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第28話 死のダンスパーティー

 一生懸命にもがくも、碇と結ばれた足は僕の意思に反して沈んでゆく。もがいても、もがいても水面は遠くなり、全力を出せば出すほど口から空気が漏れ、代わりにしょっぱい海水が入ってくる。

 しばらくして、引っ張られる力はなくなる。碇が底についたのだ。

 しかし、僕の足かせは外れない。もがいても、わずかに上下するだけである。

 意識が真っ黒になる。全てが真っ黒になってしまう……。


「助けてー!!」

 僕は体をはね起こす。

「はぁ、はぁ……。夢、か?」

 溺れた時の事を、夢でもう一度見てしまったらしい。ルシファーの奴は本当に恐ろしい事を考える。

 僕はほっと溜息をつくも、おかしな事に気がつく。

 僕の体には、少し大きくて簡素な服が着せられている。さすがに、濡れた僕の服は取り換えてもらえたらしい。もちろん、武器なども身につけていない。

「こ、ここはどこだ?」

 そう、それ以上におかしい事は、僕の目の前に広がる光景だ。

 一定の間隔で置かれている青白い炎の松明が周囲を照らしている。僕が横たわっている所も壁も天井も、全部ピンク色で妙な弾力がある物体が覆っている。まるで、胃の内視鏡の映像みたいで、そのグロテクスな光景に恐怖を覚える。

