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月明かりのメロディ

作者: sdkx

 野本水穂19歳。大学の講義が終わり、水穂はバイト先へ向かった。今日が初出勤だ。大学生活も1年半が過ぎ、東京での一人暮らしを潤すため、出会いを探すためにアルバイトを始めることにした。


 アルバイト先は全国チェーンのファミリーレストランだ。土日に入れる人を探していたようで、面接を受けるとすんなり採用された。土日も含めてみっちり働いてお金を稼いで旅行に行く事を当面の目標にして、頑張って働こうと水穂は決意した。


 従業員用の裏口から入ると事務机に向かっている店長の姿が見えたので挨拶をした。

 「野本さんだよね。今日からよろしく。」

 水穂は気のよさそうな笑顔に不釣合いな筋肉質の腕を持つ店長と握手を交わした。制服とタイムカードを渡され、更衣室で着替えを済ませた。


 着替えが終わると店長の横に、少しパーマがかった髪を肩の近くまで伸ばし、少し色黒の顔をしたいかにも東京の大学で学生をやっていますという風貌の男が立っていた。

 「野本さん。彼は山内君。ここで働いてもう半年のベテランさんだから、分からない事あったら何でも彼に聞いてね。」

 そう店長に紹介された山内さんは「ベテランだなんて、自分はまだまだっすよ」とオーバーリアクションで謙遜していた。何だか軽そうな人だなというのが水穂の第一印象だった。


 ホールに出る前に店内の設備やら注文端末の使い方などの説明を受けた。初日という事もあり、注文端末の使い方の練習、メニューの把握、簡単なレジ打ちをしているとあっという間に終わった。


 帰り支度をしていると山内さんが声をかけて来た。

 「お疲れさまー。今日はどうだった?」

 「お疲れ様でした。色々と教えて頂いてありがとうございました。今日はずっと立ちっぱなしだったんで、足がぱんぱんです。」足をさすりながら水穂は答えた。

 「はは、最初はみんなそうだよ。すぐに慣れるよ。水穂ちゃんは学生?」

 「今大学2年生です。」いきなり名前で呼んでくる軽さに驚きつつ水穂は答えた。

 「おっ、俺と同じじゃん。同学年同士敬語じゃなくて、ため口でいいよ。」

 「いや、まぁ先輩なんで…それに会ったばっかりだし、ため口はちょっと。」

 「うーん。そうか。まぁその内、『こいつにはもう敬語なんていらない、ため口で十分だ、むしろ私に敬語を使え、いやむしろ同じ空気を吸うな害虫が』・・・って思ったら、ため口で話してよ。」

 「たぶん、一生ため口を使う機会がないと思いますけど。」

 「はは、冗談だよ。こいつとは気兼ねなく話せるなって思ったらいつでもため口で話してよ。あ、そうそう来週にでも水穂ちゃんの歓迎会開こうと思ってるから予定空けといてね。」

 「ありがとうございます。楽しみにしてます。それじゃ、私はこれで。」

 「うん、お疲れ。またね。」

 軽く会釈をして水穂は店を出た。


 店長もいい人そうだし、山内さんもちゃらいけどいい人そうだし、まぁ何とかやっていけそうかなと思いながら、水穂はバイト初日の帰路についた。



 翌日、お昼休みに大学の食堂で水穂は友人の三宅素子にバイトの結果報告をしていた。

 「それで、その山内さんはイケメンだったの?」

 予想はしていたが、やはり素子は山内さんがイケメンだったのかを聞いてきた。

 「顔はまあかっこよかったけど、何だかチャラい感じで私はあんまり好きじゃないなあ。」

 「かっこいいならいいじゃん。付き合っちゃいなよ。」

 「顔が良くても性格が良くないとしんどいじゃん。それに彼女がいるかも分かんないんだしさ。」

 「彼女がいるか分からないから猛アタックするのよ。勢いだけで恋して遊んでいられるのは今のうちなんだからね。働き始めたら休みも少ないし、出会いもないし最悪だってお姉ちゃんが言ってたよ。」

 「はぁ。そんなもんかね。とりあえず彼氏ゲットは置いといて、バイト頑張ってパーッと旅行にでも行こうよ。」

 「いや、クリスマスまでにお互い彼氏をゲットする事が最優先よ。お互い早生まれだから十代最後のクリスマスなんだからね。」

 花の女子大生を満喫しようとする素子のバイタリティーに引き気味の水穂だったが、『十代最後』という響きに少し焦りを感じた。


 「そうだよ。十代最後のクリスマスだよ。十代最後の大晦日だよ。正月だよ。・・・あっ、もう十代最後の夏は終わってしまったんだ。いや、南半球に行けば・・・。」

 「よし、水穂その調子。お互い二十歳を笑顔で迎えよう。」

 「おー。」

 素子に乗せられた感はあったが、クリスマスまでに彼氏ゲット作戦を頑張ってみようと水穂は決意した。


 バイト先のファミレスには社員も含めて10人程度男性スタッフがいる。とは言え年が離れたおじ様とのロマンスは考えられなかったので、若いスタッフと仲良くなろうと思った。

