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落伍者の戦い

あけましておめでとうございます。

白金魔導学園の広大な校門を抜け、夕日の中を浅井と恵一は並んで歩いていた。静かな廊下とは対照的に、外は放課後の賑わいに満ちている。生徒たちは笑い声を上げたり、真剣な表情でノートを見直したりと、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。


「なあ、桂澤。お前、今日初日だろ? 疲れたんじゃないか?」浅井が気さくに話しかけてくる。

「うん、正直、色々ありすぎて頭がパンパンだよ。でも、浅井氏がいてくれて助かったよ」


恵一はそう言いながら微笑んだ。彼の言葉に嘘はなかった。初めての環境に圧倒されつつも、浅井の明るさに救われた部分が多かった。

「はは、そうか。それなら良かった。けど、まあ、E組ってのは学園内でも色々言われてるクラスだからな。変な噂とか気にしない方がいいぜ」

浅井のその言葉に、恵一は少し引っかかりを覚えたが、特に深く尋ねることはしなかった。ただ、彼の穏やかな声に少しだけ安堵したのも事実だった。

しかし、その平和なひとときは、突如として遮られた。


「おや、お前が噂のE組(負け組)の新入り、それとおまけの負け犬がもう一匹……か」


鋭い声が背後から飛んできた。振り返ると、そこには洗練された制服を身に纏い、自信満々の笑みを浮かべた少年が立っていた。その姿は、圧倒的な存在感とともに、見る者に威圧感を与えている。


「星岡彰彦……!」浅井が低い声でその名を呟いた。


星岡は学園の最上位クラス、2年A組に属する生徒だった。

星岡はそのA組の中でも特異な存在だった。多くの生徒が離散型魔導を用いる中、彼は連続型魔導の使い手だった。連続型魔導は高度な集中力と専門知識を必要とし、扱いが難しいために敬遠されることが多い(一般的には、離散型は、数理的な術式が多く、効率性と再現性に優れ、対して、連続型は、その連続的な術式から、難しい複雑な変化や自然現象の再現が得意と言われる)。しかし、星岡はその連続型魔導を極限まで研ぎ澄まし、その力を誇示するように振る舞っていた。


「負け組だと?」浅井が憤然とした声で問い返す。

「そうだ。E組にいる時点で、お前らは学園の底辺だということだ。連続型を持ちながら底辺にいるやつもいれば、そもそも何の才能もないやつもいる。それがE組だ」


その言葉に、浅井の拳が震える。

「まあまあ、浅井氏、落ち着いてくだされ……」恵一が浅井を止めようとするが、浅井の怒りは抑えられなかった。


「底辺だとか負け犬だとか……そんなことを言う権利が、お前にあるのかよ!」

浅井の声に、星岡は冷たく笑った。


「もちろんだ。A組にいる俺には、それを言うだけの資格がある。E組、しかも離散型のちんけな魔導をいじくり回しているやつらが、俺の連続型にかなうと思うな」


彼は胸を張り、傲慢に続ける。

「離散型5年、連続型10年……一般的に基礎レベルに至るまでの学習コストだ――この差が分かるか?」


その言葉に、浅井は完全に切れていた。

「お前が何だって言うんだ!」浅井は怒鳴りながら星岡に詰め寄る。

「ふん、愚か者が」

星岡は片手を持ち上げ、空気が一瞬で緊張に満ちる。周囲の温度が下がり、彼の周りには目に見えない魔力の波紋が広がっていった。


「見せてやるよ、本物の魔導がどういうものか。一斉射撃(ラ・フュズィヤード)!」

無数の見えない連撃が浅井を襲う。空気を切り裂くような音とともに、浅井は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「浅井氏ぃぃ!」恵一が叫び、駆け寄ろうとするが、星岡がその動きを遮った。


