#10 青黒の炎
『高密度の妖力を検出。適正確認。回路の構築を開始します』
暖かい何かに包まれている感覚。目を開けると辺りは淡い金色の世界が広がっていた。
ここはどこだ…?
ルギィと呼ばれていた細身の男が放った黒い魔術を受け、倒れた後の記憶が曖昧で何があったかわからない。
…チッタは無事だろうか。
小さな身体で脅威に立ち向かっていった狐人族の少女。会って間もない自分を守ろうとしてくれた少女の顔を思い浮かべる。
『回路の構築に成功。これより個体名“チッタ・リ・アルフィン”の妖力を転化、および同期し個体名“佐渡夕陽”への供給を開始します』
聞き覚えのない、澄んだ冬の空気を感じさせる冷淡な声が夕陽の頭に響いた。同時に今まで身体を包んでいた暖かい何かが体内に流れ込んでくる。
…これは?
暖かい何かが、まるで血液のように身体中を駆け巡っていく。
『近位に魔力を感知。個体名“佐渡夕陽”の体内に魔力回路の残滓を確認。修復開始。成功』
声は続く。
『魔力の解析完了。個体名“ルギィ・アルノォト”の魔力を空気中から抽出。転化および同期し、個体名“佐渡夕陽”への供給を開始します』
今度は冷たい何かが身体に入り、巡っていく。
暖かい流れと冷たい流れが夕陽の体内の隅々まで駆け巡る。
『供給完了。生命維持閾値への到達、および適合を確認』
駆け巡っていた流れがだんだんと弱まり、身体に馴染んでいく。
そして、先程までは冷たいだけの声が何か期待をはらんだような、弾んだ声で告げる。
『―さあ、目覚めなさい』
目を覚ますと腕の中でチッタが眠っていた。
顔を上げると黒いオーラを纏った細身の男と片腕を失くした巨体の男が対峙していた。
徐々に記憶が鮮明になっていく。
狐人族の集落を、奴隷商人の一団が襲い、攫っていこうとしていたのだ。それを阻止しようとしたチッタが細身の男の魔術を受けようとしていたところを間に入って自分が受けたのだった。
…あいつらか。
黒い球―魔術を受けたにもかかわらず、痛みも身体の変化もない。
夕陽の中に今あるのは狐人族を襲った奴隷商人と、チッタに向けて魔術を放った細身の男―ルギィに対する怒りだった。
夕陽はチッタを抱えたまま立ち上がる。
それに気づいたルギィが夕陽の姿に目を見開く。
「な、なぜだ!?黒髪の少年、なぜ立てる…いや、なぜ生きている!?」
「…さぁな」
夕陽は感じていた。
胸の奥底から怒りと共に湧き上がってくる不思議な感覚の何か。
「はーっはっは!!不思議なこともあるもんだなぁ旦那ァ!あんたが獲物を殺し損ねるなんてなァ!」
片腕を失くした巨体の男―ゾルが下品な笑みを浮かべる。
「なぜだ…確かに私の魔術を受けたはずなのに…!?」
「へへっ、おい坊主。そのお嬢ちゃんをこっちに寄越しな!そいつは俺が可愛がってやるんだ!」
より一層、脂汗にまみれた顔が下品な笑みでしわを深める。
「…なんだと?」
無意識のうちにチッタを抱える腕に力が入る。
ゾルはのそのそと夕陽とチッタに近づいていく。
「あぁ…どうやって可愛がってやろうか。尻尾は?耳は?どんな顔で、どんな声で鳴くんだ?あぁ…楽しみだ…!」
残った腕が握っていた剣は、その手を離れ地面に転がっている。
ゆらゆらと、巨体を揺らしながらこちらに向かってくるゾルに、夕陽は嫌悪感を抱く。
こんな奴に…チッタは渡さない!
刹那―
夕陽の中から溢れ出した何かが、青と黒の炎となって顕現する。
青と黒の炎は時に絡み合い、そして互いを突き放すかのように別れたりを繰り返しながら夕陽とチッタを囲うように燃え上がっている。
「…これは?」
夕陽は自分の状況が理解できないでいた。
チッタを守りたい。そう思った瞬間、体内から何かが溢れ出すのを感じた。
「妖力…いや、魔術か…?黒髪の少年…いったい何を…」
ルギィは目にした光景に再び目を見開いている。
魔術をまともに食らっておきながら立ち上がり、かと思えば今度は原因不明の現象を起こしている。
ルギィにとって、夕陽は理解できないことの塊だった。
―知りたい。
ルギィはもう仕事のことは忘れ、意識はすでに夕陽のみに注がれていた。
「その女を寄越せぇえ!」
そんな青黒の炎を気にすることなく、ゾルは下品な笑みを顔面に刻みながらチッタに手を伸ばす。
「…触れさせると思うか?」
炎の勢いが増し、まるで火炎放射のようにゾルに襲い掛かる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!?あついぃぃぃぃぃい!?あづいぃぃ!?」
そして青と黒の炎はゾルを中心に激しく燃え、天高く火柱を上げる。
炎が掻き消えた痕には、ただただ黒く炭化した地面だけが残っていた。
片腕を失くした巨体の男は、姿形なく燃え尽きたのだ。
「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!」
すると今まで黙って見守るだけだった冒険者4人が、剣を掲げて夕陽に襲い掛かろうとする。
―邪魔だな。
夕陽の周りに青と黒の火球が4つ浮かび上がる。そして真っ直ぐに、冒険者に向かって放たれる。
冒険者は予期せぬ攻撃に避けきれず、その火球をまともに食らってしまう。
「…っ!?」
火球の当たった個所はプスプスと煙を上げ、肉の焦げるような臭いを生み出す。
冒険者4人は特に悲鳴を上げることなく静かに息を引き取った。
それはあまりにも静かな死だった。
「…次はあんたか?」
夕陽は視線を細身の男に向ける。
「…いや、やめておこう」
ルギィは静かに両手を頭の上まで上げ、降参の意思表示をする。
「黒髪の少年。名前を聞きたい。私の名前はルギィ。ルギィ・アルノォトだ」
「…佐渡夕陽だ」
「ゆうひ…夕陽か。では、夕陽よ。次はオモテの世界で会おう。そう遠くない未来に、だ」
そう言うとルギィはくるりと背を向けて歩き出す。
―夕陽。裏の世界を照らす太陽…か。
自然とルギィは笑みを浮かべる。
彼は…佐渡夕陽ならば、私の失くした何かを思い出せるきっかけになるやもしれん。
真黒な髪と、真黒な瞳。そして原因不明の青黒の炎。
…彼女にはなんと報告しようか。
ふと、ルギィの頭には朗らかに笑う1人の女性を思い浮かべていた。
「さぁ、あんたたち!持てる力は全部使い切りよし!どなたはんも欠けることは許しまへん!」
黄金に輝く9ツの尾をひらめかせながら、狐人族の長―イロリは声を上げる。
自分たちの集落を汚した人間どもを排除するべく、膨大な妖力が放たれる。
その度に、1人、また1人と冒険者の息が途絶えていく。
そろそろ…時間どすか?
その時、離れのある方角に青黒の炎の火柱が天高く昇っていくのが見えた。
イロリの口が弓のような弧を描く。
…来はりましたか。
世界の裏側を照らす存在が。
お読みいただきありがとうございます( *´艸`)
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