第21話 異世界での移動手段
特殊能力が明らかになった勇者ワタル。しかし、その能力の代償は微妙に大きかった。
「……影薄……ぼそぼそ……時が見え……ぼそぼそ」
僕は部屋の隅っこで丸くなり、一人でぼそぼそ呟き続ける。
『ご主人様、もう少し言い方というものがあったのでは?』
「ぷー、面倒でしゅね」
マーリンは、はちみつたっぷりのミルクを飲む。「ぷはーっ!」とか言っている所が、大人のまねをする子供だ。
ルシファーとキリーは、きのこスパゲッティーをフォークいっぱいに巻いて、口に運ぶ。あれから、夜になるまで、僕はずっとぶつぶつ言っている。
「ちかしでしゅね、ここで勇者を待っているのも、本当に退屈でちたよ。勇者はまだか、まだかと待っている内に、試練の罠を作りしゅぎてちまいました。勇者の精神を試す、サキュバスの罠とかの出番もありましぇんでしたねぇ」
「その罠、今すぐ出せ」
マーリンの愚痴に、ルシファーがくいついて来る。
「残念、もう雇用期間が過ぎてちまいまして、サキュバスのシュジュキさんは帰りまちた。最近、召喚魔法の雇用体制が厳しくなりまちてね、色々と面倒なんでしゅよ」
「はぁ、召喚の雇用体制? そんなもんがあるのか。じゃぁ、ワタルはいったいなんだよ」
「う~ん、事故やもぐりの召喚、又は神や運命に定められた召喚かのどちらかっと言う事でしゅね。まぁ、後者だと僕は思いましゅが」
語るマーリンの口周りについたミルクを、セバスチャンの根っこが拭きとる。
「通常の召喚魔法は、同じ世界の者か、又は世界の狭間に存在する専門学校の卒業生と契約して呼び出すのでしゅよ。僕も通っていた事がありましゅよ。半年で飛び級卒業ちましたが」
マーリンは懐かしむように、学校について語る。
「ほー、そんな話は初耳だったな。召喚も面倒なんだな」
ルシファーが適当に相槌を打つ。半分くらい、聞き流しているようだ。そんな彼の様子に気が付かずに、マーリンは自分の考えをずらずら述べる。
「この世界の住人に、もぐりの召喚が出来る魔法使いはいないでしょうから……。きっと、ワタルは運命に導かれたのでしゅよ。彼の影薄には、絶対に意味があるのでしゅ!」
マーリンが自信満々に、隅っこで丸くなって何かを呟いている僕を指す。
「運命ねぇ。本当にこんな弱虫根暗が、世界の命運を握っているのかねぇ。天界に戻る為でなかったら、こんな奴についていかねぇぞ、俺は。まったく、神もミカエルも視力が落ちたんじゃねぇのか?」
ルシファーが僕の分のスパゲッティーに手を出しながら言う。
「……僕も食べる」
影薄とか、根暗とか、勝手な事を言われて落ちこんでいる人から、食事をとらないで欲しい。僕は、ルシファーが一口食べてしまったスパゲッティーを取りして食べる。
少し涙ぐみながらスパゲッティーを口に運ぶ僕の様子を見て、マーリンは思い出したかのように言う。
「あぁ、そう言えば、あなた達はどうしてここに来たのでしゅか?」
マーリンの気の抜けた発言に、僕とルシファーはフォークを落とす。
「……もしかして、僕達が君に会いに来たのか、知らないであんな無茶な試練を仕掛けたの?」
「おまえ……、とことん俺をこけにするつもりか!?」
僕のあきれた声と、ルシファーの険しい声が重なる。
「い、いやぁそのぉ……。占いで、勇者がこの森に来る事は分かっていたんでしゅけど、どんな理由でここに来るかまでは、知らなかったのでしゅよ……」
ルシファーの睨みに、マーリンは慌てて言い訳をする。
「そ、それで、いったいどうしたのでしゅか?」
勇者は魔法使いに、これまでの事を説明した。
「なるほど……、これは便利なフレーズでしゅね。ただでさえ、この作者は無駄な描写が多いでしゅからねぇ。エコが騒がれているこの時勢に、資源を節約できましゅ」
「……いったい、何に感心しているの……?」
しきりに頷くマーリンに、僕は疑問を投げかけるも、無視された。ナイス・スルー。
