『天体観測の部屋』
天体観測:星を見ること。歌ではない。
「綺麗だな」
「お兄ちゃん、正直すぎ」
ぷに。
「お前のことを言ったんじゃない。星空に対して言ったんだ」
「もう、照れ屋さんなんだから」
ぷにぷにぷに。
「気色悪い。頬をつつくのをやめろ」
「なっ! 気色悪いは言い過ぎ!」
〇〇〇〇〇〇〇〇
「はいはい。……そんなことより、この部屋の天井が天窓に切り替わるなんて初めて知ったぞ。さっき手慣れたようにリモコン使ってたけど、知ってたのか?」
「もう一回、わたしのこと好きって言って。そしたら教えて――」
「いやいい。俺が興味を捨てればそれで済む話だ」
「ノリ悪いよ、お兄ちゃん。……そうだ。こうやって星空を見ながら、星座の名前を言う人って知的で憧れちゃうなぁ」
「……」
「あれ? ……好きに、なっちゃうなぁ」
「……」
「どうしたのお兄ちゃん! ここは攻め落とすチャンスだよ!」
「どうして俺が妹を攻め落とさにゃならん」
「そりゃあ、妹ルート確定だから?」
「わけがわからん」
〇〇〇〇〇〇〇〇
「ねぇねぇ。恋人同士だったら、どんな風に星を見上げるのかな?」
「……そうだな、遠距離恋愛だったら、この星を相手も見てるとか思うんじゃないか?」
「ぷぷ。お兄ちゃんロマンチストだね」
「わかった。お前とは金輪際口を利かないでおこう」
「じょ、冗談だよ。イッツジョーク! アイムエンターテイナー!」
「……」
「え、もしかして実行中?」
「……」
「お兄ちゃん! 無言で尺をもたせるのやめてよ! 私のワンマンショーみたいで恥ずかしいよ!」
「自称エンターテイナーならなんとかしろ」
「うぐっ。そう言われると挑戦してみたくなる今日この頃、夜空は見渡す限り晴れていて、照明の消えた部屋の中、月明かり下、私は蝶になる!」
「……」
「何か反応してよぉ~~! ギャラリーはお兄ちゃんだけなんだよ?」
「良かったな、チケットが一枚だけ売れて」
「採算が合わなくて生活に苦しむよ! 売れないシンガーソングライターの心境を少しだけ悟ったよ!」
「それなら路上ライブに行ってみるといい。通りがかった人に芸を見てもらえ」
「それいい考え! って、私人見知り!」
「仕方ない。ネットに動画をアップするのはどうだ?」
「それ知ってる! 広告つけた動画で荒稼ぎするやつ!」
「……まあ、その辺りは触れないでおこう。お前もああなるといい」
「うん、それは嫌」
「その心は?」
「晒し者だもん!」
「馬鹿だな。あれは自ら晒し者を演じるピエロなんだ。つまり、お前は世界を騙せる道化師になればいい」
「あ、そうか! って、天体観測から逸れすぎだよ!」
「そうか?」
「そうだよ! なんで校長のスピーチみたいに脱線してるの!」
「あれはすごいよなぁ。国語の勉強を生徒に強要する前に自分がしろって思うよ」
「そうそう。大抵、夏休み前は交通事故に気をつけましょうねって話題から、聞きたくもない校長の青春時代を遡っていき、果ては全国大会の決勝で告白してフラれたなんてトラウマ話まで発展して――。あれこそ、異次元の文章能力だよ」
「校長って、そんなに自虐的だったか?」
「……とにかく! 校長がその日の為に原稿を念入りにチェックしてきたはずなのに、逸れに逸れて脱線するスピーチの内容よりも、私がピエロデビューすることよりも!」
「ピエロデビューしないのか?」
「しないよっ! なんであんな話になったのかすら、もう忘れちゃったよ!」
「そうだな。あれは確か夏の暑い日の出来事だった。
私は水泳部に所属していてね、これでもエースだったんですよ。今では筋肉よりも贅肉の比率が多いけれどね。わっはっはっは。
それでね? その時の私は実にモテた。あれが人生の頂点なんじゃないかってくらいにね。まあ、今では奥さんに愛想つかれるような人間なんですが。わははは」
「校長はもういいんだよ! それと、愛想つかれる原因はその話術にあるよ! 年長者の自虐ネタは笑えないよ!」
「校長ってやつは、脱線したい星の下に生まれてきた無駄話のプロなのかもしれないな。ある意味、奴らが電車の運転手にならなくてよかった」
「……そう言う意味の脱線? それから、急に天体観測っぽく修正したよね、今」
「自分たちで星座を創るのも、結構面白そうだな」
「話題を戻すのが強引すぎだよ、お兄ちゃん。もう天体観測とかどうでもいいよ、喉渇いたよ。校長は喉乾かないのか不思議だよ」
「水分補給は大切だよな。特にスピーチを炎天下の下で聞く時……」
「校長は、もう、いいよ」
「そうか。いやぁ、星が綺麗だ」
「お兄ちゃんの文章力も、ある意味異次元だね」
その後、星を見ても校長の星座しか想像できませんでした。




