第10話 逆転、ぎゃくてん、ギャクテンテン!!
僕は世界で一番不幸な中学生に違いない。もちろん、現実、小説、あらゆる世界も含めて・・。
僕は長い、長い冒険を経て、ついに目標の黒豚の魔族を発見する事ができたが、僕一人だけで対峙する事となった。
ルシファーもキリ―もいくら強くても、肝心な時に不在じゃぁ、その力も意味が無い。
「フハハハハ、ガキ、お前はもう終わりだな!」
黒豚が巨大な斧を持って、こちらに近づいてくる。
全く、あの黒豚が迷いの山脈のふもとに結界を張り、住んでいたとは・・・。
迷いの山脈に踏み込む前、ルシファーが「空間が歪められている」と言っていたが、その時にもっとよく調べておくべきだった。今さら、悔やんでも遅いが・・。
・・・でも、死にたくなんてない・・・。
「ハハハ、死ねぇー!!」
黒豚が斧を上から振り落とした。
「ヒ、ヒィィ!!」
僕はとっさに地べたを転がり、一撃で死ねるだろう攻撃をなんとか回避した。
「チッ!往行際の悪い奴め!!」
黒豚が忌々しそうに舌打ちする。
「往行際が悪いって・・・そりゃぁ、誰だって死にたくないでしょ!!」
僕は悲鳴を上げて抗議する。
「口答えしないで、とっとと死ね、ガキ!」
黒豚が地面に突き刺さった斧を抜こうとする。
しかし、思いのほか深く刺さったので、抜くのに手間取っているようだ。
僕はそれをチャンスだ、とばかりに、王家の猟銃を構える。
「チッ!!」
黒豚は一旦斧を抜くのをあきらめ、半身になって両手・・・じゃなくて、両のヒズメを腰の後ろに構えた。
「叉~焼~拳!!!」
両のヒズメの間に、サッカーボール大の火の玉が生まれ、僕の方に放った。決して、豚が使ってはいけないネーミングセンスだ!
「ヒ、ヒ―!!」
僕は慌てて、無様に横へ跳ぶ。無論、マンガみたいに前転バク転で避けるなんて真似はできない。生命の危機にそんな余裕ある行動をする奴は、徹底的なナルシストだけだ。
「ふん、我の力はこんな物だけではないぞ!!ハアアアァァァ!!!」
黒豚は力を貯め出した。もの凄いコ●モ、じゃなくてオーラを感じる。
「そんな、まだまだ余裕なのか!?」
僕は力の差に愕然とする。僕のは拳大、黒豚のは頭大。僕のは小学生のキャッチボール程度、黒豚のはプロの野球選手並みのスピードだ。
本気を出されたら、どんな攻撃を繰り出されるか計り知れない!
黒豚がルシファーよりは弱いと言っても、元々ルシファーは雲の上の人だ(まぁ堕天使だし)。それでも、黒豚は僕の力を遥かに超えていそうだ。
絶対に防いで、この場を逃げなくては!!
僕は草食獣の意地を見せてやる。(注意;ホモサピエンスは雑食です。みなさん、野菜だけでなく、適度にお肉も食べましょう)
僕は魔法のタクトを3拍子で振る。
全ての生命の源よ 乾きし大地を潤すもの 我、水の精霊に祈り 邪から守る盾となれ!
「遅い!叉~焼~包!!」
「水精の盾」
黒豚の魔法と僕の魔法が同時に完成した。
解説しよう!!
勇者ワタルは、黒豚が火系統の魔法を使う事を予想し、水の玉で自分を覆う魔法を使った。
水の玉の中心に自分が浮かび、全方向からの火系統の魔法をガードできる。その上、象が突進してきても、壊れずに、水の玉ごとコロコロ転がって、物理攻撃も防げるのだ!!
無論、目が回るが、恐らく巨大な洗濯機の中に入ったような感覚だろう。
魔力もそれ程消費しないこの魔法だが、唯一の欠点として、呼吸不可能による時間制限のみがある。
がんばれ、勇者ワタルよ!!
