第19話 魔法使い、最後の試練!
「全く、腹立たしい。いったい全体、なんだって言うんだ、ここの魔法使いは! こんな下らない罠を仕掛けやがって、腹が立つ。絶対、ここの奴をぶん殴ってやる!」
俺は掌にもう片方の拳をぶつける。この俺の拳が唸って叫ぶ。全てをぶっ殺せと轟き叫んでいる!!
何かを忘れている気もしないではないが、多分そんな重要な事ではなかったのだろうが。(重要で無い事=勇者ワタルの事)
俺は乱暴に足を進めながら、次の部屋に向かった。
「うわっ! なんだ、これ!?」
扉を開けると、少し眩しい光が目を刺した。俺は目を覆った手の隙間から部屋を見て目を慣らす。
そこの部屋は、全て巨大な鏡で覆われていた。
「なんだ、なんだ? カンフー映画か? 素手で敵を倒せっていう試練か? まぁ、俺は熊を食う時以外は全て素手で倒してきたが……」
鏡の中でいぶかしげな表情の俺が、なんと二コリと笑った。
「なんだ? ポケットに手を突っ込んで、赤い石でも取り出すのか?」
鏡の中の俺はそんな事はせず、鏡の中から飛び出して実体化した。
「ほう、鏡の俺と戦え、って事か……。最近手ごたえのある相手がいなかったからな。まぁ、俺以上に強い奴なんているわけがないが……」
俺は凶暴な笑みを浮かべて、戦いのために身構える。今までで最強の相手だ。
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「ふふふ、鏡に映った人物と正反対の偽物を作るのでしゅよ。力も同じ、魔力も同じ、頭脳も同じ。しかし、本人とは正反対、つまり本人と必ず敵対するのでしゅよどうやって切り抜けるでしょうかねぇ。やはははは!」
「……世界で一番かわいくない子供だなぁ……」
僕はそんな事を思いながらも、ルシファーがう●この一件を忘れていてくれる事を僕は切実に願う。
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鏡の中の俺はほほ笑み、こちらに近づいて来る。
「よし、どんな相手だろうと瞬殺だ!」
俺は鏡野郎に殴りかかろうとした。
「話し合おうじゃないか! お互いの事を知りあって、ほほ笑み合えば、世界中の誰とだって友達になれるはずさ!」
「うおっ!! なんだ、このキラキラさわやか美好青年は!! 本物の俺よりも違った意味で輝きまくっている!!」
俺は明けの明星なのに、こいつは太陽みたいな輝きだ。
鏡の俺がほほ笑み歯を輝かせる。
「さぁ、共に手を取り合おう!」
「鳥肌立つんだよ!! 消えろ!!」
俺は天使の力の一部を開放して、背中から伸びる光の翼で加速する。ぐっと力をためたて輝いている右手を伸ばし、相手の頭を握りつぶす。
鏡の俺は最後まで輝く笑みを浮かべながら、俺の正面にある鏡と共に、パリーンという音を立てて崩れていった。
「ふぅ、つまらぬ所で必殺技的なものを使ってしまった」
俺はガンマンっぽく、右手で銃の形を作り、指先に息を吹きかける。
「さてと、とっとと魔法使いをぶっ飛ばすかな」
『魔法使いの力を借りるはずなのに、いつの間にか目的が変わっているじゃないか!』と、勇者はツッコム。しかし、残念ながらそれは水晶玉越しで、ルシファーに届く事はなかった。
「しっかし、どうやって外に出るんだ? これまたぶっ壊せばいいのか?」
正面の鏡が割れても、そっけない壁しか見えない。俺ならば簡単に壊せるだろうが、トオルみたいに軟弱な人間では絶対に壊せそうにない。
「よぉし、覚悟しろ」
俺は肩を回す。準備体操が必要な程ではないが、気分的な物だ。
俺はステップを踏んで、壁を思いっきり蹴飛ばそうとしたが……
「あなたは、ガサツで単純な思考には頭が痛くなります」
突然の声に俺の蹴りは空を切る。
「何のために鏡は一枚では無く、部屋の六面全てに鏡がはめられている理由について、論理的に考えないのですか?」
とても男前で天上の美声が聞こえてくるが、それはとても理知的で硬く、俺はこの上無い程鳥肌が立った。
左側の鏡から出てきた美青年は、なぜか下縁メガネをかけた俺だった。
