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《短編》異世界恋愛

居場所のない子爵令嬢(※実は聖女の力を秘めている)は、魔塔主様に拾われて幸せになる。

掲載日:2026/02/27



「姉さんには失望したよ」


弟のレオンが、私を蔑んだ目で見下ろしている。


「お前には、秘めたる力があるのだと信じて王宮に送り出したというのに、まさかのこのこと帰ってくるなんてな。しかも、本物の聖女様にまでご迷惑をかけて……」


憎々し気にそう吐き捨てたお父様が、大きな溜息を吐き出す。


――やめて。もう、これ以上、聞きたくない。


私は耳を塞ぎたくなった。

けれど、お父様の言葉は、躊躇なく私の胸を貫いてくる。


「お前など、生まれてこなければよかったんだ」


その言葉を最後に、私は家を飛び出した。行くあてなどないけれど、もうこの家は私の帰る場所ではないのだと、突き付けられたから。



***


辺境にある子爵家の長女として生まれた私、オリビア・ローレンソンは、銀色の髪に、めずらしい赤い瞳をもって生まれた。


鮮血のような色をしたこの瞳を、お父様はひどく気味悪がっていたようだけど、お母様だけは、こんな私のことも心から愛してくれていた。


けれどお母様は、私より二つ年下のレオンを生んで直ぐに亡くなっている。唯一、私を愛してくれていたお母様がいなくなってしまい、私は一人ぼっちになってしまった。


そして、お父様の私に対する当たりは、より厳しいものになった。


「おい、どこへ行く気だ。……何? モンリーズ伯爵家からお茶会の招待を受けている? だめだ。行くことは許さん。お前のような者が参加して、ローレンソン家の悪い噂が広まったりでもしたらどうするんだ」

「何だその反抗的な目は。……ああ、気味が悪い。本当に私の娘なのか?」

「お前は呪われた子だ。お前のせいで、母さんは死んだんだ」


私のような奇異な赤い瞳をした女は体裁が悪いからと、社交の場にもほとんど出してもらえない。食事は三食与えてもらえたけど、パンやスープといった簡素なものばかりだった。


跡取りとしてお父様の背中を見て育ったレオンも、いつからか、私を冷めた目で見るようになっていた。口を利くこともほとんどない。屋敷内で顔を合わせても、居ない者を見るような目で無視されることが常だった。


使用人たちにひどい扱いをされるようなことはなかったけれど、お父様に言いつけられているのか、業務をこなせば直ぐにいなくなってしまう。話し相手になってくれるような人は誰もいなかった。


独りぼっちの私がやることといえば、家に引きこもって裁縫や読書をしたりして時間をつぶすことだけだ。


――だけど、そんな退屈で無機質な日々に、転機が訪れた。


私が十六歳の誕生日を迎えて、数日が経った頃。

王宮の大神官様より、とあるお告げがあった。


『鮮血のように赤い瞳をしたうら若き乙女を招集せよ。その身に多大なる浄化の力を秘めている聖女は、国家を守る守護者となり、闇夜を照らす光となり、奇跡を顕現する存在となるだろう』


