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京介の到着

廃ビル前の空き地には、冷たい夜風が吹きつけ、重苦しい静けさが漂っていた。黄レンジャー――リリィとその一味はほとんどが警察によって身柄を確保され、連行されていった。追っ手との激しい戦いの痕跡は瓦礫や砕けた壁に残りながらも、現場は少しずつ落ち着きを取り戻していた。緊張が解けた空気の中、疲労と達成感がじわじわと広がりつつあった。


そのとき、不意に遠くから低い振動音が聞こえ始めた。最初はかすかな音だったが、徐々に音量を増しながら夜空を切り裂いて近づいてくる。その音が不吉な予感を伴うかのように現場を包む中、廃ビルの影から現れたのは、一機の豪華なヘリコプターだった。


金属的な光沢を放つその機体には、堂々とした桝岡家の家紋が描かれており、回転灯の赤と青の光を受けて一際目立っていた。ヘリコプターのローターが作り出す風は瓦礫や紙くずを巻き上げ、廃墟の壁を揺らしながら周囲に響き渡る。その音は、まるで静寂を切り裂く戦闘の到来を告げるかのようであった。


やがて、ヘリコプターが地上数メートルの高さで静かにホバリングを始め、その扉がスライドした。中から現れたのは、闇に溶け込むような黒を基調とした装いを纏う京介だった。長いコートの裾が風に靡き、その銀色の装飾が月明かりを受けて星屑のように輝く。彼の立ち姿は圧倒的な存在感を放ち、場の空気を一変させた。


「京介氏ぃ!こっちだよ!」

恵一が緊張と安堵が入り混じった声で叫ぶ。顔には期待と信頼の色が浮かんでいた。


「もう片付いたようですね」

京介の冷静な声が、ヘリコプターの轟音を軽く押しのけて響く。その微笑みには余裕が滲み、戦いの余韻を無言で支配するような威圧感があった。彼の動きには一切の無駄がなく、全てが計算し尽くされているかのような洗練された雰囲気を纏っていた。


「この人が東村氏で、こっちがゆかタソだよ!」

恵一が慌てて紹介すると、京介はゆっくりと視線を(ゆかり)に向けた。その目には冷静さとともに、冷徹な判断を秘めた光が宿っていた。


一瞬、時間が止まったような静寂が場を包む。


次の瞬間――


「――!!」

京介の手から放たれた魔導の光が、(ゆかり)の体を撃ち抜いた。


轟音が周囲に響き渡り、金色の閃光が全てを包み込む。(ゆかり)の体は空中を舞い、信じられないほどの速度で30メートル先の地面に叩きつけられた。その衝撃音が闇夜の静寂を切り裂き、現場にいた全員を硬直させる。


恵一はその光景に目を見開き、動くことすらできなかった。耳元では心臓の鼓動が轟音のように響き、全身に冷たい汗が滲む。目の前で何が起きたのか理解するまでに、しばらくの時間が必要だった。


「京介氏……な、何をするんだよ!!」

ようやく声を絞り出した恵一の叫びには、動揺と困惑が入り混じっていた。その隣に立つ赤レンジャー――東村もまた、信じられないものを見たように呆然としている。状況を飲み込めないといった表情が、暗闇の中で浮かび上がっていた。


一方で、京介は冷静そのものだった。彼は一歩前に進み、静かに口を開く。

「私の目は誤魔化せません」


その一言が、氷の刃のように恵一の胸に突き刺さる。冷徹な言葉の響きに、京介の表情から一切の揺らぎも後悔も感じ取れなかった。まるでその決断に迷いはないと言わんばかりのその態度に、恵一は全身の震えを抑えることができない。背筋を這うような冷たさに、動けないまま立ち尽くした。


その時、吹き飛ばされたはずの(ゆかり)が、地面の瓦礫を押しのけるようにしてゆっくりと立ち上がった。その体には、信じられないことに傷一つない。月明かりに照らされた彼女の顔には、これまでの優しさや恐怖は一切なく、冷酷で不敵な笑みが浮かんでいた。


「さすがね、桝岡家の次期当主。やっぱり侮れないわ」

その声は先ほどまでの彼女とはまったく異なり、冷たく鋭い威圧感を漂わせていた。彼女の瞳に浮かぶ光は、恵一が知る(ゆかり)の優しさではなく、計算高く冷酷な別人のものだった。


