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明かされる真実

帝都・東京エリア17(旧大田区)──この街に並ぶ邸宅のどれもが豪奢な造りを誇るが、桝岡家本邸の存在感は別格だった。


長大な並木道を抜け、漆黒の車体が滑るように進む。リムジンのタイヤが大理石を敷き詰めた車寄せに触れた瞬間、圧倒的なスケールの豪邸がその全貌を現した。


門を飾る二本の巨大な石柱。緻密な細工が施された鋳鉄の門扉が、重々しい気配を漂わせながら開かれていく。その向こうには、広大な庭園が広がり、計算され尽くした美の調和を成していた。


手入れの行き届いた樹木が整然と並び、その奥ではいくつもの噴水が静かに水音を奏でる。花壇には四季折々の珍しい花が植えられ、まるで貴族の園を思わせる光景が広がっている。


そして、目の前にそびえ立つのは、桝岡家本邸──もはや「邸宅」と呼ぶには威厳がありすぎる、帝都屈指の壮麗な建築。


漆喰と大理石を基調とした外壁は、光を受けて鈍く輝き、アーチ状の窓には繊細なステンドグラスが嵌め込まれている。高さ十メートルを超える正面扉は、装飾された金細工が厳かに輝き、その向こうに広がる空間の荘厳さを暗示していた。


その光景は、現実離れした美しさと威圧感を兼ね備え、ただそこに立つだけで息を呑むほどの圧倒的な迫力を放っている。


恵一は車内から外の景色をぼんやりと眺めていたが、何も言葉を発することができなかった。その隣では、京介が特に興味を示すことなく、静かに車が完全停止するのを待っていた。


リムジンが止まると、執事長の溝呂木が後部座席のドアを開けた。京介は悠然と降り立ち、続いて恵一もその後に続く。だが、その瞬間、庭の奥から奇妙な音が響いてきた。


「はあっ、はあっ……ワン、ワン!」


その音に、恵一は反射的に身構えた。遠目から何か犬のような生き物がこちらに向かって走ってくる……そう思った次の瞬間、目の前に現れたのは「人間」であった。


初老の男が庭の小道を四つ足で駆ける姿は、まるで忠実な犬そのものだった。その首には革製の首輪が巻かれ、擦り切れたような革の質感が彼の屈辱的な状況を際立たせていた。かつては帝国臣民党の重鎮として政界に君臨し、威厳と恐れを一身に集めていた大原幹事長。その堂々たる風格は、今や見る影もない。彼の動きには、かつての権力者としての痕跡すら残されていなかった。


くぅううんん(京介様)!!!」

大原は四つ足で京介氏の足元に駆け寄ると、喜びを露わにして尻尾――いや、実際には存在しないはずの尻尾を振るような仕草を見せた。


恵一は目の前の異様な光景に動けずにいた。言葉を発することもできず、ただその場に立ち尽くす。


「良い子ですね」

京介は穏やかに微笑みながら大原の頭を撫でた。その仕草は、飼い主が愛犬を可愛がるときのそれに似ていた。


「お手」

京介の指示に大原は片手を差し出した。


「おかわり」

反対の手を差し出す。


「ちんちん」

大原は立ち上がり、胸の前で両手を揃え、犬のように座るポーズを取った。


恵一は息を呑んだ。動作の一つ一つが異常に自然で、それがなおさら奇妙さを引き立てていた。


「ご褒美をあげましょう」

京介はポケットから小さな袋を取り出し、その中から犬用のおやつのようなものを男の口元に差し出した。大原は歓喜の表情でそれを受け取り、夢中で噛み砕く。


耐えられなくなった恵一は、ついに口を開いた。


「京介氏……え、この人……なにモン……?」


京介は微笑を浮かべたまま振り返った。


「ただの犬ですよ。便利な犬です」


「いやいや……でも、これ、明らかに人間だよな……?」


「桂澤さん、人間と犬は必ずしも矛盾しませんよ」

京介の言葉に恵一は返す言葉を失った。ただ、目の前の光景が現実であることを受け入れるほかはなかった。


「さて、行きましょう」

京介は大原の頭をもう一度軽く撫でて立ち上がると、邸宅の扉へと向かった。


桝岡邸は、その外観の威容を遥かに凌駕するほどの壮麗さで内部を彩っていた。

大理石の床は、月光を浴びた鏡の湖のように滑らかで、柔らかく輝く光が天井へと反射している。壁一面には、繊細な金箔の装飾が丹念に施され、幾何学的な模様が訪問者を迷宮へと誘うような錯覚を与えていた。天井を覆うフレスコ画には、神々と星々が描かれ、見る者の視線を自然とその壮大な物語へと引き込んでいく。