「次はお前だ、E組の新入り」


恵一は震えながらも拳を握りしめた。浅井を守るために、何とかしなければならない。しかし、どうすればいいのか分からない。ただ、恐怖を抑え込み、一歩前に出た。


「やめてくれ……浅井氏をこれ以上傷つけないでくれよぉ!」

「やめろだと?」星岡は鼻で笑う。

「お前みたいな雑魚が、俺に命令するつもりか?」


恵一は浅井の倒れた身体を背後に庇いながら、星岡に向き合っていた。足元は震え、心臓が激しく脈打つ。目の前にいる星岡から放たれる圧倒的な気迫に、膝が折れそうになる。


「おいおい、本当にやる気なのか?」星岡は冷笑を浮かべ、肩をすくめた。「いいぜ、その勇気だけは褒めてやるよ。だが、お前が立ってられるのは、せいぜい一発目までだな」


その言葉が終わるや否や、星岡の手が淡い光に包まれる。連続型魔導――「一斉射撃(ラ・フュズィヤード)」の術式が発動する予兆だった。

「来いよ、落ちこぼれ!」星岡が叫ぶと同時に、無数の魔力の弾丸が空間に現れる。それらは目に見えないほどの速度で、恵一の全身に向けて飛び込んできた。


「ぐふぅ!」


恵一は反射的に身を丸めた。次の瞬間、衝撃が全身を襲う。弾丸は肉体を穿つというより、鈍い打撃のように叩きつけられる感覚だ。しかし、その力は容赦がなく、瞬く間に恵一の呼吸を奪っていった。


「どうした、終わりか?」

星岡は飽きたような表情で手を緩める。しかし、恵一が膝をつき、辛うじて倒れないように地面を掴んでいる姿を見て、口元に冷たい笑みを浮かべた。

「ほう、まだ立ってるのか。なら、もう一度だ」

再び「一斉射撃(ラ・フュズィヤード)」が放たれる。今度はさらに密度が高く、恵一の体中に容赦なく降り注ぐ。


「うぎゃああああああ!!」


全身が痛みで燃えるようだった。視界が揺らぎ、地面の感覚が遠のく。だが、倒れそうになるたびに、浅井の苦しそうな顔が脳裏に浮かんだ。


(俺がここで倒れたら、浅井氏はどうなる? 俺を助けてくれた浅井氏を、こんな奴の好きにさせていいのか?)


心の中で自問自答を繰り返すたび、恵一は歯を食いしばり、なんとか立ち上がろうとする。しかし、足は鉛のように重く、息を吸うたびに肺が悲鳴を上げた。


「まだ立つつもりかよ!」


星岡は苛立ちを隠せない様子で、術式をさらに強化した。


「何度やっても無駄だ! お前みたいな落伍者が俺に勝てるわけがない!」


再び、目に見えぬ弾丸が恵一の身体を打ち据えた。それは容赦のない暴風のようで、彼の全身を痛みとともに飲み込んでいく。そのたびに、骨が軋むような鈍い音が響き、痛みはもはや一箇所に留まることなく、全身へと広がっていった。


そして、限界は唐突に訪れた。極度の緊張と苦痛の渦中で、彼の身体は自然の摂理に屈し始める。下腹部に走った微かな違和感は瞬く間に制御を失い、ついに彼の意志とは無関係に、直腸がその()()()を体外に解き放つ。


「ーーッ!!!(ブリブリブリブリッ ブブゥウウウウウウウ プパッ ブリリリリリリリリリッ)」


瞬間、周囲の空気が重く淀み、異様な臭気が漂い始めた。それは、発酵が極限に達した濃厚な有機物が湿気と硫黄の気配を纏い、立ち昇るような芳香(アロマ)となって空間を包み込む。鼻を刺すその刺激的な香りに、生徒たちは顔を顰め、思わず息を止めた。


やがて、ざわめきが小さな波紋のように広がり、教室全体を覆っていく。生徒たちの目には驚きと嫌悪が入り混じり、起きた出来事の異様さに誰もが言葉を失った。空間を支配する臭気は、沈黙の中でなお一層その存在感を強めていった。


しかし、恵一は違った。地面に両手をつき、震える腕で身体を支えながらも、決して倒れることはなかった。その姿は見る者に哀れさを感じさせる一方で、どこか不屈の意志をも示していた。


(俺がここで諦めたら、マジでただの落伍者どころか、ガチ底辺エンドじゃん……そんなの、俺の人生詰みすぎて無理ゲーすぎるだろ……!)