震える声で、恵一はようやく言葉を絞り出した。「ゆかタソ……一体、どういうことだ……?」


彼の言葉に、(ゆかり)は冷たく歪めた口元をわずかに動かした。それは笑みとも侮蔑とも取れる不気味な表情だった。静かに一歩、恵一へと近づく。その動きには、まるで獲物を狩る獣のような余裕が漂っていた。


「気軽に呼ばないで。その気持ち悪いあだ名、もういい加減うんざりしていたの」

その声は、これまでの優しさや親しみを完全に捨て去り、鋭い刃のような冷たさに満ちていた。


「私の本当の名は――リリィ」

その一言が空間に響いた瞬間、まるで地面が揺れるかのような錯覚に襲われた。空気は張り詰め、重い沈黙が場を支配する。恵一は混乱と恐怖で呆然と立ち尽くし、何も言葉を発することができない。


「そんな……リリィは黄レンジャー氏じゃなかったのか?」

声を絞り出した恵一の言葉には、困惑と希望が入り混じっていた。


(ゆかり)――いや、リリィは、冷たい笑みを浮かべながら首を傾げた。

「彼は私の正体がバレるまで、ただの影武者を演じてもらっていただけ。私が本物のリリィ。そう、最初からね」


その冷たく断言する声が、恵一の胸を鋭く突き刺す。次第にその事実が現実として迫り、全身が硬直していく。


「リリィ……いや、それも偽名ですね」

京介の低く冷静な声が、闇夜の静寂を鋭く切り裂いた。その言葉には、長年培われた洞察力と確信が滲み出ていた。


「あなたの本名は――(すめらぎ)百合花(ゆりか)

その名を口にした瞬間、空気が変わった。緊張が場を包み込み、わずかに揺れていた路地の闇がさらに濃密に感じられる。

「最近、関東圏で急速に台頭している新興の犯罪組織、ロス・エクィス」

京介はさらに一歩踏み出し、鋭い視線をリリィに突き刺した。彼の後ろに広がる桝岡家の家紋が刻まれたヘリの影が、彼の存在感をさらに際立たせている。

「そして、その背後には北アトランティック連邦の息がかかっている――そう見ています」

彼の言葉は抑揚を押さえていたが、その一音一音が場に響き渡り、誰もがその重みに飲み込まれるかのようだった。


リリィは一瞬驚いたように眉を動かしたが、すぐにその口元に冷酷な笑みを浮かべた。

「さすが、桝岡家の次期当主。よく調べがついているわね」

その口調には、挑発と余裕が交じり合い、どこか楽しんでいるような響きすらあった。


恵一はその場に立ち尽くしていた。どうしても信じたくない現実に直面し、目の前の光景を拒むように、震える声で言葉を紡ぎ出す。


「そんな、ゆかタソ……俺たち、無事に帰ったら付き合うって……」

その声には、必死に縋るような切実さが滲んでいた。


その瞬間、彼の言葉を聞いたリリィは、突如として腹を抱えて笑い出した。その笑い声は空き地の静寂を切り裂き、闇に反響して耳障りなほど冷たく、不気味だった。それは、恵一の胸を鋭く貫き、心臓の奥底に重たい衝撃を与えるかのようだった。


「付き合う?」

笑い声が収まると、彼女の目は冷たい鋭さを帯び、表情には一片の感情も残されていなかった。かつての親しげな(ゆかり)の面影は、完全に霧散していた。


「本気でそんなこと言ってるの?」

その声は、嘲笑と侮蔑の響きを持ち、冷たい空気を一層際立たせた。

「童貞こじらせたラノベの作者かしら? あなたみたいなむさ苦しいブサメンキモオタが、私みたいな美少女に好かれるなんて夢でも見てたの?」


その言葉は鋭利な刃物のように恵一の心に突き刺さり、深い傷を残した。彼は愕然とした表情で立ち尽くし、震える足は地面に縫い止められたように動けなかった。彼女がこれまで見せていた無邪気な笑顔や優しさは、完全に消え去っていた。その目には冷酷で計算高い光が宿り、恵一を見下ろす視線には一切の容赦がなかった。


