1. 悪役令嬢、爆誕
「フェリシアさま、今日から国史のお勉強を始めます」
「はい、よろしくお願いします」
家庭教師のロッテ先生は、いつも紺色の襟の詰まったドレスを着ている。
文字の読み方やマナーの時間はあまり楽しくないけど、国史は
楽しいと良いなあ。
「我が国は約300年前、勇者ロイが魔王を倒し、救い出した姫君ローラと共に建国したといわれています。だから国名はロイラント王国、王都はロイズなのです。よろしいですか?」
「はい、ロッテ先生。王様のお名前を取られたのですね」
「その通りです。初代ロイ国王陛下と共に、魔王を倒した仲間がフォルス、バルド、クレード、アレフの4人。建国後はフォルスラント、バルドラント、クレドラント、アレフラントの4侯爵家として領地を賜り、王家と共に国を守る4宗家となりました。フェリシア様のお父様は当代プラド・バルドラント侯爵として、現国王ニコル・ロイラント陛下にお仕えしています」
「ロッテ先生、剣聖キース王は魔王復活の予兆を感じ、4宗家の仲間と共に旅に出て再び魔王を封じ込めたのですよね。ラスボス前の最後のダンジョンの難易度といったら!しかもラスボスを倒したと思ったら実は魔王の影で、そこからもう一度ラスボス戦という初見殺しのシナリオにはびっくりしました」
「フェリシア様、よくご存じですね。お父様にお聞きになったのですか?『らすぼす』というのは何ですか?」
「え、あれ、私お父様に聞いたのだったかしら? 『らすぼす』って・・・」
頭が割れるように痛くて、両手で頭を抱える。
「フェリシアさま! しっかりなさってください! 誰か!フェリシア様が!」
ロッテ先生の声がだんだんと遠ざかっていって、私は意識を失ってしまった。
私はふと目を覚ます。
目を擦った手を見る。小さな子供のふっくらとした手だ。
高い天蓋のついたベッドと広々とした部屋。
ゆっくり起き上がって鏡を見る。
フェリシア・ランドバルト侯爵令嬢。5歳。
長い金の巻き髪と青い瞳。だけど中身は佐藤香代。
27歳の会社員だった。就職5年目。必死に仕事をして、ようやく一息ついた時には周りは結婚し始めていたけれど、私は彼氏さえいなかった。朝会社に行き、夜、大学時代から住んでいる一人暮らしの部屋に帰り、寝て起きて、会社に行って。週末は外に出る気力もなく、ゲームをしたり本を読んだりして過ごしていた。週末くらい、誰にも気を使わずにゆっくり過ごしたかったのだ。
お気に入りだったゲームの一つが「ファンタジークエスト」。通称FQは国民的RPGと呼ばれ、シリーズを
重ねて、漫画化、アニメ化、小説化、映画化とスピンオフ作品も豊富。最新版はMMOオンラインゲームになっていた。
香代の最後の記憶は遅めの夏休み前日。今夜からFQオンラインをやりこもうとスーパーで食料品を買い込んで家に向かって歩いていた。急に車のヘッドライトで視界が真っ白になり、そこで意識が途切れた。
次の記憶はあの国史の授業。ロッテ先生の話を聞いているうちに『知ってる知ってる、FQでしょ。あ、それはFQ2ね』というゲーマー香代の気持ちが湧いてきて、頭がいっぱいになり、気を失ってしまった。
そうして夢の中で、フェリシアの知る『国史』や『おとぎ話』と、香代の『ゲーマーの記憶』が混ざり合い、溶けていった。
今はフェリシアとしての5歳までの記憶がある佐藤香代だ。
フェリシアとしての感覚や感情が消えたわけではないのだが、大人と子供の差なのだろう。
香代の自覚が強かった。いや、違う。他人から見れば逆か。
香代27歳の記憶がある、5歳のフェリシア。体は子供、頭脳は大人ってやつだ。
転生なのか、何なのかはわからない。これは夢で、目が覚めたら香代の部屋で、ゲームのコントローラを
握ったまま寝落ちしていただけなのかもしれない。そうしたら「悪役令嬢に転生した夢をみた」ってスレを立てよう。
そう、FQの世界でのフェリシアはいわゆる悪役令嬢なのだ。
4宗家の令嬢として生まれ、10歳にして王太子の婚約者となる。
15歳で王立学院に進学、庶民のヒロインと敵対し、卒業記念舞踏会で王太子に婚約破棄を宣言される。まさに王道の悪役令嬢だ。最後は離島の修道院に幽閉されて短い生涯を閉じる。
他のエンディングは選べない。なぜならFQオンラインのあるイベントのチュートリアルだからだ。
そのイベントは、離島に幽閉されたフェリシアが復讐のため、命と引き換えに魔王を復活させるところから始まる。その3分ほどのオープニングのチュートリアルがフェリシアの生涯。プレイヤーは大規模パーティーを組んで魔王を倒す。シリーズを重ね、新鮮味と新たなユーザーを取り込むだめに、少し乙女ゲーム要素を盛り込んだといわれている。
フェリシアの知る『国史』はFQ1と2。『おとぎ話』はFQ3。香代のゲーマーの記憶がFQオンライン。
今はオンライン版のチュートリアルが始まる少し前、といったところか。
香代はチュートリアルを見たことはあるが、レベルが低いため、まだ魔王討伐に参加したことがない。
それにしても。
ただの5歳児なら、大人の記憶を持ってやり直せるチート人生ラッキー!なのに、なぜいばら道が敷かれた悪役令嬢なのか・・・。
せっかく美人で金持ちに生まれても、将来は婚約破棄で離島幽閉で魔王復活させて死亡とか怖すぎる。なんとかして回避しなければならない。回避した後に香代に戻れるならそれでよし、戻れないならなんとか平穏無事なフェリシアライフを全うしたい。せっかく美人で金持ちになったのだから!
小さな手を握り、フェリシアは決心した。