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第41話 レバサシは焼いておいしく

「全て、コロス! ブルル……」

 巨大な牛となって、真の姿を現したアンオーカに皆恐怖して逃げ惑う。

「はん、お前をミンチにして、美味しいハンバーグステーキに生まれ変わらせてやるぜ!」

 ルシファーはキッチンにあったフライパンを握りしめ、一瞬姿をぶらしてアンオーカとの距離を詰める。これは前に体重をかける事によって、走るための予備動作を省いた縮地法という古武術の走り方である。

 そして、ルシファーは走った勢いを利用して、フライパンをアンオーカの頭に叩きつけようとした……。

「なっ!? ……くそッ、こいつ飛べるのか……」

 しかし、アンオーカはその足を動かしたかと思ったら、なんと空中をモ~スピードで駆けたのだ。

「ブルル……。上から、なぶりコロス!」

 アンオーカは空中で器用に蹄をかくと、今度はキリーに向かって突進する。その駆ける足とキリーに向けられた角は稲妻を帯びて、ぱちぱち不快音を鳴らしている。

「ロース、ヒレ、ハツ!!」

 キリーは二本ある背中のバスターソードを抜き構え、アンオーカは頭を下げて角を向ける。

 彼女の刃とアンオーカの角が太陽の光を受けて輝く。

「……来い、ビーフ!!」

「MOOO……!! 俺はアンオーカだ!!」

 キリーとアンオーカがぶつかり合いそうになった瞬間、アンオーカの角から電撃が彼女に向かって放たれる。

「…………!?」

 彼女は慌てて跳びのく。電撃が石畳を思いっきり焦がす。幸いにも、彼女の剣は鉄でなくバジリスクの牙で出来ているため、電撃が誘導される事はなかった。

「突っ込んでくると思いきや電撃攻撃とは……、滅茶苦茶卑怯だな……」

 僕はアンオーカの卑怯さにあきれて呟いたが、強いと言えば強い。

「僕が……。くそっ、当たらないでしゅ!」

 マーリンが光の弾丸を放つけれど、アンオーカはモースピードで避けまくる。

「MOOO……。当たらなきゃ意味がないモー」

 アンオーカがさらに電撃を放ち、キッチンを破壊し、石畳を砕き、会場を荒らしまくる。

「おい、どうするか、ワタル? このままじゃ、空から狙いうちにされるだけだぞ」

「ルシファーの言う事も分かるけど、どうしたらいいのか……」

 実際、空にいるアンオーカに手出しできないし、天使である事を隠しているルシファーは空を飛んで戦ってくれそうにない。

「そうだ、ワタル! アレルヤしゃんの羽根。神鳥の羽根を使うのでしゅ!」

「神鳥の羽根?」

 マーリンが僕のカーボーイハットに差した青い羽根を指差す。

「そうでしゅ。空を飛ぶ魔法はとてもデリケートでしゅ。イレギュラーな強風の中では空なんて飛べましぇん。アレルヤしゃんから貰った羽根で、風の魔法を起こすのでしゅ! 」

