再利用
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「午前3時40分、死亡確認」
ある病室、一人の老人が家族に看取られながらその生涯を全うした。死因は、ガンによる全身衰弱。医者も手の施しようがなかった。
「遺体を霊安室へ」
主治医がそう告げた。
諸々の手続きを終え、主治医が医局に戻った頃である。
「どうも〜ヒューマン・パーツ・カンパニーで〜す」
スーツを着た、中年の男が現れた。アンパンのような丸顔に黒縁メガネを食い込ませ、へつらうように笑っている。
またか、と主治医は聞こえないようにため息をついた。
「なんですか」
「いえね、おたくでまたお亡くなりになられたかたが出たと言うことで、“パーツ”の方を引き取らせて……」
「あいにく」
主治医はイラついた感情をわざと言葉に滲ませた。
「患者は老体で、しかも全身にガンが転移している。使えるところなんてないぞ」
「だ〜いじょうぶです。人体の、例え1パーセントでも使えるところは無駄にしませんよ。内蔵がだめなら爪でも、髪の毛だって使えますよ」
「人間を備品みたいに言うな」
と主治医は恫喝した。
「いいじゃないですか……似たようなもんでしょう、このリサイクル時代」
21世紀終盤から世界中で再利用ブームが起こり、2120年、ついに「人体リサイクル法」が世界中で施行された。
人体の移植手術自体、医療界ではすでに20世紀から行われていたことであった。しかし、真に患者に適応する器官を移植するには膨大な費用が掛かる。そのため、移植臓器が不足し、万人が移植手術を出来るわけではなかった。
21世紀にはこうした臓器の不足から、闇で人身売買が繰り返されるという悲劇も起こった。
しかし時代は変わった。人体の急速冷凍技術により、死体の「鮮度」を保ったまま10年以上も保管できるようになった。
さらに、ヒトの遺伝子の解明も進みいまでは拒否反応の少ないドナーを瞬時に見つける事も可能となった。
今では臓器や手足といった人体パーツが欠損してもすぐに替えがある、という世の中だ。誕生と同時に記録された、本人の遺伝子情報と限りなく近い臓器を24時間以内に移植することが可能となった。世界中に張り巡らされた膨大なネットワークで、拒否反応のない欠損箇所を検索し、医療機関に輸送される。
これらの「パーツ」の管理と流通は民間の業者に委託されており、人体パーツ産業はここ数年、ますますの盛り上がりを見せていた。
「どうも、気に食わないな」
と洩らすのは主治医、ことDr・イーシェン。医学の世界的権威であり、「人類最高頭脳」と称される。
そして、この人物こそ「人体再利用」の提唱者である。
「なにがですか?」
コーヒーを運びながら、助手のワットが尋ねた。
「人体再利用、だよ。ああいう輩が増えるとどうもね」
「博士が提唱したんじゃないんですか? 人体再利用計画」
「ああ」
コーヒーを啜り、あまりの苦さに顔をしかめながらイーシェンはいった。
「確かに。だが私は移植したくてもドナーがいなかったり、せっかくドナーが見つかっても拒否反応で移植できなかったりしてた患者のために提唱したんだ。しかし、いざ再利用できるようになってみて、見てみろ。最近では仏がでるたびに業者がかぎまわってくる。ああいう連中は金儲けのことしか考えていない。ヒトを物みたいに、腕は一本いくらだの心臓はどうだとか……」
「しかしまあ、おかげでドナー不足も解消されたじゃないですか」
またコーヒーに口をつけ、ふうっとため息をついた。
「患者ならいいんだがな。最近じゃ健康体にもかかわらず、移植手術をする輩が増えている。この間きた患者なんぞ、タバコの吸いすぎでいためた肺を交換したい、といってきおった。そんな馬鹿げた理由で移植などできん、と断ったがな」
「はあ……」
「いまじゃ自分の、なんでもない手足を切り取って自分の好きなパーツと取り替える『パーツ・トレード』なんてのが流行っているそうだ。昔は移植にもそれなりの費用が掛かったがいまじゃどんどん移植費用も安くなり、敷居が低くなってきておる。全く、私の理想からは全速力で遠ざかっていくよ」