「どうしたら、みんなの所へ……」

「それは無理だな。ここは、俺様の城だ」

 突然声をかけられて、僕は背筋を凍らせながら反射的に後ろを振り向く。

 そこには、複数の人がいた。

「……これは、消えた人たち、なのか……」

 水軍(セーラー)服を着た屈強で大柄な男。金髪で簡素なドレスと高いハイヒールを身にまとった女性。つなぎのズボンをはいた、膝小僧が目立つ少年。立派な礼服を着た男性。

 色々な人がいるが、一つだけ共通している事がある。彼らの眼が虚ろなのだ。

「いったい、なんだ?」

 僕はとても嫌な予感がした。

 虚ろな人たちはうつむいていた顔を一斉に僕の方へ向け、まん丸に見開いた目を爛々(らんらん)と輝かせ、歯をむき出しにする。

 思わず後ずさる僕に向かって、全員で人差指を向けてくる。まるで、逃がさないと言っているかのようだった。

「くそ、この人たちと戦うのか?」

 僕が彼らと戦うか迷った時だった。

全員が指を上にあげて大きく振り、左足でタップを踏む。

「ワン・ツー・スリー・イヤァー!!」

 掛け声とともに、音楽が響く。よく見ると、後ろの方でギターや太鼓を演奏している人たちがいた。その音楽に合わせてみんなタップを踏み、手を打ち鳴らす。

 僕は奇妙奇天烈なものを見て、唖然とする。みんなの虚ろな顔なので、ゾンビの踊りみたいだ。

「なんだ、この人たち」

「俺のダンサーたちだよ」

僕が唖然と見ていると、先ほどの声が聞こえてきた。

踊っている人たちは二列に並んでお辞儀をする。その間を通って、不気味な男が姿をみせる。

「お、お前は誰だ!」

 彼は皮のブーツをはき、テンガロンハットをかぶっている。

 それだけならばオシャレなのだが、全身を覆う緑のうろこ、頭から腰まで続く背びれに、指の間には水かきがある。

「なんか、悪趣味な魚人」

「なんだと! 俺のカッコよさが分からねぇのか!? これには、俺のソウルが詰まっているのだぜ!」

「……安っぽいソウルだなぁ……」

「うるせー! テメェみたいなガキに、ファッションの真髄なんて分かるわけねぇか」

 僕の正直な呟きに、魚人はいちいち激怒してくる。もちろん、僕は取り合わない。

「それで、お前の目的はなんだ!」

「はん、お前さぁ、丸腰のくせに生意気じゃねぇか。鉄の武器も持ってない癖に、俺に勝てるのか? あぁん?」

 そう凄まれて、初めて自分が無防備な事に気がつく。仲間はいないし、使い慣れた猟銃もない。あるのはズボンとシャツだけ。

 今の自分にできる事は、黙って一生懸命に睨む事だけだ。

 そんな僕の様子に満足したらしい。魚人がにやりと笑みを浮かべる。

「面白いじゃんか。まぁ、特別に教えてやろうか。俺の目的を……」

 魚人は、虚ろな瞳の人たちを手で指し示す。

「俺はなぁ。ダンサーになるのが目的だよ」

「ダンサー?」

 自慢されても、僕には何の話だかよく飲み込めない。

「そうさ。こいつらは、俺のバックダンサーとか、伴奏をやらせるんだよ。そして、俺は世界一のダンサーになるんだぜ!」

 魚人が高笑いするのを見て、僕は怪訝な顔をしてしまう。

「なら、どうして人を襲うんだ。他の人たちはどうしたんだ!」

「あぁ、他の奴ら? ダンサーにも楽器も使えない奴は、ここの中に入れてやったよ」

 魚人はキャハハと笑って、お腹をさする。

 僕も消えてしまった人たちに、望みはないことぐらい分かっていた。しかし、こんなふざけた奴に食われた事へ多大なショックを受ける。

「知っているか? 噂なんだが、人間を百人食べれば、人間に変身できるらしいぞ。俺は人間に変身して、ダンススターになるんだ」

 魚人は笑いながら腰を振って踊る。

「そ、そんな事のために……。そんな体だからって……」

「俺のカッコよさが分からないのか? まぁ、俺の体がいささか問題を抱えているがなぁ。俺の体質には困ったもんだぜ。人間になれなきゃ、町に行かれねぇんだよ。じゃなきゃ、好きでこんな所にいるわけねえし」

「それで、人間を食うために、絶望した人間をここに連れてきたのか? はん、絶望している人間にしか勝てない、弱い者いじめしかできない奴が!」

 僕が負け惜しみを吠えると、魚人はきょとんとした顔をする。

「は? 何の事だ?」

「えっ、違うの?」

 僕も、自分の考えを否定されて戸惑う。とても、嘘を言っているようには見えない。

 しばらく魚人は考えていたようだが、なにか分かったかのように笑う。

「そうか、そうか。お前は俺が絶望した人間を選んでいると思ったのか。そんなの、俺の体質の問題だ。……まぁ、俺が支配下に置いている、このワーホーエルに飲み込まれて、絶望しない人間なんていないがなぁ」

 僕は眉間にしわをよせて考える。絶望した人間を選んでいるのでないなら、いったい何なのだろうか。

 こいつが本当に強いのならば、クジラの化け物に飲み込まれた人間を次々に食べたはずだ。魚人だから陸で活動できないのが弱点なのか? しかし、それなら魔物の中では制限がないはずである。

