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1.帰郷

秋の終わりくらいに書いた夏の話です。図書館にはロマンがあると思います。

 大学二年生の夏休み、僕は冷房の効きすぎた電車に揺られ、山が多い故郷へと帰郷していた。実家から大学近くの駅までは、時計の長針が盤上を二周半する程度の時間がかかる。別に実家から通えない距離でもないが、大学に入学する時に両親は一人暮らしを勧めてきた。僕としても毎朝五時に起きるのは嫌だったし、なにより一人暮らしという自由な響きをした生活に憧れて、結局両親の言葉に甘える事にしたのだった。

 僕はもうすっかり慣れた一人暮らしの生活を脳内に思い起こす。ついでにひと月ほど前に恋人に告げられた別れの言葉も思い出してしまい、頭を振った。決して立地がいいとは言えない2Kのアパートの、適度に整理された僕の部屋。月も見えない新月の夜の闇に紛れ、彼女が放った陳腐な言葉の数々。ああ、いつ思い出しても胸糞悪い。

 忌々しい記憶に苛立ちを覚え、落ち着かない気分で、効きすぎた冷房に対して心の中で悪態をつく。どうして大事にしてくれないの、私たち付き合ってるんだよね、もうお互いの為に終わりにしよう……。どうにも頭にこびり付いて離れない言葉に唾を吐きかけたくなる。知るかそんな事、お前はテレビドラマの見過ぎなんだ、現実はもっとシビアで自己中心的なんだよ……。言いはしなかったものの、恋人に対してそんな事を思いつつ、必要以上に冷めた口調で僕は「そう」とだけ答えた。そして彼女は泣き出した。その姿を見て、やっぱり僕はその子を絶対に愛する事は出来ないと、改めて悟ったのだった。

 振り払おうにも振り払えない情景に辟易していると、電車の窓から見える景色に緑が多くなる。県内有数の大規模な駅で電車を乗り換えてから三十分ほど、僕の故郷が近づいてきているのだった。何もないという程でもないけど、山が多く畑が目立つ、住所には市でも区でもなく「町」とつく程度の田舎の街。一応二車線の国道が通っていて、道路沿いにはそれなりに色々な建物が揃う場所。良く言えば自然と人工物のバランスがいい、悪く言えば中途半端な景観をしているのが僕の故郷だった。

 窓の外に広がる景色に毎度の事ながらの懐かしい気持ちになっていると、自然と彼女の事も頭から追い出せた。そして両親やあまり多くはない地元の友人たちの事を考える。みんな何の変わりもないだろうか、元気でいるだろうか……。そうして安っぽいノスタルジーに浸っていると、電車は僕が十八年間育った街の駅へ到着した。

 衣類なんかが詰まったドラム缶バッグと適当に見繕ったお土産を手に持ち、電車を降りる。途端に不快な暑さに包まれる。まるで壁のように感じる熱気と肌を射抜くような紫外線に、僕は冷房の効きすぎた車内に引き返したくなる。そしてそう思った自分が嫌になる。ああ、本当に僕は現金だな。八つ当たりの悪態をついておいて、それが無ければ無いで、またそれを欲しがるなんて。

 僕はぬるい空気を吸い込んで、重い溜息を吐き、改札を抜ける。そして駅前の小さなロータリーまで出て、もう一度溜息を吐いた。

 僕の実家まで、駅からは歩いて三十分ほど。時刻表によれば、実家の近くまで行くバスが来るのも三十分後。毎度、謀ったかのように、まるで嫌がらせのようなタイミングでバスは来ない。中途半端に便利で不便な街だ、本当に。僕はバッグを担ぎ直し、まるで拷問のように太陽に焼かれ続けるアスファルトの上を歩き出すのだった。

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