そういってイーシェンは時計を確認した。
「さて、そろそろ回診の時間だ。いい加減コーヒーのうまい淹れ方を覚えろよ。これじゃ缶コーヒーの方が……うっ」
立ち上がったと同時に、イーシェンの顔色が悪くなった。かと思うと
次の瞬間には胸を押さえ床に倒れこんだのだ。
「博士? 博士、どうしました!」
ワットがあわてたように駆け寄った。息をしていない。
「博士、博士! だれか、だれか来てくれ!」
その叫び声に、他の医者や看護士が駆け寄る。院内は急激にあわただしくなった。
「いってきます」
ここは日本の某県のある家庭。キリシマユウトは玄関の扉を開けた。
彼は17歳の高校生であり、今まさに彼の通う高校に登校するために家を出ようとしている。ごくごく普通の家庭の、普通の朝の風景である。
「いってらっしゃい、車に気をつけてよ?」
「わかってるよ」
母の言葉に、突っかかるようにいった。この歳になってもいまだに母はユウトを子ども扱いする。車に気をつける、なんて幼稚園のころから言われ続けていて、いい加減うんざりしていた。
「もう子供じゃないんだから、そんないちいち見送りしなくてもいいよ」
「そう? でも最近事故が多いじゃない? なんでも怪我してもすぐにパーツの替えがあるとかで無茶な運転するドライバーが増えたし。危機意識が薄れたんじゃないかしら」
「大丈夫だよ。もし事故ってもそれこそパーツの替えがあるんだし。いまの世の中、手足やっちゃってもそんなにかからないよ」
それを聞いて、母はすこし顔をこわばらせた。
「そんな、“パーツ”だなんて人を部品みたく言うもんじゃありません。とにかく気をつけるのよ」
諭すように、ユウトに言い聞かせる。
「わかってる。いってきます」
にっ、と笑って振り返る。その笑顔が、母が最後にみた息子の姿となった。
母がその知らせを聞いたのは午後6時であった。取るものもとりあえず、パート先から連絡があった病院へ大急ぎで車を走らせた。
手術室の前で、母は祈るように手を組みじっと待っていた。
やがてランプが消え、外科医が姿を現した。
「残念ながら……」
俯きながら首を振る、その外科医の前に母は泣き崩れた。
下校途中の事だったという。
部活を終えたユウトが友人と共に家路を急いでいたとき、突然暴走したトラックが歩道に突っ込んできたというのだ。
居眠り運転だった。一緒にいた友人は軽い怪我ですんだが、ユウトの方は頭を強く打ってしまったのだ。運転手の方は内臓破裂の危篤状態だったが、息はあったという。
すぐさま二人は病院に収容され、緊急手術が施された。運転手の方は大怪我にも関わらず、破裂した内臓を「交換」することで一命を取りとめた。幸い、遺伝子情報が似通ったパーツがすぐに手に入ったのだ。
しかし、一方のユウトは……。
「脳死、ですか」
その言葉を聞いた時、母は愕然とした。
「残念ながら、脳ばっかりは替えがききません。他の部分の損傷なら、助かる見込みはあったのですが……」
「ああ……」
絶望のあまり、声が出ない。
なぜ、なぜ加害者である運転手が助かってあの子がこんな目に遭わなければならないの? どうしてあの子が死ななければならないの? と半狂乱になって医者につめよる。医者はそれに応えることなく、ただ黙って下を向いて唇を噛んでいた。
その時。
「どうも〜こんばんは。ヒューマン・パーツ・カンパニーで御座います。パーツの方、引き取りに参りました〜」
医局に、第三者の声が響いた。母はその声の主の方を見やる。
黒のスーツがはちきれんばかりに太った中年の男が、そこにいた。
「何かしら」
「今しがた、お亡くなりになった方がいましたでしょう? まだお若いのに。それで、その遺体を引き取らせて」
「帰って!」
声を限りに、母は叫んだ。
「あなたたちに、ユウトは渡さない!」
「これはこれは、お母様ですか。いや、この度はまことに残念です」
