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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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君と歩いた季節の、その先へ

作者: 稲神蘭
掲載日:2026/11/02

橘結衣が初めて「永遠」という言葉を知ったのは、五歳の春だった。


幼稚園の帰り道。


母親と手を繋いで歩いていた結衣は、道端に咲いている小さな花を見つけた。


「お母さん、これなあに?」


「タンポポだよ」


「タンポポって、ずっと咲いてるの?」


母親は少し考えてから答えた。


「ずっとじゃないよ。いつか綿毛になって、風に飛んでいくの」


「じゃあ、なくなっちゃうの?」


「なくなるんじゃなくて、次の花を咲かせるために旅をするんだよ」


結衣は、よくわからなかった。


ただ、母親の言葉を聞いて、ひとつだけ思った。


「じゃあ、お母さんもいなくなっちゃう?」


母親は足を止めた。


結衣の目線までしゃがんで、優しく頭を撫でる。


「お母さんは、結衣のそばにいるよ」


「ずっと?」


「うん。ずっと」


そのとき、結衣は初めて知った。


ずっと、という言葉は、誰かを安心させるために使う言葉なのだと。


その言葉が、本当に永遠を意味するのか。


そんなことを考えるようになるのは、ずっと先のことだった。


結衣は、少しだけ人見知りな子供だった。


大勢で遊ぶよりも、一人で本を読んでいるほうが好きだった。


幼稚園の自由時間。


他の子供たちが園庭で走り回っている中、結衣は教室の隅に座って絵本を読んでいた。


先生が声をかけても、首を振る。


「結衣ちゃん、お外で遊ばないの?」


「……ここがいい」


「お友達と遊ぶのも楽しいよ?」


「……うん」


そう答えて、また本に目を落とす。


別に、友達が嫌いだったわけではない。


ただ、誰かと一緒にいると、何を話せばいいのかわからなくなる。


相手が楽しそうに笑っていても、自分が同じように笑えるとは限らなかった。


小学校に入ってからも、それは変わらなかった。


友達はいた。


休み時間に話す子も、帰り道を一緒に歩く子もいた。


でも、いつも誰かの輪の中にいることには、少し疲れてしまう。


そんな結衣にとって、図書室は特別な場所だった。


誰も無理に話しかけてこない。


静かで、落ち着いていて、自分の世界にいられる。


本の中には、いろいろな人がいた。


遠い国を旅する人。


誰かを守るために戦う人。


大切な人との別れを経験する人。


結衣は、そんな物語を読むのが好きだった。


ある日、図書室で一冊の本を読み終えた。


主人公が、大切な人と別れる物語だった。


結衣は最後のページを閉じて、しばらく動けなかった。


どうして、物語の中の人たちは、こんなにも悲しい思いをするのだろう。


どうして、出会った人とずっと一緒にいられないのだろう。


その疑問を、先生に聞いたことがある。


「先生」


「どうしたの?」


「人って、どうして別れちゃうの?」


先生は少し驚いたような顔をした。


「……いつか、別れが来ることもあるからね」


「嫌だな」


結衣は、素直にそう言った。


先生は優しく笑った。


「だからこそ、一緒にいる時間が大切なんじゃないかな」


その言葉を、結衣は覚えていた。


けれど、まだその意味を、本当には理解していなかった。


中学校に入ると、結衣は少しだけ変わった。


人と話すことに慣れた。


自分から友達を誘うこともできるようになった。


それでも、誰かに心の奥を見せることは苦手だった。


中学二年生の冬。


仲の良かった友達が、突然、別のグループに移った。


理由はわからなかった。


何かをした覚えもなかった。


ただ、気づけば一緒に帰ることもなくなっていた。


結衣は、何も聞かなかった。


聞いてしまえば、何かが壊れてしまう気がした。


それから、少しだけ人との距離を取るようになった。


誰かと仲良くなっても、いつか離れてしまうかもしれない。


それなら、最初から深く関わらないほうがいい。


そんな考えが、心のどこかに残った。


中学三年生の春。


結衣は高校受験を迎えた。


志望校を選んだ理由は、特別なものではなかった。


家から通える距離。


学力に合っている。


それから、少しだけ雰囲気が気に入った。


それだけだった。


「結衣、高校では友達できるといいね」


母親が言った。


結衣は笑った。


「別に、今もいるよ」


「そうね」


母親は、それ以上何も言わなかった。


受験が終わった日。


結衣は、帰り道に桜を見た。


まだ蕾の多い桜の木。


春になれば、きっと満開になる。


そのとき、自分はどんな高校生活を送っているのだろう。


新しい友達ができるだろうか。


何か、特別なことが起こるだろうか。


結衣は、少しだけ期待した。


でも、期待しすぎないようにした。


何かを期待すると、失ったときに悲しくなるから。


その考え方が、これから出会う一人の女の子によって変わることになるなんて。


このときの結衣は、まだ知らなかった。


*


高校の入学式。


春の風が、校門の桜を揺らしていた。


