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第39話 場外戦

 厚いカーテンで閉め切られていて薄暗い部屋に一人の美青年がベッドの上で一人の美女に覆いかぶさっている。

「あら、あなたはいいのかしら? こんな初対面の怪しい女を相手にして……」

「言っただろう? 俺は危険な香りが好きだって……。でもな……」

 ルシファーは謎の美女の頬をなで、耳元で囁く。

「あいにく、美女を血で汚すのは好きじゃないんだ。どうせなら、もっと別のもので汚したいね」

 真珠のような肌を持った彼女の腕はルシファーの首筋に回され、その手には小ぶりでも鋭いナイフが握られていた。

「あら、奇遇ね。私も血で汚れるのは好きじゃないのよ。臭いし、なかなか落ちないでしょ。できたら私も、別のもので汚れたいわ」

 美女は赤い唇を曲げて微笑む。何よりも美しい悪魔の笑みのようだった。


◆◇◆◇


「……ワタル、気持ち悪い……」

「キリー!! なんでそんなに汚れるんだ!?」

 僕はキリーの酷い有様に愕然とする。

 彼女は神鳥の卵を樽で溶いていたのだが、その中に落ちてヌルヌルに汚れてしまった。

 そんな彼女の様子に会場の半分がどよめく。みんな男だ。

『おーっと! これは評価が高そうだ!? 料理勝負は作っている最中も料理勝負! 他の三チーム程、鼻血を食材に流してしまったため失格になりました。はてさて、このパフォーマンスはこの大会を荒らすのだろうか!? どうでしょう、審査員の王様』

『いやー、剣士の格好にエプロンでヌルヌルなのも特殊、いや、奇抜でいいですなぁ。強いて言えば、エプロンだけを身につけていたらさらに高評価が……』

 こいつら、いったい何の評価をしているんだ!? 神鳥の卵が変態のおもちゃと同じ扱いなんて、神鳥アレルヤが知ったら泣くだろうなぁ……。

 僕ははなはだ疑問に思ったが、他のチームが失格になり、なおかつこれが好評化になるなら自分から不満を言う事ない。

 しかし、隣のキッチンにいるアンオーカは不満でいっぱいのようだ。

「クソッ、ならばこっちは……」

 アンオーカが同じ仲間の美女に耳打ちする。

「Oh! 私、卵を胸の谷間に落としました。王様、取って下さーい!」

 どうやってそんな所に卵を落とすんだ! 

 ……と、会場中の誰もが思っただろうが、そんなの言った者勝ちだ。王様がデレデレする横で、王妃様がものすっごい目つきで睨んでいる。

「Oh! 卵が割れてしまいまーした。王様、拭いてくださーい」

 残り七チームが食材に鼻血を拭いてしまって脱落する。

 味の審査が始まる前に、僕らとアンオーカのチームの一騎打ちになってしまった。

「……なんなんだ、この展開!?」

 べたべた汚れて気持ち悪そうなキリーと、女性の観客にドン引きされながらもアピールするアンオーカのチーム。王妃様に耳を引っ張られている王様。そのうちロバみたいに長くなりそうだ。王様の耳はロバとは、馬鹿な王様が王妃様に引っ張られ続けた結果なのかもしれない。


◆◇◆◇


「あら、私を衛兵に突き出さなくていいのかしら?」

 ナイフを折った俺、ルシファーは彼女をベッドの中に残して服を着る。

「俺は、美女を他の男に渡したくないたちなんでね。どうせあいつらなんて、相手が男女関係なく、縛りプレイをする事しか頭にない連中のさ」

 簡易の鎧も身につけ、滑らかな金髪を整える。

「ふふ、あなた、おもしろい事を言うわね。私も同感よ」

 彼女もベッドの中で下着を身につけてから起きあがって服を着る。

 ルシファーは扉の取っ手に手をかけてから、思い直したように彼女を振り返る。

「……所で、お前はいつまでこんな仕事をするつもりだ? 血で汚れるのは嫌いなんだろ?」

 彼女は鼻で笑う。きっと、何かが面白かったわけでも、誰か他人の事を笑った訳でもない。その悲しげな笑顔はまるで嘆いているかのようだった。

「私? そうねぇ……、少なくとも今すぐやめるわけにはいかないわね……」

「そうか……」

 ルシファーが何の感情もうかがわせない声で頷くと、彼女は震えた声で笑う。

「ふふっ……。働いても、働いても、私の生活、楽にならないのね……」

 彼女はそっと手を見下ろす。何人もの血を浴びて来たその手を……。

「妹の薬を手に入れるための金、だけど……。それは沢山の人と私の心を殺して得たお金。ずっと私には心なんて無い、って自分を騙してこなしてきた仕事だけど、いつの間にか私の心はすり減っていて、本当に心を失くしてしまっていた……ふふ」