といっておきながら、ちっとも残念そうな顔はしていない。ニコニコとその脂顔は満面の笑みだ。
「しかしですね、人体リサイクル法では死体は必ず冷凍、保管されなければならないのですよ。それをしなければ罰則が課せられてしまいまして……ま〜あお母様の気持ちも分からないでもないのですが。特にこの日本では、いまだに人体移植に忌避的な方もいらっしゃいますし。しかし、どうしてもこればっかりは……規則なもんで」
「そんな……」
母は返す言葉もない、と言った様子である。
「ご理解いただけましたか? それではここにサインを」
といって書類を差し出した。
「大丈夫です、ユウト君の体は無駄にはなりませんよ。さきほど、若い男性の“完全な体”が欲しいというクライアントが地球の裏側で見つかりまして、ええ。遺伝子情報もほぼマッチしていますからね、意外と早く『再利用』されますよ?」
「人体を丸ごと移植する、ですって?」
Dr.イーシェンの体を前に、助手のワットは素っ頓狂な声を上げた。
イーシェンの死亡から48時間が経過していた。現在、彼の体は巨大なカプセルの中で冷凍処理を施されている。
「ドクターの頭脳は、まだまだ役に立つ。医学界の発展のためにも必要だ」
「我々は、ドクターの死を受容するにはあまりにも早すぎると考えるのだよ、ワット君」
白衣に身を包んだ男たちが、そういった。
「イーシェン・ドクトル。『人類最高頭脳』を心臓発作ごときで失うには、あまりにも惜しい。幸い、このカプセルにいれば他の器官は生きていられる」
一番歳を取った、メガネの男が皮肉をこめた笑みをくれた。
「だから、蘇生させる」
「しかし、なぜ人体まるまる一体が必要なんです? 心臓発作なんだから心臓を移植させればいいじゃないですか」
「甘いな、ワット君」
といってメガネの蔓を押さえる。
「いいか、『人類最高頭脳』といえどもかなりの老いぼれ。このまま蘇生させてもまたすぐに逝ってしまうかもしれん。そうではなく、脳髄を取り出しもっと若い体に移植すればこの先何年も生きられるんだ。人類にとっても、その頭脳の恩恵を受けられる時間が増える。最高ではないかな?」
ひととおり、男は話をするとあとは黙ってワットを見つめた。
「しかし……博士は生前『私が死んでも移植はするな』と仰っていて……」
「これは実験なのだよ、ワット君」
メガネの男は、ずいっと顔を近づけた。
「人類初の、体丸ごとの交換。成功すればまた神の領域に近づく。そして、この実験には君にも立ち会ってもらう」
「え?」
「手術が成功した暁には……君の名も世界中に響き渡る。そうすれば君も有名になり、今よりもっと研究に打ち込めるようになる。どうかね?」
ワットはしばらく思案した。
生前のイーシェンを思い浮かべる。時に厳しく、時に優しいイーシェン。研究には人一倍熱心で、患者には分け隔てなく接し、皆から慕われていた。そんなイーシェンをまた、ワットも父親のように慕っていた。その恩師の意思に反するのは良心が傷む。が……。
「分かりました」
結局彼は、恩義よりも名声をとった。
人体丸ごと移植、という前例のない大手術が行われることとなった。
交換パーツは日本人のユウト・キリシマ17歳。死後、20時間以内。遺伝子情報も90パーセントが適合というベストマッチ。しかも、彼の体の組織はまだ生きている。
まず、解凍したイーシェンの体から脳髄を慎重に取り出す。そしてその脳髄を培養液に浸す。
次に移植する、キリシマユウトの体を徐々に解凍してゆく。急激に解凍すると細胞が壊れてしまうのだ。
そして彼の頭を切り開き、イーシェンの脳髄を慎重に、繋いでゆく。
手術は実に30時間に上った。前例のないこの手術は、全世界に放送された。
やがて手術が――終わった。
病院のベッドに寝かされた、元キリシマユウト現Dr・イーシェン。こん睡状態にあったが、心臓は動いている。脳波も安定していた。あとは目を開けば――。
「ここは、どこだ」
