第32話 ポテトブドウ
見事、一つ目の食材ダムガニューを手に入れた勇者ワタル達。彼らの食材集めの旅は順調に進んでいるかのように誰もが思っていた……。
「き、きも……、うっぷ……。ぜぇ、ぜぇ……。す、少し、休んでいかない?」
勇者ワタルは、茂みに向かって、大学生のコンパ後みたいに吐いていた。セバスチャンの高速飛行は、快適に過ごせる魔法のハンモックが足らなかったので、その代償としてワタルにかつてないほどの乗り物酔いを引き起こしていた。
「だ、大丈夫ですか? 少し、休みます?」
「カバロ、甘やかさなくていい。おい、ワタル! 早くしろ! 大会に間に合わねぇぞ!」
心配するカバロさんを他所に、ルシファーは僕の襟根っこを掴んで、無理やり立たせる。彼はとっても機嫌が悪そうだ。
「……る、ルシファー……。なんか、怒って、る?」
彼の様子に少し怯えて尋ねる僕に、彼は不機嫌そうに吐き捨てる。
「怒るも、なにもねぇよ! ヴァッカのガードが固いんだ。……全く、何が悪いんだか……」
「……なにもかもが悪いよ。女の人にやたらと手を出さないでよ……」
僕らが話し合っていると、夫婦はやはり心配そうな顔をして声をかけてくる。
「大丈夫ですか、ワタルさん? 今回は芋ですから、先ほどよりも楽だと思います」
「……芋。……スイートポテト、食べたい……」
キリーが物欲しげに食べたそうに言う。僕もセバスチャン酔いしなければ食べたくなるだろう。
「芋かぁ。……まだ気持ち悪いけど、大丈夫そう……」
僕は千鳥足で夫婦の後についていく。今回は草が生い茂った平野で、ふらふらな僕でも比較的楽に進む事ができた。
「みなさん、こちらです」
雑草が沢山生えているが、よく見ると丸っこい葉っぱがびっしりと生い茂っている。同じ種類の植物が群生していて、これが礼の芋みたいだ。
「へんてこりんな葉っぱが一杯でしゅ」
マーリンがおもしろがって踏み荒らす。そんな彼の様子にカバロさんが手を叩いて、自分に注意を向ける。彼は「ではみなさん、これをお付け下さい」と言って、僕らに物を配る。二つの小さくてやわらかいもの。…………これは、耳栓?
僕はとりあいず耳栓をしてみる。僕の世界から全ての音が消え、カバロさんが何か言っても聞こえない。僕らの様子に満足げしたように頷くと、植わっている一つのつるを引っこ抜いた。
『『『『ギギャャー!!』』』』
耳栓をしていたにも関わらず、この世の終わりと思えるぐらいの絶叫が頭の中に響く。カバロさんの手の中にある芋は真ん中に大きい溝があり、そこが開いてとがった牙が覗く。彼は布の袋の中に突っ込むと、そのおぞましい絶叫が収まる。マーリンと僕はもちろん、さすがのキリーとルシファーも驚きの表情をする。
彼が自分の耳を人差指で示し、耳栓を外して見せる。それを見た僕達は恐る恐る耳栓を外して、こぞって彼に向かって声をあげる。
「「「今のは何!?」」」
「えぇ、これはシャウポテトと言いまして、太陽の光に触れると絶叫する芋なのです。この悲鳴を直接聞いた人は体が動かなくなってしまいますよ。」
それを聞いて、僕はほっと溜息をつく。
「……なんだぁ。てっきり、悲鳴を聞いたら死ぬのかと思ったぁ……」
安堵して膝をつく僕に、カバロさんがにこやかにほほ笑む。
「えぇ、直接聞いた人は筋肉が止まってしまいます。酷い時には、心臓や神経までもが止まってしまって、大変なのですよ」
「滅茶苦茶危険じゃん! 先に言ってよね!」
僕らは晴天の下で絶叫する芋を掘り起こすという比較的楽(?) な作業を続ける。これから僕は芋と悲鳴というものに恐怖する毎日が続きそうだ。みなさん、悲鳴が聞こえたと思ったらご注意下さい。
◆◇◆◇
勇者ワタルよ。お前は十分走ったではないか。
悪党の料理人からとある夫婦を守るため立ち上がり、激しい衝撃に見舞われながらも空を駆けまわり、三メートルを超す熊と激戦を繰り広げ、芋の絶叫にも耐えてきた。
ワタルよ、お前は十分に走ったではないか。十分に頑張ったではないか。ならば、ここで諦めたって、いったい誰が責めると言うのであろう。諦めても仕方がないではないか。
しかし、ただ親友のカバロには申し訳のない事をしたと思っている。彼の期待を裏切り、これから待つ彼の苦しみを思うと、きっと、自分を許せなくなってしまうであろう……。
「ワタル、なに地べたでへばっている。悲劇の主人公ぶって、メロス気どりか?」
「うっぷ!」
