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第五章:お箸と図鑑の、迷子な日曜日

数日後の日曜日。健太の中古車は、夢子の

指定した「秘境のカフェ」へと山道をトコ

トコ進んでいた。

「健太くん、あそこのパンケーキね、厚さ

が5センチもあるんだよ! 夢みたい」

「5センチ!? それは……。お箸で掴む

には、かなりの重厚感。攻略しがいがある」

夢子は助手席で、マイ箸ケースを剣士のよ

うに大事そうに抱えて、鼻を鳴らした。

「もちろんよ! あのふわふわを、指一本

触れずに攻略するのが私の夢なの!」


しかし……。

慣れない山道と、看板の見落とし。

健太の運転する車は、次第に細い林道へと

迷い込んでいく。

「……あれ? ナビが、道じゃない場所を

指してます……。おかしいな」

「えっ!? 健太くん、落ち着いて! お腹

空きすぎて、幻覚を見てるんじゃない?」


ガタゴトと揺れる車内。夢子の丸いお腹が

空腹で「グギュルルル」と山中に響き渡る

ような音を立てた。

「……パンケーキ……。私の、5センチの

ふわふわパンケーキが、遠ざかる……」

夢子は藁にもすがる思いで、後部座席の

マイバッグをガサガサと必死に漁った。

「……嘘。いつもなら、予備のポテチが

3袋はあるはずなのに! なんで今日に限

って、お箸専用の『つや出しワックス』し

か入ってないの!」

夢子のガッカリした姿に健太は小さく笑い

「それ、食べられませんからね。

油のこだわり、今日は裏目に出ましたね」

目の前にはカフェどころか、生い茂る緑と

切り立った岩場。そしてついにはガス欠

寸前で車が止まってしまった。


「……お腹、空きすぎて、もう動けない。

私、ここでお箸と一緒に、木になるよ」

「すみません……。僕のせいで。あ、でも

あそこに生えているのは、もしや!」

健太は、自分の図鑑を片手に車を飛び出し

茂みの中へガサゴソと突っ込んだ。


「これ、ノイチゴです! 食べられますよ!

あっちにはアケビもなっています!」

「えっ!? 食べられるの!? 本当に!?

まさに救世主……っ!」

夢子はガバッと起き上がると、カバンから

「エースの箸」をシュバッと抜いた。

「……夢子さん。それ、お箸で摘んで食べ

るんですか? 野生のイチゴを、ここで」

「当たり前よ! 野生だろうと何だろうと

指は汚さない! これが私の美学!」


夢子は震える手で黒漆の箸を操り、小さな

赤い実を一つずつ丁寧に、傷つけないよう

そっと摘み上げた。

「あむ。あ!甘いっ! これ、パンケーキ

よりずっと甘いわ!」


夢子のポチャポチャの頬が、幸福感で

ぱぁっと、お花が咲いたように輝いた。


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