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婚約破棄された公爵令嬢:デズデモーナ

 もうすぐ夕陽が山嶺に落ちる。私は農作業を終え、開墾地を後にし、家路へと向かう。右も左も、種をまだ蒔いていない畑が広がっている。その畑には私と同じように、帰り支度をして家路へと向かう農民達が多い。

 左右の畑には、種を蒔くための畝が出来ており、種まきの時期が近いことを教えてくれる。しかし、私が任されている開墾地は、まだ種を蒔くにはほど遠い。


 私の名前は、デズデモーナ。公爵の娘だった女。この国の第一王位継承者オセロット様の婚約者だった女。社交会の華と歌われ、流行を牽引した女。誰もが私の着ているドレスを真似、私の付けている宝石を買い求めた。

 でも、それは過去のこと。


 私はオセロット様から婚約破棄を言い渡された。そして、イアゴネット様に対しての非道な行いのとがを負い、公爵家の身分から追放された。そして今は、その罪の代償として、森の一部を開墾せよ、と言い渡され、農民として生活をしている。


 婚約破棄を言い渡されてから2ヶ月。来る日も来る日も森の中の小石を拾った。そして拾った石を村の石捨て場に運ぶだけの毎日。

 それが終わり、私は斧を手に取った。開墾地の木々を斧で切り倒していく。最初の1本の木を切り落とすのに、2日掛かった。斧を振るっても、硬い木に私の斧は入らなかった。何度も繰り返し斧を振っても、狙った所に斧が食い込むのは希だった。手は、血豆だらけになった。痛くて斧を握れなかった。それでも、布を手に巻いて、斧を握った。

 やっとのことで木は倒れたが、それを運び出すのも一苦労だった。倒れた木は大きく、その枝を払い、細かくして村へと運ぶ。斬った枝は、乾燥させて村で燃料として使う。枝を払った後は、幹をノコギリで輪切りにしていく。そして、輪切りにした木を、今度はまた斧で割って、薪にする。

 切り倒した木の処理が終わると、次は切り株だ。木は地下にまで根を張り、切り株を梃子の原理で幾ら持ち上げようとしても私の力では持ち上がらない。地面を掘った。そして、根を露出させ、その根を斧で切り落とす。そしてやっと、切り株1つを除けることができる。

 あと、何本の木で、同じことを繰り返さねばならないのだろう。


 私の犯した罪は、森を開墾し、そこで種を蒔き、麦を収穫することができたら許される。後、何年すればそれを成し遂げることができるだろうか。まだ、指定された地域の一部。まだ、やっと木を1本処理できただけ。あと、数百本、木は生えているし、地中を掘り返して埋まっている石も取り除かなければならない。


 気の長くなるような時が必要なことは間違いはない。でも、私は、イアゴネット様の優しさによって活かされている。あの日、私は即、ギロチン台へと行ってもおかしくはないほどの罪を犯した。一族郎党ギロチン台へと送られてもおかしくはなかった。

 けれど、イアゴネット様が私の助命を願い出てくださった。お怒りのオセロット様も、愛されているイアゴネット様の懇願とあれば無下にできず、私の罪の軽減をお許しになった。

 イアゴネット様は、とてもお優しい心の持ち主だ。オセロット様がイアゴネット様を愛されるのも今なら分かる。私のように心が醜い女ではなく、純粋で人を思いやる心を持っているイアゴネット様をオセロット様が愛されるのは、自然の摂理とでも言うべきものなのだと。


 なぜ私はあの時、止めなかったのだろう。

「デズデモーナ様という婚約者があることを知りながらオセロット様に近づくあの女を懲らしめてやります」

 そう言い始めたのは、私の取り巻きの1人だった。


「イアゴネット様は由緒正しき公爵家。それに対して、あの女は子爵家。身分も弁えないなんて、腹立たしいですわ」


「あのイアゴネットとかいう女は、聞けばメイドの娘だったとか。淫売の娘ってことですわね」


 次々と悪口を言い始めた私の取り巻き。


「少し懲らしめてみせますわ」と、彼女達は鼻息荒く意気込んでいた。


 どうして私はあの時止めなかったのでしょうか。

 いえ、今の私には分かります。私の心の奥底に、彼女を妬む醜い心があったのです。私だけが独占していたオセロット様の優しい微笑みを、イアゴネット様にも向けていると気付いていました。幼いころからずっと一緒に過ごし、私だけを見ていてくださったオセロット様。私とオセロット様の間に割り込んできたお邪魔虫だと、私も思っていたのでしょう。


「教室であの女を詰りましたのよ。オセロット様に近づくな、と」


「あの女のドレスをナイフで引き裂いてやりましたわ」


「階段から突き落としてやりましたわ」


 徐々にエスカレートしていったイアゴネット様に対する仕打ち。

 私はそれを黙って聞いているだけでした。本来であれば許される行為ではないと知っていながら、その取り巻き達の報告を、小気味好いものと思ってしまったのでした。もしかしたら、口元から笑みが洩れていたかも知れないとさえ思います。


 因果応報。


 罪を犯したならそれを贖わなければなりません。


 そしてその日は訪れてしまいました。


「デズデモーナ、お前との婚約を破棄する!」


 私は、愛する人も、地位も、命以外の全てをあの日失いました。

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