巨大なクリスタルシャンデリアが、空中で煌めきながら部屋全体を支配していた。その無数のプリズムが光を砕き、虹色の煌きが空間を優雅に漂っている。その光景は、訪れた者が時空を越えた別次元の舞台に足を踏み入れたかのような錯覚を抱かせた。


京介に案内され、恵一は『月光(クレアドルーン)の間』と呼ばれる部屋へと導かれた。その部屋の名前は、まさにその空間を象徴していた。壁は柔らかな銀色に彩られ、細やかなレリーフが月の満ち欠けを繊細に描いている。天井には、淡い光を放つ特注の魔導ランプが設置され、その光がまるで夜空を歩く月光のように壁や床を静かに撫でていた。


中央に据えられたテーブルには、ジョージ・ラヴァレンスのクリスタルグラスが一対並べられていた。そのガラスの透明感は、まるで空気そのものを切り取ったような純粋さを持ち、ダマスクローズの蒸留水が放つ柔らかな花の香りが、部屋中に静かに漂っていた。その香りは、言葉を交わす前の静けさを、穏やかな期待感で満たしていった。


「どうぞ、こちらにお座りください」

京介の声は穏やかだが、その響きには揺るぎない威厳が込められていた。


京介が示した椅子に腰を下ろした恵一は、身を縮めるようにしてその場の荘厳さを受け止めた。京介が向かいに腰を下ろすと、二人の間には一瞬の静寂が流れた。その沈黙ですら、この部屋では重厚な意味を帯びているようだった。


執事の溝呂木が静かに一礼し、グラスに丁寧に蒸留水を注ぎ込む。その音は、静まり返った空間の中で小さな波紋となり、やがて花の香りとともに消えた。


京介はグラスを手に取り、一口含んだ後、静かに置いた。その動作一つ一つが完璧なまでに計算されているようで、優雅さと落ち着きを備えていた。


「あなたには、東北事変の真実を知る権利があります」

京介はそう切り出し、柔らかな照明が揺らめく中で、その瞳を静かに恵一へと向けた。その言葉に、恵一の背筋が思わず伸びる。これから語られる内容が、尋常ではないことを予感させたからだった。


「まず、隕石の真実に触れる前に、軍部がなぜあなたを拘束しようとしたのか。その理由をお話ししなければなりません」


静まり返った空間には、時計の秒針さえ聞こえそうな緊張感が漂っている。光と影が交錯する部屋の中で、京介の言葉が次々と空間を切り裂くように響き渡った。彼の特徴的なくせ毛が照明の下で微かに動き、そのわずかな動きが、まるで沈黙の中に置かれた重い石のように存在感を際立たせていた。


静寂を破る京介の一言一言が、空間そのものを振動させるかのような重みを帯び、恵一はその言葉に引き寄せられるようにじっと耳を傾けていた。


「俺の力を……自分たちのものに、とか言ってんの……?」

恵一は眉をひそめ、膝の上で両手を握りしめた。自分の力がそこまで重要視される理由がまだ掴めない。彼の視線は床の一角、光の反射で淡い銀色に輝く模様に釘付けになったままだった。


「軍部は、未登録かつ強力な魔導師を非常に好都合な存在と見なしています。あなたのような存在を支配下に置くことで、自らの権力基盤を一層強化しようとしているのです」

京介の言葉には確固たる重みがあり、その声が持つ静かな力が、恵一の胸の奥深くまで響いた。


部屋の奥にあるアンティークの書棚が、淡い光を受けて影を描いている。その影が恵一の側で揺らぎ、不安げな彼の表情を一層際立たせているようだった。


「あなたの力を掌握することで、軍部は帝国内での権力をさらに高めようとしているのです。国防の名の下にあなたを拘束し、実験や訓練を通じてその力を自分たちの都合の良い形で利用するつもりだったのでしょう」