「桂澤さん、この女の言うことなんか気に留める必要はありません」

京介が低く、しかしはっきりとした声で言い放った。その鋭い視線は、まるでリリィを完全に見透かしているかのようだった。


恵一はその言葉に戸惑いながらも、京介の冷静な表情にわずかな安心を覚えた。しかし、その次の瞬間、京介の口から語られた言葉が、彼の胸に重くのしかかることになる。

「ロス・エクィス――新興の犯罪組織に過ぎないように見えるかもしれませんが、その実態はもっと陰惨です」

京介は淡々と、しかし言葉に力を込めながら語り始めた。その声は場の空気を一変させるほどの重さを持っていた。

「この組織は表向きは輸送や物流を装っていますが、裏では臓器売買や人身売買を主導し、北アトランティック連邦のバックアップを受けながら急速に勢力を広げています」

その言葉を聞いた恵一の顔が青ざめる。これまでどんなトラブルも他人事だった彼にとって、その内容はあまりにも現実離れしていた。


「さらに、この(すめらぎ)百合花(ゆりか)。彼女はその中核に位置し、幹部として直接これらの悪事を指揮している。数多くの人々が、彼女の命令一つで消えた。家族を失った者、人生を壊された者……彼らの恨みを一身に背負っているのがこの女だ」


京介の声は低く、冷静だったが、その中には抑えきれない怒りが滲んでいた。

「例えば……」彼は視線を恵一に移し、言葉を重ねた。「昨年、関東圏で行方不明になった子供たちがいるのを覚えていますか?その背後にいたのがロス・エクィエス。そして、その計画を立案し、実行に移したのが彼女だ」


恵一の顔から血の気が引いた。彼は後ずさりしながらリリィを見つめ、言葉を失っていた。


「そして最近では、新たな魔導兵器の開発に必要な人体サンプルを調達するため、全国各地で失踪事件が相次いでいます。それも、この女の指示によるものです」


京介の声は冷静でありながら、その言葉には計り知れない怒りと悲しみが隠されていた。その声の響きが場の緊張感をさらに高め、恵一の頭の中にリリィの行いの凄惨な現実が突き刺さる。


「桂澤さん、この女の笑顔の裏には、計り知れない血と悲しみが隠れているんです」

京介は一歩前に進み、恵一の肩に手を置いた。その目は深く鋭く、彼の言葉が全身を覆うように響いた。


その瞬間、恵一は息を呑んだが、まだ心のどこかで疑問を捨てきれなかった。

「で、でも、ゆかタソがトランクに閉じ込められていた事実はどう説明するんだよ?」

恵一は震える声で必死に訴えた。彼の視線は、リリィの冷たい笑みと京介の真剣な表情を行き来し、混乱した心が疑念となって滲み出ていた。


京介は一瞬目を閉じ、深い息をついて静かに説明を始めた。

「それは彼女が一計を案じただけのことです」


その言葉に恵一はさらに混乱し、「どういうことだよ……?」と問い詰めるように言葉を返した。


京介は落ち着いた足取りで恵一の目の前に立ち、鋭い瞳で彼を見据えた。

(すめらぎ)百合花(ゆりか)は、私たち桝岡家の捜査網から逃れるため、この計画を立てました。関東は桝岡家の勢力圏。この地域を抜けるためには、我々の目を欺き、追跡を撹乱する必要があったのです」

その言葉には、まるで絶対的な真実を突きつけるような重みがあり、恵一は身動きが取れなくなった。


京介は再び恵一の肩に手を置き、その手の冷たさが、彼の言葉に真剣さを添えるかのようだった。

「どうか、冷静になってください。この女は、我々の敵です」


京介の言葉が静まり、場には重い沈黙が訪れた。その沈黙は、ただの無音ではなく、空間そのものを支配するほどの緊張感を生み出していた。その中で、リリィは余裕の笑みを浮かべていた。彼女の顔には、まるで京介の告発が自分を楽しませるエンターテイメントであるかのような冷酷な余裕が滲んでいた。


京介の言葉が静まり、場には重い沈黙が訪れた。その沈黙は、ただの無音ではなく、空間そのものを支配するほどの緊張感を生み出していた。その中で、リリィは余裕の笑みを浮かべていた。彼女の顔には、まるで京介の告発が自分を楽しませるエンターテイメントであるかのような冷酷な余裕が滲んでいた。


「ゆかり……ゆりか……百合(リリィ)……」

恵一の声が震え、断片的な思考が頭の中でつながり始める。その言葉が、自分の無力さと信じたものの裏切りを突きつけるようだった。


リリィは肩をすくめると、皮肉たっぷりに唇を歪めて言った。

「その通りよ。でも、少し気づくのが遅かったかしら?」

その一言が、恵一の中にあったわずかな希望をも砕いた。彼は小さく息を呑み、震える足取りで京介の背中に目を向ける。その表情には、これまで経験したことのない困惑と恐怖が混じり合い、彼の全身を覆っていた。