 こいつは絶対に、食べる人間を選別しなければならなかったはずだ。きっと、体質とやらに何かがある。人間を選ばなければならなかった何かが。

 考えれば何かが出てくるはずだが、そんな猶予をくれるようすはないようだ。

「さてと。黒髪なんて映えねぇし、お前は食っちまおうかなぁ」

 ぎざぎざにとがった牙をむき出しにして、舌舐めずりする。

 僕は焦りを感じる。こいつの弱点を探る時間を稼がなければならない。

「しかし、お前は本当にダンスなんてできるのか?」

 緊張でからっからに乾いた口で挑発する。

「……なんだと?」

 怒りの色を見せる魚人の前で、僕は足で魔物の体内でタップを踏む。

「こんなんじゃ、まともなタップができないじゃん。こんな所で踊っているようじゃぁ、たいしたダンサーじゃないね。井の中の蛙だ。おっと、失礼。胃の中の魚人かな?」

「こ、このクソガキが! いいだろう、ダンス勝負をしてやろうじゃないか!」

「へっ、ダンス勝負?」と僕が思った時、魚人は高らかに指を鳴らす。

 白い光に辺りが包まれた後、いつの間にか薄暗いドーム状の部屋に移っていた。

 魔物の体内にいるはずなのに、足元がタイルのようにしっかりしている。

「舞台は整ったぜ」

 魚人の声とともに、天井のミラーボールで三色の光が反射され、光がくるくると回る。操られて目が虚ろな人たちが、ギター、笛、太鼓で伴奏をする。

「さぁて、死ぬまで続く、ダンスバトルだ! 準備はいいか?」

 魚人が帽子のつばに手をかけ、位置を整える。

「ちょっと待ってよ。いったい誰が審査するの」

「それは、精霊だ」

 彼はにやりと笑うと、手拍子も交え、膝と胸をリズミカルに叩く。

 すると、彼の周りで十二個の水の弾丸が生まれ、僕の後ろの壁に激しい音を立てて当たる。

「ハハハ! 魔法は、別に長々しい呪文や魔法陣だけじゃない。ダンスによっても、魔法を使えるんだぜ。この中は特別な結界、ダンスでしか魔法を使えない。」

 魚人は僕に見せびらかすかのようにタップをふむ。

「まさしく、死のダンスパーティーだ!」

 激しくタップを踏み、何もない空間に蹴りを繰り出すと、僕の真横に雷が走った。

「ほら、お前もやってみろよ」

 僕も、映画で見たダンスを参考に、膝と胸、手拍子をリズミカルに打ち鳴らす。ディ●ニー映画が生死を左右するとは、考えたこともなかった。

 リズムを刻むたびに、水の球は大きくなり、ついにはミカン大の球が三つできた。

「…………」

 僕は暑くもないのに、額から滝のように汗を無視して手を魚人に向けて振る。すると、水の球はよれよれと飛んでいき、魚人の足元でポチャンと跳ねる。奴のあしの甲に水しぶきを飛ばしただけで終わった。

「……ま、まだだ!」

 僕は激しくタップを踏む。電撃が足の裏に集まってくるのを感じ、蹴りを放とうとするが、よろけて自分の足を踏んでしまう。少し、ピリピリしびれた。

 魚人は気が抜けたような表情をしている。

「…………本気か?」

「ひ、ひさしぶりだから、体が鈍っているだけだ。も、問題ない」

 僕がもういちど膝と胸を叩くと、今度はリンゴ大の水の弾丸が四個できた。

「うおっと!」

 せっかくまともに飛ばす事のできた水の弾丸はよけられ、壁で激しくはじける。

「ハッハーッ! 少しはできるじゃンか。まぁ、俺のダンサーデビューのリハーサルと行こうか」

 激しい伴奏が響く中、僕と魚人は死のダンスを踊る。


魚人;In cold rain, we dance ,as out of order on a puddle.(冷たい雨が降る中、俺たちは水たまりの上で踊り狂う)

ワタル;That was a cold night. I danced hotly, or must have been dead!(あれは寒い夜。熱く踊らなきゃ、死んでいた!)

魚人;I am forsaken by God. And my life’s dyed darkness!(神に見捨てられ、俺の人生は闇に染まる)

ワタル;At such time, her kiss was shocking like a bullet to my heart!(そんな時、彼女のキスは心臓を打たれたかのように衝撃的だった)


 魚人が膝と胸を打ち鳴らして氷の槍を放ち、僕はタップを踏んで、炎の蹴りで氷の槍を蹴りはらう。僕がリズムを刻んで魔力の弾丸を放つも、魚人は闇をまとった蹴りで打ち消す。

 お互いの魔法を側転、バク転で避けたり、踊りの間に蹴り合い殴り合いもしたり、死のダンスを繰り広げた。それが一時間にも及び、それまでお互い拮抗しているように見えたものの、魔法も格闘も僕の方がわずかに押され始めた。細かい傷と疲労が溜まっていき、ついに僕は膝をついてしまう。

「ハッハーッ! もう、終わりか?」

 まだまだ余裕の表情を見せる魚人が、勝ち誇るように僕の前で仁王立ちになる。

 僕は必死に魚人の弱点を考えていたが、まだ何も思いつかない。死のダンスはフィナーレを迎えようとしていた。


ワタル「Hi! ディズニー、ドリームワークスの映画大好きなワタルです。シュレックに登場するプリティでかっこいい長靴をはいた猫のスピンオフがやるので、シュレックのDVDをレンタルして見返しました。ペットといえば犬か猫ですが、どちらも捨てがたい。両方飼っちゃえと考えている人。ちゃんと責任もって飼えるかどうかをしっかりと検討しなければなりません。僕には無理でしょうね。というわけで、ネコはアニメだけで我慢することにしまう。では、波乱万丈、奇奇怪怪! 次回をお楽しみに!

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