「なるほど!」

 僕は帽子に差している神鳥の羽根を手に取る。すると、鳩ぐらいの羽根が一メートルぐらいまで大きくなる。

「さぁ、呪文を唱えるでしゅ! 僕の後に続いてくだしゃい」

「うん、分かった」

 神鳥の羽根に向かって、マーリンが教えてくれる呪文に続く。

神鳥(アラフォー)の吐息よ! 吹き荒れろ、でしゅ!」

「吹き荒れろ! 神鳥(アラフォー)の吐息よ! ……簡単だけど、ひどい呪文……」

 僕は呪文を唱えた後、神鳥の羽根を振るう。

 青い羽根は輝きが増し、そこから突風が巻き起こる。それは、リア充に対する嫉妬の嵐のようだ。

「モー!?」

 突風にあおられて、アンオーカがバランスを崩してふらついたものの、アンオーカは空中で堪える。

「モー……。これぐらいの風で!」

 奴は角を振りかぶり、僕に電撃を放ってくる。

「うわっ!?」

 僕は咄嗟に銛を手の中に召喚して、それを投げつける。電撃は銛に誘導され、僕からそれる。

 糸口は見つけたが、この程度の風では足りない。もっと強力な風じゃないとだめだ。

 僕が歯噛みしていると、マーリンが呪文を叫んで来る。

「ワタル、今度はハリケーンを起こすでしゅ! 呪文は……、巻きあがれ! 神鳥(アラフォー)の葛藤!」

「……ま、巻きあがれ?……神鳥(アラフォー)の葛藤!」

 僕が呪文を唱えて青い神鳥の羽を振るうと、僕を中心に小さめでも威力はピカ一なハリケーンが発生する。

「MOOO!?」

 中心に立っている僕は平気だけど、空を飛んでいたアンオーカはハリケーンに巻き込まれて、物凄い勢いで回転する。これは絶好のチャンスだ。

 しかし、生み出したハリケーンのせいで、中心にいる僕にしかアンオーカに攻撃できない。ハリケーンの外にいるルシファーとマーリンとキリーの手を借りられないのだ。

 はたして……、ハリケーンの中で回っているアンオーカに攻撃するかと、僕が思案していると、ハリケーンに隔てられてうっすらと影しか見えないマーリンが叫ぶ。

「ワタルー! 神鳥の羽根で空を飛ぶのでしゅ! 呪文は、羽ばたけ! 神鳥(アラフォー)の翼!!」

「羽ばたけ! 神鳥(アラフォー)の翼!」

 神鳥の羽根が二メートル程まで大きくなり、僕はその上に飛び乗る。

 神鳥で生み出したハリケーンは生みの親である羽根を傷つけずに誘導した。羽根の上に膝を立てて乗った僕はリケーンの流れに沿って空を飛び、アンオーカの方へ距離を縮める。 

 僕は双子の包丁、名刀秋雨と妖刀時雨を腰から抜く。

「喰らえ! 筋通し斬!」

 狙いをつけるのも難しいハリケーンの荒れ狂う風の中、アンオーカの後ろ脚と尻を筋肉の筋に沿わせて刃を通す。

「モー!!」

 アンオーカは苦痛の悲鳴をあげ、煮えたぎるような熱く赤い血が噴き出す。

 大天使ミカエルから授けられた能力がさっそく役に立つ時がきた。……料理の役には全くもって役に立ってないけど……。

「こしゃくな!」

 アンオーカは首を振って角で僕を刺そうとしたけど、ハリケーンでもみくちゃに飛ばされているので、脚を踏ん張れないでいる。ただ首をうねらせているだけで当たらない。

「喰らえ! 火の精霊のこんがり炭火焼波!」

「MOW!!」

 僕は杖の先から赤い熱線を放つ。アンオーカの毛皮を焦がし、こんがりと良い匂いがハリケーンを占める。

「とどめは、秋雨、時雨、魔力共鳴!!」

 双子の包丁の背をこすり合わせる。包丁は白い輝きを放ち、その切れ味と丈夫さを格段にアップさせる。

「これがメインディッシュだ! 究極解体裂(キュウキョクカイタイレツ)!!」

「MOWWWW!!」

 素早く包丁をなん閃も繰り出し、アンオーカをハラミ、ロース、ヒレ、カルビ、ハツ、レバー、ハチノス、タン、ありとあらゆる部位に解体する。これはカバロさんでも使えない奥義で、目にも止まらない早さのだ。

 僕はアンオーカが骨と新鮮でピンクなお肉に早変わりしたのを確認した後、ハリケーンの魔法を解き、羽根に乗ったまま地面に降り立つ。

「……あぁ~、目が回る……。手首が痛い……」

 ハリケーンの中をぐるぐる飛び回って目が回り、両の手首がズキズキする。そんな僕の様子にルシファーはおもしろそうな、あきれたような声を出す。

「魔力があるとはいえ、包丁であんなに素早く、しかもあんなに巨大な肉を解体するなんて、無理あるだろう。お前、技のスピーに肉体が追いつかなかったようだな。ミカエルの奴も良い仕事してるぜ」

 視界がぐるんぐるんと回っている中、見下ろした手首は赤く腫れあがっていた。どうりで痛いわけだ……。

 僕は痛む手首をマーリンに魔法で癒してもらう。治癒魔法の後遺症である倦怠感が体を占めるが、それでもなんとか荒れ果てた会場を見つめる。

 立派なキッチンのほとんどはひっくり返り、石畳は砕けて瓦礫となる。観客は会場の外から恐る恐るこちらを見ていた。

「……これじゃぁ、大会はだいなしですか……」

 カバロ夫妻は、肩を落としてへたり込む。お店を立て直すせっかくのチャンスが潰えてしまったのだ。

「まぁ、仕方、ないのね?」

 せっかく危険な目に会ってまで食材を集めたというのに、全部無駄になってしまった。僕だって泣きたいくらいだ。美味しい料理を食べられなくなってしまったキリーとマーリンも残念そうに眉をひそめている。

