#3 路地裏の先
この章だけ異様に長かったため、2つに分けさせていただきました
自分でもどうしてこうなったのやら笑
路地裏を抜けた先、そこに広がっていたのは見たことのない草原だった。
草の青臭いにおいが風に吹かれて鼻孔くすぐる。
空にはどこかで見たような大きな満月が異様な存在感を放っている。
あの街でもこのような景色が見られるのだろうか。
いや、違う。
今まで必死になって走ってきた路地裏が消えている。もちろん、家なんてものはどこにも見当たらない。確かにさっきまで死に物狂いで走ってきた路地裏が、ない。
「どういう…ことだ」
声を絞り出す。長い間走ったからか、なかなか息が落ち着かない。それに加え、あまりの驚きに上手く声が出てこないのだ。
荒い息を落ち着かせながら、辺りを見渡す。視界は月の光りのおかげで悪くないが、辺りに見えるのは草だけだ。
ここはどこだ?
確実にさっきまでいた街ではない。こんな景色見たこともないし、まず走ってきた路地裏や家が消えてしまっているのだ。頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。心臓が悲鳴をあげている。酸素がうまく脳まで回っていないのか、ぼーっとする思考の中で必死に考えを巡らせる。ここはどこだ。もし、あの街ではないのであればどうやって帰るのか。そもそも、帰ることは可能なのか…。
そんな時、ガサガサと草をかき分けるかのような音が背後から聞こえた。
「あ!やっと見つけました!」
背後から鈴の音のように澄んだ、小さくもはっきりと聞こえる声が聞こえてきた。
「っ!?」
振り返ると、そこには見た目15、6歳程の小柄な少女だった。
金色の髪に瞳。その瞳の中には優しく全てを包み込むような、何かを感じさせる光りが宿っているような不思議な感覚がした。巫女服のような衣服に身を包み、悠然と草原に立っている。肩まで伸びた金色の髪と共に、ピンッととがった同じく金色の獣耳と3つの尻尾が風に揺れる。
そのこの世のものとは思えない美しい姿に思わず見惚れてしまう。
「すいません、驚かせてしまいましたね」
声の正体は申し訳なさそうに頭を下げる。
「き、君は…?」
自分でも驚くほどに小さい声。
今の状況に頭が付いて来れていないのか、それとも少女の纏う雰囲気にのまれてしまっているのか。おそらくどちらもだろう。
「はい、わたしはチッタ。狐人族のチッタといいます」
にこっと笑うチッタ。屈託のない、素直な笑顔。
嬉しそうに綺麗な金色の尻尾が左右に揺れる。
…………………………。
………ん?尻尾?
落着きを取り戻し、少しづつ現状を把握できるようになった思考回路がイレギュラーに気付いた。
「どうかしましたか?」
黙り込んでしまったからか、チッタの表情が嬉しそうなものから心配するようなものに変わる。その可愛らしい顔から少し上の方に目を向けると、1対の獣耳がぴくぴく動いている。
あぁ、だめだ。よほど疲れてしまっているらしい。幻覚まで見えてしまった。なるほど、これは全部夢か。そうに違いない。視界が霞んで意識が遠くなっていく。
「え?ちょっ、あの!大丈夫ですか?しっかりしてください!」
だんだんと声も遠くなっていく。
そして、俺の意識は闇にのまれた。
ほのかが夕陽の手を引っ張りながら一緒に歩いている。
そんなに急かさなくてもいいじゃないか。まだゆっくりしていても問題ないだろう?お願いだからもう少し休ませてくれ。俺は疲れたんだ。
ほのかが立ち止まり、俺と向かい合う形になる。
「もぅ、ゆうくんはしょーがないなぁ。ほーら、目を開けて。待ってるから、ね?」
すっとほのかは人差し指で俺の鼻に触れる。瞬間、身体が暖かくなっていくのを感じた。
「またね、ゆうくん。応援してるから」
ふへへ、とほのかが笑う。そしてほのかの姿が薄くなっていく。
ま、待ってくれ。どういう意味だ?
