『歌い手の部屋』
歌い手:カラオケの達人。
「歌い手だって。そういえばネットの動画で歌ってみたとか……お兄ちゃん?」
「何が歌ってみた、だ」
「お、お兄ちゃんがまたしても腐ってる。お腐兄ちゃんになってる……あ、これだとお豆腐みたいだね」
「……」
〇〇〇〇〇〇〇〇
「とにかく、俺は『歌ってみた』だの抜かしてる動画が大嫌いなんだよ」
「えー、私は結構好きだけど」
「は?」
「……え?」
「お前が好きなのはなんだ? 歌声か? 違うだろ……曲だろ!!」
「そ、そう言われてみると……」
「大体なぁ、歌ってみたとか言ってるけど、歌う曲は流行りものだったり人気の曲だったりするんだよ。曲にあやかってんじゃねえよ!」
「す、すごい迫力……」
「考えてもみろ。そいつらは曲が人気だから歌うんだよ。誰も知らないような歌を歌ってみろってんだ。それと、他人の作った曲を踏み台にしてんじゃねえっての。ボイトレだかアレンジだか知らんが、歌う奴が偉いんじゃない。いつの世だって、作る奴が偉いんだよ!」
「で、でも、歌う人がいないと……」
「そんなの、いくらでもいるだろ?」
「うぐっ」
「例えるなら、お笑いのネタを他のやつが何人もやってるのと同じ状況だ」
「……カオスだ」
「これが売れてるネタなら、どうだ?」
「そりゃあ、面白いと思うよ」
「売れてないネタなら?」
「うーん」
「同じなんだよ。歌い手とか言っておきながら、歌う歌を選んでるってことだ! 何様だよ! カラオケで歌ってろよ! 真の歌い手なら曲選ぶなよ!」
「お兄ちゃん、今日はやけに張り切ってるね。何かトラウマでもあるの?」
「……」
「あ、怪しすぎる……」
「ふっ……俺がかつて言われたことさ」
「え、お兄ちゃん、歌ってみたの? あれだけ歌えない設定って威張ってたのに?」
「……すぐに削除したよ。罵倒と非難の嵐だからな。だが、わかってくれ」
「え?」
「決して、CDデビューしたいって思ったんじゃなくて、楽しそうって思ったからで、そんなやましいことは決して――」
「お兄ちゃん、正直になろう」
「……すみません。歌手になろうとしました」
「よしよし」