結衣は、少し緊張しながら教室へ向かった。


新しい制服。


新しい教室。


知らない顔ばかり。


座席表を確認すると、窓際の後ろから二番目だった。


結衣は自分の席に座り、鞄を机の横に掛けた。


周囲では、すでに何人かが話し始めていた。


「中学どこだった?」


「部活どうする?」


「よろしくね!」


結衣は、その声を聞きながら、窓の外を眺めていた。


そのとき。


「ねえ、ここって橘さんの席?」


声がした。


振り返ると、女の子が立っていた。


肩まで伸びた黒髪。


少し明るい茶色の瞳。


そして、春の日差しのような笑顔。


「……そうだけど」


「よかった。私、白石美月。よろしくね!」


差し出された手を、結衣は一瞬だけ見つめた。


握手をする習慣なんて、あまりなかった。


それでも、結衣は手を伸ばした。


「……橘結衣。よろしく」


「結衣ちゃんって呼んでいい?」


「……別にいいけど」


「やった!」


美月は嬉しそうに笑った。


その笑顔を見て、結衣は少しだけ思った。


この子は、きっと誰とでも仲良くなれる。


自分とは違う人なのだろう。


そう思った。


それが、最初の印象だった。


美月は、結衣の隣の席だった。


入学して数日。


美月は、毎日のように話しかけてきた。


「結衣ちゃん、昨日の宿題やった?」


「やったよ」


「見せて!」


「……自分でやりなよ」


「えー、お願い!」


「……一問だけね」


「ありがとう!」


そんなやり取りが、毎日続いた。


美月はよく笑った。


結衣が何かを言うと、少し大げさなくらいに反応した。


「結衣ちゃんって、意外と面白いね」


「……そう?」


「うん。もっと静かな子かと思ってた」


「美月がうるさいだけ」


「ひどい!」


そう言いながら、美月は笑った。


結衣は、そんな美月を見ていると、不思議と心が軽くなった。


無理に話題を探さなくてもいい。


無理に笑わなくてもいい。


美月は、結衣が黙っていても、隣にいてくれた。


ある日の昼休み。


美月が、結衣の机に弁当を置いた。


「一緒に食べよ!」


「……いいけど」


「やった!」


美月は椅子を引いて、結衣の隣に座った。


「結衣ちゃんって、好きな食べ物何?」


「……オムライス」


「私も!」


「……本当に?」


「うん! あと、いちご!」


「それは食べ物なら大体好きなんじゃない?」


「そんなことないよ!」


美月は笑った。


結衣も、少しだけ笑った。


それが、二人の最初の昼食だった。


*


五月。


二人は、いつの間にか一緒にいることが増えていた。


朝、教室に入ると、美月が手を振る。


昼休みには、机をくっつける。


放課後は、駅まで一緒に歩く。


それが、当たり前になっていた。


「結衣ちゃんって、何か部活入るの?」


ある日の帰り道、美月が聞いた。


「まだ決めてない」


「私も!」


「……美月は何かやりたいことあるの?」


「んー、写真部とか?」


「写真?」


「うん。景色とか、好きなものを撮りたいなって」


美月は、スマートフォンを取り出した。


画面には、桜の写真が映っていた。


「これ、入学式の日に撮ったんだよ」


「……綺麗」


「でしょ?」


美月は嬉しそうに笑った。


「私ね、写真って好きなんだ」


「どうして?」


「そのときのことを、ずっと覚えていられるから」


結衣は、その言葉を聞いて、少しだけ考えた。


「……でも、写真って、そのときの全部は残せないよね」


「うん」


美月は頷いた。


「でも、全部残せなくてもいいんじゃないかな」


「……どうして?」


「そのときの一瞬が残ってるだけで、十分だと思うから」


美月は、スマートフォンをしまった。


「その写真を見たら、きっと思い出せるでしょ?」


結衣は、何も言わなかった。


ただ、その言葉が心に残った。


一瞬が残る。


それだけで、十分。


そんな考え方を、結衣は知らなかった。


*


六月。


雨の日が続いた。


美月は、傘を忘れることが多かった。


「……また?」


「うん!」


「何で毎回忘れるの?」


「雨が降ると思わなかった!」


「天気予報、見なよ」


「結衣ちゃん、見た?」


「……見たよ」


「じゃあ、傘貸して!」


「……一緒に入ればいいでしょ」


美月は、少しだけ驚いた顔をした。


そして、嬉しそうに笑った。


「ありがとう!」


二人で傘に入ると、自然と距離が近くなった。


肩が触れる。


手が触れそうになる。


結衣は、少しだけ緊張した。


でも、美月は何も気にしていないようだった。


「ねえ、結衣ちゃん」


「何?」


「こうしてると、なんか仲良しって感じするね」


「……仲良しでしょ」


「えっ!」


美月は目を丸くした。


「今、仲良しって言った?」


「……言ったけど」


「やった!」


美月は、傘の下で笑った。


結衣は、その笑顔を見て、少しだけ目を逸らした。


胸の奥が、温かかった。


それが何なのか。


結衣は、まだ知らなかった。


夏休みが近づいていた。


美月は、写真部に入った。


結衣は、結局どの部活にも入らなかった。


それでも、放課後になると、美月の部室へ顔を出すようになった。


「結衣ちゃん!」


