終電と転生の朝
•この話は転生ものです
•多少恋愛描写があります
•現世の描写と転生描写が交互に出ます
・いじめや家庭内暴力など心が重くなる描写が出てきます、辛くなったらこの場から離れてください
人は、どれくらい頑張れば「もう十分だよ」と言ってもらえるんだろう。
社会人四年目の私は今日も、終電一歩手前の電車に揺られていた。
学生の頃に夢中になった乙女ゲーム――《ルミエール学園と運命の選択肢》。
あの頃は、画面の中の選択肢を選ぶだけで、誰かに必要とされる物語が進んでいったのに。
仕事と人間関係の疲れが重なり、帰宅途中の階段で足を踏み外した。
体が宙に浮く感覚――
それが最後だと思った。
そして次に目を開けたとき、私は見知らぬ空気の中に立っていた。
現世の記憶は鮮明に残っているのに、体は軽く、肌に触れる空気も新鮮だ。
校門の前には、春の光と同じ数だけの期待と不安が揺れている。
入学式の朝は、決まって空気が薄い。
まだ何者でもない一年生たちの期待と不安が校門の前で重なり合い、息をするたび胸の奥に引っかかる。
私はその中に紛れながら、今日という日が「始まり」になるのか、それとも「間違い」になるのかを、まだ知らなかった。
「……ふぁぁ、眠いな」
肩を落としながら歩く私の隣を、同じく新入生らしい子たちが通り過ぎていく。
みんな、初めての学園生活に胸を弾ませているように見える。
でも、私の胸の奥には違和感と疑問がくすぶっていた。
私はこの世界を知っている。
学生の頃に夢中になった乙女ゲーム――《ルミエール学園と運命の選択肢》だ。
見覚えのある背景、人々のデザイン
何より鏡に映った自分の姿はまさしくヒロインのミレイそのものだったから。
そしてこの華やかな世界とは正反対の「現世」の記憶が私にはある。
ブツリと途切れる前の記憶、私は階段から落ちたのだ
きっと「現世」の美玲はそのまま…
そして理由は分からないが乙女ゲーム――《ルミエール学園と運命の選択肢》の世界へと転生したらしい。
何度も見た校門を抜け、何度も通った廊下に張り出されたクラス表で自分の名前を確認する。
賑やかな廊下を抜けて教室に入り、自分の席に着くと、私の隣には1人の少年が座っていた。
このゲームに出てくるメインキャラクターは勿論知っている。
彼はゲーム内に出て来ていない、詳しく言えば背景には居たかもしれない。俗に言う【モブキャラ】
でもこの世界では名前のないキャラだって生きているんだ、私の生きてきた「現世」と同じように。
「えっと……ミレイです。よろしくお願いします」
小さく頭を下げると、隣に座る少年――カイル――も静かに自己紹介をした。
「カイルです。よろしく」
私はにっこり笑って言った。
「カイルって言うんだね。お隣同士、仲良くしようね」
その瞬間、カイルの瞳がわずかに大きく見開かれた。
驚きと戸惑い――まるで、得体の知れないものを見たような反応だった。
その様子を見ていた周りの生徒たちが、ささやき始める。
「え、あの人ってさ……」
「シッ!聞こえると面倒になるから!」
私は首をかしげて、小声でカイルに聞いた。
「え、カイルって、何か有名な人なの?」
カイルは信じられないものを見るような目で私を見つめた。
少し口角を上げ、皮肉めいた笑みを浮かべながら言う。
「俺のこと、本当に知らないの……?」
私は少し困ったように笑い、肩をすくめた。
「私、こういうの疎くて…ごめんね。」
するとカイルは、ほんのわずかだけ面白いものを見つけたような表情を浮かべる。
「知らないならそれでいい。俺はただのカイルだよ。よろしくな、ミレイ」
胸の奥に、ふわりと温かい感覚が広がった。
名前を呼ばれただけで、この世界に私は存在していると、こんなに小さなことでも、心は満たされるものなのか。
昼休み。
校庭で簡単なレクリエーションが行われる。
1年生はグループに分かれ、自己紹介と軽いゲームで交流する。
私は自然とカイルの隣に座った。
この数時間で気付いた事がある。
彼は普段無口で、周りと距離を置かれているように見える。
コソコソと聞こえてくる周りの話もあまり良い印象を持たれていないようだ。
私には、長い期間、孤独を背負っていることが、なんとなく伝わってきた。
「……カイルはさ、楽しい学園生活ってどう思う?」
