第37話 動き出した罠
「ふあぁー! ……おはよう、キリー、マーリン」
僕は大きなあくびをして、起き上がる。それを合図に、マーリンとキリーも起き上がる。
カバロさんの店の二階にある部屋はベッドも少ないので、僕ら三人は同じベッドで寝起きする。幸いにも僕とキリーは大柄ではないし、間にマーリンもいるので妙な気分も起きづらかった。(※起きなかったとは断言しない)。ルシファーのは方は、ひっかけて来た女性の部屋で寝泊まりしているらしい。相変わらずだ。
「……おはにょうでしゅ。ひょうはたいかいでしゅね」
寝起きのため、マーリンの呂律は普段よりも回らなくなっている。
僕らは階段を下りて、カバロさんに挨拶しようとする。彼の料理の腕が僕らの将来がかかっているのだ。金銭的に……。金欠は勇者一行へ毒沼のようにダメージを与えるのだ。
「カバロさん。おはようございます!」
僕は厨房で準備しているはずのカバロさんに挨拶するが、返事が返って来ない。
「あれ? カバロさん? 居ないのですか?」
怪訝に思って厨房を覗きこんだけど、誰もいない。
「どうちました、ワタル? カバロしゃん、居ないのでしゅか?」
「うん、どこ行っちゃったんだろう?」
不安を抱えた僕ら三人は、夫婦の部屋をノックする。
「カバロさん! ヴァッカさん! いないのですか!?」
扉が壊れそうな程叩いたくと、中から人のうめき声が聞こえてくる。
「誰かいるのですか!? 開けてください!」
それでも中に居る人は扉を開けない。
「よし、ワタル。僕が魔法で鍵を…………の必要はないようでしゅね」
マーリンが杖を出したが、それよりも早くキリーが無言で扉を蹴り破る。可哀相な夫妻、余計な出費がかさみそうです。
しかし、そんな事を考えている場合ではない。ヴァッカさんがロープで縛られ、布で猿ぐつわを噛まされていた。
「なんて、特殊な……、じゃない。なんで、縛られているんだ」
慌てて言い直す。これもルシファーの悪影響なのか?
彼女の縄を解いてやり、猿ぐつわを取り除いてやると、彼女は落ち着きをなくしたようにまくしたてる。
「大変です。お、夫のカバロが捕まりました。きっと、アンオーカの仕業に決まっています。夫を大会に出させないため、念には念を入れたに決まっています」
「そんな……」
涙を流しながらの告げる彼女の言葉に、僕は唖然とする。
◆◇◆◇
「そうか、カバロが捕まったのか……。調理人がいなけりゃ、大会に出られないし色々と困るな……。せっかく集めた食材も無駄になっちまう」
「うーん、どうしたらいいかな、ルシファー?」
もう一時間ぐらいで大会が始まってしまう。締め切りまでに会場に辿り着かなければ、失格になってしまう。
僕らはお金が手に入らないし、夫妻も大会を急きょ欠場すれば、店の悪評がたってしまう。
「俺達にとれる選択支は二つある。みんなでカバロを救出する事だが、間に会わなければ意味がない。もうひとつは二グループに分かれて、一方はカバロ救出、もう一方が大会に出場する事だ」
ルシファーは普段見られない真剣な眼差しで、隣に侍らせた美女の背を撫でながら語る。
「カバロさんは間に合いそうにないし、僕らが出場するしかないね。となると、料理をするのは……」
僕らは不安そうに顔をゆがませるヴァッカさんに目を向けるが、彼女は申し訳なさそうに首を横に振る。
「……すみません。私は料理、からきしダメなのです。私にできるのは、ちょこっと炒める程度です」
「えっ、料理できないの!?」
僕は驚きの声をあげる。
「しょういえば、僕らが来た時も、お外で働いていまちたよね」
「はい、お恥ずかしながら……」
マーリンの言葉に、ヴァッカさんはか細く答える。
「……どうするかぁ……。よく異世界チートとかで料理を披露する話はよくあるけど、僕は料理なんてした事ないし……。あぁ、ずぼら料理本でも持ってくればよかった!!」
普通の中学生男子は料理なんてしない。いや、中学生女子だってするのはほんの一握りだろう。僕らの世界では日常の茶飯事にニチレイの冷食を出すなんて日常茶飯事だ。その恵まれた現代社会で怠惰に暮らした日々が仇となるとは、世の中どう巡るか分からないものだ。
「あぁ、僕はいつもセバスチャンに料理してもらってましゅよ。セバスチャンは大会に出られましぇんかね?」
「いや、あの巨大毒キノコが料理大会に出るなんて無理でしょ」
僕の頭の中に、パニックになった衛兵が襲ってくる姿が思い浮かんでしまう。
「あぁ、もう! どうしたら、良いんだ!?」
僕が頭を抱えてわめくと、突然優しげで温かい声が聞こえた。
――お困りのようですね、勇者ワタルよ――
「へっ、誰?」
天から降ってくるような声に僕は上を向く。もちろん、節目が目立つ天井しか見えない。
「その声は、ミカエルか。どうした? お前は手を出さないんじゃなかったのか」
ルシファーがこともなげに言った内容に驚いたが、僕とルシファー以外の人には聞こえないようだ。
――ル、ルシファー、お前が私の剣を盗んだせいで私は……、いや、おほん、今それは関係ありません。ところで勇者よ。あなたは今、新たな試練に悩んでいるようですね――
「いや、試練っていう程、大げさなものではないですけど……」
――勇者ワタルよ。天界にいる私が、あなたたちのいる世界に干渉できる事は限られていますが、ささやかな奇跡を起こす事は許されています。勇者ワタル、あなたに新たなる力を授けましょう――
僕の中で、なにか温かい物が溢れてくる。
それは春の優しい木漏れ日のようであり、満喫の日焼けライトのようでもある。
勇者ワタルは新たなる力に目覚めた。
勇者は料理スキルマスターになった。勇者は「筋通し斬」を覚えた。勇者は「血抜き斬」を覚えた。勇者は「三枚下ろし斬り」を覚えた。勇者は「短冊斬り」を覚えた。勇者は炎魔法「炭火焼波」を覚えた。勇者は氷魔法「瞬間冷凍波」を覚えた。勇者は「究極解体裂」を覚えた。勇者は「毒物処理」を覚えた。勇者は「火加減の第六感」を覚えた。勇者は…………etc.
