クエスト完了
理事長室は、白金魔導学園の中でも特に荘厳な雰囲気を放つ場所だった。重厚な木製の机に並べられた古い書物、壁を覆う魔導絵画、そして魔法陣が刻まれた床。その中心に立つのは釈尾朋華理事長。彼女の知的な瞳が鋭く光り、机越しに恵一をじっと睨みつけていた。
「桂澤、お前は本当にとんでもないことをしてくれたな。なぜ私が学園の名誉を守るために、夜な夜な頭を抱えなければならないのか?」
低く響く声には、威厳と怒りが絡み合っており、その一言一言が恵一の心に深く刺さる。
恵一は理事長の前で縮こまり、何度も頭を下げながら言い訳を並べる。
「す、すみません……本当に何も知らなくて……!」
その時、京介が軽く咳払いをした。理事長に向き直ると、穏やかながらも一切の隙を感じさせない声で口を開いた。
「まあまあ、理事長。彼も結果的に新興犯罪組織を壊滅させた立役者です。多少の失態は水に流していただけませんか?」
その言葉に、釈尾理事長の眉間の皺が深くなった。
「しかし、御曹司様。彼が無知ゆえに危険な状況に飛び込んだ結果、どれだけの混乱と後始末が必要になったか、お分かりいただけますか?」
理事長はさらに言葉を続けようとしたが、京介は軽く手を挙げ、柔らかな微笑を浮かべながら彼女を制した。
「私が全責任を負います。桝岡家としても、これ以上の混乱は望んでおりません。それに、彼の潜在能力は非常に高い。理事長もお察しの通り、彼は魔導防壁を扱える希少な資質を有しています。学園の未来にとって、このような人材を軽視することは賢明ではないと存じますが、いかがですか?」
その一言に、釈尾はしばしの間、考え込むように沈黙した。室内の静けさが重くのしかかる中、やがて理事長は深いため息をつき、冷たい視線を恵一に向ける。
「……桂澤、これからはもっと自分の行動に責任を持て。それができないのなら、次は本当に退学処分だ」
「は、はいっ!」
恵一は勢いよく頭を下げたが、その顔は完全に青ざめている。肩をすくめ、縮こまる姿は見るからに情けない。それを隣で見ていた京介が、軽く横目で恵一を見やり、わずかに口元を緩めた。
「理事長、どうかご安心ください。桂澤さんもこれで学び、次回からはきっと学園の名誉を守る生徒に生まれ変わるでしょう」
京介はさらりと皮肉を交えつつ、恵一の肩を軽く叩く。その軽妙な調子に、恵一は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
その隣では、東村――かつての赤レンジャーが控えめに立っていた。彼は京介の方を向き、深々と頭を下げる。
「桝岡さん、本当にありがとうございます。自分のような者の借金を肩代わりしていただけるなんて、夢にも思いませんでした」
東村の声には、これまでの苦労を乗り越えた者特有の重みと、思いもよらない救済に対する感謝が滲んでいた。
京介は軽く笑みを浮かべ、その姿には威厳と余裕が漂っていた。
「些細なことです。それに、学園での新しいお仕事を気に入っていただけたようで、こちらとしても安心しておりますよ」
東村は京介の言葉に感謝を込めて再び深く頭を下げた。彼は京介によって、膨れ上がった借金を全額肩代わりしてもらっただけでなく、白金魔導学園の用務員という新たな職も斡旋してもらっていた。その理由を知る者はいないが、京介が東村を救った背景には、彼が事件の最中に見せた行動があった。
無関係だった恵一を命がけで守り抜いた東村。その献身と正義感が、京介に「信用に足る人間」と評価させるに十分だったのだ。
「はい、こんな私でももう一度人生をやり直すチャンスをいただけたこと、本当に感謝しています」
東村の声は、これまでの自分を振り返りながら、新たな決意を固める響きがあった。
「いえいえ、信用というものは何事にも代えがたい価値を持っています。そして、あなたは今回の件でその価値をお持ちであることを証明してくださいました」
京介の言葉は冷静でありながら、どこか東村への敬意が滲んでいた。その一言に、東村はしっかりと頷き、感謝の意を込めて微笑んだ。
「これからは、私が肩代わりした以上、それに見合う働きをしていただきますよ。それは当然のことですね」
京介が少し冗談めかして付け加えると、東村は静かに微笑みを浮かべながら応じた。
「もちろん、そのつもりです」
場の雰囲気がわずかに和らいだその時、理事長がふと真剣な表情に戻り、鋭い目で恵一を見据えた。
「しかし、桂澤……お前、どうしてそんないかにも胡散臭いバイトに手を出したんだ?」
突然の問いかけに、恵一は椅子の上で居心地悪そうに身をよじり、視線を逸らした。
「いやぁ、その……ちょっと、お財布事情がピンチでして……」
理事長の眉がぴくりと動き、彼女はため息をつきながらデスク上の管理端末を操作し始めた。端末に映し出された情報をじっと見つめ、再び深いため息をつく。
「待ちなさい、桂澤……ゲームの課金滞納が80万臣民円だと?一体どういうつもりだ!」
その言葉に恵一の顔が一瞬で真っ青になり、慌てた様子で声を上げた。
「えっ!? なんでそんなことが……!」
理事長は呆れた表情で肩をすくめた。
「学園の規定として、生徒の臣民口座は不測の事態に備えて管理することになっている。これは入学時に説明されていたはずだが?」
「あー、そういえば……あったような、なかったような……」
恵一が曖昧な笑みを浮かべると、理事長は本気で頭を抱えそうになった。
「まったく……バカだな、お前は……」
その時、京介が場の空気を和らげるように肩をすくめて言った。
「80万ですか。それは随分と控えめな額ですね」
彼はスマートデバイスをポケットから取り出し、数回画面を操作した。そして淡々と告げる。
「桂澤さんの臣民口座に、5億デジタル臣民円を入金しておきました。これで滞納分も清算できるでしょうし、多少の余裕もできるのではありませんか?」
その場にいた全員が一瞬言葉を失い、静寂が訪れた。
「ご、5億!? な、何でそんなこと……」
恵一は額に汗を浮かべながら絶句した。
「些細なことですよ」
京介は微笑みながら、まるで日常の買い物を済ませたかのようにあっさりと言い放つ。
「ただし、もう無駄な課金はしないでくださいね」
爽やかな風が理事長室の窓を揺らし、部屋には静けさが戻る。東村が再び深々と頭を下げた。
「桝岡さん、本当にありがとうございます……恵一だけでなく、私にもこんな機会を与えていただいて……」
理事長も厳かな表情を崩し、京介に深く一礼する。
「御曹司様ならびに桝岡家のご支援には、日頃より深く感謝しております。今回も学園の危機を救っていただき、そのご尽力に改めて感謝申し上げます」
京介は余裕の笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。
「いえ、理事長。桝岡家の務めの一環として、これも当然の行いです。それ以上でも以下でもありません」
その場の緊張が解け、場が和やかな空気に包まれた中で、ただ一人恵一だけがいまだに5億という数字を脳内で反芻していた。額に浮かぶ汗がそれを物語っている。
「……夢じゃないよな?」
恵一は呆然とした顔で天井を見上げ、ぽつりとつぶやいた。額に浮かぶ汗と虚ろな瞳が、彼の混乱ぶりを物語っている。
「次元が違いすぎる……」
こうして、ソシャゲの重課金――というあまりにもくだらない理由を発端にした一連の事件は、京介の圧倒的な財力と存在感、そして桝岡家の介入によって見事に幕を閉じたのだった。




