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自問自答

桝岡邸の「月光クレアドルーンの間」での重々しい話が終わり、恵一は長いため息をつきながら、ようやく一息つくことができた。隕石の真実、そして自分の身柄を狙った軍部の企みを知ったことで、彼の中には不安と動揺が渦巻いていた。しかし、京介の毅然とした態度と言葉によって、わずかながら安心感を得ていたのも事実だった。


案内された部屋は、これまで恵一が見たこともないほど豪華な造りだった。シルクのカーテンが揺れ、高級な家具が整然と配置されている。天井には精緻な彫刻が施され、まるで貴族の城にでも迷い込んだかのようだ。だが、その豪華さに感動する暇もなく、恵一は突如襲いかかる生理現象に抗えず、トイレを探し始めた。


屋敷の静けさは、彼の焦りを際立たせるかのように耳元で響いている。周囲には絹張りの壁紙と繊細な金の装飾が施された扉が幾つも並び、どれが正しい道であるかを示すものは何もない。


恵一はひとつ息をつき、近くの扉に手をかけた。だが、その奥に広がっていたのは巨大な書斎だった。壁一面に並ぶ本棚、その奥に置かれた重厚な机と革張りの椅子――空間全体が厳かに沈黙を保っている。だが、今の彼にとってこの静謐さは無意味だ。彼は扉を閉め、次の扉へと向かった。


腹部の痛みが次第に増し、冷たい汗が背中を伝うのを感じる。彼の足取りは焦燥とともに速くなり、靴音が廊下に響く。その音さえも、広大な空間に吸い込まれていくように聞こえた。次の扉を開けると、そこには豪奢なリビングが広がっていた。クリスタルのシャンデリアが天井に輝き、深紅の絨毯が床を覆う。だが、求めるものはここにはない。


「いくらなんでも、広いすぎるだろぉ……」

彼の呟きは誰にも届かない。広い廊下を走り抜けながら、目に映るのはただ無数の扉と果てしない空間ばかりだ。


次第に腹部の痛みは嵐のように荒れ狂い、彼の思考を飲み込もうとしている。ついに、廊下の角を曲がった先に控えめな扉を見つけた。装飾のないその扉は、これまで開けてきたどの豪奢な扉とも異なる控えめさを持っていた。


恵一は手を伸ばし、その扉をゆっくりと開けた。


ようやく見つけたトイレは、それ自体が一つの芸術作品のようだった。大理石の床には幾何学模様が彫り込まれ、壁には柔らかな間接照明が灯り、静かに水の流れる音が心を落ち着かせる。便座にはふかふかのクッションが取り付けられ、温度調節機能まで備わっている。まさに桝岡家らしい、豪奢かつ快適さを追求した空間だ。


挿絵(By みてみん)


恵一はズボンのベルトを外しながら、目の前の便器をしばし見つめた。その光沢のある陶器には金箔が施され、まるで王座のような威圧感を放っている。


「なんだよ、このトイレ……逆に緊張するじゃねぇか……」


一人呟きながら、便座に腰を下ろす。適度に温められた便座が冷え切った体をそっと包み込み、わずかな安堵感を与える。その瞬間、恵一の緊張は少しずつ解け、身体が自然と力を抜いていくのを感じた。

深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。長い一日の疲れが全身から漏れ出していくかのようだ。胃腸が静かに動き始める音が微かに聞こえ、恵一は体の変化に集中する。下腹部にじわりとした圧力が広がり、便意が確かなものとして体内に響いた。


「ふぅ……」


深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。隠しきれない緊張と疲労が、少しずつ解き放たれていくのを感じる。彼は肛門括約筋に意識を集中させ、慎重に力を込めた。その瞬間、静寂を破り、恵一の直腸から()()()が解き放たれる。


「ブリブリブリブリュリュリュリュ ブツチチブブブチチブリリイリブブゥゥッッッ!!」


便器の水面に大便が落ちる音は、どこか心地よいリズムを奏でる。続いて、彼の体から解放される感覚が押し寄せた。お腹の奥に滞っていた重みが次第に抜けていき、全身が軽くなるような爽快感が彼を包み込む。それは、嵐が荒れ狂う海がついに静けさを取り戻し、波が大地に溶け込む瞬間のようだった。


