第13話 狩りの鉄則
勇者の御一行様は次の国を目指して歩く。目的地である「商業国;マッカ―国」は、南の港町へ行き、船に乗る必要がある。飛行機も、モーターボートも、車も、自転車も、三輪車もないこの世界、瞬間移動の魔法を使えない以上、地道に歩くしか手段がないのだ。
「も、……もう、だめ……」
この世界で、最も有力な移動手段である二本足も本人に体力がなければあてにならない。現代っ子で、もやしっ子な僕には、体が万全の状態でも大変だというのに、昨日から一睡もしないで歩き通せば無理もでるのである。
僕らはスタッカート村を出発し、次の目的地の「トンノ・ロッソ王国」を目指している。トンノ・ロッソ王国まで続く母なる大地こそが、僕の目の前に立ちふさがる大きな壁だった。
歩いても、歩いても、終わりが見えず。歩いても、歩いても空の色だけが変わって行くような気がする。僕は同じ草原をグルグル歩かされているかと錯覚するが、ようく目を凝らせば見つけられる風景の違いにより、僕らが徐々に進んでいる事が分かる。
「はぁ、……もう無理!」
僕が草原の上に倒れ込む。首に草がチクチク刺さるが、そんな事も気にならない程だ。
ルシファーが面倒くさそうに僕を見降ろす。
「おい、ワタル。ここで野宿するつもりか? 次の国まであと少しだぞ」
「んもう…。あの村で少し寝させてくれれば……Zzz」
僕はいびきをかく。異世界から召喚された勇者にだって、労働基準法が適用されないといけないと思う。こんなの人権侵害と過剰労働だ。危険手当だって絶対に適応されるはずだ。
「はぁ、仕方ないな。ここで野宿するか。キリ―、お前はいいか?」
「……問題無い」
キリ―は無表情のまま同意した。
ルシファーとキリ―も、三人で頭をつき合わせ、ミツバのクローバーのようにして寝っ転がる。空から見ると、よくありがちな絵になるが、ハンサムと美少女と死にかけのもやしっ子ではなんかビミョーな絵になりそうだ。
そんなの誰も見ていないのではないかと思うが、実はそうでは無い。
光あふれる真っ白な世界。上は完璧にまで澄んだ青空で覆われている。
足元を覆うのは真っ白い雲。そして、とある場所には蒼空を映して、蒼い湖がある。
その蒼い湖のそばには一人の人間、いや、天使が座っていた。
そう、ここはルシファーが堕とされる前にいた世界、つまり天界である。
湖のそばに座っている天使は呟いた。
「ルシファー、本当に旅は順調なのか?」
ルシファーの双子の弟にして、天使副長のミカエルである。彼は寝っ転がっている3人を見つめていた。
彼は天界の湖から下界を見下ろしているのかと思いきや、彼は自分の手元にある水晶玉を覗きこんでいた。
実は、天国もまた一つの異世界であり、雲の下を行けばルシファーがいる「ファンタジア」に行ける訳ではない。キリスト教一派はファンタジア以外にもさまざまな異世界にまで勢力を広げているのだ。ちなみに、今さらだが「ファンタジア」とはワタル達が旅をしている世界である。本当に今さらだが……。
ミカエルはため息をついて、水晶玉の映像を消した。
「こりゃ、ルシファーが帰ってくるのに時間がかかりそうだなぁ」
ミカエルはこうみえても兄の事を気遣っている。兄が「あれ食いたい」と言えば、彼はそれを作ってやり、「仕事サボりたい」「女をだきたい」と言えば、あれこれ世話をやいている。もしかしたら、ルシファーの駄目っぷりには、ミカエルにもその責任の一端があるのかもしれない。ひょっとすると、神がブラコンなミカエルからルシファーを引き離すために、彼をファンタジアに送ったのかもしれない。
ちなみに天使の役目は神からの遣いとして、人間達に干渉することである。そのほとんどは人間の観察である。
ワタルはファンタジアで言葉が通じる事に驚いていたが、それには訳が在る。人間が発する意思は天界を経由し、翻訳されてから他人に送られる。天使たちが人間の観察をしやすいように、天界で翻訳される時に天使達が人間達の意思を読み取っているのだ。簡単に言うと、通訳と盗聴を同時にこなしているのだ。地球ではそれができないのは、他の神々の一派達がけん制し合っているため、干渉できないのだ。
