第15話 魔物が来りて家壊す
嫌な態度のギルド長、サルモーネが、胸糞悪いじじーがキリーに土下座をする。
その娘のおばちゃんも、キリーの前に美味しそうな料理を並べる。
さらにその娘のアリーチェも、キリーに涙を流して懇願する。
「お願いします。どうかこの国を御救い下さい!」
「…………」
美少女のお願いにキリーは沈黙を守り続ける。
「どうか、この国を救って下され!」
「…………」
僕達をこけにした老人が額を頭にすり付けも、それでもキリーは沈黙を守る。
「どうか、これで手を打ってくれないかねぇ。私からもお願いするよ!」
「…………」
おばちゃんは、牛のステーキ、ブリのステーキ、キャビアのステーキを並べるも、キリーは鼻をピクピクさせるが、それでもかたくなに沈黙を守り続ける。どうやら、三人の中で一番効果があるようだが、あと一歩足りない。
「キリー……」
僕は困ったように眉を曲げ、彼女の名を呟く。
「バクバク、もぐもぐ、むしゃむしゃ、がつがつ、ズルズル、ふーふー、シャキシャキ、ちゅるちゅる、ズーズー、ばきばき、バシュバシュ、ギコギコ、ドキューンドキューン」
ルシファーは、おばちゃんがキリーに運んで来た料理を、次から次へと胃袋に収めていく。読者に不快な思いを強要してしまうだろう。食事の様子を描写するのは、テーブルマナーを大いに逸脱しているので割愛させてもらう。
「…………」
キリーは一生懸命に頼み込まれるも、相も変わらず沈黙を守っている。
「どうか……、どうかお願いします」
アリーチェの涙がぽとぽと床にこぼれる。そんな彼女達に対して、キリーは……、
「………Zzz」
まだテーブルの上で居眠りをしていた。
「すまんが、わしらの話を聞いてはくれないかね」
ギルド長がキリーの肩に触れようとした。次の瞬間、キリーの手が動いた。巨大なバスターソードが目に見に留らぬ程の早さで抜かれ、剣が閃光となって空中に軌跡を描く。
「うわぁ!!」
ギルド長が後ろに尻もちをついて、危うく剣を避ける事ができた。キリーの剣もいつの間にか鞘に収まっている。寝っころがったまま剣を抜き、振って、鞘に納めるなんて神業をどうやって行っているかは分からないが、それを遥かに超える程すごい事は……
「Zzz……」
「……寝ているんだ、キリー……」
僕はぽつりと呟いた。
そう、一連の動作をキリーは眠ったまま行ったのだ。どこのドイツの欧州の殺し屋か、はた又はセイントかと叫びたくなってしまう。
「ははは……」
僕はごまかすように笑い、キリーと頼み込む三人を眺めた。三人は隠れてしまったアマテラスを外に出すかのように、キリーの気を引こうとしている。腹を立てたアマテラスの方が、虫けらを相手するように、完全完璧に興味無いキリーよりマシかもしれない。
キリーに頼み込む三人の様子を見ると、とてつもなく面倒でやっかいな頼みごとだと思われる。頼み事を引き受けるか、ここは逃げようか、僕は本気で迷う。キリーとルシファーはどんな敵が相手でもどこ吹く風だが、僕にとっては死活問題だ。ちなみに、ルシファーはどこ吹く風と言うような顔をして、食後のデザートに手を付けていた。
僕は真剣に悩んだ。
この場から逃げ出すべきか、色々と言い訳をつけてこの場を去るか。
前者は彼らに嫌な思いをさせ、後者は彼らに嫌な顔をさせるだろう。
例え他人を見捨てても、……それでも、僕には、守りたいものがある!
もちろん、自分の命だ。誰だって我が身がかわいいはず。生存欲求は生物の根本にあるものだ。
「すみません、彼女は疲れているようなので、日を改めて伺います。それで、えっと、その、…失礼します」
僕はキリーを起こそうとして、寝ぼけた彼女に危うく剣で切られそうになる。ルシファーに彼女を起こしてもらおうとするも、デザート中の彼に振り払われて転ぶ。
アリーチェはそんな僕を見て、今度は僕にすがりついてくる。
「すみません、屈強なる戦士の従者様。どうか、どうか、この国を助けていただけるように御説得して下さい」
乙女の涙の攻撃! デルデルデン(効果音) 勇者は良心に縛られてしまった。
勇者はとんずらをしようとした。
しかし、勇者は動けなかった。
「いや、…その、…僕は……」
「それは、つい半月前の事です……」
乙女は勇者を無視して語り出した。
勇者は良心に縛られて動けない!