「……っはぁ……」


思わず小さく呻く。誰にも邪魔されないこのひとときが、どれほど貴重であるかを改めて実感する。特に今日は、これほどまでにストレスが溜まった日などなかった。恵一は便座に座りながら、改めて今日という日を振り返る。

次第に腸内の残り物が動き始め、再び圧力が高まる感覚が訪れる。彼は慎重に息を整え、再び力を込めた。


「ブリッ、プププ……」


連続して響く音は、どこかリズミカルで穏やかなものだ。便器の中の水面に広がる小さな波紋が、静かな光の中で美しく輝いて見える。まるで自然の浄化作用を眺めているかのようだ。


「ふう……」


恵一は目を閉じ、深い安堵のため息を漏らした。考えてみれば、朝からあまりにも多くのことが起こりすぎた。学校での平凡な日常が一瞬にして壊れ、巨大隕石を止める羽目になり、挙げ句の果てには軍部に拘束されかける――こんな経験をした高校生が、他にいるのだろうか。


「俺って……一体何なんだろうな」


誰にともなく呟くその言葉は、トイレの静けさに吸い込まれていく。思い返すのは、自分の力が発現した瞬間だ。隕石を前にして、全身が黄金の光に包まれたあの奇妙な感覚。それは間違いなく、自分の中に眠る力が覚醒した瞬間だった。


「でも、なんで俺なんだよ……?」


何度も自問自答を繰り返すが、答えは見つからない。ただ一つ確かなのは、桝岡京介という人物が自分の力を認め、守ろうとしてくれているということだ。


「京介氏……ガチで神だよな」


思い返すのは、暗殺部隊を指一本で一掃した京介の姿だ。あの冷静さ、あの圧倒的な力――自分が叶うわけがない。しかし、京介は自分に期待しているようだった。「君の力は特別だ」と言われたその言葉が、胸に突き刺さっている。


「俺なんかじゃ……期待に応えられる訳ないっす……ガチで無理ゲーっすよぉ」


呟くその声には、自信のなさが滲んでいた。これまでずっと、周囲から笑いものにされ、無価値だと思い込んできた彼にとって、「特別だ」と言われること自体が負担だった。

やがて恵一は、トイレの中で自分自身に言い聞かせるように口を開いた。


「でも、逃げるわけにはいかねえ。あの隕石を止められたのは俺だ。ワンチャン、俺にしかできないことだってあるはずだ……!」


自分を奮い立たせるように拳を握りしめたその瞬間、彼の中で何かが変わり始めた。恐怖と不安に押し潰されそうだった心が、ほんの少しだけ強さを取り戻していく。


恵一は、一連の動作が終わるのを感じると、トイレットペーパーに手を伸ばした。これまた最高級の素材が使われているのだろうか、柔らかく、肌触りが驚くほど滑らかだ。慎重に後処理を済ませると、便座横のボタンを押して自動洗浄を作動させた。


「シュゴォォ……」


便器が自動的に洗浄され、再びピカピカの状態に戻る。その完璧さに思わず感心しながら、彼は腰を上げてズボンを履き直した。


恵一は便座から立ち上がり、流れる水の音を背にトイレを後にした。その表情にはわずかな決意の光が宿っていた。


部屋に戻ると、月光の間で話した京介の言葉が再び頭をよぎる。「君の力がこの国を変える可能性がある」。その意味を理解するには、まだ時間がかかるだろう。しかし、恵一は決めた。自分にできることをやってみる。それがどんなに小さな一歩でも。


「よしっ、明日から本気出しますか……」


恵一は自分に言い聞かせるように呟くと、広すぎるベッドに飛び込んだ。暗い天井を見つめながら、彼は新しい一日を迎える準備を始めていた。

これにて、第一次東北事変編は終了です・・・ 次回は白金魔導学園ー編入編。いつまで続くかわかりませんが、引き続きよろしくお願いいたします。

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