天界の都合で言葉が通じあい、常に天界に話が筒抜けなのをワタルは知らない。知っていたとしても、どうしようも無いが……。
もちろん、天使たちも一つの世界に取り掛かれるほど暇では無く、ほんのわずかの会話しか盗聴しないけど……。
ファンタジアのとある草原では三人は深く眠っていた。彼らには見張りという概念は存在していないようだったが、運良く魔物には襲われなかった。しかし……、
「く、首が痛い。ケツも足も痺れてる……。」
僕は堅い地面で寝たため、体中のあちこちが痛む。おまけに、ギュルギュルっと、この世にあるとは思えないほどの腹の音が鳴り響く。僕は一昨日の朝から何も食べず、ずっとお腹が鳴り続けている。美しい朝日を眺めるが、それを美しいと思うわびさびの心を持つ余裕は僕に存在しない。
僕が起きて暫くしても、ルシファーとキリ―は寝ているので、僕はうさぎか何かを狩ろうと思った。
「さてと、王家の猟銃の出番かな? フフフ、我が銃は血に飢えている……、って、僕にはそんなセリフ似合わないなぁ……」
飢えているのは、銃ではなく僕の胃である。このままでは萎んで、しぼんで消えてしまうのではないかと思うほどである。もやしっ子と言えど、食べなくては死んでしまう。霞を食べて生きるなんて器用なまねはできないのである。
僕は眠る二人を放置し、王家の猟銃を脇に構える。ここまでお世話になった王家の猟銃がその真価を発揮する時がきたのだ。元々は猟銃だし……。
草原からちょっと歩けば、林があるのでそこに向かう。
狩りの鉄則その一
林に入った僕は、まず地面に目を凝らす。動物の足跡など、生活の痕跡を探しだし、巣穴などを見つけるのが狩りの鉄則だ。
僕は、用心深く地面を睨みつける。
「……よく分からない……」
たかだか中学二年生にうさぎの足跡を見つけられる訳が無い。ラッキーパンチを狙うしかないのだ。
狩りの鉄則その二
不用心に音を立てない事。動物達は人間よりも遥かに耳が良く、こちらが音を立てて近づけば逃げるに決まっている。そうして、獲物を見つけられずに終わってしまう。
僕は一歩一歩を丁寧に、静かに歩む。
そう、そっと、そっと……
「グギュルルルル!!」
僕のお腹が盛大に鳴り響く。
……僕のお腹の裏切り者……。
狩りの鉄則その三
狩りは、空腹で次の狩りに支障が出る前に行う事。僕はもう遅いが……。
僕はやけっぱちになって、ギラギラした目で獲物を探す。
ウサギを探すも、全く見つからない。
「はぁ、何でもいいから出てこい!」
空腹は人を短気にさせる。僕はギュルルと鳴るお腹を押さえて叫んだ。
「ギャオオォォ!!」
するとお約束なのか、僕の後ろから二メートルを超えるクマが現れた。
「ヒッ!!」
現れたのは魔物のクマで、名前は「テディベア」。かわいい名前とは裏腹に、一流の猟師として名をはせた「テディさん」が油断した所を襲い、殺した事から名前を付けられた。以前に僕が遭遇して、追われた事のある種だ。
そいつを見た時、僕は一瞬怯えたが、今の僕は以前の僕ではない。スライムを殺し、ゴブリンを蹴散らし、自称四天王の一角の黒豚さんと激戦を繰り広げたのだ。
僕は必死の形相で王家の猟銃をクマに向ける。
しかし、クマに至近距離まで接近されたため、銃をクマの大きな鉤爪に弾き飛ばされた。
あっけなく飛ばされる銃を諦め、僕は走りながら剣をクマに投げつけた。僕の剣術ではクマにやられてしまうだろうという考えだ。
剣は鋭くクマの首元に飛んでいき……、クマの牙にガチリと挟まれた。
「魚飛~!!」
背を向けて走り続ける僕を追って、クマは剣を加えたまま四足で走る。
「勇者さん、お待ちなさい。ちょっと、落し物。白い刃渡りの、手軽な片手剣~」
もちろん、そんな事をクマは言わずに、僕に襲いかかってくる。
僕は走りつつ、魔法のタクトを腰から引き抜き、三拍子で振る。
全ての生命の源よ 乾きし大地を潤すもの 我、水の精霊に祈り 邪から守る盾となれ!