この国では、神託のお導きによって聖女が決められている。昨年、御年九十歳を超えていたリシュルム大聖女様が亡くなり、新たな聖女の座は空席のままだった。


聖女は王宮にて国のために尽くし、その身を捧げることになっている。


しかし王宮で何不自由のない生活ができるし、聖女としての職務を全うすれば、ある程度の自由も与えられると聞く。


この瞳のせいで家族から疎まれてきた私だったけれど、この神託を聞いたお父様と弟の態度は、がらりと急変した。


「お前は神からの祝福を授かって生まれてきた素晴らしい子だよ。さすが私の娘だ。きちんとお役目を全うしてきなさい」

「姉さんは、僕の自慢の姉さんだよ!」


私が聖女の力を目覚めさせることができれば、ローレンソン家には莫大な謝礼金が入ってくる。すでにいくらかの前金も貰っているはずだ。


子爵家とはいえど、辺鄙な土地で比較的貧しい暮らしをしていた我が家にとって、思いがけない幸運だと思ったのだろう。


二人の変わり身の早さには呆れてしまったけど、神託が下された以上、私は王宮に行かなくてはならない。


上機嫌のお父様と弟に見送られながら、私は迎えの馬車に乗って王宮へと向かった。



***


招集された赤い瞳を持つ少女は、私を含めて五人いた。


その中でも、ひと際美しく目を引く容姿をした少女は、アイリーン・シェバンヌ。チョコレートブラウンの髪に、燃えるように真っ赤な瞳を持った、勝気そうな美少女だ。


そんなアイリーン嬢は、私の姿を目にした瞬間、その端正な顔に困惑の色を浮かべた。


「貴女、何なの? ゲームで招集されていたのは四人のはず……どうして記憶にない子が……イレギュラーってことかしら?」


何かをぶつぶつ呟いていたかと思えば、一人で納得したように頷く。そして、にこりと愛らしい笑みを浮かべたアイリーン嬢は、気安い態度で挨拶をしてくれた。


「はじめまして。私はアイリーン。アイリーン・シェバンヌよ。貴女のお名前を伺ってもいいかしら」

「私はオリビア・ローレンソンと申します。どうぞ、よろしくお願いします」


アイリーン嬢は私より家柄の良い公爵家のご令嬢だったけど、身分など関係ないと言って、子爵令嬢の身である私にも優しくしてくれた。


そして、他の三人の少女はといえば――アイリーン嬢の美しさに嫉妬して陰で嫌がらせをしていたり、瞳の色が赤いと嘘をついていた(色変えの魔法薬を使っていたらしい)ことがバレて、お咎めを受けていた。


悪心を抱いていた者が聖女であるはずがないという判決を下され、三人は王宮より即刻家へと帰された。


残ったのは、私とアイリーン嬢だけだ。でも、私は自分が聖女などという大層な器ではないことが分かっていた。



「ねえ、オリビア。貴女は聖女になりたくて、この王宮へきたのよね?」


二人きりのお茶会の席にて。

アイリーン嬢にそう尋ねられて、私は首を横に振った。


「いいえ。私はただ、父と弟に送り出されただけです。そもそも、私のような、何の取柄もないつまらない人間が聖女なはずありません。本物の聖女は、アイリーン嬢だと思います」


私はぽつりと、本音をこぼした。

するとアイリーン嬢は、不敵な笑みをたたえて頷く。


「ええ、そうね。私もそう思うわ」


そう言いながら、シルクの手袋が嵌められた小さな手で、自身のティーカップに、とろりとした蜂蜜を加えてかき混ぜる。


物語(ストーリー)的に、そろそろ隣国の皇太子がやってくる頃なの。その時には私が聖女の座に就いていないと、物語が進まないでしょう? だからね……貴女には、この辺で退場してもらうわ」

「え? ……どういう意味でしょうか」


私の問いに、アイリーン嬢は答えてはくれない。にこりと愛らしい笑みを浮かべて、蜂蜜を混ぜた紅茶を一口飲む。


――次の瞬間、アイリーン嬢の身体が地面に倒れた。


「あ、アイリーン嬢!? 大丈夫ですか……!?」


慌てて駆け寄れば、苦しそうに呻いているアイリーン嬢の口角が、にやりと持ち上がったのが見えた。


「何事ですか!?」


椅子は倒れ、茶器が派手に割れた大きな音を聞きつけて、扉の前に控えていた兵士たちがなだれ込んでくる。


そして、地面に横たわっているアイリーン嬢を見て、目の色を変えた。


「これは一体……どういうことでしょう、オリビア嬢」

「え? あの、私は……」

「それより、まずはアイリーン嬢を! お前は医務官を呼んできてくれ!」


――こうして、気づけば私は、アイリーン嬢に毒を盛った罪にかけられていた。


無実だと主張しても、誰も信じてはくれない。

家にも、王宮にも、私の居場所など、どこにもなかったのだ。


本来ならば、聖女であるアイリーン嬢を毒殺しようとした罪で即牢屋行きになるところだったけれど、アイリーン嬢のご慈悲で、罪人としての罪は免れた。


家族にも、毒を混入したことまでは伝えられていないようだった。

その代わり、前金として家に送られていたお金は、全て没収されてしまった。


王宮から家に帰されれば、父からも弟からも、非難の言葉を浴びせられる。


生まれてこなければよかったと、存在さえ否定さえてしまった。


耐えきれなくなった私は、身一つで家を飛び出して森の中をさまよっていた。


(どうしよう。日も暮れ始めてきたし、このままでは死んでしまうかもしれないわね)