「鏡一枚一枚から、自分の分身が現れるだろう事は、火を見るよりもあきらかでしょう。あなたは、そんな簡単な……ぶごっ!!」
俺は即効でインテリの腹に拳を叩きこみ、インテリと鏡は粉々になった。
すると今度は右側の鏡から俺の偽物が出てきた。
「す、すみません……。あ、あの……、暴力は…よくないと、思います……。」
おどおどして、へっぴり腰の俺が現れた。
「ふん!!」
俺はアッパーで弱気な俺を砕いた。
すると、後ろからコツコツと、タップを踏む音が聞こえてきた。
「愛、それは男と女が魂で繋がる事。自分の分身を強く乞い、何よりも強い力で惹きつけられる。外見の美しさなど、相手のほんのうわべにすぎない。本当の美しさとは、相手の真心、内面にこそある!」
ロマンス・ルシファーは背後にバラを散らして、高らかと真実の愛について語る。
「うざい!」
俺は拳で、奴の愛についての演説を中断させた。
「あぁ、君は真実の愛を知らない……。可哀想な人……」
ロマンス・ルシファーは無駄にキラキラと輝いて砕けて散った。
「やぁ! やぁ! やぁ! 我こそが、偉大なる天使長、ルシファーなり!」
右側の鏡から、やけに暑苦しいルシファーが現れた。
「婦人をかどかわし、弱者を踏みにじり、自堕落な生活を送る愚かなるものよ! 貴殿が行った数々の悪行を、今ここで成敗して…ぶごぅ!!」
俺は暑苦しい俺がセリフを言っている途中でぶっ飛ばした。
「はぁ、はぁ。これで終わりだろうな!?」
俺の中の何かが爆発しそうだった。
「あら、あら、まだよん! 私を忘れないで、ほ・し・い・わ!」
床に敷き詰められた鏡から、鏡の俺が現れ、腰をくねらす。
「あら、良い・お・と・こ♡ ムードがいまいちだけど、ここで食べちゃ……いやん!」
俺は無言で、マッハを越えた拳、数千発を当てた。
パタン!
六人の鏡の俺を倒した後、いつの間にか壁に扉が現れた。
その扉を見て、俺は急におかしくなってきた。
「……クックック、アーッハッハ、ハーッハッハ!!」
俺は手を顔に当て、盛大に笑う。
この世に、悪魔の王が君臨した。
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『魔法使い!! テメェをぶち殺す!!』
「「魚飛~!!!」」
ルシファーに水晶玉越しで睨まれたお子様魔法使いと僕は悲鳴を上げた。
「こ、怖いでしゅ!」
お子様魔法使いが怯える。
「な、な、な、な、ならなんでこんなことをしたんだよ!」
ルシファーの力を知っているがために、僕の怯えも半端じゃない。ルシファーの怒りが魔法使い一人に向けばいいが、う●この一件を覚えていたら、僕も殺される。
「だって、だって……、魔法使いが、力を貸ちゅ時…、ヒック……、試練を与えるものでしゅよ」
お子様魔法使いが恐怖のあまり涙を流す。
「ドドドド!!」と、小さなログハウスの床が、小さく振動する。まるで、バッファローの群れがこちらに向かってくるかのようだった。
僕とお子様魔法使いは互いに抱き合いながら、床にへたりこんだ。
床に座り込んだ事が功を奏したのだろうか。
足音が小屋の前に迫った次の瞬間、壁と屋根がきれいにすっ飛んだ。
「「馬逆!!」」
ログハウスは床と隣の部屋への扉だけ残され、コントの舞台や、ドールハウスのような形になってしまった。
青空の下にさらされた僕らは、鬼の形相で立つルシファーを見上げた。
「魔法使い様よぉ。どうしても、お礼をさせていただきたいのですがぁ」
ルシファーは鬼々とした笑みを見せて、優雅にお辞儀をした。
「ゆ、ゆ、勇者よ……。よ、よ、よくぞ、この試練を乗り越えまちた。ぼ、僕、魔法使いマーリンは、あた、あなたに、力を貸ちましょう」
お子様魔法使い、改め魔法使いマーリンは、歯をがちがちさせながらほほ笑んだ。
「…………」
ルシファーも無言でほほ笑む。両者のほほ笑みは天と地程の差だ。
「そ、それで、あにゃたの、お望みは……?」
「ひとまず、お礼をしたい」
マーリンは汗を滝のように流している。
「あ、あ、あの……、最後の試練でしゅ。先生、先生!!」
マーリンの呼び声と共に、もう意味をなさないだろう、隣の部屋への扉の向こうから、ルシファーと同等の殺気が漏れてきた。