美月は、いつも嬉しそうに迎えてくれた。


部室には、たくさんの写真が飾られていた。


校庭の桜。


夕焼けの空。


雨に濡れた紫陽花。


どれも、美月が撮ったものだった。


「……上手だね」


結衣が言うと、美月は少し照れたように笑った。


「ありがとう」


「……美月って、写真撮るの好きなんだね」


「うん」


美月は、カメラを手に取った。


「好きなものを撮るのが好き」


「……好きなもの?」


「うん。綺麗だなって思ったものとか、楽しいなって思ったものとか」


美月は、結衣を見た。


「あと、大切なもの」


結衣は、少しだけ首を傾げた。


「……大切なもの?」


「うん」


美月は、カメラを構えた。


「結衣ちゃん、こっち向いて」


「……え?」


シャッター音が鳴った。


「……何撮ってるの?」


「結衣ちゃん」


「……何で?」


「大切なものだから」


美月は、笑った。


結衣は、何も言えなかった。


頬が熱くなった。


美月は、そんな結衣を見て、少しだけ首を傾げた。


「……結衣ちゃん、顔赤いよ?」


「……暑いだけ」


「そっか!」


美月は、また笑った。


結衣は、その笑顔を見ながら思った。


この時間が、ずっと続けばいいのに。


そう思ったのは、初めてだった。


*


夏休み。


美月と結衣は、二人で出かけることが増えた。


映画を見たり。


本屋へ行ったり。


カフェで何時間も話したり。


特別なことは、何もなかった。


でも、結衣にとっては、どれも大切な時間だった。


ある日、美月が言った。


「ねえ、結衣ちゃん」


「何?」


「私たち、ずっと一緒にいられるかな?」


結衣は、少しだけ驚いた。


「……どうして?」


「高校って、三年間しかないでしょ?」


「……うん」


「卒業したら、別々の大学に行くかもしれないし」


美月は、少しだけ寂しそうに笑った。


「そう考えると、なんか嫌だなって」


結衣は、何も言えなかった。


その気持ちは、結衣にもあった。


美月と出会ってから、毎日が少しだけ楽しくなった。


朝、教室に行く理由ができた。


放課後、帰り道が楽しみになった。


何気ない会話が、嬉しくなった。


それが、いつか終わるかもしれない。


そう考えると、胸が苦しくなった。


「……ずっと一緒にいたい」


結衣は、小さく言った。


美月が、こちらを見た。


「……え?」


「……美月と、ずっと一緒にいたい」


美月は、しばらく何も言わなかった。


そして、ゆっくり笑った。


「……私も」


その笑顔を見て、結衣は思った。


この子が好きだ。


友達として。


それだけではない。


美月が笑うと嬉しい。


美月が悲しそうだと、胸が痛い。


美月が誰かと楽しそうに話していると、少しだけ寂しい。


美月の隣にいると、安心する。


その全部が、ひとつの感情になっていた。


結衣は、その気持ちに名前をつけるのが怖かった。


でも、もう誤魔化せなかった。


*


八月の終わり。


二人は、海へ行った。


美月がずっと行きたいと言っていた場所だった。


砂浜を歩きながら、美月は何度も写真を撮った。


「結衣ちゃん、こっち!」


「……何?」


「海、綺麗!」


「……うん」


「ねえ、写真撮ろうよ!」


「……いいよ」


美月は、カメラを砂浜に置いて、タイマーを設定した。


二人で並んで立つ。


美月が、そっと結衣の手を握った。


結衣は驚いた。


でも、手を離さなかった。


シャッター音が鳴った。


写真には、二人の笑顔が写っていた。


美月は、その写真を見て、嬉しそうに笑った。


「……いい写真」


「……うん」


「結衣ちゃん」


「何?」


「私ね、結衣ちゃんといると、すごく幸せ」


結衣は、胸が苦しくなった。


「……私も」


「だからね」


美月は、少しだけ真剣な顔をした。


「これからも、ずっと一緒にいたい」


結衣は、美月の手を握り返した。


「……うん」


その日、二人は初めて、手を繋いだまま帰った。


*


二学期が始まった。


美月は、いつも通りだった。


朝、結衣に手を振る。


昼休み、一緒に弁当を食べる。


放課後、写真部へ行く。


ただ、少しだけ変わったことがあった。


美月が、時々、疲れたような顔をするようになった。


授業中、眠そうにしていることが増えた。


階段を上るとき、少しだけ立ち止まることがあった。


結衣は、気になった。


「……美月、最近疲れてる?」


「え?」


「……大丈夫?」


美月は、少しだけ笑った。


「うん。大丈夫だよ」


「……本当に?」


「本当!」


そう言って、美月は結衣の手を握った。


「心配してくれてありがとう」


結衣は、それ以上何も聞かなかった。


美月が大丈夫だと言うなら、きっと大丈夫なのだろう。


そう思いたかった。


*


十月。


美月は、学校を休んだ。


一日だけだった。


次の日には、いつも通り登校してきた。


「……昨日、大丈夫だった?」


結衣が聞くと、美月は笑った。


「うん。ちょっと体調崩しちゃって」


「……無理しないでね」


「ありがとう」


美月は、結衣の机に小さな袋を置いた。


「これ、お土産!」


「……何?」


「昨日、病院の帰りに買ったお菓子」