 そんなある日、若手スタッフで一緒にキャンプに行こうという計画が持ち上がった。バイトが終わり、帰ろうとしたところを山内さんに呼び止められた。


 「水穂ちゃん、来月若者で集まってキャンプに行こうと思ってるんだけど、行くしょ?」

 『行くしょ?』というこちらの意思を尊重しない言い方にこの人と付き合うことは無いなと思いつつ、せっかく皆と仲良くなる機会だからと思い、水穂は誘いを承諾した。

 「キャンプ良いですねー。行きます。」

 「おっけい。じゃあ詳細決まったら連絡するわ。」


 山内さんは連絡すると言いつつ、大まかな計画を話し出した。どうやら彼が主催者らしく、自分で考えたエキサイティングでロマンチックな計画を話したいらしい。

 キャンプと言いつつ、12月なのでコテージを借りるらしい。コテージまでの道のりは吊り橋があったり、滝があったりちょっとした登山をしながら自然を楽しめるコースとなっており、夜はコテージから満天の星空を拝めるらしい。


 思っていたより面白そうだなと水穂は感心した。将来はイベント会社にでも就職しそうだなと思いながら、山内さんの説明を聞いた。


 「楽しみにしてます。」と言い、水穂はその場を後にした。

 彼氏を作るのもいいが、学生時代に一生の宝物になるような思い出作りや出会いを大切にした方がいいと水穂は思うようになっていた。人生を豊かにするのは一時の彼氏との思い出より、一生続く友達との思い出であり、これは彼氏が出来ない言い訳ではなく、人生の真理だと自分に納得させるように思うようにしていた。ただ、いつまでも彼氏が出来ず、結婚できず一人で過ごす事を想像して焦りを感じ、やはり頑張って彼氏を作らなくてはという気持ちのループをこの2ヶ月ほどずっと続けていた。

 とにかく今度のキャンプは楽しもうと水穂は固く決意した。



 キャンプは男4人、女3人の合計7人で、大学生やフリーターの若手メンバーで行く事になった。キャンプ当日、水穂は大きめのリュックを背負い、集合場所の駅に向かった。駅に着くと山内さんが既に着いていた。


 「おう水穂ちゃん。早いじゃん。気合十分だね。」山内さんに声をかけられた。

 「おはようございます。いつもイベントの日は早く起きちゃうんですよね。」

 「分かる。俺なんか今日6時に起きちゃったよ。まぁ今日は楽しんでよ。俺が企画したんだから楽しいキャンプになる事は間違いないから。」


 その後も山内さんと適当に会話をしながら他のメンバーを待った。

 旅行の集合場所に一人ずつ人が集まってきて、旅行の話をわいわいとしながら他のメンバーを待っている時間が好きなんだよなと思いながら、水穂は他のメンバーが来るのを待った。


 昨日も遅番だったフリーターの澄川さんが10分程遅刻したが、無事全員集まった。

 「それじゃあ、行きますか。」と山内さんが声を掛け、一行は出発する事にした。


 電車とバスで移動し、コテージの最寄のバス停からは歩いて向かった。

 以前山内さんが言っていた通り、自然豊かな登山道となっており、変わった色の鳥の写真をいかにうまく撮れるか競ったり、つり橋をギャーギャー言いながら渡ったり、コテージまでの道のりを楽しみながら進んだ。


 コテージに着き、バーベキューをしてお腹を満たした後は、キャンプファイヤーをして時間を過ごした。


 焚き火の周りで何をするでもなく、自由に会話をしながら時間を過ごした。

 会話の流れで好きなアーティストの話になった。水穂の好きなアーティストはあまり売れていないマイナーなアーティストの為、人が集まる場所でいつも周りの共感を得られず、もどかしい気持ちになる事が多かった。


 皆ヒットチャートを賑わすバンドやアイドルグループの名を上げる中、意外にも山内さんは同じアーティストの事を好きなことが分かった。

 「俺の一押しアーティストは『ひゅるひゅら』って言うんだけどね。名前は変わってるけど凄いいい曲作るんだよ、これが。みんなも聞いてみてよ。」

 皆が首をかしげる中、水穂だけが目を輝かせた。

 「『ひゅるひゅら』いいですよね。私大好きです。セカンドシングルのカップリングの『ひゅるりと風が吹いている』なんか最高ですよね。」同じアーティストが好きな事をアピールしつつ、少しマイナーな曲の名前を上げ、水穂は山内さんが本当にファンなのか試してみた。

 「まじで水穂ちゃんも好きなの?ひゅるらーに会う事あまり無いから、まじで感動した。俺はまだCDにはなってないけど、ライブで必ず歌う『手を繋ごう』って曲が好きだわ。」

 水穂は山内さんが生粋のひゅるひゅらファンであると確信した。水穂は山内さんとひゅるひゅらについて熱く語りたいと思ったが、周りがついてこれないので自重することにした。