「ふむ。では、ワタルに水面歩行魔法を伝授しましょう!」
「ようやくここまで辿り着いたか。ぜひ、お願いするよ」
僕はマーリンにお礼を言う。
「では、まずはこれから始めましょうかね」
マーリンは帽子から本を取り出す。
「へぇ、これが水面歩行の魔導書?」
僕は青い背表紙の本を手に取る。本を開くと、古い本特有の、鼻につんとくるような匂いがする。ページの端は少し擦り切れ、インクもかすれて薄い所もある。
「いや、それは魔法物理学の本でしゅ。何事も、基本から始めないとだめでしゅよ」
マーリンは次々と帽子から本を計七冊取り出した。
「うへっ」
勇者の目の前は真っ暗になった。
◆◇◆◇◆◇
「はぁ……、なんだかんだで、朝になっちゃたなぁ……」
僕は大あくびをしながら、立ちあがる。ルシファーとキリーはもとより、マーリンも寝ている。まぁ、彼は子供だから仕方ないかもしれない。
僕は再び大あくびをする。
「弱い僕は 生き残るため 必死にもがいてあがく♪」
僕は死んだ魚のような顔をし、潰れたヒキガエルのような声で歌う。
「なんだかんだで てんやわやで 慌ただしい朝が来る♪」
僕はゾンビみたいなスローペースでターンする。
「あぁ こんなに不安で 苦しくなっても 死にたくなけりゃ進むしかない♪」
「朝っぱらから、うるさい」
ルシファーが、僕の頭にりんごを投げつける。かなり痛い。
「だって、自分ひとりで頑張ったのに、みんな寝ているなんてむなしいじゃん」
僕はたんこぶをさすりながら不平をもらす。
「歌う余裕があるって事は、水面歩行の魔法は完璧なんだろうな?」
「大丈夫だと思うよ、理論的には。ここじゃ、湖がなくて、試せないけど」
僕は大きくため息をつく。一度も実践せずに、理論りろんリロンでは、嫌になっちゃうな。
僕はのそのそとハンモックによじ登る。
「ふあぁ~! おやすみ……Zzz」
「起きろ!」
「エヴァッ!」
ルシファーが僕のハンモックをひっくり返し、僕を床にたたき落とす。顔やら、胸やら、足やらが痛い。そんな中でも、股間を強打しなかったのは、不幸中の幸いとしか言いようが無い。
「おい、ワタル。とっとと、海の魔物を倒しに行くぞ! 俺は一刻も早く、天界でうはうはしたいんだよ」
ルシファーに僕は頭を踏まれ、ごりごり痛い。
「痛いイタイ。……キリーとマーリンはまだ寝ているんだから、もう少しいいじゃん」
「なら、今すぐ起こせ!」
「分かった、マーリンは僕が起こすから、キリーはルシファーが起こして」
ルシファーは僕の手をかかとで踏む。
「俺は、お前を起こした。今度はお前が二人を起こす番だ。さぁ、勇者ワタルよ。二人を深淵なる闇より二人を呼び戻すのだ!」
「……なに予言者っぽく言っているの? ただ、二人を起こすだけなのに……」
僕は恐る恐る、キリーのそばに近寄る。
彼女は空色の髪をわずかに乱し、その長く天使(ルシファーを見た時点で、僕の中の天使像はがらがら崩れてしまったが)のようなまつ毛は上下で重なり合っている。規則正しい、静かな寝息が聞こえ、そのたびに胸がわずかに上下する。その上下する胸の上で交叉された二本の細くもしなやかな腕の中に、双子のバスターソードが抱きかかえられている。
「……なんか、かなり怖いのですが……」
「さぁ、行くのだ。勇者ワタルよ」
ルシファーが神妙なセリフを吐き、僕の尻を蹴ってくる。
「キリー! 起きて!」
僕は少し離れた所から呼びかけるが、彼女は一向に起きる気配を見せない。
「よし、彼女をゆするんだ!」
「や、やてみるよ。やればいいんでしょ……」
僕は手を出そうとして、考え直す。
「なんか、どうでもいいものは無いかな?」
僕は王家の猟銃袋を探り、未完成の銛を取り出す。変態鍛冶家が泣こうが喚こうが、僕の知った事ではない。
銛を逆に持ち、持ち手の部分をキリーに近づけてゆく。
「キリー、起きて」
キーン!
