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#13 特訓Ⅰ

 「意識をお前の内側に向けろ。妖気の流れを感じるんじゃ」


 もう何度も聞いたフォルクの言葉が、夕陽の耳に突き刺さる。

 あることがきっかけで夕陽は普通の人間が操ることのできない、その体内に宿す事のない妖力と、滅多にその能力(ちから)を手にすることのできない魔力を手に入れた。その妖力をコントロールする特訓を、イロリの提案で初めて3日経とうとしていたが夕陽は苦戦していた。


 「なぜわからんのだ!?体内を…こう、ガーっとグルグル回ってる妖気をだな…」


 苦戦している原因の1つは、この特訓の指導を引き受けた狐人族―フォルクにあった。


 「これだけ言ってわからんとは…己の中をグルグルとだな…」

 「そんなんでわかるかっ!?」


 文官風のフォルクだが、その指導はフィーリング重視で論理も何も存在していなかった。故に、夕陽は体内に“暖かい何か”があることは感じることまではできるようになったが、その先になかなか進めないでいた。


 「はぁ、その様子だと妖力を使いこなすことはできないぞ?」

 「ああ、もう!わかって…」


 ドゴンッ!!


 苛立ち、精神が揺らいだ夕陽の妖気が暴走し誤爆する。青い炎が夕陽を中心に燃え上がる。


 「いってぇ…」

 「ふん。精神の乱れで妖気をコントロールできなくなるとは…。情けないのぉ」

 「…ちっ」


 夕陽自身、上手くいかない現状に嫌気がさしていた。


 「いったん休憩じゃ」


 あれから3日が過ぎようとしている。

 “佐渡夕陽”がすでに死んでいることを告げられ、今では違う“佐渡夕陽”として生きている。実際、今の爆発のように以前まで使えなかった能力(ちから)が使える時点で、夕陽自身「今までとは違う自分」に気が付いていた。


 「はぁ」


 無意識のうちにため息がこぼれ落ちる。

 こちらの世界に迷い込んでから、時間が過ぎ、生活にも慣れてきていた。初めの頃は、食事や睡眠などの文化の違いに苦戦していたが、今では普通に生活できるようになった。と、言うのもあの1件から狐人族からの信頼や尊敬が強く、皆親し気に夕陽に接してくれるのだ。


 「ゆーひ兄ちゃん!さっきデカい音がしたけど大丈夫か!?」


 特に、狐人族の少年アルンは夕陽になついていた。


 「あぁ、大丈夫だ。心配ねーよ」

 「そうか!特訓頑張ってな!みんな兄ちゃんのこと応援してんだ!」


 ニカっと歯を見せて無邪気に笑うアルンに、ささくれていた夕陽の感情が落ち着いていく。


 「おう、ありがとうな」


 夕陽は自然と笑顔になる。アルンは「またな!」と言ってもと来た道を元気に走って帰っていった。



 …いつぶりだろうか。



 こんなに誰かと話すようになったのは、いつぶりだろうか。ふと、夕陽は思考の海に身を沈める。

 こちらの世界「アルムダルム」に迷い込む前、夕陽は孤立していた。誰と話すこともなく、ただ過ぎていく日々を過ごしていた。ただ1人、佐川ほのかを除いて会話する相手はいなかった。



 ほのか、どうしてるかなぁ



 唯一、親しく接してくれた幼馴染の顔を思い浮かべる。彼女は今何をしているだろうか。いなくなった自分を探しているだろうか。そもそも、向こうの世界での佐渡夕陽の存在はどういった扱いになっているのだろうか。行方不明?それとも元々存在していなかったことになっているのだろうか。そうではなかった場合、元の世界には戻れるのだろうか。




 「ゆうひ様」




 そこで、夕陽の思考は自分の名前を呼ぶ鈴のように澄んだ声によって現実に意識が戻される。


 「……チッタ?」

 「はい、チッタです!」


 頬を薄っすらと赤く染めた狐人族の少女。3ツの尾が可愛らしく左右に揺れる。


 「もう起きて大丈夫なのか?」

 「はい。まだ妖力は使えませんが、もう大丈夫です!」


 夕陽は、イロリから話を聞いたときに愕然とした。

 チッタは自らの命に関わる、狐人族の禁術を使い瀕死の状態だった夕陽を救ったのだ。そのため、体内の妖力のほとんどを使い切ったチッタは、生命維持のためにスリープモードのような状態に陥り、3日間眠り続けていたのだ。


 「ありがとうな。チッタのおかげで、今もこうして生きていられる」

 「…良かったです。あの時はわたしも必死で…」


 チッタの瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。


 「生きていてくださって…本当にありがとう…ございます」


 突然、涙を流すチッタに夕陽は戸惑ってしまう。



 ど、どうすればいいんだ!?



 コミュ力に乏しい夕陽には、こういう時にどのような対応をすればいいのかわからなかった。

 考えに考えた結果、


 「…ふぇ?」


 夕陽はチッタの頭に軽く手を添える。


 「その…なんだ。なんというか…勘弁してくれ」


 照れてしまったことをごまかすように笑う夕陽にチッタはますます頬を染め、感極まったこのように、我慢していたものが全て流れ出すかのように、声をあげて泣き出してしまう。


 「ゆうひ様っ…うぅ、本当に…助かって…ゆうひ様ぁぁぁああっ!」

 「えっ!?いや、ちょっと!?」


 チッタは夕陽にとびかかり、夕陽の胸で泣き始めてしまった。


 「い、いや…チッタ?チッタさん?あの、ちょっと?」


 何の騒ぎかと集まってきた狐人族の、暖かい視線が夕陽をさらに追い詰める。



 見てないで何とかしてくれっ!!



 それでも、何もできない夕陽はチッタにされるがままだった。

 自分の胸で、自分が生きていたことに涙する狐人族の少女の姿に、夕陽は自然と笑みがこぼれる。



 …まぁ、いっか。



 結局、泣き止むまでチッタは夕陽を離すことはなかった。


お読みいただきありがとうございます!!

…少しずつ、夕陽くんのキャラが崩壊していきます。

あ、でも違いますからね?最初から夕陽くんはこういうキャラだったんですから(*'ω'*)

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