負けるな、勇者ワタルよ!!
何やら謎の熱血なナレーションが、僕の魔法を解説したような気配がした。
妙に具体的な気配を無視し、僕は目の前の状況に注目した。あわてて呪文を唱えたため、十分に息を吸えなかったのだ。時間を無駄には出来ない。
視界は白く濃い湯気で満たされ、何も見えない。
どうやら黒豚は、僕を蒸し焼きにするようだった。僕を囲む水も、もうすでにお風呂並みに温度が上がっている。お風呂としては丁度いいが、戦いの最中では容赦なく体力を奪う。
「フフハハハ!何も見えないだろう?何も分からないまま、この斧の錆となるが良い!」
水を通した声が僕の耳に響く。
(クソ!どうしたら良いんだ!)
この水の盾は、炎を防ぎ、雷も表面を流れ、地面に受け流す事ができる。
物理攻撃も防ぐが、斬撃だけは少し威力が弱まるだけで、完璧には防げない。
黒豚の腕力をすれば、水の抵抗など無意味だろう。
しかし、それ以前に、息も限界にきている。
酸素不足で気絶するなど、戦場では死を意味する。
(もうだめだ!魔法を解いて、蒸し焼きにされる前に走って逃げるしかない!)
僕は魔法を解いた。
息が苦しく、思わず呼吸をしようとするが、熱気で僕の肺が蒸し焼きにされそうだ!!
走れずに、その場で跪ってしまった!!
しかし、神が不幸すぎる中学生に情けをかけてくれたのだろうか?
徐々に湯気が霧散し、呼吸が楽になって行く。
「ぜぇ、・・・・ぜぇ、・・・・ぜぇ・・・」(どうしたんだ?)
僕は呼吸しながらも、疑問に思う。
晴れてゆく湯気の中、僕の目の前に黒い人影があった。
「ブヒィ・・・・ブヒィ・・・・ブヒィ・・・」
黒豚も蹲っていた。ドテン!(僕は気分的にずっこけた!実際は、そんな余裕はないが・・・)
どうやら、黒豚はこの熱気の中で、斧を振り回してこちらに来たらしく、斧が近くに落ちている。
しかしながら、黒豚もさすがにこの熱気の中では動けなくなってしまったようだ。
黒い肌が真っ赤に染まっている。
もうすぐで、豚の蒸し料理が完成しそうである。僕的にはニンニク料理を所望する。
まぁ、人間ならとっくに蒸し焼きにされ、死んでいるだろうこの威力。
数秒だけあびた僕より酷いだけのダメージで済んだだけでも、彼は魔族として体が丈夫な事が窺える。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・」(お前は馬鹿か?)
「ブヒィ・・・ブヒィ・・・ブヒィ・・・」(無礼な人間め、八つ裂きにしてやる!)
僕と黒豚は同時に立ちあがった。
二人とも、生まれたての小鹿の様に足が震え、駅前の酔っぱらったおっさんみたいに、よろよろ歩き出した。二人とも顔が真っ赤なだけに、傍から見ると、酔っぱらっているように見えるだろう。
僕は震える手で王家の猟銃を構える。
黒豚も斧を構えようとするも、武器のはずの重さが仇となり、ズルズルと地面に斧を引きずってしまう。
僕らは、二人ともゆでダコになりながらも、戦いを再開する。
僕は3発撃ったが、狙いが定まらなかった。
二発はずれるも、一発は鎧に当たって、貫通はしなかったが、黒豚を仰向けに倒した。
僕は弾丸を装填しようとするが、上手く手が動かずに弾を落としてしまう。
黒豚はじたばたして起き上がろうとするが、鎧が重いせいで起き上がれずにもがく。
異世界から召喚された勇者と魔族を代表とする四天王の一角!誰もこんな情けない戦いを夢想だにしなかっただろう。
本当にこの黒豚は四天王の一角の知将なのだろうか?