「以前のこの国は、各国との貿易の窓口となって、世界最大の貿易国として賑わっていました。みんな、みんなとても幸せでした。あの日までは……」
乙女は語り続けている。
勇者は逃げ出した。
しかし、勇者は良心に縛られて動けなかった!
「半月前に、突然港の近くの海に巨大な魔物が現れたのです。その魔物は、私達の船も、他国からの船も全て飲み込み、多くの人が犠牲になりました。もう、私達の国では、貿易どころか、魚一匹も手に入りません。沢山の冒険者が挑み、帰り打ちに会いました。いくら歴戦の戦士達も、船の上からでは矢を放つしか方法はありません。しかし、矢は海の表面までしか届きません。魔物は簡単に船を沈めてしまうのです。このままでは、この国はお終いです」
彼女は顔を覆った両手の隙間から涙が流れている。関係はないが、ドラ●エでは海のモンスターとどうやって戦っているのやら。普通に剣や拳が届くのだから、ゲーム内の海のモンスターは丁寧に甲板まで上がって来てくれるようだ。船艇に穴を開けて沈没させれば勇者パーティーを全滅させられるのに……。上手く助かっても、新たに船を手にいれるのは大変そうだ。そう、現実はゲームと違って厳しいのだ。死にたくなければ、なんとしても断らなければならない。
「いや、その、僕は……」
勇者は言い訳を唱えた。
しかし、勇者は良心に縛られて動けなかった!
「お願いします、どうかこの国を救って下さるように御説得して下さい」
勇者は命の危機を感じた。
勇者は良心の縛りをふりほどいた。
「すみません。申し訳ないですが、海の魔物はたいして魔法の使えない僕らには荷が重いようです。遠距離の風・雷の魔法や、空を飛ぶ魔法がない……と……」
僕は言葉を濁らせ、キリーとルシファーに目をやる。
ルシファーは神に使えている天使、もしくは堕天使。ついこの前は光の翼で飛んでドラゴンを追いかけた。
キリーはこの前、天空の城に住む悪竜を倒した。その時に手に入れた力で宇宙へ飛んで行った。
たしかに、ルシファーとキリーならば海の魔物を倒せるだろう。しかし、僕が生き残れるかは分からない。ルシファーは自分が戦って、僕だけ戦わずに待っている事を許さないだろうし、キリーに一人だけで行かせても迷子になるだけだ。二人に戦わせる事は、必然的に僕も死地におもむく事になる。正直に言って戦いたくない。
僕が言い訳を考えていると、どたどた足音が近づいてきた。
「サルモーネさん! 大変だ!」
玄関のドアが大きな音を立てて開かれ、一人の中年男性が入って来た。漁師でもしているのか、中年になっても体はがっしりしている。地球の現代人の中年男性女性が見れば、羨ましがるだろう。男性は自分の体と、女性は旦那の体と絶対に見比べる。
「どうしたんじゃ、ガッビアーノ」
どうやら、何やら問題が発生したようだ。この混乱に乗じて一旦退却するべきか……。
僕は三人の気がそれたすきに、ルシファーとキリーを連れて出ようとした。
「そ、それが、ついに街の中まで魔物が現れたんだ!」
「な、なんじゃとぉ!!」
ギルド長は悲鳴をあげ、おばちゃんとアリーチェはショックで口も開けないようだ。勇者である僕も、街に現れた魔物の話を聞いて足が止まってしまった。
「な、何があったんじゃ!」
男はおばちゃんから水を受け取り、喉をうるおしてから話を続けた。
「それがついさっき、妻と息子の三人で食事をしていたんだ。すると突然、家の壁が破壊されたんだ! もう、家は半壊さ! 恐らくたったの一撃でそれだ! 苦労して立てた家なのに……、仕事も無いこの状況でどうやって生きてけって言うんだ! 」
男が嘆く。でも、あれ? ついさっき、家の壁が壊された? どっかで聞いたような……。
「衛兵には知らせたか? どんな魔物だったのか?」
男は首を横に振る。
「衛兵には知らせたが、残念ながら魔物の姿は見ていないんだ。あっと言う間に去って行ったのでな」
男は怯えながらも悔しそうに言う。ギルド長は考え込んで話の続きを聞いた。
「何か無いのか。些細な事でもいいんじゃ」
男は首をひねりながら思い出すように言う。
「……そういえば、少年と少女の話声みたいなのが聞こえたような?」