結衣は、袋を受け取った。


「……病院?」


美月は、少しだけ目を逸らした。


「……定期検査」


「……そうなんだ」


結衣は、それ以上聞かなかった。


そのときは、まだ。


美月の言葉の意味を、深く考えなかった。


*


十一月。


美月は、再び学校を休んだ。


今度は、三日間だった。


結衣は、何度もメッセージを送った。


『大丈夫?』


『何かあった?』


『明日、学校来られそう?』


返事は、なかなか来なかった。


四日目の夜。


ようやく、メッセージが届いた。


『ごめんね』


『ちょっと、入院することになった』


結衣は、画面を見つめた。


何度も読み返した。


入院。


その言葉が、頭の中で繰り返された。


『……何で?』


送信してから、すぐに後悔した。


美月は、何と答えるだろう。


しばらくして、返事が来た。


『前から、ちょっと体調が悪かったんだ』


『今は、詳しく検査してるところ』


結衣は、スマートフォンを握りしめた。


『……会いに行ってもいい?』


返事は、すぐに来た。


『うん』


『待ってる』


その夜、結衣は眠れなかった。


美月がいない教室。


美月がいない昼休み。


美月がいない帰り道。


そんなものを、想像したくなかった。


*


病室の窓から、冬の空が見えた。


結衣が病室へ入ると、美月はベッドの上で本を読んでいた。


「……美月」


美月は顔を上げた。


「結衣ちゃん!」


いつもの笑顔だった。


でも、少しだけ違っていた。


顔色が悪い。


声が弱い。


それでも、美月は笑っていた。


結衣は、ベッドの横に座った。


「……何で、言ってくれなかったの?」


美月は、本を閉じた。


「……ごめんね」


「……ずっと、体調悪かったの?」


「うん」


「……いつから?」


美月は、少しだけ考えた。


「……春くらいから」


結衣は、何も言えなかった。


春。


二人が出会った頃。


桜の下で、初めて話した日。


美月が、毎日のように笑っていた日々。


その頃から、ずっと。


「……何で?」


結衣は、震える声で聞いた。


「何で、私に言ってくれなかったの?」


美月は、目を伏せた。


「……言いたくなかった」


「……どうして?」


「結衣ちゃんといるときは、病気のことを忘れられたから」


結衣は、唇を噛んだ。


美月は、笑った。


「結衣ちゃんといると、楽しかったんだ」


「……」


「だから、言いたくなかった」


結衣は、俯いた。


涙が落ちた。


美月は、そっと手を伸ばした。


「……結衣ちゃん」


結衣は、その手を握った。


「……私、何も知らなかった」


「うん」


「……美月が、そんなに苦しんでたなんて」


「……ごめんね」


結衣は、首を振った。


「……謝らないで」


美月は、少しだけ笑った。


「……ありがとう」


その日、結衣は初めて、美月の前で泣いた。


*


美月が入院してから、二週間が経った。


結衣は、学校が終わると病院へ向かうようになった。


最初の数日は、何を話せばいいのかわからなかった。


いつもなら、美月が話題を見つけてくれる。


授業のこと。


クラスメイトのこと。


帰り道に見つけた猫のこと。


でも、病室の中では、そうした何気ない話題さえ、どこか遠いものに感じられた。


「……今日、数学の小テストがあったよ」


結衣が言う。


美月は、ベッドの上で少しだけ笑った。


「どうだった?」


「……普通」


「絶対、悪かったでしょ」


「……何でわかるの」


「結衣ちゃん、数学苦手だもん」


「……美月もでしょ」


「私は結衣ちゃんよりは得意だよ!」


「……それはない」


そんな会話をしていると、ほんの少しだけ、いつもの放課後が戻ってきたような気がした。


けれど、帰る時間になると、結衣は必ず思い出してしまう。


美月は、ここにいる。


自分は、学校へ帰る。


それだけのことが、どうしようもなく寂しかった。


ある日、病室を訪ねると、美月は窓の外を眺めていた。


「……何見てるの?」


「桜」


結衣は、窓の外を見た。


病院の敷地に植えられた木は、まだ葉を残していた。


「……もう秋だよ」


「うん。だから、来年の桜」


美月は笑った。


「来年、また見たいなって」


結衣は、少しだけ驚いた。


そして、隣に座った。


「……見ようよ」


「うん」


「……絶対」


美月は、結衣を見た。


「……約束ね」


その日、二人は来年の春の話をした。


桜が咲いたら、どこへ行こう。


何を食べよう。


どんな写真を撮ろう。


結衣は、できるだけたくさんのことを話した。


美月が、少しでも楽しそうに笑ってくれるように。


そして、自分自身も信じたかった。


来年の春が、きっと来ることを。


*


十二月の初め。


結衣は、美月の母親から、病気について話を聞くことになった。


病院の小さな面談室。


美月の母親は、少しだけ疲れた顔をしていた。


「美月ね、ずっと前から体調が悪かったの」


結衣は、静かに頷いた。


「最初は、疲れやすいだけだったんだけど……」


検査を重ねた結果、美月は血液の病気を患っていることがわかった。


治療には時間がかかる。


入院も必要になる。


けれど、治療によって回復を目指せる病気だった。