 その後もキャンプファイヤーは夜遅くまで続いた。水穂は1時頃女性向けコテージに入り、眠りについた。


 翌朝はカップラーメンを食べ、腹ごなしをしてから下山した。

 1泊2日という短い旅行だったが、普段のバイトでは見れない皆の一面を見ることが出来て良かったなと水穂は思った。それに学生っぽい楽しい思い出を作れた事も良かった。だが、一番はひゅるひゅらファン、通称ひゅるらーを意外な所で発見できた事が一番の収穫だったかもしれないと思っていた。



 翌日以降も今までどおり、大学の講義があり、バイトがある普通の生活が続いた。ただ、キャンプによって、仲良くなったバイトスタッフとはバイト帰りにご飯を食べたり、休みの日に遊びに行くようになった。


 同じアーティストが好きという事で特に親近感を感じるようになった山内さんとは特に仲良くなり、一緒にカラオケに行ったりするようになった。



 クリスマスまで1週間を切ったある日、アルバイト帰りに山内さんに呼び止められた。

 「水穂ちゃんこの後何か予定ある?」

 「いや、特に無いですよ。」

 「よかった。付き合ってもらいたい所があるんだ。ちょっといいかな?」

 「あっ、はい。いいですよ。」何かなと思いつつ、水穂は山内さんの誘いに乗ることにした。


 二人ともアルバイト先へは自転車で来ていたので、自転車に乗り山内さんの言う『付き合ってもらいたい所』へ行く事にした。10分程自転車を漕ぐと町を見下ろせる丘に着いた。


 「はい、とうちゃーく。」そう言いながら山内さんは自転車を降りた。

 「へぇ、こんな場所あるなんて知らなかった。」

 丘から見下ろすと空の色と町や山の色が暗闇に溶け込み、境目の無い黒い景色の中に町の明かりが輝いて見えた。そして何よりまん丸とした月の明かりが綺麗だった。


 「いいでしょ。この景色。まぁ座りなよ。」二人はベンチに腰をかけた。

 「この景色に映える、いい曲があるんだ。」そう言うと山内さんは音楽プレーヤーを取り出し、イヤホンの片方を自分の左耳につけ、もう片方を水穂に渡した。

 イヤホンを受け取った水穂は右耳につけた。二人っきりで夜景を見ながら、イヤホンを共有して音楽を聴くというシチュエーションにドキドキしながら、水穂は音楽が流れるのを待った。


 イヤホンから流れてきたのはひゅるひゅらの『月の夜に鳥になって』という曲だった。やっぱりこの曲だ、分かってるなと思い、嬉しくなりながら水穂は音楽に耳を傾け、景色と音楽を楽しんだ。


 曲が終わり、あたりに静寂が訪れた。静寂を破るように山内さんが言葉を発した。

 「俺水穂ちゃんの事が好きだ。付き合ってください。」

 「あ、はい。」山内さんの事が好きなのかよく分からなかったが、同じアーティストが好きという事や、クリスマスまでに彼氏を作るという素子との計画を遂行するという使命感や、ロマンチックなシチュエーションといった諸々の要素が水穂の気持ちを後押しし、交際を了承させた。


 「やったあ。ありがとう!よろしくね!俺のことは竜也って呼んでよ。俺も水穂って呼ぶよ。」

 「竜也・・・さん。うーん、まだ違和感があるなあ。」

 「はは。まぁそのうち慣れるよ。よし、じゃあご飯でも食べて帰ろうか。」

 「うん。」



 結局クリスマスまでに彼氏を作る計画を素子は成就できなかったらしい。正月明けに会った素子は荒れていた。

 「安直ね。シチュエーションに流された恋は長続きしないわよ。」

 「確かにシチュエーションに流されたところはあるけど、お互い趣味が合うし、竜也も面白くていい正確だし、長続きするよ。」素子の吐き出す毒に負けじと水穂も反論した。

 「ふーん。どうだかねえ。まぁ見守らせてもらうわよ。」

 「はい、ご指導お願いします。素子先生。」


 シチュエーションに流されて、勢いで付き合った感があった為、素子の指摘にドキリとしたが、愛を深めるのはこれからだと思い、気にせず前向きにいこうと決意した。


 その後、何度かデートを重ね、表向きはかなり仲良くなった感じはあるのだが、どこを好きなのか聞かれたり、彼の何を知っているのか聞かれてもうまく答えられないでいた。そんな事を聞いてくるのは素子だけなのだが、自分自身の気持ちも竜也の気持ちも良く分からない自分に気づきショックを感じていた。


 そうして2ヶ月程たったある日、竜也から旅行の誘いを受けた。伊豆に行ってちょっと早めの花見に行こうという提案だった。

 マンネリ感を感じていた水穂は竜也の誘いを受け、旅行に行く事にした。

 二人だけの始めての旅行。不安もあったが、楽しい旅行になればいいなと水穂は思った。

そして笑い泣きに続く的な

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