路地裏の先のクリスマス
少々長いですが…クリスマス特別編です♪
――アルムダルム、北ノ国『ミュニスリア連邦』。
「グリア」、「イーラフィア」、「ジリ」、「マニラム」の4つの国を、元傭兵だったアイズベルトによって1つにまとめられ、ミュニスリア連邦を名乗るようになって8年の月日が過ぎようとしていた。ユースティリア帝国とイルダ山脈を挟んで、アルムダルムで最も北に位置しているミュニスリア連邦に、7度目の冬が訪れていた。
「ゆうひ様!雪です!雪が積もってます!」
「あ、主様!真っ白な世界ですっ」
「…………っ!!」
イルダ山脈の山道を抜け、ミュニスリア連邦の中でも最もユースティリア帝国に近い都市、グリアにて夕陽一行は長い登山の疲れを癒すために宿を探すことにしていた。そんな彼らを待ち受けていたのは、辺り一面の銀世界だった。
「ユースティリアには少しも雪は降ってなかったのにな。山を越えたらまさに別世界だ」
「ふむ。イルダ山脈の山々はどれも標高が高い。隣り合った国なのにも関わらず、気候がここまで違うのはそれが原因だろう」
夕陽の呟きにルギィが答える。
まさにその通りであり、雪を降らす雲よりもイルダ山脈の標高が高く、雲がユースティリアまで行かないのだ。
「…それにしても、すごいはしゃぎようだな」
初めて見る雪を前にしてチッタ、フィン、そして普段はおとなしいユリまでもが大はしゃぎしている。
「仕方あるまい。まだあの子たちは若い」
「待て、それは俺が若くないみたいな言い方だな」
チッタとフィンは16歳、ユリは推定だが14歳だ。それに対して夕陽は17歳で、彼女たちよりも年上だった。
「夕陽は、そうだな…。よく言えばしっかりしているから実際の年齢を忘れてしまう。ちなみにだが、悪く言うと君は若さが足りない」
「そのちなみには必要か?」
ふふ、とルギィは軽く笑いながらはしゃぐ子どもたちの所へ向かう。
「さぁ、宿を探そう。嬉しいのはわかるが、このままでは風邪を引いてしまう」
ルギィはチッタたちをあやすように誘導する。夕陽たちの服装は、寒さに備えて厚めの服を着てはいるがそれでもまだ寒かった。予想以上にミュニスリアの冬は寒かったのだ。
「主様、手が冷たいのでフィンは主様と手を繋ぎたいです!」
人狼族の少女、フィンが尻尾を左右に大きく揺らし、左右対称の色をした目を輝かせながら夕陽の右手をぎゅっとつかみ自らの身体に寄せる。手を通してフィンの暖かさが夕陽に伝わってくる。
「あっ!ズルいです!わたしも繋ぎます!」
その姿を見て、チッタは3ツ尾をぴんっと立てながら夕陽の左腕を抱きかかえるように手を握った。あまりにも強く夕陽の左腕を抱きかかえるので、チッタの身体の柔らかさが直接夕陽に伝わる。夕陽は何度もチッタからこの手の攻撃を受けていたが、未だに慣れないでいた。顔が熱くなっていくのが自分でもわかるくらいに、この攻撃の効果は抜群だった。
「むぅぅぅううっ!!狐娘近いです!主様から離れてください!」
「狐娘ではありません!チッタです!あなたこそゆうひ様から離れてください!」
バチバチと、チッタとフィンが火花を散らす。
「……っ!……っ!」
ユリが必死に2人を止めようとするが、1度2人の争いが始まってしまうとなかなか終わらない。
『ユリ』
『…っ。……はい』
『気にするな、いつものことだ。それより宿を探そう。さすがにずっと外にいるのは寒い』
『…わかりました、ご主人様』
魔力によって交わされる、2人だけの会話。耳の聞こえないユリと会話する唯一の手段。最初は上手くいかなかったが、今では普通の会話のように意思の疎通ができる。
『あの、ご主人様。先ほどから顔色が優れませんが、大丈夫ですか?』
『あ、あぁ大丈夫だ。…ありがとう。ユリは大丈夫か?』
『はい、大丈夫です。ありがとうございます』
『何かあったら必ず言うんだぞ?』
『……はい』
にこり、と頬を染めたユリが笑う。普段はおとなしく、表情の変化も少ない彼女の笑顔に思わず夕陽はドキッとしてしまう。
腰まで伸びた黒髪は、初めて奴隷商の館で出会った頃とは異なり、輝くようなツヤのある髪になっていた。整った顔立ちから、時折覗かせる大人びた表情はとても魅力的だった。暗く、心を閉ざしていたあの頃とは違う、生まれ変わったかのような少女がそこにいた。