「う、うぅ、頭痛い……。なんか、どうでもいい事ばっかりのような気がするけど……」
様々な情報が僕の頭の中に流れ込んできて、頭がくらくらする。
――勇者ワタルよ。天より授かった力を存分に振るうのです。では……――
「い、いや、ちょっと待って。まだ、技術ばっかりで、レシピが分からないんだけど……」
僕は慌てて大天使ミカエルを呼び止める。技術を押し付けられてそれの使い方が分からないんじゃ、どうしようもない。
――そうですね、それを忘れていました。……そうですねぇ……では、この本なんてどうで……『ミカエル様。そろそろガブリエル様との試合が始まります。ご準備の方を』……あ、はい、分かりました!! 今、参ります!! ……えっと、話の途中ですみません――
途中、誰かの声が割って入ってきた。たぶん、大天使ミカエルに誰かが呼びかけていたのだろう。まるで電話みたいだ。
――おっほん、勇者ワタルよ。あなたの役に立つであろう書物を授けます。これで試練に打ち勝つのですよ――
大天使ミカエルの声が途切れた後、空中から光が溢れ、次の瞬間には一冊の書物が僕の手の中に落ちた。僕はまるで預言者の一節のように、呪文を唱える魔術師のようにその書物の真名を読み上げる。
「……天界の料理レシピ?」
神々しさのかけらもない、インクで印刷された、なんの変哲もないただの本である。しかし、天使がくれた本なのだから、一応目を通してみる。
「これを見て料理しろって事? ……うわっ!?」
本の中には、ボンキュッボンの美女天使のきわどい写真がずらりと並んでいた。
「…………こ、これをどうしろって言うのさぁ……」
大天使ミカエルから授かったものがエロ本!?
僕が驚愕を隠せないでいると、ルシファーが本を覗きこむ。
「あ、これは俺のだ。……そう言えば、ミカエルから隠すために、料理本とカバーを取り換えてたんだっけ。なつかしいなぁ」
「ル、ルシファーのかぁ。なら納得……って、なんでルシファーが、よりによって料理本と中身をすり替えたのさ!?」
「あぁ、それはなぁ、ミカエルは贅沢を敵と思っているからさ。あいつ、何かの祭典の時にだけ、ちっぽけなパンとワインを食うだけで、普段は何も食わんのさ。だから、料理本なんて、開く事はないから、料理本とカバーを取り換えたんだ。あいつ、俺のエロ本を勝手に処分するんだぜ」
あははと笑うルシファーを恨めしく思う。
結局、大天使ミカエルからの贈り物は、どう使ったらいいのか分からない技術だけでした……。
「もう、それはいいでしゅから。これからどうするのか考えましゅよ」
「そうだね、エロ本について論議している場合じゃないね」
マーリンの言葉に僕は頷く。涙を流して夫を心配するヴァッカさんの目の前で、こんな醜態を続けられない。
「そうだなぁ……、俺一人でカバロを探せばいいだろう。他は全員、大会に出場だ。もちろん、俺もテレパシーでフォローするぞ」
ルシファーの力量ならきっと大丈夫だ。僕はみんなと顔を見合わせる。
「うん、じゃぁ、大会は僕とキリー、マーリンとヴァッカさんの四人で出場するよ」
「……はい。私も頑張ります」
ヴァッカさんも涙を拭いて、しっかりと返事をした。彼女の決意も固まったようだ。
「よし、みんな。行くよ!」
僕らは不条理と立ち向かった。
Hi! 得意料理は冷しゃぶなワタルです。
みんなは料理する? 今の時代、電子レンジでチンするだけで夕飯を用意できるからねぇ。僕はさっぱりだよ。
まぁ、僕だって健康には気を遣っているからね。毎日野菜を食べてるよ。まぁ、豪快なサラダだけどね。
昨日のサラダは丸かじりトマトと手ちぢりのレタスのフレンチ風ノンドレッシングサラダでございます。なんて、手抜きにもほどがあるね。リンゴとブドウだって、皮付きで食べちゃうぞ。
じゃぁ、今日はここまで。 波瀾万丈、奇々怪々!!
次回をお楽しみに!