5.悪役令嬢と刺繍
フェリシアの一日はなかなか忙しい。
侯爵令嬢として読み書きに国史、マナーや楽器演奏を身に着けなければならないからだ。
読み書きや国史は『知恵』の、楽器演奏は将来『吟遊詩人』に転職するための熟練度になるかも、と一生懸命やっている。
その合間にひっそりと筋トレ的なものを行い、中身は大人でも体は5歳のため、疲れてしまうので昼寝をしたりもする。最近は刺繍を始めた。まだまだ簡単な模様しか刺せず、お勉強中の5歳児の範疇だが、熟練度を上げていけば将来、逃亡先で刺繍で賃金を得られるかもしれない。
いざという時逃げる手段はもちろん、逃げた後の生活のことも考えなければならない。逃げた先で野垂れ死にしたくはない。体は5歳ながら、せちがらい悩みにつまされる我が身のシビアさよ。
将来のために貯金をしようとも思ったが、何せ侯爵令嬢、現金を持つ機会がない。欲しいもの、必要なものは侍女に言えば準備してくれるが、物であってお金ではない。香代の子供時代のようにお小遣いをもらってお菓子を我慢して貯金箱、お手伝いをしてお駄賃とはいかないのだ。この世界に自動販売機があれば、つり銭口を確認して回りたいくらいだ。
そういえば、香代の貯金はどうなったのだろう?こんなことになるとわかっていたら、ちまちま積立などせずにパーっと使ってしまったのに。ああ、一度でいいからハワイに行ってみたかった。
-こんなにもお金や将来の職業について切羽詰っている侯爵令嬢って、自分以外にいないと思う
そんな懊悩を秘め、今日も窓辺でせっせと刺繍を刺す。
「そうだ!」
「フェリシアお嬢様、どうされました?」
少女が小さな手を懸命に動かす愛くるしさに目を細めていた刺繍教師マチルダは急な声に少し驚いた。
「すみません先生、ちょっと良いことを思いついてしまいましたの」
「まあ、なんでしょう?」
「私、きれいな刺繍の入ったハンカチをたくさん集めます。それで、いろいろな柄や刺し方を学びたいのです」
「それは素晴らしい! 刺繍など使用人にやらせればいいというご令嬢も多いのに、フェリシアお嬢様の熱心さは教師として大変喜ばしいですわ」
「先生、一緒にお母様にお願いしていただけます?」
「もちろんです。フェリシアお嬢様の向学心と努力をお伝えすれば、奥方様も必ずお力添えくださいますとも」
「ありがとうございます。私、これからも頑張りますね。よろしくお願いします」
フェリシアは満面の笑みを見せた。
凝った柄の刺された絹やレースのハンカチ。
嵩張らないし、持ち歩くのに苦労する重さもない。
侯爵令嬢がたくさん持っていても怪しまれない。
そして、いざという時に売ればまとまった金額は無理でも、庶民としての生活の足しには十分なはずだ。
-ハンカチ貯金、ゲットォーー!
フェリシアは刺繍を刺す手を休めず、心の中でガッツポーズをとるのだった。