でも、それでもいいと思った。


こんな命、あったところで無意味だ。誰からも必要とされず、惜しまれることもない命なのだから。


「……何だ? 女がこんな薄暗い森に、何の用だ」


木の幹に寄りかかってぼーっとしていれば、茂みの奥から現れたのは、黒いフードをかぶった青年だった。気配を全く感じなかった。


――どう見ても怪しい。


反射で身構えてしまったけれど、どうせ死んでもいいと思っていたところだ。

もう、どうなってもいい。


そんな投げやりな思いで、青年の問いに答える。


「特に用はありません」

「それじゃあお前は、そこで何をしているんだ?」

「……特に、何も」

「ふーん。俺は別に構わないけど、もうじき日も暮れる。夜を縄張りにしている魔物どもも活動を始めるだろうよ。お前、喰われるぜ」


魔物に喰われる。

想像すれば恐怖で体は強張るけど、私が帰る場所なんて、もうどこにもない。


「私には……帰る場所がありません。もう、生きている意味もないんです」

「へえ。だから魔物に喰われてもいいってか。お前、だいぶイカれてるな」


青年は馬鹿にしたように鼻で笑った。


――何も知らないくせにって、沸々と怒りがこみあげてくる。


だけど言い返したところで、どうしようもない。


私が彼のことをまるで知らないように、彼もまた、私の生い立ちや抱えてきた思いなんて、何一つ知らないのだから。


それを理解してほしいと喚いたところで、それはただの押し付けになってしまう。


だから私は、特に言い返すこともなく、そっと口を閉じた。


「……ああ、そうだ」


黙り込んだ私をじろじろと不躾に見つめていた青年は、何か閃いたような顔をして近づいてきた。


「それじゃあ、お前の命を俺にくれよ」

「……命は、はいどうぞとあげられるようなものではないと思いますが……」

「でも、その命はいらないものなんだろう? どうせ捨てるなら、俺が使ったほうが効率的だ」


効率的ってどういうこと? 人の命をもの扱いしてくる男に少しだけ腹が立ってきたけれど、言っていることは、まあ間違ってはいない。


「……分かりました。私の命、貴方に差し上げます」


――もうどうにでもなれ。

そんな投げやりな思いで承諾すれば、青年はにやりと笑って私を横抱きにする。


「きゃっ。あの、何をして……!」

「俺はラミレス。魔塔に住んでいる」

「魔塔に? ということは、貴方は……」

「俺は魔塔主だ」


魔塔とは、魔法使いたちが住まう、魔法を研究している機関のことだ。


魔法は誰もが使えるわけではない。戦争といった武力の面においても圧倒的な力を持っている魔法使いという存在は、人々から畏怖の念を向けられてきた。


敬われることもあれば、強大すぎる力は危険だと、迫害されていた歴史もある。


そんな魔法使いたちを守るという意味でも、王宮機関にも属さない、独立した組織である魔塔が存在している。


そんな魔法使いたちの頂点に立つ者が、魔塔主だ。


国一番の魔法使いだと言われている魔塔主は、すでに何百年も生きているご老人だとか、屈強なドラゴンを呪文一つで倒すことができるとか、闇の魔法を駆使して王宮を支配する計画を目論んでいるとか。