ふらつきながらも立ち上がる恵一を見て、星岡の顔に苛立ちが浮かぶ。

星岡は歯噛みしながら両手を広げた。周囲の空気が震え、魔力がさらに強大な波となって溢れ出す。彼の背後に輝く術式が、複雑な幾何学模様を描いていた。それはまさに、「一斉射撃ラ・フュズィヤード」の究極形と言えるものだった。


「これで終わりだ……! 立ち上がれないくらい叩き潰してやる!」


恵一は足を震わせながら、ふらつく体を支えていた。視界はぼやけ、耳鳴りが止まらない。それでも、まだ彼の意識の中には一つの強い想いが残っていた。


(俺は……ここで……負けるわけには……)


星岡が放った無数の見えない弾丸は、まるで自然界の猛威そのもののように恵一を襲った。目に映らぬそれらは容赦なく彼の身体を叩きつけ、空間を切り裂く轟音が廊下を満たした。衝撃が押し寄せるたびに彼の息は奪われ、全身が痛みに震えた。その痛みは単なる物理的なものではなく、深く魂にまで刻まれるようだった。


防ぐ術も、逃げる術もない。ただひたすらその暴力を受け止めるしかなかった。繰り返される攻撃に耐える彼の体は、ついに空中へと投げ出された。宙に浮かぶ一瞬、世界が静止したように感じられたが、次の瞬間には廊下の隅に転がるゴミ箱へと突っ込む鈍い音が響いた。


「ほげえええええぇぇっ!!!」


恵一の体は崩れるように倒れ、頭はゴミ箱の中にすっぽりと収まった。廊下には無防備にさらされた下半身だけが残り、その姿は滑稽さすら感じさせた。制服の裂け目から覗く貧相で極小サイズの〇〇と汚物に塗れた臀部が、まるで彼の無力さを象徴するかのように露わになる。


周囲の生徒たちから失笑が漏れた。それは驚きと嘲笑が入り混じった音であり、状況の異様さをさらに際立たせた。笑い声は次第に広がり、廊下に響き渡るその音が、恵一の心にさらに重くのしかかる。


しかし、彼は動かなかった。ゴミ箱の中に埋もれたまま、周囲の視線にも笑い声にも反応せず、ただそこに存在しているだけだった。その姿は滑稽でありながら、どこか奇妙な悲壮感を漂わせていた。


「ホール・イン・ワン!」


星岡の勝ち誇った声が廊下に響き渡り、その目はゴミ箱に頭を突っ込んだまま倒れている恵一を見下ろしていた。その表情はまるで完全なる勝利を手にした王者のようであり、彼の無力さを際立たせる冷笑が滲んでいた。


その時、恵一の身体が微かに震えた。次の瞬間――


ぷぅうう


間の抜けた音が静寂を破る。まるで星岡の声に応じるかのように、恵一は()()した。その音は廊下中に響き、瞬間的に笑いとざわめきを巻き起す。


星岡は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに嘲笑を浮かべて恵一を見下ろした。「情けない奴だな」と言わんばかりの視線が、その場を支配する。周囲の生徒たちもまた、笑いを抑えきれず、視線は貧相な姿をさらす恵一に釘付けだった。


ゴミ箱に頭を突っ込んだままの恵一は、何も言わなかった。笑い声が渦巻く中、彼は僅かに手を伸ばそうとした。しかし、その指先は震え、やがて力を失って床に落ちる。地面に押し付けられた顔の感触が冷たく重く、彼の体も心も静かに沈んでいった。


(……動け……動いてくれ……)


頭の中で何度も叫ぶが、身体は言うことを聞かない。全身が鉛のように重く、ただ横たわることしかできなかった。呼吸すら浅くなり、視界の端が徐々に黒く染まっていく。


(俺は……ここでジ・エンドなのか……)


星岡の笑い声が遠くで響く中、恵一は自分の敗北を痛感していた。悔しさと無力感が胸を締め付ける。目の前にいる星岡を見返すどころか、浅井すら守れなかった自分に、涙が溢れそうになった。