ルシファーが容赦なく僕の脇腹を蹴って来るので、僕は空っぽの胃から胃液を吐いてしまう。口の中が苦く酸っぱくなり、のどがひりひりする。
「ほら、日が暮れる前に終わらせちまうぞ」
「あぁ……、それでも世界は、回って、いる……」
僕の視界に映る全てがバターになりそうな程クルクル回る。
「おい、キリー。そのままじゃ歩けなさそうだから、ワタルと手をつないでやれよ」
「……分かった」
ルシファーに頷いて、キリーの温かい手で僕の手を握り締めてくる。
「あ、ありがとう、キリー……、って、痛い、痛い! じ、自分で歩くから!」
彼女は僕の手をしっかり握ると、僕の事なんかお構いなしに引きずる。頭がふらふらでも、僕はなんとか立ち上がり、彼女に手を引かれたまま歩く。それでも彼女は手を離そうとしなかったので、ちょっと照れくさい。
「これから採る食材は、アイのブドウと言いまして、信頼し合う二人が協力し合わないと得られないのですよ」
山道を歩いている最中、カバロさんが説明する。なだらかな山道だったが、キリーに手をつないでもらわないと頭がふらふらの僕は崖に落ちていた自信がある。
そうして歩いていると、さすがに幼児のマーリンは歩き疲れたのだろう、ぺたりと座り込んでしまう。
「も、もう無理でしゅ~! 無理、無理、無理、疲れたでしゅ~!」
「おい、マーリン、駄々をこねるな」
疲れた、動きたくないと言い張るマーリンに、ルシファーは苦い顔をする。
「カバロしゃん。おんぶ、ちて~!」
「そうですか、いいですよ。……さぁ、乗って」
「ありがとうでしゅ」
しゃがんだ彼の背に、マーリンは掴まる。
「……すみませんね。旦那さんに、ご迷惑を……」
謝るルシファーにヴァッカさんが笑う。
「いえ、カバロは小さい子が大好きですから」
ルシファーは彼女の横に立ち、さりげなく手を握って歩く。僕の目には、おんぶしてもらう前のマーリンの目が怯えたようにルシファーを見ていたのは、気のせいだろうか……。
まぁ、とにかくカバロさんはマーリンをおんぶしたまま説明を続ける。
「アイのブドウは、木になっている実を直接見てはならないのです。……ですから、一人が鏡を持ち、一人が鏡を見ながら実を採るのです。それで、このアイのブドウは縁結びの実と言われています」
「へぇ」
まるでどっかの観光名所みたいだ。異世界の人間も、恋愛とかのおまじないとかが好きらしい。縁結びのブドウ、それで“アイのブドウ”か。ちょうど六人だし、採集するのにぴったりだ。
「さぁ、ここからは足元を見て進んでください。けして、上を見てはいけません。……マーリン、君も下りた方がいいですよ」
「はい」
マーリンがカバロさんの背から下りて、ルシファーに怯えた視線を向けていた。
僕らは山道で、頭を下げながら歩く。まるで、地獄の裁きを受けに行く罪人か、お通夜で火葬場に向かう人たちのようだ。
「痛っ!」
僕は下を見ながら歩いていると、何やら灰色のものに頭を思いっきりぶつけてしまう。
「んもう……、なんだよ、これぇ……」
僕が少しだけ視線を上げると、そこにはダムガンそっくりの岩があった。
「な、なんだ。この岩は……」
「あぁ、それは、木になっているアイのブドウを見た者の末路です。気を付けてください、見ればそいつと一緒になってしまいます」
僕の驚いた声にカバロさんが丁寧に落ち着いて説明してくれる……が、どうしてあんたはそんな落ち着いていられるんだ。物凄く、嫌な予感に僕は背筋を震わせる。
さらに僕らが進んでいくと、アイのブドウの木の下に来たのか、太陽の光が遮られて影ができている。
「ではみなさん。一人が鏡を持って、一人がブドウを採ります。決して、上を見ませんように……」
カバロさんはマーリンに鏡を持たせ、「上へ、もうちょっと左」と指示する。
「キリー、鏡をお願い」
「…………」
彼女は渡されていた鏡を構える。僕は鏡だけに集中し、上を見ないようにする。
古いようで、曇った鏡はぼんやりとアイのブドウらしき物を映す。ブドウ特有の濃い色に混じって、白い色も見えているが、形は普通のブドウだ。シャウポテトみたいに口と牙はない。
「キリー。鏡をもうちょっと右に傾けて……、やっぱり左。……少し上……」
僕はキリーに指示しながら、ブドウに手を伸ばす。鏡は左右反転するし、頭を下げたまま手を上に伸ばすので、上手くブドウを掴めない。
「……よし、掴めた」
僕は包丁でブドウを収穫し、自分の目で直接見た。
「め、目玉!?」