そんな噂があちこちで飛び交っているけれど、真実は誰も知らない。


そんな噂の的である魔塔主が、目の前の青年だとは――俄かには信じられなかった。


「お前、名前は?」

「私は……オリビア・ローレンソンと申します」

「オリビアだな。お前の瞳……めずらしい色をしているな」

「真っ赤な目で、気持ち悪いですよね」

「気持ち悪い? どこがだ。むしろよく熟れた林檎を彷彿とさせて、美味そうだ」

「……ラミレス様は、そういったご趣味がおありなんですか?」

「比喩に決まっているだろう、馬鹿が」


ラミレス様に小突かれる。


「私、この目のせいで、忌み嫌われてきたんです。ですから……そんな風に言われたのは、初めてです」

「へえ。くだらない人間どもの価値観はよくわからんな。つーか俺の瞳も、お前と同じ赤色だぞ」


ラミレス様が、顔を覗き込んでくる気配がする。あえて下げていた視線を恐る恐る持ち上げてみれば、そこでようやく、ラミレス様と目が合った。


間近で見たラミレス様は、艶やかな黒い髪に、私と同じ赤い瞳を持った、美しい顔立ちをしていた。


自分の顔を鏡で見ても、赤い瞳に憂鬱な気分になることしかなかった。


だけどラミレス様の瞳はルビーのように輝いて見えて――私は生まれて初めて、嫌いだった赤色を、とても美しい色だと感じた。



***


魔塔で暮らしながら、ラミレス様のおそばで雑用をこなしつつ、魔法について勉強する日々が始まった。


ラミレス様と出会って直ぐに分かったことだが、どうやら私は、魔力をこの身に宿していたらしい。つまり、魔法を使える才を持っていたということだ。


ラミレス様は自由奔放な方だ。


急に温泉に入りたいと言い出して秘境の山に連れていかれたこともあれば、一人で黙ってふらりと姿を消すこともあったり。

魔法を教えてくれる約束をしていたのに、直前になって「気分じゃなくなった」と言われて、街への買い物に付き合わされたことだって、何度もある。


突拍子のない行動には振り回されてばかりいたけれど、ラミレス様と過ごす日々は全てが新鮮に感じられて、胸が高鳴った。とても充実していて楽しい毎日に、私はもう、自分の命がいらないなどと思うこともなくなっていた。



「そういえばラミレス様は、どうしてあの時、私の命をくれだなんて仰ったんですか?」


魔塔で暮らし始めて、半年が経った頃。


森に生息する魔物の生態の話から、出会った当時のことを思い出した私は、今なら聞けるかもしれないと思って尋ねてみた。


「……お前の瞳の色」

「私の赤い目のことですか?」

「ああ。瞳の色が濃く透き通っている者ほど、強い魔力を秘めている場合が多い。だから、お前にはその素質があると思った。それに、ちょうど助手がほしいと思っていたところだったからな」

「……助手というより、雑用係という名のほうがしっくりくる気もするんですが」

「似たようなものだろう」


何冊もある分厚い魔法書を、指先をひょいっと動かすだけで棚に戻したラミレス様は、かけていた眼鏡をはずして椅子から立ち上がる。


「あとは、そうだな……オリビアの顔が、単純に好み(タイプ)だった」

「へ?」

「可愛いと思ったんだ」


ラミレス様は、真顔でそんなことを言ってきた。

不意打ちで褒められて、私の顔はじわじわと熱を持つ。


「か、揶揄わないでください!」

「別に揶揄っているつもりはない。俺は事実を述べたまでだ」


にやりと笑ったラミレス様が、私の頭をぽんと軽く撫でる。

――こういう意地悪な笑みが、ラミレス様にはよく似合う。


だけど、巷では悪評ばかり流れているこの人が、本当は心根の優しい人なのだということを、私はよく知っている。半年間、ずっとおそばで見てきたのだから。


だからだろうか。この表情が私に向けられているというだけで、否応なくときめいてしまう。ラミレス様に触れられると、それだけで、天にも昇れそうなほどに嬉しくなる。


「でもまあ、俺は顔が好みってだけの女を、ずっとそばに置いたりはしないけど」

「え? あの、それってどういう……」

「さあな? 自分で考えてみろよ」


やっぱり意地悪な顔で笑ったラミレス様は、私を期待させるような言葉だけを残して、部屋を出て行ってしまった。



***


魔塔内の図書室にて。ラミレス様に魔法薬学の分かりやすい本を選んでもらっていれば、現れたのは、ラミレス様の側近であるジェイムズ様だった。


「ラミレス様。国王陛下と聖女様ご一行がお出でです」


“聖女様”


その言葉に、私の心臓は凍り付いたようにひやりとする。


「……聖女様たちが、この魔塔にいらっしゃっているんですか?」

「そういえば、お前には知らせていなかったか? 三か月後に王都で開かれる祭りの際に、諸国から多くの来賓がくる。神託では、そこで聖女の浄化の結界を使用するようにとのお告げが出ているらしいが、今の聖女様は、どうやらまだ力を発現できていないらしい。そこで、もしもの場合を考えて、俺たちに力を貸してほしいと頼みにきたんだろう」