結衣は、説明を聞きながら、何度も同じことを考えていた。


治る可能性がある。


その言葉を、何度も心の中で繰り返した。


「……美月は、治るんですか?」


声が震えた。


美月の母親は、すぐには答えなかった。


「先生は、治療を頑張れば、良くなる可能性があるって」


結衣は、俯いた。


涙が落ちそうになった。


でも、泣かなかった。


「……そうなんですね」


その日、結衣は初めて、美月の病気について知った。


怖かった。


知らないことばかりだった。


治療がどれくらい続くのか。


美月が、いつ学校に戻れるのか。


これから、どんな日々が待っているのか。


何もわからなかった。


でも、ひとつだけわかった。


美月は、まだここにいる。


そして、これからも一緒に過ごせる可能性がある。


結衣は、病室へ戻った。


美月は、ベッドの上で本を読んでいた。


「……結衣ちゃん?」


「……うん」


結衣は、椅子に座った。


美月は、本を閉じた。


「……お母さんと話してきたの?」


「……うん」


「そっか」


美月は、少しだけ笑った。


「……怖かった?」


結衣は、顔を上げた。


美月は、静かにこちらを見ていた。


結衣は、頷いた。


「……怖かった」


美月は、手を伸ばした。


結衣は、その手を握った。


「……私も、怖いよ」


美月は、初めて、そう言った。


結衣は、何も言えなかった。


美月は、笑わなかった。


ただ、結衣の手を握っていた。


その日、二人は初めて、病気のことを一緒に考えた。


*


治療が始まった。


最初の頃、美月は、できるだけ明るく振る舞っていた。


結衣が病室を訪ねると、笑顔で迎えてくれた。


「結衣ちゃん!」


「……今日は、何してたの?」


「本読んでた!」


「……何の本?」


「恋愛小説!」


「……美月、そういうの好きだよね」


「うん!」


美月は笑った。


けれど、日によっては、話すことさえ辛そうなときがあった。


結衣が訪ねても、眠っている。


起きていても、すぐに疲れてしまう。


そんな日が、少しずつ増えていった。


結衣は、何をすればいいのかわからなかった。


何かをしてあげたい。


元気づけたい。


笑ってほしい。


でも、何を言っても、何をしても、うまくいかない気がした。


ある日、結衣は病室で、ずっと黙っていた。


美月は、そんな結衣を見ていた。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「今日、何かあった?」


「……何も」


「……そっか」


美月は、少しだけ笑った。


「じゃあ、今日は一緒に何もしない日にしよう」


結衣は、顔を上げた。


「……何もしない?」


「うん」


美月は、ベッドの上で目を閉じた。


「結衣ちゃんが隣にいてくれるだけで、嬉しいから」


結衣は、何も言わなかった。


ただ、椅子を少しだけ近づけた。


美月の手を握る。


二人は、しばらく何も話さなかった。


窓の外から、冬の風の音が聞こえた。


結衣は、その時間が好きだった。


何かをしなくてもいい。


何かを話さなくてもいい。


ただ、隣にいる。


それだけで、十分だった。


*


冬が終わり、春が近づいていた。


美月の治療は、まだ続いていた。


体調には波があり、元気な日もあれば、ほとんど眠っている日もあった。


結衣は、学校の帰りに病院へ通い続けた。


三月のある日。


結衣は、病室に小さな鉢植えを持ってきた。


「……何、それ?」


美月が聞いた。


「……花」


「見ればわかるよ!」


「……桜が咲くまで、代わりにこれを育てようと思って」


鉢植えには、小さな花の蕾がついていた。


美月は、嬉しそうに笑った。


「……かわいい」


「……咲いたら、写真撮ろう」


「うん!」


二人は、鉢植えを窓際に置いた。


毎日、少しずつ蕾が膨らんでいった。


美月は、朝起きると、必ずその花を見た。


「……今日、少し大きくなったよ」


「……本当だ」


「明日は、咲くかな?」


「……どうだろう」


そんな会話が、毎日続いた。


そして、ある朝。


花が咲いた。


美月は、結衣を呼んだ。


「結衣ちゃん!」


「……何?」


「咲いたよ!」


結衣は、窓際へ向かった。


小さな花が、朝の光を浴びていた。


美月は、嬉しそうに笑った。


「……春だね」


結衣は、頷いた。


「……うん」


その日、結衣は花の写真を撮った。


美月も、写真を撮った。


二人のカメラには、同じ花が写っていた。


それは、二人が待っていた春の始まりだった。


*


春休みが終わり、二年生になった。


結衣は、少しだけ大人びた気がした。


美月のいない教室。


隣の席は、空いたままだった。


結衣は、毎朝、その席を見てしまう。


美月が戻ってくる日を、ずっと待っていた。


五月。


美月の体調が、少しずつ安定してきた。


治療の効果が見られ、退院できる日も増えてきた。


ある日、美月が言った。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「学校、行きたいな」


結衣は、顔を上げた。


「……学校?」


「うん」


美月は、窓の外を見た。