銛が彼女に触れるやいなや、彼女の剣によって、銛が僕の手からはじき飛ばされた。
くるくる回った銛は、天上に深々と突き刺さった。
『ぐおぉぉぉ!! 痛いです~!!』
セバスチャンが、四方八方から響いて来るような悲鳴を上げ、盛大に体を揺らす。騒ぎで家が揺れるのはギャグ漫画の定番であり、サ●エさんも顔負けのあり様だ。
もちろん、ギャグ漫画と違う。これは単なる表現などではなく、現に、実際、その実、本当に家が揺れているのだ。家の中にいる僕らも、たまったものではない。
僕とテーブルは床でひっくり返り、ルシファーは不機嫌な顔で立っている。しかし、天上でつるされたハンモックの中にいる二人は、それほど被害は無かったようだ。それでもさすがにセバスチャンの叫び声は聞こえたらしく、眠たげに目をこすって起きる。
「-んん……、いったいなんでしゅか、騒々しい……」
マーリンは大あくび混じりで文句を言う。キリーも無表情だが、少し機嫌が悪いらしい。
「マーリン、もう朝だから、海の魔物を…『そんなことより、早く銛を抜いて下さい!』…」
僕の言葉を遮って、セバスチャンが声を荒げる。まぁ、もっともな話だ。
「あぁ、その。その銛は暫くすると、僕の手元に戻ってく…『待っていられません!』…」
「わ、分かったよ。今抜く、抜くから」
僕は深々と天井に突き刺さった銛に手をかけ、思いっきり引っこ抜いた。
『イタイ~!!』再び、セバスチャンが盛大に揺れる。
◆◇◆◇◆◇
「ふあぁ~! なんか、うるさくて目が覚めてしまいまちた」
「うそつけ」
マーリンは目をとろんとさせながら、文句を言う。
「……では、トンノ・ロッソまで、移動すればいいのでしゅね……。セバスチャン、後は頼んだでしゅ。おやすみ…Zzz」
マーリンはセバスチャンに何か言うと、再び寝てしまった。
「ちょっと、マーリン! 起きてよ!」
『大丈夫ですよ。私にお任せ下さい』
僕が困った顔でマーリンを起こそうとすると、セバスチャンが僕に話しかけてきた。
『さぁ、トンノ・ロッソまで、移動しますよ。みなさん、席について、シートベルトを装着してください』
「いや、シートベルトって、どこにあるのさ?」
僕は嫌な予感がした。
『セバスチャン、トランスフォーメンション!』
◆◇◆◇◆◇
「王様! 王様! 大変でございます! 西から、何かが猛烈なスピードで近づいてきます!」
近衛兵が悲鳴じみた報告をしてくる。
「なんだと! 海の魔物の次は、空から別の魔物が襲ってくるのか! くそ、この国は呪われているのか! 我々が何をしたというのだ!」
トンノ・ロッソの国王は、近衛兵の制止も聞かず、近くのテラスに出た。
「何だ! あれは!?」
西の空から、赤と白っぽい物がどんどんと近づいて来る。あっと言う間に、それが城の真上まで来た。
「うわぁぁ!」
王様は慌ててテラスに身を伏せた。謎の飛行物体は、一番高い塔の一部を削り取って去って行った。
王様は城の瓦礫から身を伏せる直前に見た物を思い出して怯える。
「な、なんだ。あの人面キノコは!? 新たな魔物か!?」
◆◇◆◇◆◇
「……うぅぅ。酷い目にあった」
僕は懸命に吐き気を堪える。セバスチャンは、根元からジェットを、茎から飛行機の羽みたいなのを出し、まるで戦闘機のように飛んだ。荒れた海の中に船を出し、その上でぐるぐるバットをしてもここまで酷くはないだろう。
ルシファーはけろりとした顔をしている。飛んでいる最中、僕は物凄いGにより、床にへばりついていた。しかし、ルシファーは襲いかかるGにより、床に二本足で立っていた。神技である、いや、天使技か。ちなみに、Gとは、ゴキブリの事では無く、慣性の法則による力である。
しかし、ルシファーの凄さは分かるが、キリーとマーリンがハンモックの中で熟睡していたのには、とても驚いた。
『大丈夫ですか? ちゃんと席についてくれれば、楽でしたのに』
「席って何?」
吐きそうな顔でセリフを吐く僕に、セバスチャンは説明する。
『すみません、ハンモックの事です。ハンモックには、揺れなどを除去し、安眠できる魔法がかけられています。ついノリで、席なんて言ってしまいました』
謝りながらも、少しセバスチャンは笑っているようである。恐らく、銛の一件を根に持っていたに違いない。キノコなだけに。
『それですみません。トンノ・ロッソ王国を通り過ぎてしまいましたので、また飛んで行きたいと思います。準備はよろしいですか?』
「おう、いいぜ」
「もう、ここから歩いて行くよ!」
ルシファーはおかしげに返事をし、僕は泣き喚いた。
「こんにちは、飛行機に乗った事のないワタルです。全く、セバスチャンの能力には涙が出てきます。ファンタジー世界では、空を飛ぶ乗り物は定番ですが、キノコハウスが空を飛ぶのはこれが初ですよ。セバスチャンで体当たりすれば、たいていの魔物を倒せちゃう気がします。空でなら、敵なしですね。RPGでドラゴンに乗った主人公たちが魔物とエンカウントしないのは、ドラゴンに追いつけないとか、ドラゴンに勝てないからという理由なのかもしれませんね。では、みなさん。今日はここまで。波乱万丈、奇奇怪怪。次回をお楽しみに!