僕はそんな事を考えながらも、なんとか弾を詰め、よろよろ黒豚の元へ歩いて行った。
「よ、よひ・・くぉの、ヒョリなら・・・」
僕は震える手で銃口を鎧の隙間に当てた。
「ひゃ、・・ひゃめろ~!!」
黒豚の顔が恐怖に歪む。
「ヒね―!!」
僕が頭を揺らしながらも、引き金を引こうとした。
ドゴッ!!!
鈍い音がした、もちろんこんな音を銃が立てる訳がない。
どこからともなく飛んできた拳大の石が、僕の額に直撃したのだ。
「ひ、ひたい(痛い)!!」
別にギャグでは無いが、僕は声を上げて、後ろに倒れた。
(い、いったいどこから?)
後ろの方から2つの人影が現れた。
「大丈夫ですか、ボス!!」
「遊びが過ぎます、ボス!最初から私達にも戦わせて下さい!!」
「す、すみゃない。」
二匹のイノシシが現れた。どちらも鎧を身につけ、槍を手に持っている。僕と同じ位の背丈だが、体はとても太く、体重は僕の2倍以上ありそうだ。
片一方は頭にリボンを付け、女の子らしい・・・・・キモイけど・・・。
イノシシの方が黒豚よりも強そうだ。黒豚の方が値段は高そうだが・・。
「さぁ!ボスを叉焼にしてくれた恨み、後悔させてやる。」
「全く、ボスにこんなにいい匂いを出させて・・・許しませんわ。」
あんた達もそれなりに失礼だと思うよ、仮にも自分達のボスを食い物扱いするとは・・。黒豚というブランドは思ったよりも強力なのだろうか?
しかし、僕もピンチ、逆転、またピンチだ。まさに塞翁が馬だ!こんなに早く状況が変わるとは、孔子も予想しないだろう。
「もう・・・ここまでか・・・」
僕はもう心が折れ、あきらめかけていた。
「フン、人間のクセに、なかなか頑張ったがここまでだな!」
「フン、人間のクセに生意気ですわ。」
イノシシ達が僕を睨む。
僕は絶体絶命のピンチだった。
どうあがいたって、生き残れっこなかった。
僕が絶望して、仰向けに倒れていると、流れ星が見えた。
「助けて下さい、助けて下さい、助けて下さい、3回言えた。」
「フン、命乞いしたって、そうは問屋が大根を下ろさない!!」
恐らく、このイノシシは問屋が卸すという意味をしらないのだろう。
流れ星が僕の必死な願いを聞いてくれたのか?
そんな時だ!天から救いの手が伸びたのは!!
流れ星がだんだん大きくなる。
「へ、こっちに流れ星が向かってくる?」
「はぁん?」
イノシシ(雄)が空を見上げる。
「ありゃ、ホントだ!!」
どんどん流れ星が近づいてくる。
そのうちゴゴゴ!!という音が耳に届き始め、少しずつ大きくなる。
そして!!!
流れ星が黒豚親分の上に直撃した!!
ズゴ――――ん!!!!
鼓膜が破れそうなほど大きい地響きがし、土埃が煙幕となって覆い尽くす。
黒豚親分の悲鳴は一切聞こえなかったが、・・・完全に死んだだろう。
「ボ、ボスゥゥゥ!!」
「きゃぁぁぁ!!」
二匹のイノシシが悲痛な声を上げる。
舞う土埃が晴れた後、そこにはとても半径5Mぐらいの大きさのクレーターができた。
そのクレーターの中央で、黒い染みとなってしまった黒豚の上に、一人の人影があった。
それは、暗いよるでも彼女が空色の美しい髪を持っているのが見て取れた。
「キリ―!!どうして空から!?」
そう、黒豚の上に落ちた流れ星の正体はキリ―だった。
僕の呼ぶ声に彼女は気が付き、僕を見上げる。
彼女はそっと口を開け、話す。
「・・・・ここはどこ?」
僕は命の危機から脱したのに、とてつもなく疲労を感じた・・・。