『ユートピアの部屋』
ユートピア:トマス・モアの著作。作中の国家で、理想郷のこと。店の名前ではない。
「ユートピアって?」
「理想郷の事だ。砕いて言えば楽園だな」
「楽園……!? つまり、お兄ちゃんが無限に出現するってこと?」
「どんなカタストロフィだ、それは」
〇〇〇〇〇〇〇〇
「でもさ、実際に楽園に行っちゃうと、人間は更なる楽園を求めそうだよね」
「それは、なんとなくわかる気がする」
「人間は強欲だからね」
「確かにそうだな。しかし、楽園ってことは世界にいくつもあっちゃ駄目だろ?」
「うん、そうだね」
「人それぞれ、楽園には思い描くイメージがあるんだから、たとえば食事に興味の無い人が食べ物に困らない楽園に辿り着いても、そこを楽園だと認識するのは難しくないか?」
「あ、そっか。私みたいにお兄ちゃんを求める人もいるのに、顔だけのイケメン揃えられても嬉しくないもん。一緒だね」
「……とにかく、楽園ってのは普通に生活してる分には、決して辿り着くことの出来ない場所だと思うわけだ」
「どういうこと?」
「例えば、世界中には貧困や病に脅かされる人が大勢いる。そんな人達の為に、楽園はひっそりと門を開けるのかもしれない。俺達みたいに中途半端に幸せな連中には、ユートピアは歓迎の意思を示さないだろう。つまり何が言いたいのかというと、俺達はユートピアに一生行けない」
「なんか、すっごく重い話になってる。でも、それだと逆も考えられないかな」
「どういうことだ?」
「貧しい人たちからすると、ユートピアは貴族や金持ちが独占していて、自分たちが入ることの出来ない場所って考える場合もありそうだよ。私達みたいに普通の生活を送れてる事も、一種の楽園に思えるんじゃないかな?」
「成程。理想郷っていうのは、皮肉なことに、個人の状況で変化してしまうのか。これじゃあ、万人にとっての楽園なんてありえないな」
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「でもでも、ユートピアがあったらいいなって思うよね」
「それは、そうだな。一生働かなくていいなら、最高だよな」
「お兄ちゃん、まだ働いてないよね」
「仮定の話だ。ともかく、ユートピアを信じて待つよりも現状の努力をした方がいい。つまり、お前は勉強をしろ」
「異議あり! 私にもユートピアは歓迎すると思います! 人を選んで歓迎しないなんて、楽園でも何でもありません!」
「そんなお前に、助言をしてやろう」
「え?」
「甘い話には罠がある。つまり、ユートピアって言っても竜宮城のようなケースも考えられるってことだ」
「……年取りたくないし、今を生きるよ」
「そうしろ」