その言葉に、恵一は小さく身震いした。彼は無意識に深く息を吐き、視線を窓の外へ向けた。外では夜風が木々を揺らし、月明かりが庭の芝生を静かに撫でていた。しかし、その穏やかな光景も、京介の言葉が描き出す未来の恐ろしさを払拭することはできなかった。


「……いやいや、マジありえんだろ!そんなの絶対NG!!許すまじ案件!!」

恵一は声を震わせながら叫んだが、その拳は強く握りしめられ、膝の上で微かに震えていた。


「あなたが、そのように感じていらっしゃるのであれば、それも無理のないことでしょう」

京介は淡々と頷き、落ち着いた調子で話を続けた。その姿には、どんな状況下でも動じることのない揺るぎなさが漂っていた。


「ですが、桂澤さん。あなたの力は、ただ強力というだけではありません。その発現の仕方が、通常の魔導師とは全く異なる。それゆえに、軍部の魔導研究部隊ですら説明がつかない、未知の領域に属するものなのです」


その言葉に、恵一は目を見開き、混乱の色を浮かべた表情で京介を見つめた。天井の星座模様が、恵一の頭上でゆっくりと光を放つ。部屋の静けさが、彼の困惑をさらに際立たせた。


「この未知の力を持つあなたが、隕石の落下を阻止しました。この事実により、軍部はあなたを『国家の資産』とみなす理由を手にしました。しかし、彼らの野心はそれだけに留まりません。彼らは、あなたの力を盾にして政界や他の権力機構に影響を及ぼそうとも考えていたのです」


恵一の心の中には恐怖と戸惑いが渦を巻いていた。自分の力が、それほどまでに巨大な組織にとって重要なものだったとは――その現実が胸に重くのしかかる。周囲の静寂は、彼の内なる混乱を際立たせるようだった。部屋を包む柔らかな照明の光が、テーブルに反射し、微かに揺れる影を床に映し出している。その穏やかな光景が、恵一の胸中の荒波と対照的だった。


京介は一息つき、手にしていたグラスをゆっくりとテーブルに置いた。その音が静まり返った部屋の中に、小さな波紋を広げるように響く。グラス越しに見える彼の瞳は深く、底知れない静けさを湛えていた。


「では、本題に入りましょう。隕石の真実についてお話しします」


その言葉が空気を震わせた瞬間、恵一は小さく肩を跳ねさせた。耳に届く京介の低い声は、単なる事実を告げるものではなく、深刻な啓示をもたらす予感に満ちていた。


「真実……?」


恵一は、思わず前のめりになりながら呟いた。その声には、隠しきれない不安と期待が混じっている。テーブル越しに向かい合う京介は、微かに瞳を細め、再び静かな口調で語り始めた。


「あの隕石の落下は、単なる自然現象ではありません。それは計画された攻撃だったのです」


その言葉が響くと同時に、部屋の空気が張り詰めた。恵一は無意識に椅子の肘掛けを握りしめ、目を京介に釘付けにした。窓の外では、夜風が木々の葉を揺らし、その音がわずかに耳に届く。静けさの中に漂う緊張感が、彼の胸をさらに強く締め付けた。


「攻撃って、どういうこと?」

「北アトランティック連邦による侵略の一環です」


京介の言葉は低く、確信に満ちていた。その響きが、部屋に漂う月光の穏やかさを一瞬でかき消し、冷たい現実の重みを恵一に叩きつけた。


「彼らは、大規模な重力制御魔法を使用して隕石の軌道を操り、日本列島、特に東北地方を壊滅させる計画を実行したのです。あの隕石は、偶然落ちたのではありません」


恵一は息を呑んだ。自分が命をかけて止めた隕石が、ただの自然災害ではなく、国家規模の作戦の一端だったとは。


「なんで……なんで帝国を狙ったんだよ?」


恵一の問いかけが静けさに満ちた空間を切り裂いた。月光(クレアドルーン)の間に漂う柔らかな光が、恵一の表情に微妙な陰影を落とす。壁一面に施された繊細なレリーフが、月の満ち欠けを静かに映し出し、その銀色の輝きが空間に神秘的な深みを与えていた。


京介は短く間を置き、目を伏せた。その間にわずかな静寂が訪れる。壁にかかった魔導ランプが描く淡い光のラインが、テーブルの表面を滑り、まるで月光の波紋のように揺れていた。


