未曽有の国家危機
恵一が教室で超自我と自然欲求の壮絶な戦いを繰り広げていたちょうどその頃――。
帝都にある帝国国防軍国家危機対策本部は、未曾有の事態に直面していた。けたたましく鳴り響くサイレンが空気を震わせ、緊急警告を表示する赤いライトが壁面を不気味に染めている。廊下には慌ただしい靴音が響き渡り、司令室内では怒号や指示が飛び交う。
モニターに映し出されたのは、青森県上空を狙う巨大な物体の映像。宇宙空間からのズーム映像には、金属光沢を持つ異質な影が映し出されていた。司令室の空調は効いているはずなのに、額を伝う汗を拭う者が多い。異様な緊張感が室内を支配していた。
「宮本少将殿、ご報告いたします!!!」
慌てた様子で駆け込んできた伝令が、顔を青ざめさせながら叫んだ。
「本日0942、太平洋上空の宇宙空間にて巨大な重力波を観測。科学部隊の分析の結果、それは隕石であると判明。現在、マッハ54の速度で本土に接近中であり、重力場を操る敵国の新型魔導兵器と推定されます!」
「そんなことは画面を見れば分かる!」
宮本と呼ばれた男が声を荒げる。鋭い目つきと古武士を思わせる精悍な面構えに、苛立ちが色濃く浮かび上がる。
「で、対策はどうなっている!?」
宮本の言葉に応じるように、司令部内のモニターが別の映像に切り替わる。そこには青森県全域に赤いサークルで描かれた被害予測範囲が表示されていた。円の内側は完全な壊滅が予想され、外側へと影響が広がる様子が冷徹に描かれている。
伝令は言葉を詰まらせ、肩で息をしながら続けた。
「大山田中佐殿率いる第3魔導騎士団配下の一個分隊が現場に向かっていましたが、先ほど通信が途絶。現在、消息不明です……」
「なんだと!? 精鋭部隊ではないか!」
宮本は絶句した。帝国国防軍の誇る近衛師団に所属する魔導騎士団は、国家存亡の危機に備えた最精鋭の部隊だ。その一部隊がいともたやすく撃破されたという事実が、状況の異常性を際立たせていた。
「このままでは、どのような被害が予測される?」
宮本の問いに、伝令が息を呑みながら答える。
「15分後、落下地点は青森県と予測されています。破壊力はTNT換算で300メガトンから500メガトン。住民には避難勧告を発令しましたが、壊滅は避けられないかと……」
宮本は震える声で問い返した。
「15分!? なぜそんなに発見が遅れた!」
「敵はステルス術式を展開し、ぎりぎりまで気配を遮断していた模様です……」
モニターに表示された隕石のデータに目を凝らすと、その表面には謎の紋様が浮かび上がっていた。通常の隕石とは明らかに異なる異質な存在――。宮本は唇を噛みしめ、こめかみから汗が流れるのを感じた。
「そんな馬鹿な……我が軍の最新技術をもってすれば、ステルス術式の一つや二つ、簡単に打ち破れるはずだ!」
苛立ちが頂点に達した宮本の声が司令室内に響き渡る。だが、無情にも時は刻々と過ぎていく。
大型モニターには東北全域の被害予測範囲が拡大していく様子が表示されていた。その赤い円が徐々に広がっていくたびに、司令室の空気はさらに重くなる。
「これは……帝国史上かつてない危機だ……」
宮本は低く呟き、苦渋の表情を浮かべながらも決断を下した。
「やむを得ん。東北は見捨てる。報道規制を発令しろ。第二波に備え、新潟を起点に対アンチWMD魔導障壁を展開! 全力で被害の拡大防止にあたれ!」
命令を受け、司令室内はさらに慌ただしく動き始める。赤いライトに照らされる中、宮本は立ち尽くしながらモニターを見据えた。その表情には、怒りと無力感が入り混じっていた。だが、今の彼にできることは少なかった。