「いや、実に見事であった」

 渋い声が聞こえた後、パチパチと拍手の音が聞こえる。

「お、王様……」

 カバロさんが震えた声をあげる。

 そこには、白く長い髭を生やかし、赤いマントをはおり、頭に王冠を乗せたマンゾー国王が微笑んでいた。

「そなたたち、我が国の危機を救ってくれて、ぜひとも感謝したい」

「「「えっ!?」」」

 王様の言葉に、僕らは顔を見合わせる。この流れなら、大会の賞金が貰えるのか!?

「いいぞー」とか、「やったなー!」とか、いつの間にか戻ってきた貴族、衛兵、観客の歓声と拍手が巻き起こる。

 僕らが満面の笑みを浮かべると、王様が咳払いして周りの歓声を鎮める。

「お前たちに賞金と賞品を与えたい所だが……、やはり味の審査もせずに渡すのでは具合が悪い。さっき、あの牛の化け物が食べた味が伝わってきたきがしたのだが……、それだと良く分からんかったからのう」

「……あ、あの、もう五皿しか残っていませんが……」

 僕はキッチンに残った五皿の料理に目をやる。

 しかし、無事だった料理の数が重要なのではない。王様に食べさせて、あまりのまずさに賞金を取り消されるのが嫌なだけだった。

「うむ、大丈夫じゃ。少しずつ分ければ、審査員全てに行きとどくじゃろう」

「は、はぁ……」

 僕らは気が進まなかったが、残ったなんかカオスな物を審査員の王族、貴族の前に並べる。

 いつの間にか荒れ果てた会場は再び観客で埋まり、僕らの料理の審査をじっと見守っている。

「……賞金をいただけますように……」

 カバロ夫妻が目をギュッとつぶって、必死に祈る。酷い料理への不安と、店の復興の願いで一杯いっぱいだ。

『ではこれより、レストランフロンティアのみなさんが心をこめて作った料理の審査に移ります』

 司会者の熱いノリも復活し、それを合図に王族、貴族のみんなが口をフォークへ運ぶ。あまりにも緊張したせいで、審査の時間がやけに長く感じる。一噛みがとてつもなく長い。

「「「うっ!!」」」

 審査員たちが唸る。

「や、やっぱり、だめでしたか……」

 カバロさんは肩を落としてうなだれる。

「こりゃ、あきらめるしかねぇな」

 ルシファーも大きくあくびする。キリーとマーリンもあきらめた顔をしている。

 しかし、その時に奇跡は起きた……。

「ふえっぅ、まじ?」

 僕が驚きの声をあげてしまうのも無理ないと思う。だって……、審査員全てが再びフォークを口に運びだしたのだ。

「このカオスな味……、まるで原始の宇宙のようだ!!」

 貴族の男が感動のあまり大声で叫ぶ。

「真っ暗な宇宙にきらめく銀河が目の前に広がっているのだ!」

「一口食べるごとに、新たなる味の発見がある。そう、これは無限の可能性を秘めた、限りなく広がる宇宙なのだ! 宇宙がこの小さな皿に納められている!?」

 単眼鏡をかけた初老の貴族が目を皿のようにして見つめている。

「うむ、ダムガンのレバー、栄養満点の卵、ミネラルたっぷりな塩、色とりどりな山菜、芋と栗の優しい甘み。健康面の事を実に考慮されている」

「美味しいとはいえないが、そのおかげでついつい食べ過ぎてしまうのを防いでくれる」

 貴婦人がハンカチーフで口を拭いながら言う。

「うむ、レストランフロンティアの皆よ! 見事な料理であった。よって、この美食ファイトの優勝者として、ここに称える」

 王様が大きな声で宣言すると、それに合わせて盛大な拍手の嵐が巻き起こる。

「良いぞー!!」「おめでとー!!」「やったな、坊主!!」「嬢ちゃん、ぬれぬれ、かわいかったぞー!!」「ねぇちゃんもどうだ!?」

 口ぐちに聞こえてくる歓声に僕は戸惑う。

「……そんなに、良い料理、だったの、か?」

 唖然とする僕をよそに、カバロさん達は喜んで手を叩いていた。


 その後はお祭り騒ぎだった。

『レストランフロンティアに賞金の金貨八百枚と魔道具の魔装甲の鍋(フライパン)が送られます』