そのときだった。

「そこまでです、星岡さん」


落ち着いた声が、喧騒の中に鋭く響いた。視線が一斉にその声の主へと向けられる。そこには、静かに歩を進める桝岡京介の姿があった。ローブを纏ったその堂々とした立ち居振る舞いに、周囲の生徒たちは息を飲む。

京介は無言で恵一のもとへ歩み寄り、倒れた彼のそばに膝をついた。

「桂澤さん、大丈夫ですか?」


「京介氏……」


恵一が搾り出すような声で彼の名を呼ぶ。京介は頷き、肩に手を置いた。

「少し休みましょう。怪我の程度を確認しないといけませんね」

恵一の状態をざっと確かめた後、京介は立ち上がり、星岡へ視線を移す。その眼差しには微塵の動揺もなく、静かな威厳が宿っている。

「星岡さん、あなたがこのような行動に出る理由を、ぜひとも伺いたいものです」

星岡は軽く鼻で笑い、肩をすくめた。

「理由? そんなの簡単だろ。この落伍者どもに、自分の分をわきまえさせてやってるだけさ。ここは戦場だ。弱者が淘汰されるのは当然のことだろ?」

「それで、倒れた者に対して執拗に攻撃を加えることが、あなたの中では正当と見なされるのですか?」

京介の言葉に、星岡は皮肉めいた笑みを浮かべた。

「正しいかどうかなんて関係ない。俺はやるべきことをやっただけだ。あんたも余計な口出しはやめとけよ。関係ないだろ?」

京介は微笑を崩さず、静かに言葉を紡いだ。

「関係なくはありません。桂澤さんは、この学園において特別な才能を認められ、入学を許可された生徒です。その可能性を軽んじるのは、あまりにも無思慮ではありませんか?」


その発言に、星岡の笑い声が響き渡る。

「才能だ? 冗談だろ。このE組の落ちこぼれが、俺と同じ舞台に立てるとでも思ってるのか? 俺は連続型魔導の使い手なんだぞ。離散型の奴らとは次元が違う」


周囲の生徒たちからもざわめきが起こる。星岡の自信に満ちた言葉は、それだけの実績に裏打ちされている。しかし、京介はその言葉に動じることなく、静かに首を振った。

「才能というものは、それを正しい方向へ導き、適切な努力を注ぎ込むことで初めて花開くものです。確かに、あなたの力が優れていることは否定しません。しかし、桂澤さんの秘めた可能性を過小評価することは、星岡さんご自身の視野の狭さを示すだけですよ」


星岡は眉をひそめた。

「何が言いたいんだ?」

「そこで提案です。1週間後に模擬試合を行いましょう。その間、私が桂澤さんを指導いたします。そして、その試合結果をもって、彼がいかに卓越した才能を秘めているかを明らかにして差し上げます」

星岡は目を丸くし、次の瞬間には大笑いしていた。


「1週間だと? あんた、本気で言ってるのかよ? そんな短期間で、この落ちこぼれをどうにかできるとでも?」


京介は淡々と答えた。

「ええ、本気です。あなたがどれほど優れた連続型魔導士でも、才能が開花した桂澤さんには敵わないでしょう」


星岡の笑いが止まる。その目には軽蔑の色が浮かんでいた。

「面白いな。いいだろう、その提案、受けてやるよ。ただし、1週間後にこの落伍者がどんな無様な姿を見せるか、期待しておくぜ」


京介は微笑みを浮かべたまま頷いた。

「ありがとうございます。それでは1週間後、結果を楽しみにしています」


星岡が去った後、京介は再び恵一へと目を向けた。彼はまだ地面に座り込んでおり、不安げに京介を見上げている。


「京介氏……本当に俺が、星岡氏に勝てるのかなぁ?」


京介は頷き、穏やかに微笑んだ。

「もちろんです。私を信じてください、桂澤さん。1週間で、あなたは自分の力を理解し、使いこなせるようになります。一緒に頑張りましょう」


その言葉に、恵一の胸の中に小さな希望の火が灯るのを感じた。それは、これから始まる厳しい道のりを乗り越えるための第一歩となる予感だった。

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