第16話 勇者ピンチを切り抜ける
窓から暖かい太陽の光が僕の顔を照らす。どこからか聞こえてくる鳥の鳴き声が目覚まし代わりになる。僕はふわふわのベッドの中でぼんやりと目を開く。
「ふあ~。ふかふかで暖かぁ~い」
僕は枕に頬ずりする。この至福の時にもう少し浸っていたい。
「はぁ~。人生の至福だなぁ~」
僕はベッドをべた褒めするも、この宿屋は決して高級な宿屋ではないし、ベッドも家にあるせんべい布団より固めかもしれない。
しかし、城を出発してから2週間、僕は野宿ばかりで一度たりともベッドに指一本も触れる事ができなかったのだ。人の価値観なんて相対的な物である。地球の裕福な国と比べると見劣りするが、硬い地べたの上と比べたらこのベッドは天国である。これを相対性理論と言う(※真っ赤なウソです)。
しかし、心残りがあるも僕はベッドから起き上がる。
「うーん…、い、いててぇ」
僕は手足を思いっきり伸ばすも、ふくらはぎがつってしまい、ベッドの中に再びうずくまる。つった方向と反対方向に足を曲げれば良いとは分かっているが、いざつってしまうと痛くて動かせなくなるものである。
数分後、足をさすりながらも僕はようやくベッドから出る事ができた。
何といっても、旅の準備を整えなければならない。獅子王師匠からもらった剣の代わりとなる武器を探したり、携帯食料を準備したりしなければならない。僕は王家の猟銃をメインウエポンにしているが、近接武器も用意しておいたほうが良い。
「はぁ~。僕の手に合う武器があるといいけどなぁ」
お金がもったいないので、聖剣を手に入れるまでは大事にしようと思っていたのに。世の中上手くいかないものだなぁ。
セイルーン王国では鍛冶家を国が管理していたが、この国でもそうなっていたら困る。この国の現状ではたいした武器をあてにできないかもしれないが、自分の身を守る程度の物が欲しい。
僕は階段を下り、宿の食堂に向かった。
「お客さん、おはようございます」
宿のおばちゃんが笑顔で挨拶してくれる。
「……おはようございます」
僕は一瞬涙ぐみそうになった。温かい好意を受けるのはひさしぶりだ。
僕が食堂に辿り着くと、すでに先客がいた。
「よう、嬢ちゃんよく食うな」
「ばくばく、もぐもぐ、がつがつ」
キリーは料理にがっつき、テーブルの上に皿が積み重なっている。
「あら、ルーちゃん素敵よ」
金髪でボインな美女と、
「えぇ、こんなにワイルドでカッコいい男は初めて。ベッドの中でもかなりワイルドだったわね」
黒髪でバインな美女がルシファーの両隣を占領していた。
「だろう?」
ルシファーが気分よさそうに笑う。さっそく美女をひっかけたようだ。両手にメロン……じゃなくて、両手に花とはまさにこの事だろう。
僕が立ちつくしていると、金髪ボインがこちらを振り向いた。
「ねぇ、地味な子がこっち見てるわよ」
「あら、いいじゃない。初々しくてかわいいじゃないの」
黒髪バインが馬鹿にしたような顔をして褒める。おそらく、皮肉っぽい。
「おぉ、ワタルじゃねぇか。俺の連れだよ。おぉい、ワタル。金を借りたぞ。キリーの分も払っといてやったからな」
「うおぉっとっと」
ルシファーに投げつけられた皮の財布をあわてて受け取る。中を見ると、金貨一枚と銀貨数枚しか残っていない。これじゃぁ、一週間分の宿代、又は剣一本分のお金にしかならない。
「…………ルシファー、どんだけ派手な遊びをしているんだ!」
「あぁ? そんな事で目くじらたてんなよ! みみっちぃ奴」
ルシファー達は僕にあきたらしく、三人でどこかへでかける。今まで死にかけた事は何度もあるが、経済的に追い詰められるのはこれが初めてだ。
僕はため息をつく。キリーの前に積み上げられた皿を見ると、彼女にも原因があるのだろうが、半分以上はルシファーのせいであることは自明の理である。
僕は自分の部屋に戻って考える。ベッドが気持ちよくて眠りそうになるが、ベッドから起き上がる事は却下である。
僕らは一週間分の宿代はすでに払ってあるので、一週間の生活は保障されている。
しかし、僕には武器が必要だ。武器を買い、ギルドで依頼をこなすしかないが、依頼に失敗すれば後がないのだ。もの凄く困る。
普通なら、危険な仕事を受ける事を理由に、ギルド長から報酬を前借したり、ここの王様に口を聞いてもらう。