「書簡が何度か届いていましたよね? 国王陛下自ら訪ねてこられたのは、ラミレス様がお返事をかえさなかったからだと思いますが」

「面倒だったんだよ。チッ、まさか王太子自らやってくるとは。暇な奴らだ」


ジェイムズ様の最もな指摘に、ラミレス様は心底面倒くさそうに頭を掻きながら、扉のほうに向かっていく。


その背中を見送っていれば、足を止めたラミレス様が訝しげな顔をして振り返る。


……ん? どうして私をジッと見つめているのかしら。


「おい、何突っ立ってるんだ。行くぞ」

「行くってどこに……」

「王太子たちのところに決まっているだろう」

「えっ、私もですか?」


王太子のもとへ行くということは、そこに、聖女であるアイリーン嬢もいるということだ。


本音を言えば、行きたくない。だって私は――ラミレス様に、私の過去について、何も伝えていないんだから。


特に聞かれてもいないし、わざわざ言う必要もないと思った。それもあるけれど……もし、私がアイリーン嬢に毒を盛ったことがバレたとしたら。ううん、私は毒殺だなんて企ててはいないけど、あの時だって誰も信じてはくれなかったのだ。


ラミレス様だって、私一人の言葉より、他の大勢の証言を信じるだろう。


私の過去を知られたその時、ラミレス様に軽蔑されたらと思うと怖かった。だから、あえて黙っていたのに……。


ラミレス様は、黙り込む私の手をつかんで、応接間へと歩いて行く。


「あ、あの、ラミレス様! 私は行かなくても大丈夫です。国王陛下の前に、私のような者が顔を出すのは恐れ多いので……!」

「だめだ。お前も一緒にこい」


(あ、これはだめだわ)


有無を言わせぬ雰囲気に、ラミレス様の中での決定事項を覆すのは無理だと、早々にあきらめるしかなかった。


私は大人しく手を引かれるまま、ひらりと揺れる真っ黒なローブの裾を追いかけた。



***


「やあ、魔塔主殿。久しいね」

「これはこれは。王太子殿下自ら、こんな辺鄙な地にある魔塔までご足労いただき、ありがとうございます。よっぽど時間を持て余しているようですね」

「あはは、そんな暇な時間があればよかったんだが、こう見えて、僕もかなり忙しい身でね。それなのに、どこかの魔法使い様が書簡の返事の一つも寄こさないものでね」

「へえ、一体どこの大魔法使い様のことでしょうか」


にこにこと含みのある笑みを浮かべながらラミレス様と対峙しているのが、この国を治められる国王陛下。


ランドール・スフォルツァ殿下だ。まぶしい金色の髪に、緑色の瞳をした、美しく凛々しい顔立ちをしている。


「魔塔主様! お初にお目にかかります。聖女のアイリーン・シェバンヌと申します」


そして、国王陛下の隣に立っているアイリーン嬢は、頬を桃色に染めて、熱のこもった瞳でラミレス様を見つめている。


だけどラミレス様は、アイリーン嬢の挨拶を無視した。


「……はあ。さっさと要件についてくわしく話せ」


作り笑顔を消し去り、国王陛下に対してタメ口で、面倒くさそうに溜息を吐き出しながら要件をうながす。


「え? っと、あの……魔塔主様……?」


まさか無視されるとは思っていなかったようで、アイリーン嬢は口許を引きつらせている。けれどラミレス様の視線がアイリーン嬢に向くことはない。


そんなやりとりを、私は隅のほうで、息を殺しながら見つめる。


(このままバレることなく、お帰りいただけますように……)