「我が国は、魔導技術の分野において世界の先端を行く国です。そして、それは北アトランティック連邦の安全保障において重大な脅威とも言えます。彼らの目的は二つ。一つは、我が国の魔導技術を壊滅させ、国力を削ぐこと。もう一つは、極東全体のパワーバランスを崩し、覇権(ハゲモニー)を完全に掌握することでした」


京介の言葉は低く、確信に満ちていた。その響きは、部屋に漂う穏やかな空気を一瞬でかき消し、冷たい現実の重みを恵一に突きつけた。天井に灯る魔導ランプの柔らかな光がテーブルに反射し、微かに揺れる影を床に落としている。その静けさが、京介の告げる事実の厳しさを一層際立たせていた。


「自分が止めた隕石、ただのデカい石ころじゃなくて、まさか世界をバグらせる計画の伏線だったとか……!?」


恵一の胸に重くのしかかる思いが影となり、彼の顔に浮かび上がった。その影を捉えたかのように、京介は続けた。


「あなたが放った魔導障壁は、その計画を完全に打ち破りました。それだけではありません。彼らの重力制御術式を逆流させ、実行部隊の一部にも壊滅的な被害を与えた。これは、あなたの力が私たちの想像を遥かに超えるものであることを証明しています」


天井から吊るされた特注のランプが放つ淡い光が、壁や天井をゆっくりと撫でていた。その光景は、まるで宇宙の星座が生きているかのような動きを見せ、恵一の胸の中で小さな達成感を生み出した。しかし、その感情は京介の次の一言によって、すぐに霧散した。


「ですが、それ故に彼らはあなたを危険視しているのです」


京介の視線は鋭く、言葉には冷徹な現実が宿っていた。彼の背後にあるレリーフが、柔らかな光を受けてきらめき、その影が壁に細かな模様を描き出す。その影の複雑さが、まるで恵一の胸に去来する不安の深さを映し出しているかのようだった。


「あなたの力は、彼らにとって脅威そのものです。だからこそ、あなたを狙う暗殺部隊が送り込まれました。そして、今後も彼らの手が及ぶ可能性は極めて高い」


恵一の拳が、無意識に力を込めて握られる。唇を噛み締める彼の目は、柔らかな光を受けて小さく輝いていた。その姿は、この状況に対する怒りと恐怖の混ざり合った感情をそのまま表していた。


「どうすれば……俺はどうすればいいんだよぉ?」


その声にはかすかな震えが混じり、月光(クレアドルーン)の間に響き渡る。京介は動じることなく、柔らかな微笑を浮かべながら答えた。


「どうぞご安心ください。あなたは今、私の保護下にあります。桝岡家の力をもってすれば、どのような脅威にも対処することができます」


京介の言葉が空間に落ちるたび、部屋の空気がわずかに振動しているかのように感じられた。その声は静かでありながら、確固たる重みを持って恵一の心に染み渡っていく。


「ただし、あなたには覚悟が必要です」

京介の目が恵一を捉える。その視線は冷たくもなく、むしろ優しさを含んでいるようだった。


「覚悟……?」


恵一は口元に浮かぶ疑問をそのまま呟いた。その声が、月光(クレアドルーン)の間に織り込まれた静けさに吸い込まれるように消えていく。


「あなたの力は、この国を守るための鍵となります。それを正しく使う覚悟を持っていただきたい」


京介の言葉には、深い説得力が込められていた。天井のランプの光が、彼の瞳にかすかに反射し、その瞳がまるで未来を見据えるかのように鋭く輝いている。


恵一は小さく頷き、控えめな光を受ける自分の手を見つめた。その手は、これまでの自分の人生を象徴するかのように震えていたが、同時に小さな決意の光も宿していた。


「わかったよ……俺、やってみっから!!ガチで……行くぜ俺!!」


その言葉が、月光(クレアドルーン)の間に静かに響き渡った。京介は満足げに頷き、穏やかな表情を浮かべた。


「まずは、体をしっかり休めてください。これから先、あなたには数々の試練が待ち受けています。それに備えることが何より重要です」


恵一はその言葉に頷きながらも、不安と期待の入り混じった表情を浮かべていた。月光(クレアドルーン)の間に漂う静けさの中、その小さな決意がゆっくりと芽生えていくのを感じていた。

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