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タバコ

作者: 6月32日

「どうしてタバコすえんの、先生?僕は、どうしてもすいたいんよ。どうしても」

 足が震える。俺の足だ。寒さのせいじゃない。遠くに自分の足があって、だれかに揺すられている。でも、これは妄想だ。

 精神病はうつる。間違いない。俺は確信する。

 今は夜中の3時7分。こいつの相手を始めてからやっと、30分程経過した。

「しんどいんよ。タバコすわんと、ね、分かるやろ?」

 分からん!オマエの気持ちなんかさっぱり分からん!俺は普通の人間だ。普通じゃないオマエの気持ちなんか分かるわけないだろ?

 

 正月の当直、夜中の2時半、看護師に呼び出された。「患者さんがタバコすわせろって、騒いでますう。せんせえ、ちょっと、話きいてあげてもらえませんかあ」って、お・ま・えがきけ! オマエがきいてサシアゲロ!

 この看護師とは、2日前に処方変更の指示でモメた。結局、仕分けされていた薬袋から錠剤のこまかーい表面の文字を確認させて、手作業で一粒ずつ取り除いてもらった。おそらく30分以上かかったはずだ。その日は忙しかった。なんか良く分からんが、保健所のオッサンとか来てたし。だから、ごめんって謝っただろ?心の中で。

 復讐だよな…そうだよな、すごく古典的な。知ってるよ。研修医時代にさんざんされたもんな、フラッシュバックの見本みたいに、リアルな残像が脳内をよぎる。


「先生、ワシどうして入院したか知っとる?」

 知らん!なにも知りたくない!頼むからそれ以上顔を近づけるな。いったい何を食ったら、そんなに息が臭くなるんだ?人知の範囲を超えてるぞ。

「うちのドレイが、ワシのタバコ取り上げよって、金属バットで殴ってやったんよ」

「ドレイ」というのが、たぶん親のどっちかなんだろうっていうのは雰囲気で分かるが、いまどき金属バットか…親もそんなもの家に置いとくなよ。存在自体が凶器のお子様(すでに中年)にそんな玩具を与えたらイカンでしょ? きっと、コイツ抑制が効かんから、バントぐらいにしとけば良いのに、おそらくフルスウィングだね。カキーンて。危険なお子さまにバットを与えたくらいの落ち度で、正月に子どもにヒットエンドランされるのもつらいよな。

 しかし、こんな脅しかけてくるあたり、こいつ、「なんちゃって糖質(統合失調症)」じゃねえか?それにしても、足の震えに加えて、なんだか下半身もぞわーっと熱くなってきた。過去のデータによると、もう少し揺さぶりをかけられたらちびるパターンだ。


わあああああああああああああああああああああああああああああああ

タアバアコオオオオオオオ

タバコタバコタバコタバコタバコタバコタバコタバコタバコタバコオオオオオオオオオオ

髪をかきむしりながら足をばたばた。床をドンドン。首をがくがく。

ドンドン、ばたばた、ドン、がくがく、ドン、がく、ばたばた。ドンばたばた。

…どした? 急展開についていけん。なんか、ドンドンっていうのがビート刻んでるし。

30を越えた男の駄々っ子アピールに、頭が冷えていく。下半身の火照りが引いた。危機は去った。

本当の精神病性の疾患ではないこの男は不穏状態を維持できない。リミッターが働いてしまうのが、正常な人間の悲しさだ。終始アルカイックスマイルを貫いた俺の作戦勝ちだ。そう思った。


もう一度起こされた。

男が首をつった。

寝台車で遺体が運ばれる直前、腕に薄汚れた包帯を巻いた父親に深々とお辞儀された。

「大変お世話になりました」

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