しかし、キリーが家を壊した弱みで、それが難しくなっている。あのジジーは手を貸してくれないだろう。
「これは、八方ふさがりか?」
僕はため息をつく、何か良い手は無いものか……。
僕は意味も無く自分の荷物を探る。無意味な事でもわずかな間の現実逃避ぐらいはできる。
中の空間が小さいタンスぐらいに拡張されている猟銃袋の中には、色々ながらくたがあった。落とし穴作りキット、本当に戻ってくるのか不安な程いびつな形の手作りブーメラン、麻酔薬も麻痺薬もない吹き矢、作りかけのロープ、犬笛などなど。全て狩猟関係ではあるが、役に立ちそうにない。
僕がさらに探っていると、何故王様が持っていなのかは分からないが、エッチな下着(妙に胸が小さめの女性用だと思うが、僕にはおかま用かどうかは判断できない)も見つかった。
改めてRPGゲームについて考えると不思議である。なぜ、エッチな下着の上に旅人の服とか重ね着しないのか。ゲーム内だと普通の装備だが、裸に鎧を着るのも十分に変態である。
もしかすると、鎧という装備は下に着る服とセットになっている可能性も否定できなが、それならばエッチな下着+旅人の服+鎧の方が断然防御力がありそうである。
僕は猟銃袋に入っていたエッチな下着を丁寧に部屋の暖炉にくべようとした。なんたって王様が着用していたとしたら気持ち悪い、あの王様ならばその可能性を否定できず、とても怖い。
しかし、現在は金欠なので恥ずかしさを我慢し、キリーを連れて売りに行こうと思う。キリーが着用したと嘘をつけば値段を釣り上げる事ができるだろう。彼女は見た目だけは良いし、世の中の男の半分はエロさで出来ているのだ。
さらに荷物を漁った。
「あっ、これがあった」
僕は袋の中でぐしゃぐしゃになった紙を取り出した。そう、セイルーン王国の王様からもらった仲間募集の紙である。ぐしゃぐしゃになっているも、きちんと王家の紋章が印されている。
「これを見せれば、この国の王様に武器をおねだりぐらいできるかもしれない」
そうと決まれば善は急げ。お昼までベッドで寝っ転がり、その後キリーをつれて道具屋とお城へ向かう。
えっ、どうして今すぐ向かわないかって? それはだね、キリーに何かを頼むのにはお昼をご馳走するしか手は無く、朝ごはんを食べたばかりのキリーを食べ物で釣る事は難しいからだ。決して、僕がお昼まで眠っていたい訳ではない。
「ねぇ、キリー。いらない物を売るのに、ついて来てくれない?」
「…………」
お昼には早すぎる時間に、僕は宿屋でキリーに頼み込が、キリーは面倒くさそうな顔をする。
「ついて来てくれたら、何か御馳走するからさ」
「分かった……」
僕が御馳走の事を話に出すと、二つ返事で答えた。キリーの頭の中には戦う事と食べる事以外の全てが抜け落ちているらしい。
僕達はまず、お城に向かった。良い武器がもらえると良いけれど……。
トンノ・ロッソの城は、セイルーン王国の城と違って華美ではないが、その全てが実用的な感じが在る。
城の門から見える庭園には、花の代わりにブロッコリーとか野菜が沢山植わっている。
城の門から見える、城の中央に見張りのための高い塔が一つだけあり、その他は二階建てで平べったくなっている。これならば、足腰が悪くなっても移動が楽そうだ。
城の門から見える兵士や馬の飾り付けも、小さく紋章がついている他に飾りっけがない。
城の門から見える家根は……、えっ? どうしてさっきから城の門からの景色描写ばかりかって? それはだね……
「お前達みたいな子供が、セイルーン王国からの勇者だって? 嘘もたいがいにしろ!」
厳つい門番が怒りまじりに僕らを門前払いにする。
「いや、あの本当です」
僕も困った顔で言い返す。
「あぁ、はいはい。ぼうや、小さいのに偉いですねぇ。今度来る時は両親と一緒に来てくれるかなぁ?」
もう一人の門番が僕らを馬鹿にしたような声で追い返す。
「本当です。ここにセイルーンの国王の親善書があります」
僕は袋から仲間募集の紙を取り出す。
「くしゃくしゃだな。ふむ……、『魔王を倒す仲間』だと……、王家の紋章をまねるなど、不届き物め!!」
「はいはい、おじさん達は忙しいから、友達と一緒に遊んでね」
厳つい門番が怒りだし、ふざけた門番が「しっしっ」と僕らを追い払うように手を振る。