「みんなに会いたい」


結衣は、頷いた。


「……行こう」


美月は、少しだけ笑った。


「……うん」


その日から、二人は学校へ戻る準備を始めた。


美月の体調に合わせて、短い時間だけ登校する。


無理をしない。


疲れたら休む。


そんな約束を、二人で決めた。


初めて学校へ行く日。


結衣は、病院の玄関で美月を待っていた。


美月は、少し緊張した顔で現れた。


「……結衣ちゃん」


「……うん」


「……行こう」


結衣は、美月の手を握った。


二人は、ゆっくり歩き始めた。


校門をくぐると、桜の花びらが舞っていた。


美月は、空を見上げた。


「……綺麗」


結衣は、隣に立った。


「……うん」


美月は、笑った。


その笑顔を見て、結衣は思った。


また、一緒に春を迎えられた。


それだけで、嬉しかった。


夏が近づいていた。


美月は、少しずつ学校に通えるようになった。


毎日ではない。


午前中だけの日もあれば、休む日もあった。


それでも、教室に美月がいる日は、結衣にとって特別だった。


「……美月」


「何?」


「……今日、帰りに寄り道しない?」


美月は、目を丸くした。


「えっ、いいの?」


「……体調、大丈夫なら」


美月は、嬉しそうに笑った。


「うん!」


二人は、学校の帰りに、小さなカフェへ行った。


美月が、以前から行きたいと言っていた場所だった。


窓際の席に座る。


美月は、メニューを見ながら悩んでいた。


「……どれにしよう」


「……美月、いつもいちごのやつ選ぶじゃん」


「今日は違うのにする!」


「……そう」


結局、美月はいちごのケーキを選んだ。


結衣は、思わず笑った。


「……結局、それなんだ」


「だって、好きなんだもん!」


美月は笑った。


その笑顔を見て、結衣は胸が温かくなった。


病院で過ごした日々。


何もできなかった日。


泣いてしまった日。


その全部が、少しずつ遠くなっていく。


今、美月はここにいる。


一緒にケーキを食べている。


それだけで、十分だった。


*


七月。


美月の治療は、順調に進んでいた。


まだ通院は必要だった。


けれど、体調は安定し、少しずつ日常を取り戻していた。


ある日、美月が言った。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「海、行きたい」


結衣は、少しだけ驚いた。


「……海?」


「うん」


美月は、笑った。


「去年、行ったでしょ?」


「……うん」


「また行きたいなって」


結衣は、頷いた。


「……行こう」


その週末。


二人は、あの海へ向かった。


駅を降りると、潮の香りがした。


美月は、ゆっくり砂浜を歩いた。


結衣は、隣にいた。


「……懐かしいね」


美月が言った。


「……うん」


「去年、ここで写真撮ったよね」


「……覚えてる」


美月は、カメラを取り出した。


「……また撮ろうよ」


二人は、砂浜に並んだ。


美月が、結衣の手を握った。


シャッター音が鳴った。


写真には、二人の笑顔が写っていた。


美月は、写真を見て笑った。


「……いい写真」


結衣は、頷いた。


「……うん」


美月は、結衣を見た。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「私、またこうして海に来られて、嬉しい」


結衣は、美月の手を握った。


「……私も」


美月は、少しだけ笑った。


「……ありがとう」


結衣は、首を振った。


「……こちらこそ」


その日、二人は夕方まで海で過ごした。


波の音を聞きながら、たくさん話した。


去年のこと。


これからのこと。


そして、今のこと。


結衣は、思った。


この時間を、ずっと覚えていたい。


*


夏休み。


2人は夏休みの間、毎日会って遊んだ。


美月の体調が良い日は、二人で出かけた。


映画を見たり。


本屋へ行ったり。


カフェで何時間も話したり。


特別なことは、何もなかった。


でも、結衣にとっては、どれも大切な時間だった。


そして美月は結衣に告白した。


ある日の帰り道。


美月が、結衣の手を握った。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「私たち、恋人なんだよね」


結衣は、少しだけ驚いた。


「……そうだけど」


「……なんか、まだ不思議」


美月は、笑った。


「結衣ちゃんが、私の恋人なんだって」


結衣は、少しだけ顔を逸らした。


「……美月も、私の恋人だよ」


美月は、嬉しそうに笑った。


「……うん」


二人は、手を繋いだまま歩いた。


夕焼けが、街を染めていた。


結衣は、思った。


美月が好きだ。


友達だった頃よりも。


病院で過ごした頃よりも。


今、もっと好きだ。


その気持ちは、少しずつ大きくなっていた。


*


秋。


美月の治療は、最終段階に入っていた。


検査の結果は、良好だった。


医師から、治療を終える見通しが伝えられた。


美月は、病室で結衣に話した。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「治療、終わるかもしれない」


