。

「なるほど、ルート取りが良くなれば大きなアドバンテージになるな。でも、それだけでA組に勝てるのか?」


その問いに、美寛が一歩前に出て言葉を引き継ぐ。

「もちろん、それだけじゃ足りないわ。次に重要なのは、故障の削減よ。去年は2回の故障があったけど、これを1回以下に抑えるのが目標」


江藤が少し眉を寄せて、困惑気味に言った。

「それって現実的に可能なのか?」


舞陽がすかさず力強い声で答える。

「だからこそ、ペース配分を最適化するの。無理なスピードを避け、トラップエリアでは慎重に進む。そして、事前にバイクの消耗部品を徹底的に点検しておくの。それがリスクを大幅に減らす鍵よ」


矢部が少し表情を緩め、納得したように頷いた。

「なるほど、それなら少しは希望が見えてきたな」


しかし、美寛は真剣な表情を崩さずに続けた。

「でも、故障ゼロは正直難しいわ。だから、万が一故障が起きた場合でも、修理時間を10分以内に抑える準備が必要なの」

彼女はタブレットを操作し、去年の修理時間データを映し出す。数字が並ぶ画面を指差しながら語る。

「去年の修理時間は合計153分。それを劇的に短縮するのが目標よ」


江藤が少し首をかしげながら、疑念を口にする。

「10分以内なんて、そんな簡単にできるもんか?」


美寛が自信たっぷりに微笑み、準備室の隅に積まれたバイク整備マニュアルの山を指差す。

「これを使うのよ。部品交換を5分以内で終えられるよう、マニュアルを徹底的に頭に叩き込む。それができれば、クロスフィールド・ラリーでの逆転は十分可能よ!」


その言葉を受けて、浅井は静かに視線を持ち上げ、落ち着いた口調で言葉を紡いだ。

「つまり、ルート最適化、故障削減、修理時間短縮。この三つをしっかりと抑えれば、今年はA組に勝てるってことだな」


その言葉に美寛は即座に頷き、活気のある笑みを浮かべながら答える。

「その通りよ! これが達成できれば、私たちE組がA組を倒す日は、すぐ目の前にあるわ!」


準備室に響いた美寛の声は、自信と熱意に満ちていた。その言葉が皆の心に火を灯し、室内の空気が一層引き締まる。彼女は矢部と江藤に目を向け、真剣な表情を崩さずに続けた。

「だから、矢部はルートナビゲーションを担当して。地形とルートを完全に把握して、最適な走行プランを導き出してほしい。それから、江藤には整備マニュアルを徹底的に頭に叩き込んでもらうわ。万が一の故障に迅速に対応できる準備が必要だから」


準備室の空気は、何かが始まる前の静かな緊張感に包まれていた。壁には模造紙が貼られ、ラリーコースの地図や戦略のメモがびっしりと書き込まれている。机の上には整然と並べられた整備マニュアルやノートが広がり、その周囲にはペンや蛍光マーカーが散らばっていた。資料の多さが、E組の緻密な準備を物語っている。


矢部が資料に目を落としながら、腕を組み、低くつぶやいた。

「なるほど、勝算はあるようだな」

その声には、真剣さとわずかな期待がにじんでいる。背後の窓から差し込む夕日が彼の顔を照らし、鋭い目つきが一層際立つ。


「魔導ならA組には敵わないが、純粋な頭脳労働なら、勝ち目がある」

江藤も資料に目をやりながら淡々と言う。その口元には微かに笑みが浮かび、普段の気だるそうな態度とは異なる集中力が感じられた。


美寛は再びタブレットを手に取り、画面を操作すると、Bet24/7のオッズ画面が映し出された。部屋の薄暗い照明の中で、画面の光が二人の顔を照らす。

「もしこれを実現できれば、E組が勝つ可能性はぐんと上がるわ。そして……」

美寛は画面の「+0.1」の数字を指し示し、静かに言葉を続けた。

「あなたたちが努力してE組が勝てば、学園史上最大の逆転劇が生まれる。そして、もし賭けていたら……」


矢部が口元を引き締め、目を輝かせた。彼はタブレットの画面から目を離さない。

「それは面白い。つまり、俺たちが本気を出せば、一攫千金も夢ではないってことだな」


彼の声には、いつもの軽さとは違う、確信に満ちた力強さが宿っている。

江藤も椅子に寄りかかりながら、ゆっくりと微笑んだ。


「ふむ、悪くないな。その話、乗ってやるよ」

彼の穏やかな声が、静かながらも決意をにじませていた。


矢部が拳を握りしめ、勢いよく声を張り上げた。

「これで一攫千き……じゃなくて、学園最大の伝説を作るぞ!」


その言葉が準備室に響き渡ると、舞陽と美寛も満足げに微笑みを交わした。壁の模造紙に書かれた文字が、夕日の赤い光に照らされ、まるで未来の勝利を暗示しているようだった。

準備室の熱気は、まるで嵐が吹き荒れる前の緊張感と興奮を内包していた。ペンを走らせる音、ページをめくる音が絶え間なく響く中、E組全員の心に一つの目標が刻まれていく。矢部と江藤の表情には、すでに迷いはなかった。


E組の誇りをかけた戦いは、ここから本格的に動き出した。準備室の熱気は、彼らの士気を一段と高め、学園最大の逆転劇への期待感で満たされていった。

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