そう思いながらジッとしていたのに――私の祈りは、天まで届かなかったようだ。


「あら? 貴女は……」


ばっちり目が合ってしまったアイリーン嬢は、私に直ぐに気づいたらしい。私と同じ赤い瞳が、驚愕の色に染まっている。


「オリビア嬢じゃない! 久しぶりね。まさか魔塔にいたなんて」

「聖女の知り合いかい?」


国王陛下が、アイリーン嬢から私へと視線を移す。


国王陛下とは、王宮への招集を受けた際、ほんのわずかな時間に謁見しただけだ。私の存在など、覚えていなくても無理はない。


……けれど、アイリーン嬢に毒を盛った令嬢の記憶ならば、しっかり残っているだろう。


「ランドール様もご存じのはずよ? ほら、私の紅茶に毒を仕込んだご令嬢よ」

「……そうか、あの時の……」


国王陛下は、私の赤い瞳を見て、納得したように頷いた。険しい顔で見つめられて身をすくめていれば、私をかばうようにして、ラミレス様が間に立ってくださる。


「おいおい、何だよその怖い顔は。男前が台無しだぞ」

「……魔塔主殿」

「何だ」

「そこにいる者は、魔塔にて暮らしている者なのか?」

「ああ、そうだ。俺の助手のオリビアだ」


ラミレス様が肯定すれば、国王陛下は苦い顔になる。


「魔塔主殿。一つ助言させていただくが……そこにいる者は以前、聖女に毒を仕込むという大罪を犯している。聖女の慈悲によって刑を免れ、家で慎ましやかな生活を送っているものかと思えば、まさか国一番の魔法使いである貴殿のそばにいたとは……驚いたよ。彼女は、魔塔主殿のそばにいていいような人間ではない。即刻解雇したほうが良いだろう」


――そばにいていいような、人間じゃない。


国王陛下の言葉が、胸に深く突き刺さる。分かっていたことだけど……それでも言葉にして突き付けられると、ダメージは大きい。


「……はあ」


国王陛下からの忠告に、ラミレス様はまた、面倒くさそうな溜息を吐き出す。そして、ルビーの瞳を私に向けてくる。


「……ってことだけど、本当なのか? オリビア」

「っ、あの……」

「今こいつらが話しているのは、事実なのかって聞いているんだ」


――どうせ、信じてもらえない。言っても無駄よ。また嘘を吐くなと、冷たい目を向けらえるだけ。


「……って、いません」

「あ? 何だって?」


だけど私は、ラミレス様が、こう見えてとても誠実な人であることを知っている。この人に嘘は吐きたくないし、誰からも信じてもらえなくても、ラミレス様だけには誤解されたくない。信じてもらうことを、あきらめたくない。


「私は、アイリーン嬢の茶に毒など仕込んでいません!」


はっきりと、事実を口にした。


「本当なんです。……信じてください」

「ああ、信じる」


ラミレス様は、私の不安なんて消し飛ばすかのように、迷うことなく即答してくれた。信じると言ってくれた。それがたまらなく嬉しくて、涙が出そうになる。


「――オリビアはこう言ってる。ということで、どちらの証言が正しかったのか。今ここで、真実を確かめてみようか」


ラミレス様が呪文を唱えれば、アイリーン嬢の首にかけられているクリスタルのネックレスが光り出す。


「え? な、何よこれ……!」


ネックレスはアイリーン嬢の首元を離れて宙に浮かび上がる。すると一筋の光が射して、真っ白な壁に何かを映し出した。そこに現れたのは……半年以上前、お茶会の席でのアイリーン嬢と私の姿だった。



“ねえ、オリビア。貴女は聖女になりたくて、この王宮へきたのよね?”

“いいえ。私はただ、父と弟に送り出されただけです。そもそも、私のような、何の取柄もないつまらない人間が聖女なはずありません。本物の聖女は、アイリーン嬢だと思います”

“ええ、そうね。私もそう思うわ”

物語(ストーリー)的に、そろそろ隣国の皇太子がやってくる頃なの。その時には私が聖女の座に就いていないと、物語が進まないでしょう? だからね……貴女には、この辺で退場してもらうわ”


そして、紅茶に自ら蜂蜜を混ぜたアイリーン嬢が、毒入りの紅茶を飲んで倒れこむ。



「――これは、どういうことかな? 毒入りの蜂蜜は、聖女様を嫉んだ令嬢が目の前でカップに混入し、それを聖女様が口にしたとの報告を受けていたのだが……今の映像では、聖女様が自ら蜂蜜を入れていたように見える」

「ち、違うんです、ランドール様!」

「それに先ほどの発言にも、不可解に思える点がいくつかあった。聖女……いや、アイリーン嬢には、改めて確認しなければならないことがあるようだな」


アイリーン嬢は血の気の引いた顔になった。体が小刻みに震えている。


「……あ、貴女が悪いのよ。貴女が……モブごときが、ヒロインである私の邪魔をするから!」


目が合ったアイリーン嬢が、私に向かってくる。


だけど、私の体から眩い光が放たれて、目が眩んだアイリーン嬢はその場に倒れこんでしまった。


その隙にやってきた王宮騎士によってアイリーン嬢は拘束され、ジェイムズ様の案内で別室に連行されていった。


「今のは……魔法?」

「お前のそれは、魔法じゃない。正しくは、聖女の力だ」

「え? 聖女の力って……」

「つまり本物の聖女は、さっきの勘違い女ではなく、オリビア、お前だっていうことだ」


ラミレス様の口から告げられた衝撃の事実に、固まってしまう。


(私が、聖女……?)