手術から3日目、少年の体を持ったその医学博士は声を発した。目を見開き、あたりを伺っている。成功である。
「お帰りなさい、ドクター」
助手のワットは、満面の笑みで右手を差し出した。
「ワット? なぜ君がここに……私は死んだのだからここは天国か? まさか君もこっちに来てしまったのか?」
「違いますよ、博士。博士は生き返ったのです。“交換”したことによって」
「何? 私は移植はするなとあれほど」
「それだけじゃありません」
ワットは胸を反らし、誇らしげにいった。
「寿命も伸びましたよ。いま博士の体は17歳の少年のそれです。人体の“パーツ”ではなく、丸ごと一体を移植しました。これで医学はまた進歩――」
「なんて事をするんだ!」
イーシェンは飛び起き、ワットの襟首を掴んだ。中身は老人でも体は健康な男子なので、すさまじい力である。
「ななな、何がですか」
窒息しそうな息の下から、ワットが聞いた。顔が青くなっている。
「こんな、こんなことを平然と! どこまで腐ってんだ貴様ら!」
「お、落ち着いて博士。落ち、おちおちおおお……」
「知らんぞ、いまに恐ろしい事が起こる。欲にまみれた俗物共が、何をするか……考えたくもない」
この世紀の大手術成功の報は、世界中に駆け巡った。と同時に世界中の、とくに老年層は思った。
――自分も若返りたい。――
願望は欲望となり、やがて狂気と化した。
若年層の「人体売買」が始まったのだ。パーツではなく、完全な人体を求めた富裕層は金にものをいわせて人を雇い、若い者を拉致し、その体を奪い、移植手術で次々と新しい体を手に入れた。
人体を損傷することなく殺せる毒を開発されたり、人体売買専門の闇業者も現れ、世界中が恐怖のどん底に落とされた。
「人体狩り」が激化したころ、ついに各国政府が動いた。
ターゲットとなる若年層、17〜30代の若者を保護するために軍や警察を動員し、闇業者に対抗した。
しかし、人の欲望は限りない。沈静化するどころか「人体狩り」はますます激化した。裏社会の狩人たちは武装し、国家に対抗した。世界各地でテロの火の手があがり、彼らは若人の体を求めた。
人心は荒廃し、いつしか世界は暗い冬の時代へと突入した。
「ちい、食らっちまった」
街の片隅、ビルに背をつけて黒服の男が呟いた。
彼は「人体狩り」のエキスパートである。これまで、何百体という人体を市場に送り込んだ。 しかし、そのせいで世界中の軍、警察に追われることとなった。
そして今、彼は窮地に立たされている。肩と足にそれぞれ銃弾を食らい、動けない。
「くっそ、ジジイどもの道楽につきあってたらえれえ目にあったぜ」
年貢の納め時か、とタバコに火をつけたその時。
「どうも〜、ヒューマン・パーツ・カンパニーです〜」
間抜けな声が、頭上から降ってきた。その声の方に振り向く。
まるまる太った、黒縁メガネの中年男がそこに立っていた。
「なんだよ、あんた」
「お困りのようですね。その腕と足、もう使い物になりませんよ。どうです? いまなら格安でパーツの交換を承りますよ。手足だけならざっと10000本以上ありますからきっとあなたの体にあうパーツもございますよ」
ニコニコと、そのゴム毬のような顔をさらに膨張させている。
「なるほど、パーツ業者か。まあそうだな、俺もまだ死にたくねえしもらおうか」
「毎度ありがとうございま〜す。いまならその場での付け替えサービスしております。医者はモグリですけど」
中年男は手をすり合わせて頭を下げた。
「しかし、こんなご時勢によく商売できんな」
「こんなご時勢だから、ですよ」
中年男はにんまりと笑った。
「あっちこっちでテロやら抗争やらで人が死ぬ度、パーツが無尽蔵に補給できるんですよ。で、あなたのような人も絶えませんから、需要はうなぎ上り。その気になれば人体丸々一体、提供することも可能で御座います……いやあ、いい時代になりましたなあ」
今回、企画小説なるものに初めて参加させていただきました。
敬愛する星新一先生風に書いてみましたが……まああれですね、もう少し修行を積みます(汗)