 彼女は自嘲気味な笑い声を洩らす。

「……結局、そういう私は……」

 ルシファーはベッドの方に戻り、彼女の目尻を人差指で拭う。

「俺は、血で汚れた美女も、冷たい涙で頬を濡らす美女も嫌だぜ。美女は笑顔が一番だ」

 ルシファーは人差指についた彼女の涙を舌で舐める。

「それに、本当に心を失くした奴は涙なんて流せない」

 美しい涙を流す彼女に革袋を放り投げる。

「これ、は……、お金……?」

 袋に詰まった金貨と銀貨に彼女は困惑してルシファーを見つめる。

「そいつは、この部屋代だ。……釣りをいちいち数えんの面倒くせーから、お前にやる」

「えっ……、でも……」

「言っただろ!? 俺は美人が血で汚れるのが嫌いだ、って」

 戸惑いで何も言えないでいる彼女にルシファーは背を向ける。

「……東の森に、小さな小屋があるわ……。探し物、見つかるといいわね……」

 ルシファーは背を向けたまま驚きで目を丸くしたが、すぐにほほ笑む。

「……ありがとな、セニョリータ」

「あら、私はただ呟いただけ……。礼を言われる必要はないわ、ハンサムさん。今回は忙しいようだけど、次会ったら、ちゃんとレディとしてエスコートしてくれるかしら?」

 ルシファーは扉から出ながら、背中越しに親指を立てる。

「もちろん、それはジェントルマンとしての嗜み、さ」

「あらあら、野獣の間違いじゃないかしら?」

「はっは、それは頂けないな。ジェントルマンも野獣なんだぜ」

「そう、じゃぁ、ジェントルマンにエスコートしてもらう時は十分に気をつけるわ」

 宿を出たルシファーは東の森を目指す。


◆◇◆◇


「働けども、働けども(なお)、我が生活楽にならざり。ぢっと手を見る」

 僕は薄赤く染まった自分の掌をじっと見下ろす。

 僕は人の目玉のようで気持ち悪いアイのブドウの皮を剥いている。これを肉と一緒に煮込んで柔らかく仕上げ、且つソースをまろやかにする。

「あれっ? なんか、皮を剥いたブドウが足りないような……」

 すでに六房ぐらい剥いたはずなのに、半分ぐらい無くなっているような気がする。

 なんか足りないなぁ、と思いながら剥いてきたが、いくらなんでもこれは少なすぎである。

 僕は周りを見渡して探すが見つからないので、近くにいたキリーの肩を叩く。

「ねぇ、キリー、ここに置いといたブドウ知らな……い?」

 キリーの口の端が赤い汁で汚れている。

「…………ふぃらない(知らない)」

 キリーの言葉がくぐもっている。絶対に嘘だ。

「ねぇ、キリー……。ブドウは美味しかった?」

 彼女は黙ったまま頷く。

「やっぱり、キリーがつまみ食いしたんじゃン!?」

 僕は彼女の事を嘆く。働いても、働いても我が生活楽にならない……。石川啄木の言葉は本当だった。


◆◇◆◇


「おい、走れ、カバロ。大会には間に合わないだろうが、それでもお前は全てを見届けなければならない」

 ルシファーは森の中を、カバロに肩を貸しながら走る。カバロは半日程縛られていて、まだ体の強張りが解けていない。ふらふらになりながら走っている。

「もう、無理ですよ、ルシファー、さん。もうすでに、大会始まりの花火が打ちあがりました。途中での選手交代も無理です。もう、走るのはやめてください。走ったって意味ないじゃありませんか!? それに……」

「いや、まだ審査は終わらねぇぜ」

 ルシファーは有無をいわずにカバロを走らせる。

「もう、走るのは止めましょう。今さら会場に辿りついても何もできません。恐らく、私たちの店の信用を失い、私の料理人生命を失くしてしまったのでしょう。ルシファーさん達が一生懸命に私を信じてくれたのですが、もう意味はありません」

「いや、それだから走れ! 信じられているから走んなくちゃならねぇ! 間に合うか間に合わないかなんて、関係ねぇ!! 料理人生命など関係ねぇ!! お前は、なんだか、もっと恐ろしく、大きい物のために走んなくちゃならねぇ! ついてこい、カバロ!」

 ルシファーとカバロは走った。

 野をかけ、城門をくぐり、二人は疾風の如く会場に突入した。調理時間終了を告げる十回目の銅鑼が鳴り響き始めた所だった。

「私だ、審査員! 私がこの大会に出るはずだった。カバロだ。私はここにいる!?」

 あっけにとられた審査員の間をすり抜け、カバロとルシファーはワタル達と合流する。

 カバロは目に涙を浮かべ、ヴァッカさんの前に立つ。

「ヴァッカ、私を殴れ。力一杯に殴れ! 私は途中、私たちの全てをあきらめ、投げ出そうとしてしまった。君が私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえない!」

「あなた、いったい今まで、どこにいたのよ!」

 ヴァッカは鉄のフライパンをフルスイングさせ、カバロのこめかみに叩きつける。

「ぐわーん」と、青空の下で良い音を立てて、カバロは倒れ伏せる。

 僕らも審査員も観客も静まり返ったのに、ヴァッカは我に返った。

「あぁ、カバロ、どうしてなの!? どうしてあなたはカバロなの!?」

 ヴァッカは目から涙をあふれさせながら、白目剥いたカバロを抱きしめる。

「……なに、この茶番?」

 勇者ワタルは、もっともな事を呟いた後、調理時間終了の銅鑼が鳴り終わった。奇しくも、カバロの頭とフライパンが奏でた音にそっくりだった。


 はい! 小学校の頃は遅刻しないように走り続けてきたワタルです。

 ところでメロスって、本当に美談でしょうか? 

 王様へ直訴するなら他に手を考えればいいのに、いきなりお城へ怒鳴りこむ。それもわざわざ姉の結婚式前にだ。

 そして、自分から事を起こしておいて、友達に数日の間の身代わりを引き受けてもらうって、牢屋に入るだけでも不安で苦しいはずですよね。たとえ、友達がメロスをどれだけ信用していようと、文句を吐きながら一発殴りたいはずですよ。

 ま、みなさんは後のことを考えてから行動しましょう。

 では、今日はここまで。

 波乱万丈、奇奇怪怪!! 次回をお楽しみに!

 

 

 

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