「ゆうくんなら、きっと大丈夫」
ほのか―
「知らない天井だ」
目を開けるとそこには見たことのない天井があった。天井というか、何か土のような感じがする。そして何か柔らかい物の上で眠っていたのだと徐々に覚醒していく意識が判断する。
ここはどこだろう。いろんなことがあったような気がするがどうも思い出せない。
「あ、気が付きましたか?」
声のする方に目を向ける。そこにはちょこんと、少女が正座をして座っていた。ピンッと先のとがった獣耳と3つの尻尾が生えた少女が…。
「……チッタ?」
「…!! はい、チッタです!!」
名前を呼ばれたチッタが、嬉しそうに尻尾を左右に振る。
少しづつ、何があったのか思い出してきた。
得体のしれない、ゾっとするような『黒』に追われ、気づいたら見知らぬ草原に立っていた。そこで狐人族…のチッタに出会い、気を失ってしまったのだったか…。
「そ、その、体調の方はどうですか?痛いところはありませんか?」
「大丈夫だ、ありがとう。」
よいしょ、と体を起こす。心なしか体が軽い。
辺りを見渡してみる。やはり、土のような壁の部屋で寝ていたようだ。俺が寝ていた柔らかい何かは、乾燥させた草を集めた布団のような物だった。
「よかったです。倒れちゃった時はさすがに驚きましたが…大丈夫そうで本当、良かったです」
チッタは胸の前で両手を合わせてほっとしたかのような表情になる。
「チッタがここまで運んでくれたのか?」
「はい!ここはわたし達狐人族の住処で、地面を掘って作ってあります。なので安心してください。あと、かなり疲れているようでしたので私の能力で回復させていただきました」
「能力?」
「はい。わたし達狐人族は、亜人種の中でも妖気を操ることに長けています。なので、わたしが貴方の中に妖気を送り込み、疲れを癒していました」
亜人種や妖気といった聞き慣れない言葉に、この場所が今まで住んでいた世界とは違うことを実感させられる。
どうして俺がこの世界に来てしまったのか、元の世界に戻れるのかどうか今はわからない。もちろん帰りたい気持ちもあるけど、だからといって今目の前にある現実(現実か夢なのかはっきりしないが)から目を背けるのは、あまりいい選択肢とは言えない気がする。
「そうか、ありがとう。俺は佐渡夕陽って名前だ。よろしく」
「ゆうひ…ゆうひ様ですね!よろしくお願いします!」
チッタが3つの尾を左右に激しく振る。嬉しいことがあると、どうやら犬のようにしっぽを振るのが感情表現の1つなのだろうか。
「あ、あのゆうひ様、もし大丈夫そうでしたらわたし達狐人族の族長に会っていただけないでしょうか?」
嬉しそうな表情から一転、申し訳なさそうな表情に変わる。ころころ変わる表情は純粋で素直な心の象徴だろう。
「ああ、わかった。案内してくれ」
族長か…。これはいい機会かもしれない。ここはどこなのか、どうすれば戻れるのか聞くチャンスだ。相手がどのような存在なのかはわからないが、悪いようにはされない気がする。実際に、チッタは俺のことを助けてくれた。
「ありがとうございます!では付いて来てください」
緊張しないわけではないが、何か行動を起こさなければ何も変わらない。
いろいろ話を聞いて、そのあとでこれからのことを考えよう。
心なしか、今まで経験した事のない出来事の連続に戸惑いもあるものの、少し気分が上がっていることを自覚しつつ、俺はチッタの後を付いていく。
読んでくださってありがとうございます( *´艸`)
ついに異世界に迷い込みましたが…
この先はどうなるのか私にもわかりません…
ただ1つ言えることは、「獣耳こそすべて」です!