「……ワタル、世間は鬼ばかりだ……。気にするな」
落ちこむ僕をキリーは微妙な慰め方をしてくれた。
あぁ、お金が足りないよ。同情するなら本当に金をくれ。
僕らは城から引き返す。
「仕方ない、他をあたるか……」
僕らは街の武器屋ではなく、武器になりそうな物を売っていそうな店を探す。
ここの国でも、武器を作る鍛冶家は国が管理しているらしい。街にも鍛冶家はいるが、生活雑貨を作る程度らいし。
なかなか見つからないので、先に物を売る事にした。
「キリー、あまりしゃべらないで、適当に頷いていてね」
「…………(こくり)」
僕達は、すけべそうな男が店主の服屋を探し、そこに入った。
「いらっしゃい」
店主が僕を見て、次にキリーを見て顔を少し緩ませた。
「すみません、古着を買ってほしいのですが……」
「どんな御品でしょうか」
僕は店主の元に歩いていき、エッチな下着を出す。
純情そうな少年がエッチな下着を出すとは思わなかったのだろう、店主は目をまん丸にする。
「これ、君? ……なわけないか。お母さんのかい?」
「いえ、これは彼女のです」
「…………(こくり)」
僕はキリーに少しだけ視線を向け、キリーが頷く。
ちなみに、僕はちらりとしかキリーに視線を向けていない。はっきりとキリーを指差して「彼女のです」とは言っていないのだ。例え遠くにいる女性の事を「彼女のです」と言っても、嘘はついていないはずだ。だって、「彼女」とは自分と相手を除く、第三者の女性を指す言葉なのだから。
ただ、この理論を用いる時、この下着を王様が愛着していた場合、僕は嘘をついた事になる。お互いの為にも、その恐ろしい可能性がはずれている事を心の中で切実に祈ってやる。
「そうか、そうか」
店主は少しだけいやらしい笑みをもらす。「知らぬがほっとけ」だ。
「では、金貨二枚程でどうかな?」
単なる下着に金貨二枚は破格だと思ったが、僕はとりあいず値段を釣り上げてみた。
「いえ、適正な価格で買って下さい。売る所によってはその倍を余裕で超えるでしょう」
僕は当てずっぽな値段を言う。
「ぐぬぬ、相場を知っているって事か……。なるほど、彼女のつきそいに来ただけの事はある」
えっ? 本当に値段がつり上がるの? この世界の男達は、どんな頭の構造をしているのだろうか?
僕は心中で驚くも、ポーカーフェイスを保つ。興味のないキリーは元々ポーカーフェイスだ。
「ならば……、金貨10枚でどうだ! これ以上は無理だからな」
店主のいやらしい笑みが厳しいものに変わる。どうやら、本当にこれ以上は無理見たいだ。
「それでお願いします」
僕は思わぬ幸運に喜び、店主から金貨10枚を受け取る。まさか、五倍にまでつり上がるとは思わなかった。
店主が下着をにやにや受け取る様子を見て、急に思い出した事があった。
「あの……、これも買ってもらえませんか?」
僕は王家の狩猟袋から王様が隠したエッチな本を取り出す。黒豚討伐の旅をした時に見つけたものだ。
「そ、そ、それは! 五年前に絶版になった「ターへナルアナトミア」! スギャータ・ゲン=パークが監督した超レア物!」
店主が目を輝かせる。
「た、頼む! 金貨五枚、いや、金貨八枚で手を打とう! ぜひ売ってくれ!」
店主が血走った眼で熱烈に頼み込んでくるので、僕は少し怖くなった。そうやら、王様が所有する物はどんな物でも一流らしい。
「わ、分かりました」
僕は店主から金貨八枚も受け取り、店主は本を大事そうに抱える。
「ありがとうございました!」
ほがらかに礼を言う店主から逃げるように僕達は店を出た。
僕は王様から二十枚の金貨を受け取ったが、それに近い金貨を得る事ができた。王様の馬鹿さ加減には感謝したぐらいだ。
なんたって、そのおかげで経済的ピンチを切り抜ける事が出来たのだから。
「例え、火の中、水の中、ベッドの中。いつでも、どこでも、どんな時だって、どんな場所でもワイルドに吠えるルシファーだ。全くよ、ワタルの奴はだめだな。その本は売る前に俺にも見せろよな! むかつく野郎だ。さてと、次回の予告だ。」
「これは……、どれだけ残酷な武器なんだ。この血に塗られた武器を手にしろって言うのか……」
新たなる武器に恐れおののく勇者ワタル。
万里長城! 喜気回会!
彼の冒険の旅はいかに!?