「クッ!?」
ルシファーが驚き、隣の部屋……、というか扉の裏から生まれる殺気に身構えた。
そして、扉……の残骸が開いて、殺気の主が現れた。
彼、いや彼女はレザーの鎧を身に纏っている。
背中に下げられた二本の巨大なバスターソードが特徴的で……、それが扉の縁に引っ掛かり、部屋の仕切りの壁が音を立てて倒れ、僕とマーリンは転がって避けた。
彼女の髪は空よりも青く、瞳は澄んだ海の色をしていた。
「キ、キリー?」
僕は思わず彼女の名を呟いた。
「へ? 君は、先生とお知り合いでしゅか?」
「おう、キリー。奇遇じゃねぇか。どうしてここに居るんだ?」
僕がマーリンの疑問に答えるよりも早く、ルシファーがキリーに声をかけた。
「……話せば長くなる……」
キリーが遠い目をする。
今朝、お昼を食べに行くと置手紙があったが、お昼に迷子になった話だろうと、僕は予測する。彼女には黒豚の時の前科があるのだ。
僕はキリーの話が長くて、話の間に、ルシファーが落ち着きを取り戻してくれる事を祈る。彼は落ち着いても、僕らを半殺しにしそうではあるが……。
「私は昨日、お昼を食べに行く途中、一昨日の変態鍛冶家が借金取りに襲われているのに出くわした」
(また来たか! 変態鍛冶家!!)
「……もちろん、私は無視して、お昼を食べに行った」
僕でも同じ事をするだろうと思い、こくこく頷く。ルシファーとマーリンはよく分からなかったみたいだった。
「私は道中で、いくつかの壁をぶち抜いて、ようやく食堂に辿り着いた」
「ちょっと待って、壁にぶつかったじゃなくて、壁をぶち抜いたなの!?」
不幸な御家族方、ごめんなさい!!
僕はギルド長にますます顔を合わせられなくなった。
「迷わずに食堂へ辿り着く事ができた私は、食事をし、いくつかの壁をぶち抜いて、無事に宿へ辿り着いた」
「どこが無事なの? どこらへんが無事なの? 町を滅茶苦茶かきまわしているよね!? しかも、色々と問題がてんこ盛りだけど、君がここに居る理由と直接関係ないよね!? できればそんな話、聞きたくなかったんだけど!!」
僕のツッコミでは処理が追いつかなくなってきている。
キリーは僕を綺麗にスルーして、話を続ける。
「宿で暇を持て余した私は、昼に見かけた変態鍛冶家から、ダウジングの事を思い出した。」
「あ、一応、そこで繋がってくるんだ……」
僕はかすかに納得する。
「ダウジングをしていると、いつの間にか、ここに辿り着き、魔法使いに会った……。それで私は勇者への試練を引き受ける代わりに、手配書に描いてある魔物の居場所を占ってもらう事になった」
キリーは魔物の手配書の束を見せつけた。どう考えても、胸の谷……いや、懐に収まるような量じゃなかった。
「……そこは、海の魔物退治に手を貸してもらうんじゃ、…ないんだ……」
僕は愚痴をこぼしながらも、視線をキリーの胸からあわてて床に落とした。
ルシファーはなんとなく顎を触る。
「……なるほどなぁ」
彼は顎をなでる手を止め、にやりと笑った。
「……なぁ、知っているか? 魔法使い」
「な、なんでしゅ?」
ルシファーの笑みに、マーリンは怯える。
「お前の隣で震えているガキが、勇者ワタルだぞ」
「えっ、何でしゅって!?」
マーリンは小さな首が折れそうなぐらいの勢いで回し、僕を凝視する。
「こ、こ、こんにゃ、弱そうにゃのが勇者でしゅか?」
「……それに関しては、何も言えないけど……」
マーリンが世界の終りを見たかのような顔をしている。
「で、でも、僕は水晶玉で未来を占ったでしゅ。こんな奴、映っていなかったでしゅ。てっきり、金髪の美形で心の広いお兄さんが勇者だと思ったでしゅ」
マーリンは少しでもルシファーの怒りを鎮火するため、さりげなく褒める。
「本当か? お前の占いがいい加減なんじゃねぇのか?」
ルシファーは怖い笑みを浮かべたまま、マーリンを疑う。どうやら、マーリンの褒め言葉は無駄だったようだ。
「そんな事ないでしゅ! 見てみるといいでしゅ!」
マーリンはムッとして、水晶玉に手をかざす。
「水晶玉よ 時を紡ぐ者よ! 世界の命運を握る者達を映しだしぇ!」