恵一は小さく息を呑み、京介の背中に目を向ける。その表情には、これまでにない困惑と恐怖が混ざり合っていた。

京介は一歩前に出る。その足音は、暗闇の中で重く響き、場の静寂をさらに際立たせた。彼の背中は揺るぎない決意を物語り、その姿はまるで巨大な盾のように恵一を守っているようだった。


「だが、これ以上あなたの思い通りにはさせません」

静かな声だった。しかし、その中には雷鳴のような力強さが宿り、闇を切り裂く鋭さを持っていた。京介がゆっくりと手を掲げると、その手のひらに微かな光が宿り始める。それはまだか細い輝きだったが、その光が持つ力を誰もが感じ取ることができた。


「面白いわね」

リリィが再び冷笑する。その目には、恐れどころか期待にも似た高揚感が浮かんでいた。まるでこれから始まる戦いを楽しんでいるかのような態度に、周囲の空気がさらに張り詰める。


「では、続きを始めましょう」

彼女の声が、緊張に支配された空間を切り裂く。その言葉と同時に、リリィの手がゆっくりと翳される。闇の中に複雑な魔導陣が次々と浮かび上がり、まるで周囲の空間そのものが彼女の意志に従って変容していくようだった。彼女の周囲に生じた異様な気配に、場の空気が一瞬凍りつく。


だが――


「遅いです……!」

京介の静かな言葉が、戦場に響いた。その瞬間、空気が歪んだ。

統覚コヒーレンスが揺らぎ、魔導波が強制的に収束する。空間に生じた魔力の流れが突如として断ち切られ、リリィの展開していた魔導陣が掻き消える。ラプラスの悪魔ル・デモン・ドゥ・ラプラス――京介の固有魔導。宇宙の因果を計算し、望む結末へと収束させる絶対不可避の法則改変。発動した瞬間、その領域内では「可能性」ではなく「結果」のみが存在する。リリィの詠唱が完了するよりも先に、すでにその術式は無効化されていた。


「な、何……?! 動けない……」

リリィの身体が硬直する。


魔導フィールドの再構築が不可能――統覚コヒーレンスの断絶。

京介の放った力場が、リリィの認識領域を支配したことで、彼女の魔導そのものが「発動できない」という状態に変換されていた。魔力の流れが封じられたわけではない。魔導の行使という概念自体が、この場においては「不成立」となっているのだ。目に見えない壁が、リリィの周囲を完全に封じる。


「どうやら、ここまでのようですね」

京介の声は静かだった。


激情も、勝者の誇示もない。ただ淡々と、定められた結果を告げるかのように。


リリィの目が京介を見据える。しかし、その表情には、先ほどまでの余裕はない。必死に魔力を巡らせようとするが、それすらも許されない。


「……くっ……!」

無駄な抵抗だった。


京介は一歩、静かに前へ踏み出す。その歩みには迷いがない。足音がフィールドに吸い込まれるように響くたび、周囲の空気はさらに重く、冷たく沈んでいく。


「これで終わりです」

京介の声は静かでありながら、凍えるほどの冷たさを帯びていた。その言葉とともに、彼はゆっくりとフィールドの中心に向かって歩み寄る。その姿には迷いも感情の揺らぎもなく、まるで業務を淡々とこなすかのような冷徹さが漂っている。


月明かりに照らされる彼の黒いコートが揺れるたび、その場にいるすべての者が、彼が放つ圧倒的な存在感に言葉を失っていた。リリィはもはや笑うこともできず、ただ必死に京介を睨みつけることで自分を保とうとしていた。


「すぐに解放しなさい!」

リリィの声はこれまでの余裕を失い、震え混じりの叫びとなって京介に向けられた。


しかし、京介は冷たい視線を微動だにさせず、淡々と応じた。

「あなたが積み重ねてきた行いを考えれば、無理を承知でそんなことをお願いされても困りますね。お気の毒ですが」


「何をする気……!」

リリィの問いかけには怒りと恐怖が入り混じっていた。その声の震えは、自分が何をされるのかを薄々察していることを示している。


「そうですね」

京介は少し考えるように間を置き、静かに続けた。

「あなたがこれまでしてきたことを考えれば、答えは自明でしょう」


「私がこれまでしてきたこと?」

リリィは震える声で言い返したが、京介の次の言葉が彼女を凍りつかせた。


「人体サンプル……『人間機械(ロム・マシーン)』という言葉はご存知ですか? あなたが関与したその非道な技術を思えば、皮肉な話ですが、あなた自身が闇市場最後の()()となるのは当然の帰結でしょう」