私の問いに、カイルは少し驚いたように視線を向ける。
「……お前なら出来るんじゃないか」
簡単な返事だけど、その瞳はまた暗く冷たさを帯びた。
私も心の中で、現世での学生時代を思い出す。
決して楽しい学生生活では無かった。
少し不真面目になって楽しめば良かった、もう少し年相応に無茶してみたりすれば良かった。
もう一度手に入れたチャンスだ。
自分の理想の学園生活を思い描いた。
「じゃあ、カイルも一緒に楽しもうね」
カイルは、わずかに笑みを浮かべた――
その表情は、初めて誰かと同じ時間を過ごすことへの小さな期待と安心が混ざったようだった。
昼休みを過ぎた頃、1年生は校内案内の時間になった。
新入生としてまだ校舎に不慣れな私たちは、生徒会が案内役となり、各教室や施設を順番に回ることになっている。
ゲームの世界とは言えど平面でしか知らなかった学園内は広く、私も知らない教室も多々あった。
「こちらが図書館です」
案内役の上級生が説明をするたび、私は隣のカイルに小声で言った。
「すごいね、全部覚えてるのかな」
カイルはちらりと私を見て、わずかに肩をすくめる。
「まあな。こういうのは慣れだ」
そのとき、案内役の中に、生徒会のルシアンの姿が見えた。
この《ルミエール学園と運命の選択肢》において
正規ルートと呼ばれる攻略対象のキャラクターだ。
つまりはヒロインである私が恋に落ちる相手でもある。
魔力、知力、カリスマ性を備えた彼の異名は
「1000年に1人の逸材」「神の最高傑作」
姿勢よく歩き、上級生たちを引っ張るその背中に、カイルの視線が一瞬だけ止まる。
普段はあまり表情を変えないカイルが、わずかに硬くなったように見えた。
「……ここで、少しでも楽しもう」
私は心の中で自分に言い聞かせる。現世ではできなかった青春
体育祭や文化祭、友達と笑い合う時間
今度こそ、取り戻したい。
廊下を歩きながら、グループで簡単な校内クイズ大会が始まった。
問題は施設や学園にまつわるもので、観察力や知識を問われる。
「この図書室で一番古い書物は何だと思いますか?」
司会の上級生が問題を出すと、私たちは声を揃えて考える。
カイルはすっと手を上げ、静かに答えた。
「……『古代魔法学論集』です」
周りの生徒たちがざわっと驚きの声を上げる。
「どうして分かるの?」
私は目を丸くして尋ねると、カイルはわずかに口角を上げ、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「簡単なことだ」
この世界には魔法が当たり前のようにある。
この学園は魔法を正しく学び、コントロールする術を身に付け将来に役立てる為の学び舎である。
まだ入学時では魔力はあるが詳しい事は知らない者も多いのだ。
次の問題は少し難しい計算や魔法知識を含む内容だったが、カイルはすぐに答えを導き出した。
その正確さに、グループのメンバーは自然と拍手を送る。
その拍手の向こうで、1人の少女がちらりとこちらを見ているのが見えた。
少し目が合うだけで、なんとなく意地悪そうな雰囲気が漂う。
現世の記憶を辿り、ライバルキャラのクラリスだとすぐに思い出した。
私は軽く肩をすくめ、視線を逸らす。
そして、図書室を出て静かな廊下に二人きりになる瞬間があった。
私は笑いかけながら言った。
「カイルは凄いね!全然分からない事ばっかりだったけどカイルのおかげで今日は少しだけだけど楽しかった」
カイルはわずかに口角を上げる。
「……俺もだ」
今日は学校案内で全過程が終わりとなった。
全寮制の学園なのでこのまま上級生に連れられて宿舎へと戻った。
有難いことに1人1部屋で必要な物は揃っているようだった。
バフッとベッドへ倒れ込む。
本当にゲームの世界へやってきたんだ。
現世の私はどうなった?
いつか戻る事になるの?
一気に不安が押し寄せる。
私は、現世になんか戻りたくない…
今日の1日の事を思い返す。
自分から1歩を踏み出した。
カイルと言う友人も出来た。
たったそれだけの事で胸の奥がじんわり温かくなる。
それだけで、今日という日が
ゲームの世界に転生してしまったことが
「間違いじゃなかった」と思えてゆっくりと目を閉じた。
ゆっくり更新していきます。
キャラクターの深掘りも後々していきます。
読んでくれてありがとうございました。




