20話 まだ描かれていない漫画
第20話 まだ描かれていない漫画
にいちゃんは、ふいに私に連絡を送ってくる。
その頃、にいちゃんは抗がん剤と闘っていた。
それでも、やっぱりにいちゃんはマイペースだった。
「53キロあった体重が46キロになったよ。この病気の5年生存率は4%なんだ。競馬で言うと大穴万馬かな。こんな奇跡があったらすごいなぁ。
また漫画が描けたら、壱果を可愛く描くからね」
「うん。とびっきりの美少女でお願いします」
そんな、くだらないやり取りをしていた。
笑って返事をしながら、
私の心の中は、少しだけ複雑だった。
台風の日、
「そっちは台風がひどいみたいだけど、壱果は大丈夫かい?」
そんなLINEが届いた。
当時、私は河川敷の目の前のアパートに住んでいた。
「車で避難したよ。避難レベル4の警告が出てるのに、前に大雨の日に兄貴が呑気に飲みに行ってたことがあって呆れたよ」
「兄貴は怖いもんなしだね」
思わず笑ってしまった。
抗がん剤と闘っている人の言葉とは思えないくらい、にいちゃんは、いつも通りだった。
にいちゃんは、私の名前は呼ぶのに、
私の兄の名前は呼ばない。
そして、にいちゃんは
私の兄には、相変わらず興味を示さなかった。
にいちゃんにとって、たった二人の姪と甥。
私は、にいちゃんの血を引いている。
漫画を描いてもらえていない代わりに、
今度は私が、文章として、にいちゃんのことを書いている。
あの頃の私は、まだ知らなかったんだ。