私が困惑している間に、ラミレス様と国王陛下が話を進める。


「まさか、本物の聖女様が魔塔に匿われていたとはね」

「匿ってやっていたんだろう。どこかの大馬鹿国王の目が節穴だったせいでな。いや、自分の目で見ることもせずに、他者の言葉だけを信じて見事に騙された、間抜けな国王と言ったほうがいいか?」

「それは……いや、その通りだ。言い返す言葉もないな」

「ふん」

「このネックレスも、魔塔主殿が仕組んでいたものなのか?」

「仕組んでいたわけじゃない。それは俺が作ったやつだが、気づいたら紛失していたんだ」

「紛失だって?」

「ああ。軽い守護の力と記憶媒体の魔法を込めたネックレスだ。試作として作ったものだが……魔塔に住まう誰かがこっそり持ち出して、金にでもしていたんだろう。大した魔法でもないし、悪用されて困るようなものでもなかったからな。別に構わないと思っていたが……まさか巡り巡って、偽物聖女の手に渡っていたとは」


ラミレス様が作っていた魔法具が、偶然アイリーン嬢の手に渡っていたおかけで、半年以上も前の記憶も、あんなに鮮明に映し出すことができたらしい。ラミレス様は大した魔法ではないと仰ったけど、十分すごい魔法だと思う。


「そ、それじゃあラミレス様は、私が聖女の力を秘めているってことを、はじめから分かっていたんですか?」

「ああ、そうだ」

「それならどうして、私が魔力を秘めているだなんて嘘を吐かれたんですか?」

「別に嘘を吐いたわけじゃない。聖女の力と魔力なんて、似たようなもんだろ。それに……聖女だって分かったら、お前は王宮のものになっちまうからな。少しでも、俺が独占していたかったんだよ」


ラミレス様は、私の銀色の髪をすくって惜しむように触れると、そっと手を離した。


「……でもまあ、それも終いだな」

「お終いって……」


ラミレス様の視線の先をたどれば、直ぐそばまで歩み寄ってきていた国王陛下が、深々と頭を下げてくる。


「すまなかった。貴女の話もろくに聞かずに、毒を盛った犯人だと決めつけた。僕が愚かだった。どうか許してほしい」

「へ、陛下!? あ、あの、顔をお上げください……!」


国王陛下自ら、子爵家の小娘ごときに頭を下げるだなんて、あってはならないことだ。御付きの騎士たちも困惑しているのが分かる。


「いいだろ、相手が国王陛下だろうが、謝罪はしっかり受け取っておけ。お前が傷つけられたことは事実なんだからな」


はじめは面白そうに傍観していたラミレス様だったけど、私があまりにも狼狽えていたからか、見かねて声を掛けてくれた。


「……分かりました。でも、こうして真実が分かってよかったです」


そう言って笑えば、顔を上げた国王陛下は目を見開いて、感心したような顔つきになる。


「貴女は、心根の優しい御方なのだな。……そんな貴女を糾弾した身である僕が、こんなことを頼むのは心苦しくもあるが……オリビア嬢には、これから王宮にて、聖女としての責務を果たしてもらいたい。代わりといっては何だが、何か望みはないか? どんな願いでも、僕ができるすべての力を以てして叶えると、今この場で約束しよう」


やはり私は、これから王宮で聖女として暮らしていかなければならないようだ。つまり、ラミレス様のおそばには……もういられない。それに、急に望みはないかと言われても、困ってしまう。