 カバロさんとヴァッカさんは王様から祝いの言葉をかけられ、司会者から賞金と賞品を受け取っている。

「これでハッピーエンドって所かな?」

 僕とマーリンは微笑みながら二人を見守る。

 この分なら二人の店の評判が上がって繁盛しそうだし、もうアンオーカだって手出し出しできない。

「くそっ、最後まで、ヴァッカを堕とせなかった……」

 約一名はメッサ悔しがっているけど、そんなの気にしちゃだめだ。僕はルシファーを無視して、キリーとマーリンに顔を向ける。

「それにしても、あの料理でよく優勝出来たよね? 僕、あれが出来ちゃった時はもうだめかと思ったよ」

「そうでしゅね。僕が退場させられて、もう終わりと思いまちたよ」

 そう偉そうにマーリンが言うけど、お前は本当に何もやっていない。

「……優勝できたの……、私のおかげ、だと思う……」

「キリー、やけに自信ありげだね?」

 キリーの無表情な顔がわずかに嬉しそうだ。僕の記憶によると、キリーはまな板の破壊と、卵でベタベタになった事以外に何もしてないと思ったけど……。

「……私がとった山菜、これがよかったと思う……」

 キリーは茎から手折られた一本の紫色の花を僕らに見せる。花は小さく、葉っぱも沢山ついている。

「キリー、これは何?」

「……知らない……」

 知らない物を入れたのか!? 

 と言いたくなったが、その前にマーリンが口を挟む。

「ちょれは……、ひょっとして、ファスチーノでしゅか!?」

「なにそれ?」

 目をまん丸にするマーリンに嫌な予感がする。

「ファスチーノは根には強力な幻覚を見せる効果と、強い中毒性がありましゅ」

「えっ、それって麻薬って事?」

 なんとも酷い話に、僕は背筋を凍らせる。

「いえ、あくまでも根にその毒性が集中していて、それ以外の部分は麻薬って呼ぶほどではありましぇんが……。まぁ、たばこより少し強いぐらいでしゅよ」

 僕は恐る恐る、喜び合って抱き合うカバロさん達を横目に見る。彼らは自分達を待つ幸せな未来を夢見て、この瞬間を力いっぱいに楽しんでいる。それを邪魔するなんて、無粋な事である。

「……これは、なかった事にしよう……」

「……それがいいでしゅね」

 僕はキリーとマーリンに目配せして、この事を頭の中から忘れ去ろうとした。


◆◇◆◇


 ワタル達は、優勝賞金をカバロ夫婦と山分けして金貨四百枚も貰い、賞品の魔道具を手に入れた。

 大会の後、カバロさんとヴァッカさんのお店も大繁盛。この国の市場を牛耳っていた牛の魔物アンオーカもいなくなり、この国の料理人達は思う存分に腕を振るったそうだ。



「すみません、コスモステーキを一つ」「アイのブドウケーキを二つ」「スペースープを一つ」

 次々に飛び交う注文に、数人のウェイターがホールを忙しそうに歩く。

 カバロさんのお店は大きく成長し、王族や貴族に出張して料理の腕を振るう事も多々ある。

「はい、こちらがダークマターとなります」

 半分は美味しそうな香りが漂う料理が運ばれ、残りの半数はなんか形容しがたい何かがテーブルに置かれる。

 なんの因果なのか、ワタル達が作った料理は「今までにない味」「健康に気をつかった一品」「美味しすぎず、食べ過ぎないですむ」と大人気になり、この国の半分はゲテモノ料理で溢れかえった。外の国からやってきた人たちはその酷い料理に眼をまん丸にする。

 ワタル達が活躍の後、この国は美食の町ではなく、美食からゲテモノまでなんでも揃う世界で一番の食の町と知られる事になった。


「…………食べ物、大好き、キリ―…………。

 …………今度は……ドラゴン、の肉をミディアムで…………。

 …………波乱万丈……奇奇怪怪……。また……」

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