「早く離れてください!」
「主様、その狐娘が邪魔だったら言ってください!フィンが排除します!」
ぐぬぬ、と尚も言い争いをする狐と狼。
「…君たち、本当に風邪を引いてしまうよ」
ルギィの声は、むなしくも雪の中に埋もれていった。
☆
「あったけぇ」
グリアの玄関ともいえる都市マーリダ。その1件の宿に夕陽たちは泊まることになった。
結局、狐と狼の言い争いは宿を探している間にも続いていた。ただでさえ珍しい狐人族と人狼族なのに加え、金色の毛並みと大きな3ツ尾。そしてピンと先のとがった大きな耳に銀色の毛並み、左右対称の色をした目。そのどちらも美しく、金と銀が映える2人は注目の的だった。
そんな中、宿を探していると1件の宿の女主人に声をかけられたのだ。
「その服装じゃあ、あんたら帝国から来たんだろう?そんなんじゃあミュニスリアの冬は乗り越えられないよ」
宿泊客だろうか、冒険者や行商人で賑わいをみせる宿「オーゲイン」。その女主人であるリリムに案内されて夕陽たちは席に着く。
「わかるものなのか?」
「そりゃあ一目瞭然さね。帝国の防寒具は毛糸を編んで作り上げるだけだろう?帝国だったらそれでも冬は越せるが、ミュニスリアじゃあ無理だ。ミュニスリアの防寒具は動物の毛皮を加工するのさ」
辺りを見渡すと、どの人も毛皮の外套のような物を羽織ったり、毛皮どうしを縫い合わせたかのような衣服を身につけている。
「欲しけりゃ中央通りにあるハーマンって男が切り盛りしている店で買うのをお勧めするよ。今はちょうど生誕祭真っ只中だからね、どこの店でも安く取引できるんじゃないかね?」
「生誕祭?お祭りですか?」
祭りという楽し気なワードにチッタの金色の耳がぴくぴく動く。
「なんだい。あんたらはそれが目当てでミュニスリアまで来たんじゃないのかい」
「あぁ、知らずに来た」
サービスで出された温められた動物の乳(牛乳のようなものだろうか)を口に運びながらリリムの話に耳を傾ける。夕陽の隣では、ホットミルクのようなものを飲んだフィンが「う、うまー!」と感動の声を上げている。
「生誕祭ってのは、生と死を司る神ミュンデルの生誕を祝う祭りさね。この世界を創り上げた4柱の神の1柱ミュンデルの話を聞いたことはあるだろう?ミュンデルは北ノ国で生まれたっていう伝承がこの辺りでは有名だからね。いい機会だし、買い物ついでに祭りも見ていけばいいさ」
「そうするとしようか」
「わぁい!お祭り!」
「おいしい食べ物いっぱいあるです!?」
「……♪」
チッタ、フィンはお祭りという言葉にすでに興奮気味である。ユリは楽し気な2人を見てニコニコ笑っている。しかし、ルギィだけは、「宿代に…食費…生誕祭の予算は…」と懐事情に頭を悩ませていた。
「ルギィ、この街でもギルドで仕事を受注しよう。お金は正直厳しいが、また稼げばいい」
「…どの街でも同じような言葉を聞いている気がするんだがね」
「そうかもしれないな。だが、コイツたちのはしゃぎようを見てしまうと、な」
「ふむ。君は本当に“天命”を成し遂げる人物なのか、今でも疑問に思うときがある。…だが、君のそういうところは嫌いじゃないよ、夕陽」
やれやれ、とルギィは首を左右に振るも最終的に生誕祭へ向かうことを了解した。
「じゃあ、行きますか」
夕陽たちはリリムに2部屋1泊分の代金を払い、荷物を部屋に置き(くじ引きの結果、夕陽とユリが同じ部屋で、残りの3人が別という部屋分けとなった。チッタがすごく不機嫌になったのは言うまでもない)防寒具と生誕祭を求めて外に出た。
☆
「……これは」
「ゆうひ様!すごいです!大きな木がキラキラしてます!」
中央通りは商人と、大勢の客で賑わっていた。グリアのメイン通りである中央通りは、決して狭い道幅ではないのだが、それでも所狭しと出店や客で埋め尽くされていた。それに、なんと言っても目を引くのは、中央通り中腹の広場にある装飾された大きな針葉樹だった。
「まるでクリスマスツリーだな」
15mはあるかと思われる木に、輝くオーブや星を模したアミュレットなどが飾られている。それはまるで、元いた世界のクリスマスツリーのようだった。
……まさか、こっちでも似たような物を見ることができるなんてな。
「ゆうひ様、くりすますつりー…とは何ですか?」