アイのブドウは白く球状の実に、青黒く丸い模様があった。模様は虹彩や瞳孔にまでそっくりで、実の付け根には赤い筋が何本か走っている。それがいくつも集まって、一つの房になっているのだ。
僕はそのグロテクスな外見に、思わず落としてしまう。アイのブドウは地面で少し潰れ、その淡い赤色の汁を滲ませて転がる。アイのブドウとは、“愛”ではなく、“Eye(目)”だから“アイのブドウ”なのだ。
マーリンは眼をギュッとつぶって鏡を持ち、ルシファーも嫌々収穫する。
「さぁ、みなさん。沢山収穫しましょう!」
「なんで、あんたはそんなに余裕なんだよ!」
まるで、社会科見学でブドウ狩りに来た引率の先生みたいに声をかけるカバロさんに、僕は怒鳴った。
◆◇◆◇
「んー……、お腹減ったなぁ……」
僕は空腹に耐えられず、真夜中に起きてしまった。セバスチャンの高速飛行のせいで酔ったため、何も口にする気力がなかったのだ。昼食と夕食を抜かせば、胃が食べ物を求めて自己主張するのも頷ける。
薄暗い中、マーリンと、カバロさん、ヴァッカさんがハンモックで熟睡しているのが目に入る。毛布にくるまったルシファーも床の上で静かな寝息をたてている。
僕が部屋を見渡してみると、美味しそうなスイートポテトやら、夕飯の残りが置いてあった。ありがたく頂くと、空腹の僕にはこれ以上ない程の料理に感じられた。
「はぁ、おいしかった。……ん、あれ? キリーのハンモックが空いている……」
お腹を満足させた僕は、今頃になって彼女がいない事に気がついた。なんとなく気になった僕は扉を開け、外に出る。
夜空に満天の星が輝き、草木は月明かりにうっすらと優しく照らされる。夜風が少し寒いけど、ぼんやりとした頭を冷やしてくれる。
僕が探しに行くまでもなく、キリーは居た。彼女は抜き身の二本の剣を鋭く振り回し、剣の刃が月の光を反射する。横へ、縦へと振る剣は星の瞬きのようにで、激しくも軽やかに飛び跳ねる彼女の姿は、まるで剣の妖精が踊っているかのようだ。
「キリー、剣の稽古をしているの?」
彼女は動きを止め、肯定するかのようにこちらへ視線を向ける。
「へぇ、君は強いのに、まだまだ修練するんだ」
「……戦闘欲、発散のため……。最近、まともに戦ってないから……」
無表情に話す彼女に、僕は思い出す。戦っていないと狂ってしまう彼女の血筋の呪いを……。それで、僕は気まずくなって、何を話すのか戸惑ってしまう。
そんな僕を彼女はしばらく見つめていたが、何も言わない僕にため息をつく。
「……それで、なにか用?」
「あ、えっと、そうだね……。じゃ、じゃぁ、僕に稽古してくれない? 僕、剣技が苦手だから」
「……剣も、無しに?」
「あっ……」
僕は手ぶらで出てきてしまった。剣も無いのに、剣の稽古はおかしな話だろう。彼女の剣を借りるにしても、バジリクスの牙でできた剣はかすっただけでも、相手を毒で犯してしまう。
仕方なしに僕は木の生えている所まで走り、ちょうどいい枝を二本選んで折る。細かい枝や葉っぱを取り除き、彼女の所に戻って手渡す。
「はい、これで稽古つけて」
「……分かった、手加減はする……」
僕らは木の枝を構える。
「いくよ」
僕が彼女に向かって、木の枝を振りおろす。もちろん、そんな大雑把な攻撃は避けられ、彼女は胴めがけて振ってくる。
「ぶっ!」
横腹に鈍い衝撃を受けて、僕がすっ飛ぶ。とても痛がったが、彼女の枝が折れていない所を見ると、枝が折れない程度に手加減したようだ。
「いたたた、……キリー、強すぎ……」
痛む腹を押さえながら立ち上がり、僕は一矢報いるため、今度こそ本気で枝を振るう……が、僕の攻撃はあっさり防がれ、彼女に足払いで転ばされる。
「……もう、一発ぐらい、当ててやる」
なんとなく始めた稽古に僕は熱くなり、無我夢中で振るう。
星と月に照らされて、僕らは稽古を続けた。他の人が見ていたら、あれは遊んでいたと言うかもしれない。悔しそうに立ち上がる僕とあしらう彼女は、お互いに笑っているように感じた。
Hi! スイーツといえば、紫芋のモンブランが好きなワタルです。優しくしつこくない甘みで、とろけるようなクリーム。もう、最高です。その次はべイクドチーズケーキ。不二家のケーキバイキングで、十個というケーキを食べて、吐きそうになったのも「良い思い出?」です。
さてさて、一つ目は危険、あとの二つはおぞましい食材でした。残り四つの食材はいったいなんなのでしょうか!?
波乱万丈、奇奇怪怪! 次回をお楽しみに!