「こんな機会、二度とないぞ。金でも、豪華な服でも宝石でも、望めば何でも手に入るんだ」


ラミレス様のほうを見ても、助け舟を出してくれる様子はない。


私の叶えてもらいたい望み……そうだわ。一つだけ、お願いしたいことを思いついた。


「分かりました。私、聖女としての勤めを全うします」

「っ、本当か」

「はい。その代わりといっては何ですが、一つお願いがあって……できればこのまま、魔塔に住まわせてもらいたいんです」

「それは……」


国王陛下は、ラミレス様のほうを見る。


驚いたような顔をしていたラミレス様は、次いでその顔に、呆れたような笑みを浮かべた。


「おいおい、お前は聖女様になるんだぞ? こんな辺鄙な地にある魔塔にいるより、王宮にいたほうが贅沢な暮らしができるだろう」

「私は、贅沢な暮らしなど望んでいません。私が望むことは、ラミレス様のおそばにいること。それだけなんです。……だめでしょうか」


手が震える。声が震える。だけど、もうあきらめたくはない。

この人のことだけは、絶対に。


だから、もしだめだったとしても、後悔だけはしないように。

最後に気持ちを伝えておきたかった。


「……はー」


長い沈黙の末に聞こえたのは、大きな溜息だ。


「ったく、お前は本当に馬鹿だな」

「ば、馬鹿って……」

「いいぜ」

「え?」

「俺のそばにいたいんだろう? 仕方ないから、このまま面倒を見てやる」

「っ、本当ですか!?」


ラミレス様に承諾してもらえて、思わず嬉々とした声を上げてしまった。だけど、国王陛下はどうだろう。本来なら、聖女は王宮に住まうものと決まっているのだ。


反対されるかもしれないと身構えていたけど、国王陛下は私が魔塔に住むことを、あっさりと認めてくれた。


「僕としても、聖女様が魔塔に住まわれるのは大賛成ですよ」

「え? どうしてですか?」

「魔塔主殿のそばなら、聖女様の身の安全も確保できる……それに聖女様がいてくださったほうが、何かあった際、魔塔主殿に協力を仰ぎやすくなる」


にこりと笑った国王陛下に、ラミレス様は眉を顰める。


「ったく、喰えない奴だな」


そして国王陛下御一行は、拘束されたアイリーン嬢を連れて、王宮へと帰っていった。



「――で、オリビアはどうして俺のそばにいたいんだ?」


二人きりになると、ラミレス様にそう尋ねられる。……私の口から言わせようとしているみたいだ。ずるい人。


「ラミレス様のおそばは、安心するからです」

「へえ、それはまた。嬉しいな」

「だけど私は……安心するというだけで、ラミレス様のそばにいることを望んだわけではありません」

「つまり?」

「……その理由は、ラミレス様が、自分でお考えください!」


そう言ってやれば、ラミレス様はおかしそうに肩を震わせて笑う。


「何だ、この前の仕返しのつもりか?」

「はい。私ばかり翻弄されるのは癪なので」

「ふっ、そうだな」


一頻り笑ったラミレス様に突然抱き上げられたかと思えば、至近距離で見つめられる。


「オリビア、愛している。だから、これからも永遠に、俺のそばにいろ」


ラミレス様の言葉に、私の赤い瞳から、堪えきれなかった涙が零れ落ちた。


「……はい。いつまでも、おそばにいます」


初めて交わした口づけは、涙のせいで、少し塩辛かった。だけど胸の中は、これまで感じたことのない甘やかな幸福感で満たされていた。





――そして、オリビアの父親と弟はといえば。


オリビアが魔塔で暮らすようになってすぐ、ラミレスが二人のもとを直々に訪ねていた。それはオリビアを魔塔に迎え入れることを伝えるためだ。


はした金だが受け取れと言って、子爵家が使用人も含めて、三年は暮らしていけるだけの金を渡していた。

しかし相手があの大魔法使いだと分かると、父親は目の色を変えた。これはチャンスだと欲にくらみ、ラミレスに更なる金を請求したのだ。


「クズとはいえ、あいつの生みの親だ。最後の情けをかけてやろうと思ったんだが……クズ相手にそんな優しさは必要なかったようだな」


侮蔑のまなざしを向けながらでそう吐き捨てたラミレスによって、父親と弟の姿は、その場から忽然と消えてしまった。


国の東に位置する魔塔とは正反対の、西側にある辺境の奥地まで飛ばされていたなんてこと――オリビアが知る由もない話である。



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