結衣は、顔を上げた。


「……本当に?」


美月は、頷いた。


「うん」


結衣は、何も言えなかった。


嬉しかった。


本当に、嬉しかった。


でも、すぐには言葉にならなかった。


美月は、少しだけ笑った。


「……結衣ちゃん?」


結衣は、美月の手を握った。


「……よかった」


その声は、震えていた。


美月は、結衣の手を握り返した。


「……うん」


二人は、しばらく何も話さなかった。


窓の外で、秋の風が吹いていた。


結衣は、思った。


もう一度、春を迎えられる。


もう一度、夏の海へ行ける。


もう一度、美月と一緒に未来の話ができる。


それが、何よりも嬉しかった。


*


冬。


美月は、治療を終えた。


定期的な検査は続く。


でも、病状は落ち着いていた。


美月は、少しずつ、以前の生活を取り戻していた。


学校へ通う。


友達と話す。


写真を撮る。


結衣と帰る。


そんな日々が、戻ってきた。


ある日、美月が言った。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「来年、何したい?」


結衣は、少しだけ考えた。


「……旅行」


「旅行?」


「……うん。二人で」


美月は、嬉しそうに笑った。


「いいね!」


「……海も行きたい」


「うん!」


「……桜も見たい」


「うん!」


美月は、結衣の手を握った。


「……全部、行こう」


結衣は、頷いた。


「……うん」


その日、二人は、来年の予定をたくさん立てた。


どこへ行こう。


何を食べよう。


どんな写真を撮ろう。


美月は、嬉しそうに笑った。


結衣も、笑った。


そして、思った。


この時間が、永遠に続けばいいのに。


*


春。


美月は、完全に日常生活へ戻っていた。


学校へ通い、写真部にも復帰した。


結衣と一緒に、帰り道を歩く。


休日には、二人で出かける。


病院で過ごした時間が、少しずつ遠くなっていった。


ある日、美月が言った。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「私、今年の夏、いっぱい遊びたい」


結衣は、笑った。


「……いいよ」


「海も行きたいし、花火も見たいし、旅行もしたい!」


「……欲張りだね」


「だって、やりたいこといっぱいあるんだもん!」


美月は、嬉しそうに笑った。


結衣は、その笑顔を見て思った。


この半年を、二人で大切に過ごそう。


病気のことばかり考えていた日々。


不安で眠れなかった夜。


何もできなかった時間。


その全部を、二人の思い出で塗り替えていこう。


美月と一緒に。


*


六月。


二人は、紫陽花を見に行った。


雨上がりの公園。


色とりどりの紫陽花が咲いていた。


美月は、カメラを構えた。


「……結衣ちゃん、こっち向いて」


「……また?」


「うん!」


シャッター音が鳴った。


美月は、写真を見て笑った。


「……いい写真」


結衣は、少しだけ笑った。


「……美月、写真撮るの好きだね」


「うん」


美月は、カメラをしまった。


「……好きなものを残したいから」


結衣は、美月を見た。


美月は、笑った。


「……結衣ちゃんも、私の好きなもののひとつだよ」


結衣は、顔を逸らした。


「……そういうこと、急に言わないで」


「えー?」


美月は笑った。


結衣も、笑った。


その日、二人は、雨上がりの公園をゆっくり歩いた。


七月。


二人は、花火大会へ行った。


浴衣を着て、駅前で待ち合わせた。


美月は、結衣の姿を見ると、嬉しそうに笑った。


「……結衣ちゃん、かわいい!」


「……美月も」


美月は、少しだけ照れた。


「……ありがとう」


二人は、屋台を回った。


りんご飴を食べた。


金魚すくいをした。


美月は、何度も写真を撮った。


そして、花火が始まった。


夜空に、大きな花が咲いた。


美月は、結衣の手を握った。


「……綺麗」


結衣は、頷いた。


「……うん」


美月は、空を見上げた。


「……来年も、見たいな」


結衣は、美月の手を握り返した。


「……見よう」


美月は、笑った。


「……約束」


結衣は、頷いた。


「……約束」


その夜、二人は、最後の花火まで見ていた。


*


八月。


二人は、もう一度、海へ行った。


去年と同じ場所。


同じ砂浜。


同じ波の音。


でも、今年は違っていた。


美月は、元気に走っていた。


結衣は、その後を追いかけた。


「……美月、待って!」


「……結衣ちゃん、遅い!」


美月は、笑った。


結衣も、笑った。


二人は、砂浜に座った。


美月は、カメラを取り出した。


「……写真、撮ろう」


「……うん」


二人は、並んで座った。


美月が、結衣の肩に頭を寄せた。


シャッター音が鳴った。


写真には、二人の笑顔が写っていた。


美月は、写真を見て笑った。


「……いい写真」


結衣は、頷いた。


「……うん」


美月は、結衣を見た。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「私、今、すごく幸せ」


結衣は、美月の手を握った。


「……私も」


美月は、笑った。


「……大好き」


結衣は、頷いた。


「……私も、大好き」


その日、二人は夕方まで海で過ごした。


*


九月。


二人は、初めて旅行へ行った。


遠い街。


知らない景色。


初めて見る駅。


美月は、何度も写真を撮った。


結衣は、その隣で笑っていた。


夜。


ホテルの窓から、街の明かりが見えた。


美月は、ベッドの上で写真を見ていた。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「私ね、昔、永遠って言葉が好きだったんだ」


