eスポーツ部
実を結ばない暗闇の業に加わらないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。(エフェソの信徒への手紙 5章11節)
模擬試合で劇的な勝利を収めた翌日、恵一は白金魔導学園で一躍注目の的となった。学園内を歩くと、どこからともなく囁き声が聞こえてくる。
「あれが転校生か? すごかったよな、あの試合」
「あんなすごい防御壁、初めて見たぞ。あれ、どういう魔導なんだ?」
その視線を全身で感じながら、恵一は少し居心地悪そうに廊下を歩いていた。隣を歩く浅井が肩を軽く叩きながら笑った。
「いやー、恵一、お前すげえ有名人じゃん! 学園中の話題になってるぜ!」
「そ、そっすかね……? なんかこう、俺、ソワソワしちゃうんですけど……」
恵一は少し顔を赤らめながら頭を掻いた。その様子を見て、浅井はさらに笑みを深める。
だが、恵一の忙しい日々はここからさらに加速していくことになる。模擬試合の勝利からわずか一日で、彼を目当てにした様々な部活動の勧誘が殺到したのだ。
廊下を歩く恵一の前に、まず現れたのはアメフト部の主将だった。圧倒的な体格を誇る彼は、恵一を見つけるなり大きな声で呼び止めた。
「おい、桂澤! ちょっと話をさせてくれ!」
その迫力に、廊下の生徒たちが道を開ける中、恵一は思わず立ち止まった。主将は彼の肩に手を置き、真剣な目で語り始める。
「お前のあの防御壁だが……ハーフバックとして使えば絶対無敵だ。敵がどんなに突っ込んできても、エンドゾーンまでひたすら駆け抜けられる。お前がいれば、うちのチームは全国優勝間違いなしだ」
「え、ええええ!? いやいや、俺、ガチ運動音痴なんで、アメフトとかリアル青春とか無理なんですが……!」
恵一は戸惑いながら、言葉を濁した。
次に現れたのは空手部の主将だった。白い胴着をまとった彼は、恵一を見つけると一礼し、敬意を込めて深々と頭を下げた。
「桂澤君。この前の模擬試合、見事だった。ぜひうちの空手部に入って、君のその防御力を極めてみないか?」
「空手……ですか? いやいや、俺、人畜無害系のオタク極めてるんで、そんなガチ格闘とか生き残れる気しないんですけど!」
恵一は両手を振りながら後ずさる。その様子に浅井は吹き出しそうになりながらも、必死に笑いを堪えた。
さらに剣道部の主将も姿を現した。竹刀を肩に担いだ彼は、どこか威厳ある立ち姿で恵一を見つめると、一歩前に進み出た。
「桂澤君、日本の古来の侍の武術を極めてみる気はないか? 剣道は君のような才能を待ち望んでいる」
「さ、侍って……いや、俺、竹刀振るのもきっと無理だと思うんですけど……」
困惑する恵一の返答に、主将は何か言いたげな表情を見せたが、その場を去っていった。
その中で、浅井も負けじと勧誘に加わった。彼は恵一の前に歩み寄り、真剣な表情で熱い視線を送りながら言葉を紡いだ。
「なあ、恵一! お前、俺と一緒にサッカーやらないか? ゴールキーパーとかだったら絶対に大活躍できると思うんだ!」
浅井の声には期待と熱意が溢れており、彼が心の底から恵一をチームに引き入れたいと思っていることが伝わってきた。その情熱に、一瞬恵一は返答を詰まらせたが、次の瞬間、どう言葉を返そうかと頭を悩ませている様子が見えた。
「ご、ごめん……じ、実は……」
恵一が口を開きかけたその瞬間、矢部と江藤が突如として現れた。二人の足取りは堂々としており、得意げな笑みを浮かべている。その手に掲げられた書類が、まるで戦利品のように輝いて見えた。
用紙の隅には総務委員の受理印がしっかりと押され、その中央には、恵一の名前が堂々と記されている。一目で公式な手続きを経た入部届だと分かるその用紙が、二人の誇らしげな表情と相まって、異様な存在感を放っていた。
「残念だったな、浅井。桂澤は我々eスポーツ部がすでに頂いた!」
矢部が声高らかに宣言する。その響きは廊下中に響き渡り、観衆の注目を一瞬で引きつけた。江藤も横で静かに頷きながら、矢部の肩越しに浅井を見下ろすような視線を送る。
「これが何を意味するか、分かるだろう?」
