#14 特訓Ⅱ
「ぐすん…すみません。取り乱してしまって」
「いや、いい。落ち着いたか?」
「はいっ!」
ひとしきり、夕陽の胸の中で涙を流したチッタは目元を腫らしながらも笑う。それにつられて、自然と夕陽も笑顔になる。
…不思議だな
今まで笑うことが少なかった夕陽が自然と笑っていることが、ここ数日多くなっていることに夕陽自身驚いていた。元いた世界では他の人と関わること自体珍しいことであったため、誰かと会話することすら稀な事だったのだが、この異世界に来たからというもの、全てが新鮮な出来事の連続であり、日々退屈していた夕陽にとって刺激的な日々だった。時に命の危険(実際に1度死んでいる…)もあり、他人との関わりもあり。事実、夕陽は心のどこかで“楽しい”と感じていることに気付いていた。
「ところで、ゆうひ様。何をなさっていたのですか?」
ぴったりと、わざとか否かは不明であるが、チッタが夕陽にくっついたまま顔を上げて問いかけてくる。その姿勢は自然と上目遣いをするような形であり、夕陽は恥ずかしくて直視できないでいた。
「あ、あぁ。妖力をコントロールする練習をしていたんだ」
「…え?」
夕陽の言葉にチッタは目を見開く。
「ゆうひ様は妖力をお使いになられるのですか?」
「ん?イロリからまだ話聞いてなかったか?」
無言で頷くチッタに、夕陽はおおまかにここまでの経緯を説明した。話が進むにつれ、チッタの顔が陰っていく。
「…申し訳ありません。わたしのせいで…ゆうひ様は…」
今にも泣きだしそうなチッタの頭を、夕陽はやや乱暴に撫でる。
「謝ることじゃねぇだろ。チッタのおかげで今も生きていられるんだって、本気で思ってる。だから、ありがとうな」
「…ぐすん………はい」
瞳に涙を浮かべながらチッタは笑う。
チッタ自身、秘術を行使するにあたって、対象者が同じように妖術を使えるようになるとは聞いたことがなかった。しかし、夕陽が妖術を使えるようになったのは紛れもなく自分が原因だと嫌でも気づく。それが普通の人間だった夕陽にとって、何を示すのか。自分がやったことは正しかったのか…。
本当に…お優しいお方…
それでも、夕陽はチッタに「ありがとう」と言った。肯定してくれた。今まで、この狐人族の中で否定されることの多かった自分を、肯定してくれた――
わたしは…間違ってなかったんだ…
そう、心から思うことができた。
「なぁ、チッタ」
「は、はいっ!」
「今、その特訓が上手くいかなくて…手伝ってくれないか?」
その言葉を聞いたチッタは嬉しそうに、3つの尾を左右に揺する。
「はい、喜んで!」
今日1番の笑顔だった。
☆
「体内の妖力は、おおよそ血管に沿って流れているそうです。なので血の巡りを意識すると妖力の流れも感じやすくなると思います」
夕陽はその言葉に従って妖力に意識を向ける。すると、先ほどまではぼんやりとしか感じられなかった妖力の流れがはっきりとわかるようになる。暖かい流れが、夕陽の身体を駆け巡っている。
「次に妖力の放出です。妖力自体は常に体外に放出されているものとお考え下さい。例えるならば…そうですね。妖力の流れを川に例えると、川の源流は体内に存在していますが、そこから流れ出た水は体外にも流れ出ている…といった感じでしょうか。なので体内の妖力の流れを感知できるようになったら、次は外にも意識を向けてください」
目を瞑り、体内を流れる妖力から外に流れ出ているという妖力に意識を向ける。徐々に夕陽は自分の体表からゆらゆらと、妖力らしき何かが漂っているのを感じる。
「その流れ出ている妖力を“妖気”と言います。妖気はその者の強さを示すことが多いです。ですが、妖気自体をコントロールすることも可能なので、確実にとは言いにくいのですが…。ちなみに、わたしはもう妖力がすっからかんなので、まったく妖気がない状態ですね」
チッタはややバツの悪そうな表情を浮かべる。
だが、チッタの指導のおかげで夕陽は妖力の流れを感知し、妖気という妖力の形までわかるまでに成長した。
「なるほど…とてもわかりやすい。助かった」
「いえ、少しでもゆうひ様のお手伝いができたのであれば、チッタは嬉しいです」
3つの尻尾が左右に揺れる。
「それで、妖術はどうやって使うんだ?」
「はい。妖力と妖気を感じる時よりもイメージ力が必要となってきます。まず、妖気は妖力の流れが活発になればなるほど大きくなります。つまり、妖力の流れが多いとそれに比例して外に流れ出る妖力も多くなり、妖気が大きくなるということです」
「…なるほど」
夕陽はすかさず妖力の流れに意識を向けて、早い流れにコントロールしていく。すると、自然に体外に流れ出る妖力―妖気もまた大きくなるのがわかった。
「ゆ、ゆうひ様…それは?」
チッタが少し戸惑いの声を上げる。
何事かと思い夕陽は瞑っていた目を開く。
「どうかしたか?」
「あ、あの…ゆうひ様の…その…妖気の形が」
疑問に思いながらも自分の妖気の形を確認してみる。すると…
「こ…これは?」
夕陽の温かみのある金色の妖気がうっすらとではあるが九つの尾を形作っていた。
「これはどういう?」
「わたしにも…理由はわかりません…」
「ほぉ、立派な尾やね」
2人が夕陽の身に起こった現象に頭を抱えていると、聞き覚えのある訛りの強い声が2人の思考を遮った。
「い、イロリ様」
「よい、よい。楽にしなはれ」
族長の急な登場に、チッタは慌てて片膝をつこうとするがそれをイロリは制止する。イロリは夕陽を…正確には夕陽の妖気を見つめ、面白そうなものを見つけたかのように何度か頷く。
「さすが元はチッタの妖気、綺麗な色やね。それに立派な尾やないか、ゆーひさん」
イロリは心なしか声を弾ませながら夕陽に近づいて、より近い距離から夕陽を観察する。
「ふむ。妖気の色良し密度良し。しかも形も良しと来た。これは文句無しやね」
「なぁ、俺の妖気はどうして九尾の形をしているんだ?」
「せやねぇ。ゆーひさんが最初に感じた妖気っちゅうのはウチのだったんちゃうか?せやからウチと同じ九尾の形なんやろな」
吊り目を細めながらニコニコするイロリの声は依然弾んでいる。それを少し離れている所で見ているチッタはやや不満げである。
「せや、ゆーひさん。妖術はウチが教えたろか?」
「なっ!?」
イロリの提案にチッタが言葉を失う。その姿を見てよりいっそう笑みが深まるイロリ。
こうして狐人族の族長直々の妖術の特訓が始まった。