マーリンが呪文を唱える。
水晶玉は白く曇った後、三人の人影が現れた。
「あれ? ワタルが映ってねぇぞ?」
「…………」
「ほら、この人は映ってないでしゅよ!」
ルシファーは首をかしげ、キリーは元よりがん無視、マーリンは自分の言った事が正しいとばかりに頷く。
「おい、お前の占いが外れているんじゃねぇのか!」
「ふん、そんな事ないでしゅよ!」
マーリンも自分の魔法の腕を疑われ、腹を立てる。
「…………」
僕は沈黙して、水晶玉をじっと見る。
水晶玉の右下にはキリーが、その左には精一杯に背伸びをしているマーリンが映っている。。二人の後ろにはルシファーが堂々と立っているが……。
「ねぇ……、ここに立っている人が見えないの?」
僕は、三人が三角形を作るように並んでいる中心を指差す。
「ん? 誰かいるんでしゅか? 白い霧が見えましゅが……」
「んぁ? よく見えんが」
マーリンとルシファーが水晶玉を間近で目を凝らす。キリーは目を凝らし、石つぶてで鳥を落とそうとしている。
僕が指を差した所には、白い霧に覆われた、僕の情けない顔が映っている。
「嘘! なんでこんなにも、目立たないで映っているのでしゅか!?」
「おぉ、流石はワタル! 目立たないスキル全開じゃねぇか!!」
二人の驚きに、僕は声もでなかった。
マーリンはわなわなへたり込んだ。
「なんてことでしゅ、勇者を間違えるなんて……。もっと、勇者らしくして欲しいでしゅ」
少しだけ僕の心が傷つく。そんな事を言われたって、僕にはどうにもならないよ。
二人して落ちこむ僕とマーリンに、ルシファーは最高の笑みを浮かべた。その笑みは、世界崩壊の前の静けさだった。
「これで、そいつが勇者だって分かっただろう?」
「わ、分かったでしゅ……」
マーリンの股間が少し湿っている。……もっの凄い汗をかいていると言う事にしておく。
「さてと、キリー!」
ルシファーが彼女を呼んだ。キリーは、片手に三メートルを超える怪鳥を引きずってくる。地面には軽く溝が作られている。
「キリーは勇者への試練として雇われたんだよな? ワタルに試練を与えてやれよ」
「……一度頼まれた依頼は必ずこなす……」
キリーがバスターソードに手をかける。
「魚飛!!」
僕は座ったまま、後ずさる
「さてと、俺も魔法使い様にお礼しなければなぁ」
ルシファーが指を鳴らし、マーリンは恐怖で歯を鳴らす。
風景描写を楽しみながら、しばらくお待ちください
迷いの森は自然が溢れた所です。
青い空は、羊の群れの様な雲がゆっくりと風に流されて行きます。
耳をよく澄ませば、どこか遠くで、「死ねぇ!」「試練を…・・」とか、爆発音が……、ではなく、鳥の美しいなき声が…「たすけてくだしゃい!!」「許して!」……聞こえてきます。
目を閉じて、風に顔を向ければ、土煙の匂……じゃなくて、花や木々の良い香りが漂います。
緑で一杯の木々は……「や、山火事になっちゃうでしゅ!!」……、赤々と紅葉が目立ってきました。
さぁ、みなさんも、迷いの森にハイキングしに来ましょう!
みなさま、大変長らくお待たせいたしました。
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「……ねぇ、勇者ワタル、でしたよね?」
「……うん」
勇者とちびっこ魔法使いはボロボロだった。クレーターだらけの地べたに、大の字で転がっている。空はどこまでも青かった。
「……僕らは、あれだけの試練に、よく生き残りまちたよね」
「うん……、そうだね」
僕のまぶたや頬が腫れて、一言話すだけでも大変だった。マーリンも同じようだ。
「生き残れた事で、勇者の試練を合格した事にしましゅ……」
彼の言葉に僕は小さく頷いた。
「……ありがとう」
森のどこかで、怪鳥が美しく鳴いていた。
「勇者ワタルの、日本語コーナー!! 今回は「魚飛―!!」についてです。これは、僕らが驚いたり、悲鳴を上げたりする時に使います。語源は、「魚が空を飛ぶなんてありえない」という事から、驚きの悲鳴として使われると、勝手に考えました。波乱万丈、奇奇怪怪! 次回をお楽しみに!」