その冷徹な宣告に、リリィの顔から血の気が引いた。

「勿論、あなたと言う最後の()()をもって、私が責任を持ってこの闇市場を根絶やしにしますので、ご安心を……」


「お願い……許して……!」

リリィは、涙を流しながら懇願した。

「私が悪かった……本当に、もう二度と……!」

リリィの声は掠れ、懇願というよりも必死の叫びとなっていた。その目には、恐怖がありありと浮かんでいる。


リリィの顔は真っ青になり、膝が崩れる。

「お願い……命だけ、いえ、せめて人間機械(ロム・マシーン)だけは……!」

その声はかつてリリィ自身が無慈悲に切り捨てた者たちの叫びと何ら変わらなかった。


京介の表情は微動だにせず、淡々と答える。

「反省、ですか? ふむ、今さら命乞いをするとは」

一呼吸置いて、冷然と続けた。

「あなたの奪った命に、そんな機会をお与えになったのですか?」


京介の声は淡々としていながら、その一言一言が刃のように鋭くリリィを追い詰めていく。

「私は……!」

リリィの声が途切れる。彼女自身も、自分の行いを否定できる言葉を見つけられなかった。

「そのような芝居がかった懇願は、あなた自身が選んだ結末を覆せるものではありません。冷静に受け止めていただきたいものですね」


廃ビル前の空き地に静かに停まるヘリコプター。その扉がスライドすると、黒い装備に身を包んだ私兵団が一糸乱れぬ動きで次々と降り立った。彼らの足音はほとんど聞こえず、その秩序立った行動は厳格な訓練を物語っていた。


隊員たちは厳重に封印された人体サンプル保存用のコンテナをヘリコプターから運び出し、その金属的な輝きが夜の闇に冷たい光を投げかけた。小さな機械音が空気を震わせるたび、コンテナから立ち上る冷気が周囲の温度をさらに下げていく。周囲に展開した隊員たちは迅速に警戒を強め、その動きには一切の隙もなかった。まるでこの瞬間そのものが彼らのために用意された舞台であるかのようだった。


「先ほど申し上げた手順通りに彼女を連行してください。出荷先も当然、把握しているはずです。失態は許されませんよ」

京介の冷静な指示が静かに響く。その声に従い、私兵の一人がコンテナのロックを解除した。重厚な音が夜の静寂を破り、ゆっくりと蓋が開かれる。冷気が一気に立ち上り、その中に現れたのは、人体を生きたまま長期保存するための冷酷な装置群。保存液や複雑に絡み合うチューブが、無機質な恐怖を放っていた。


「やめて!放して!」

リリィの叫びがその場に響き渡るが、彼女の体は京介の魔導によって自由を奪われていた。涙が止めどなく流れる瞳は、恐怖、絶望、そして抗えない運命に対する狂気を映し出している。屈強な私兵たちは、その抗議を一切意に介さず、機械的な動きで作業を進めていく。チューブを彼女の喉に押し込み、体に装置を装着する。その無慈悲な手際には一片の躊躇も見られない。


京介は無表情のまま、リリィの視線を一瞥する。それはまるで彼女の訴えを単なる雑音(ノイズ)として処理しているかのようだった。やがて、コンテナの蓋が冷たい金属音を立てて閉じられる。その音はリリィにとって、避けられない終焉を告げる鐘の音のように響いた。

彼はコンテナから目を離し、ゆっくりと振り返る。その視線は恵一と東村に向けられた。その顔には一切の感情が浮かんでおらず、ただ冷徹な現実だけが宿っていた。


「やはり、この程度の存在でしたか。大きな期待を抱いた私が少しばかり愚かだったようです」

京介が淡々と告げたその一言は、リリィの全てを否定する冷酷な評価であり、この闘いの終わりを宣言するものだった。


恵一はその光景を茫然と見つめ、言葉を失っていた。東村もまた短く息を吐き、その目には安堵と驚きが複雑に交差していた。

夜風が再び吹き抜け、瓦礫が微かに揺れる音が耳をかすめる。リリィという脅威が消え去ったことで訪れた静寂。その場には、京介の冷たい現実がただ静かに立ち込めていた。

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