僕の額に冷や汗が滲む。ものごっつい心あたりがあるような、持っているような……。
心中で焦る僕をよそに、キリーもついに起きておばちゃんの料理を食べ始め、今度はルシファーが居眠りを始めた。
「そっと……、そっと……」
僕は二人を連れだす事をあきらめ、一人でもこの場から逃げ出そうとした。
しかし、ギルド長はこちらをじっと見ていて、勇者に向かって目から不気味な光を放った。ギルド長はキリーの戦う姿を水晶玉で見た。そして、少年の僕と少女のキリー。そこからどんな答えが導き出されるか、鋭い人間ならば答えは決まっている。
勇者はギルド長の視線により、体がマヒして動けなくなった。
「そうか、こちらでも冒険者に知らせ、話を聞いてみる。うちもかつかつで養ってはやれないが、住む場所の目途が立つまでうちにいるといい」
ギルド長は話しながらも、男の頭越しに僕へ不気味な光を放ち続けている。勇者はマヒが続いて動けない。
「ありがとう、サルモーネさん。さっそく妻と息子をつれてくる」
男は外に出て行った。
「さ、さてと。僕らも邪魔でしょうし、帰ります。失礼しま……」
僕はぎこちない動きで歩こうとするが……、
「すみませんが、冒険者の方。先ほどのお話ですが……」
ギルド長の丁寧な頼みごとが再開した。しかし、今度は先ほどと違ってどことなく威圧感を感じる。
「は、はい……」
僕は硬直したまま返事する事しかできなかった。
僕らは宿屋で三部屋とった。これからの旅を考えると、できるだけ安く済ませたい。しかしながら、キリーと同じ部屋で眠るのは身の危険を感じるし(けっしてエロい意味ではなく、先ほどのギルドでの様子を見ると、単純明快に命の危機である)、ルシファーは美人な女性をひっかけるため、相部屋は却下らしい。
「はぁ、結局…、依頼を引き受ける事になってしまったなぁ……」
僕は深いため息をついて、ギルド長との会話を思い出す。
『それでじゃなぁ、ここはお互いのために…、ここはお互いのために、海の魔物を倒すべきだと思うのじゃが』
くそジジーは、「お互い」を強調しながら僕に話しかける。
『いや、その僕らは飛べないですし、遠距離魔法も……』
『大丈夫じゃ、ここから西へ行った所に「迷いの森」がある。そこに優れた魔法使いがいるという噂じゃ。彼に協力を頼むのじゃ』
『あの、それなら何でもっと早くその魔法使いに頼まないのですか?』
『迷いの森へでかけた冒険者と近衛兵がいたが、みんなその魔法使いを見つけられなかったのじゃ。お前さん達ならばきっと見つけられるじゃろう』
「はぁ……、やっかいな事になったなぁ……」
僕はため息をつく。ジルド長の遠まわしに脅され、二日後に迷いの森の魔法使いを探す事になった。
もちろん、ルシファーとキリーならば海の魔物を倒せるだろう。しかし、あの二人の実力は認めているが、人格は認めていない。二人の気まぐれに自分の命を預ける事が不安なのだ。命綱は多ければ多い程良いのだ。まぁ、こんがらがらない限り……。その魔法使いも、ルシファーやキリーみたいに自分勝手でなければ良いのだけど……。
僕はさらに深いため息をつく。これからの事を思うと頭が痛い。まぁ、魔王を討伐するために異世界へ連れてこられた事を考えると、あまりの頭痛で倒れそうになるが……。
僕はこれからの計画を立てている最中、なにか大事な事を忘れているような気がした。
「そうだなぁ……、ぼろぼろの剣の代わりを買わないと行けないなぁ……。この町では王家の猟銃以上の銃は期待できないだろうしなぁ……。はぁ、武器を買うお金をやりくりしないと……んっ!?」
僕は大事な事を思い出し、ベッドからがばっと身を起こした。
「そういえば、黒豚討伐の報酬をうやむやにされた!!」
海の魔物を討伐するため、ここから西の迷いの森へ魔法使いを探しに行く事になった勇者わたる。彼とこの国の運命はいかに!?
万世繫盛、危機壊会
勇者ワタル、次回も生き残れるのか!?
「………………、どこかへ向かうと、いつも世界が広く感じるキリー……………。
…………………………………………次回また……………………………」