「前いた世界にもな、神の生誕祭にこの木みたいな装飾された木を飾る習慣があったんだ。その生誕祭をクリスマス。飾る木をクリスマスツリーっていうんだ」
こっちの世界に来て、およそ9カ月は過ぎただろうか。
今まであったことが、脳裏に蘇る。
毎日同じことの繰り返し。つまらない。どうでもいい。そう思っていた日常は、ある日突然覆された。毎日毎日、新鮮な日々。時に命の危険も度々あった…と、いうか1度死んでいたりもする。退屈な日々は刺激的な日々に変化した。ずっとこのまま、このアルムダルムで生きてもいいのではないか。そう考えていた時期もあった。だが、日本で夕陽の存在が行方不明扱いになっていること。佐川ほのかが、必死になって夕陽を探している事。それらを知ってしまった今、必ず元いた世界に帰らなければならない。
“天命”…ね。
この世界に迷い込んだ…いや、導かれた理由“天命”。暇を持て余した創設神たちの気まぐれで始まった“天命”を終わらせ、一刻も早く日本に帰る。夕陽はそう決心していた。
待ってろ神。待ってろほのか。…絶対に終わらせてやる。
夕陽はツリーのてっぺんに飾られた、創設神の1柱ミュンデルを見つめて、再度、もう何度目かもわからない決心を胸に刻む。
『ご主人様。何かお考えですか?』
気付けば、ユリが夕陽のすぐ隣で心配そうに夕陽の顔を見上げていた。
『あぁ、大丈夫だ。安心してくれ』
そっと、ユリの頭に手を優しく乗せる。すると、いっきにユリの顔が赤くなっていく。
「夕陽」
今まで黙っていたルギィも、気付けば夕陽の隣にいた。
「君が考えていることは、なんとなくわかる。この“天命”は、正直馬鹿げているとも思う。だが、君はそれに立ち向かうことを決めた。それに、君は私の忘れていたことを思い出させてくれた。…君にはどこまでも付いていく。決して、1人で悩み潰れないことだ」
「…どの街でも同じことを聞いているような気がするな」
「…違いない」
この男、ルギィはその場その場で的確に夕陽をサポートしてきた。それに対して、夕陽は大きな信頼を寄せているし、当初は遠ざけていたチッタもその距離を縮めてきている。
「ゆうひ様、いつまでゆりちゃんの頭に手を乗せているおつもりですか!?」
「ずるい!主様、次はフィンの番!」
続々と夕陽の周りに仲間が集まってくる。
すると、空から白い何かがゆっくりと…舞うように落ちてくる
「雪、だな」
鼠色の空から、細かい純白の宝石が舞い落ちる。
「…こういう時、俺らの世界で言うおまじないみたいな言葉あるんだ」
降る雪にはしゃぐ少女3人と、寒さに震えている痩身の男…この世界でできた仲間たち見渡して、夕陽は自然と笑顔になる。
1人じゃない、そう思わせてくれる大切な存在に向けて。元の世界で待つ、幼馴染に届くように祈りながら言う。
「メリークリスマス」
☆
――次にお天気です。本日、夕方から降り始めた雨は、明日明け方頃には雪に変わるでしょう。3年ぶりとなるホワイトクリスマスになるでしょうか
ラジオから流れる天気予報。
きっと、去年の今頃にこの予報を聞いたら飛んで喜んだだろう。
「……ゆうくん」
自室のベットの上、佐川ほのかは1枚の写真を眺めていた。
写真に写る彼は、もう9カ月近く行方不明だった。探しても探しても、彼は見つからない。ほのかの周りには、さすがにもう諦めようと声をかける友人もいたが、ほのかはそうはならなかった。
「絶対に、生きてる」
根拠はないが、いつも夢にみるのだ。笑ったり、泣いたり、怒ったり…喜んだりしている佐渡夕陽の姿を。その表情豊かな夕陽の姿に、ほのかは胸が締め付けられるようだった。この場所とは違うどこかで、彼は笑ったり泣いたりしている。
「…ゆうくん」
再度、思いを寄せる彼の名前をつぶやく。
次は、直接伝えよう。手紙ではなく、言葉で。
―だからね、ゆうくん。私は諦めないよ。
写真の彼に、決して届かないとわかっていても彼女は思いを告げる。
「メリークリスマス、ゆうくん。…大好きだよ」
お読みいただきありがとうございます( *´艸`)
皆さま、メリークリスマスです!
今回の内容は、特別編となっておりますが、本編で投稿予定の1部分をクリスマス仕様にアレンジした内容となっております
軽ーく、ネタバレチックな点もございますが、目をつむっていただければ嬉しいです
ではでは、良いお年を