矢部が得意満面に付け加えた。
「は? ……eスポーツ部だって?」
浅井は目を見開き、信じられないという表情で二人を見つめた。その視線には、驚きと困惑が入り混じっていた。
「桂澤は我が校において、由緒あるeスポーツ部の栄えある三人目の部員となったのだよ」
江藤が誇らしげに胸を張って宣言する。その声には、妙に芝居がかった重厚さが含まれていた。隣の矢部も、それに同調するかのように勢いよく頷く。
「先手必勝、『疾きこと風の如し』だよ。俺たちは昨日の模擬試合が終わった直後に、桂澤を勧誘して、入部届もきっちり書いてもらったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、浅井は悔しさに拳を握りしめた。その拳には、なんとか恵一を自分の仲間に引き入れられなかった無念が込められている。
「……eスポーツ部だって? あんな怪しい奴らに……なんで恵一が持ってかれるんだよ……」
浅井の悔しそうな視線に気づいた恵一は、気まずそうに目をそらした。そして、消え入りそうな声で浅井に謝罪した。
「……浅井氏ぃ、ごめんよ。なんか流れでこんなんなっちゃったけど……」
浅井はその言葉を聞くと、一瞬黙り込んだ。
「桂澤には我々のために、その才能を十二分に活かし、昼夜問わず任務に勤しんでもらう予定だ!」
矢部は右手を天に掲げ、まるで英雄を称えるような調子で声を張り上げた。
「え、ちょっと待って。昼夜問わずってどういうこと?」
恵一は、二人の熱気に押されながらも、不安そうに問い返す。
「おいおい、桂澤。聞いて驚くなよ?」
江藤は目を細めながら、不敵な笑みを浮かべて語り始めた。
「eスポーツ部は、この学園でも最も歴史ある部活の一つだ。過去には、この部から数多くの偉人が輩出されたと言われている」
「そ、そうなの?」
恵一は、江藤の言葉に半信半疑ながらも、少しだけ興味を引かれた様子を見せた。
「その通り!」
矢部が声を張り上げ、さらに話を続ける。
「桂澤、君には素晴らしい才能がある。そして、その才能を活かす場所として、このeスポーツ部はまさに理想的だと言えるだろう。これまでの部員たちの記録を君に見せたいところだが……まあ、今はまだ準備中でね。君も入部して、その一員として名を刻むチャンスだ!」
「でも……俺、そんなにすごいことできる自信ないんだけど……」
恵一は弱々しく笑いながら首を傾げた。
「大丈夫だ!」
江藤も声を上げ、二人は恵一を囲むようにして肩を叩き合った。
「君には、ぜひ我々の活動を支えてもらいたいと思っている。いや、むしろ君の存在が、今後の活動の鍵になると確信しているよ」
江藤が言うと、矢部はさらに言葉を重ねた。
「まずはこの世界を知ることからだよ、桂澤」
矢部が窓の外に広がる青天を指差しながら言う。
「君の手にあるその鍵――いや、もっと言えば、その泉は、我々が前に進むための潤滑油になる」
「泉?」
恵一が首を傾げると、江藤が静かに微笑んだ。
「そう、尽きることのない泉さ。その流れがある限り、我々はさらなる高みを目指すことができるんだ。君の存在は、その源泉に他ならない」
恵一は戸惑いながらも、「自分にそんな力があるのか?」と不思議に思った。
「いやいやいやいや、俺なんて凡人これに極まれりなんで! そんな主人公ムーブとか絶対無理っしょ!?」
矢部が大げさに首を振る。
「何を言う! 君のその泉は、まさに我々の希望なんだ。その輝きが、この部に新たな活力を与えるんだよ」
江藤が、さらに言葉を重ねる。
「この泉が途切れることがない限り、我々はどんな荒波も乗り越えられる。それが、君の『才能』の一部というわけだ」
恵一は少し赤くなりながらも苦笑した。
「そ、そんなすごいもんじゃないと思うけど……まあ、頑張るよ」
その瞬間、矢部と江藤は意味深な笑みを交わした。
浅井はその様子を見て、悔しそうに唇を噛み締めた。
「……あいつ、完全に騙されてるじゃないか……!」
こうして、恵一は完全に矢部と江藤の術中にはまり、「eスポーツ部」の一員として新たな日々をスタートさせることとなった。