結衣は、少しだけ驚いた。


「……永遠?」


「うん」


美月は、笑った。


「ずっと続くものって、いいなって」


結衣は、窓の外を見た。


「……私も」


美月は、少しだけ考えた。


「……でも、今は少し違う」


「……どう違うの?」


美月は、結衣を見た。


「永遠って、時間の長さじゃないのかもしれない」


結衣は、何も言わなかった。


美月は、笑った。


「……今、結衣ちゃんと一緒にいる時間が、すごく幸せだから」


結衣は、美月の手を握った。


「……うん」


美月は、結衣の肩に頭を寄せた。


「……この時間を、ずっと覚えていたいな」


結衣は、頷いた。


「……私も」


その夜、二人は、いつまでも話していた。


*


翌年の春。


美月は、十八歳になった。


結衣も、十八歳になった。


二人は、桜の下を歩いていた。


去年、美月が病院から出てきた日。


桜の花びらが舞っていた。


あの日から、一年が経った。


美月は、カメラを構えた。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「こっち向いて」


結衣は、笑った。


「……また?」


「うん!」


シャッター音が鳴った。


美月は、写真を見て笑った。


「……いい写真」


結衣は、頷いた。


「……うん」


美月は、結衣の手を握った。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「私、これからも、ずっと一緒にいたい」


結衣は、美月を見た。


そして、笑った。


「……私も」


二人は、手を繋いだまま歩いた。


桜の花びらが、風に舞っていた。


結衣は、思った。


美月と出会えたこと。


美月を好きになったこと。


美月と一緒に過ごした時間。


その全部が、自分の人生を変えてくれた。


美月が病気になったことは、悲しかった。


でも、その時間があったからこそ、二人は、お互いの大切さを知ることができた。


そして、今。


美月は、隣にいる。


笑っている。


結衣は、その手を握った。


「……美月」


「……何?」


「……大好き」


美月は、笑った。


「……私も」


二人は、桜の下で立ち止まった。


そして、もう一度、写真を撮った。


それから、何年も経った。


結衣は、大学へ進学した。


美月も、同じ街の大学へ進学した。


二人は、今でも一緒にいた。


休日には、写真を撮りに出かけた。


春には、桜を見た。


夏には、海へ行った。


秋には、紅葉を見た。


冬には、イルミネーションを見た。


美月は、相変わらず写真を撮るのが好きだった。


結衣は、相変わらず美月の隣にいるのが好きだった。


ある日、美月が言った。


「……結衣ちゃん」


「……何?」


「私たち、ずっと一緒にいられるかな?」


結衣は、少しだけ笑った。


「……どうして?」


美月は、少しだけ考えた。


「……なんとなく」


結衣は、美月の手を握った。


「……一緒にいようよ」


美月は、笑った。


「……うん」


結衣は、思った。


永遠なんて、きっと存在しない。


時間は流れる。


季節は変わる。


いつか、何かが終わる日が来るかもしれない。


でも。


美月と過ごした時間は、消えない。


あの日、初めて話した春。


一緒に傘に入った雨の日。


海で手を繋いだ夏。


病室で泣いた冬。


そして、病気を乗り越えて、二人で迎えた春。


その全部が、結衣の中に残っている。


美月は、カメラを構えた。


「……結衣ちゃん、こっち向いて」


結衣は、笑った。


「……うん」


シャッター音が鳴った。


写真には、二人の笑顔が写っていた。


美月は、写真を見て笑った。


「……いい写真」


結衣は、頷いた。


「……うん」


美月は、結衣の手を握った。


「……大好き」


結衣は、その手を握り返した。


「……私も」


二人は、手を繋いだまま歩き始めた。


春の風が、桜の花びらを運んでいた。


結衣は、空を見上げた。


そして、思った。


君が生きた一瞬を。


君と過ごした時間を。


君がくれた、たくさんの愛を。


私は、永遠に忘れない。


──あなたと生きていく未来を、私は忘れない。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


あなたには、大切な人がいますか?


何気ない日々を一緒に過ごした人。

隣にいることが、いつの間にか当たり前になっていた人。

そして、どんなことがあっても忘れたくない人。


忘れたくない人はいますか?

忘れてはいけない人は、いますか?


私たちは、いつまでも同じ時間を過ごせるとは限りません。

だからこそ、何気ない一日や、交わした言葉、隣で笑ってくれたことが、かけがえのないものになるのだと思います。


結衣と美月も、これから新しい季節を歩いていきます。

その先に何が待っているのか、二人はまだ知りません。


どうか、二人が見つける未来を見届けてください。


そして読み終えたとき、あなたの心にも、大切な誰かの顔が浮かんでいたなら。


その人と過ごす今日を、どうか大切にしてください。

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