「水精霊の盾」
僕は水の守りの魔法を、慌てていたために、間違えてクマにかけてしまったようだ。タクトの先が蒼く光、次の瞬間に水の玉がクマを包み込んだ。
クマは驚いてもがくも、水の玉の中心に浮いているため、足が地面に届かない。
そこでクマは泳ぎに出た。しかし、前に泳いでも、泳いでも、水の玉もクマの動きに合わせて動くため、クマは水から逃れる事ができない。クマは泳いで僕に近づいて来るが、クマの泳ぎよりも僕の全力疾走の方が少し速かった。クマの泳ぎの速さに、僕は怯えながら走ったのだが……。
数分後、クマはようやく溺れ死に、僕は荒い息を整える事が出来た。
「ひょっとして、これは守りの魔法ではなく、僕の使える最強の魔法なのかなぁ」
黒豚さん相手にこれを使えば良かったかもしれないと、僕は改めて思う。
僕は水の玉の中で溺死したクマを見つめる。
「こんな大物、どうやって運ぼうか?」
僕は自分勝手な二人の仲間をあてにする事はできない。
僕は水精霊の盾を維持し、水の玉を移動させた。結構便利だが、途中で集中力が尽きてしまい、結局引きずる事になった。
ようやくルシファー達の所に戻れた僕は、クマを食べる準備をする。
二人はぐっすり眠っていたが、僕が薪を集め終わった所で目を覚ました。
「おぉ、ワタル。お前がこんな大物を仕留めてくるとはやるなぁ。俺も腹が減った所だ。」
「……上々」
三人で調理する事になった。と言っても、調理器具が無い以上、ただ焼くだけになってしまうが。
クマを切り分ける時に、少し困った事になった。僕の持つナイフではとてもじゃないが、切り分けるのが大変だ。獅子王師匠からもらった剣も、戦いとクマに噛まれた事でボロボロになっている。
「……私が切り分けよう」
キリ―が二本のバスターソードを引き抜き、高らかに構える。キリ―が剣を目にも止まらない速さで振りおろすも、クマの手前でピタッと止めた。重たい剣を寸止めするのは難しいが、なんでそんな事をするのか僕には分からなかった。
「どうしたの? キリ―」
「……私の剣はバジリスクの牙で出来ていて、斬った物に猛毒を与える。クマを切ったら、毒で食えなくなる……」
僕とルシファーはズッコケそうになる。キリ―の所為で命を落としかけたのは何度目だろうか? 所でキリ―、そんな危ない物を初対面の僕に突きつけたのか。
僕達は再び考え込んだ。クマを食べるにはどうしたら良いのか?
「そうだ、俺にはこれがある!」
ルシファーが何かを思いついたようで、彼は立ちあがった。
ルシファーが両手をパンッと叩くと、両手の間から金色の光が溢れた。
「ま、まぶしっ!!」
光が治まると、ルシファーの手には神々しく輝く金色の剣が握られていた。
「どうだ、カッコいいだろう?」
ルシファーが自慢げに剣をブンブン振るう。
「ルシファー、その剣を魔法で作ったの?」
僕は興味津津で尋ねた。
「あぁ、これはなぁ。ミカエルの奴からパクッてきた剣だ」
ルシファーが子供みたいな顔で笑う。
「えっと、それっていいのかなぁ? まぁ、仕方無いか、今すぐ返せないだろうし」
僕は微妙な顔をする。僕だって、曖昧にだが神話についてしっている。大天使ミカエルから剣を盗み、クマを切り分ける為に使う事を許されるのか疑問に思うも、空腹の方が目先の問題だ。僕が探し求めている聖剣よりも格が高そうな剣でルシファーがクマを切り分けるのを黙って眺める。
僕はありがたい剣で料理されたクマの肉を、ありがたく頂戴する。塩すら無く、ただ焼いただけの肉だったが、飢えに勝るスパイスは無いのだ。
カーン、カーン、カカーン、カーン。
天界のとある鍛冶家から金属を鍛える音が響く。炉ではミカエルが鬼の形相で、金槌を振りおろしている。
「全く(カーン)、ルシファーめ(カーン)。人の剣を(カーン)、盗むとは(コーン)」
ミカエルが兄のルシファーに振り回されるのはこれで何回目だろうか。腹が立つにも程がある。
「これでは(カーン)、部下の前にも(コーン)、出られんではないか(カーン)。私の剣を(カーン)、よりによって(コーン)、包丁代わりにするとは(カーン)」
剣を失くしたなんて、天使副長の沽券に関わるので、こっそり代わりの剣を用意しないといけない。
「全く、兄さん! 少しは大人しくしていてくれ!」
ミカエルの苦労はまだまだ続きそうです。