飛翔編
俺は戦闘機を手に入れた。
そいつは俺だけの戦闘機で、その戦闘機は俺だけのものだった。
そいつは俺の手なくしては単なるオモチャだったし、俺の手はそいつなくしては細く弱々しかった。
どこにでもあるようだったけれど、そのソフトグライダーは俺の戦闘機だった。
不死身の戦闘機だった。
それから不死身の戦闘機はボロボロになりながら幾度もの出撃に耐えて沢山の戦果を上げた。
滑り台から飛び立ち、ブランコを躱し、砂場に不時着しながらもダンゴムシやカミキリムシと闘った。
俺のソフトグライダーは世界一のソフトグライダーだった。
しかしそれほど夢中になって遊んだソフトグライダーも、成長と共に遊ばなくなり、遂にはどこにあるかも分からなくなってしまった。
俺は戦闘機を降りた。
俺の手は少しだけ強くなった。
高校卒業を間近に控えたある日、なんの気なしに散歩をしていたら例の駄菓子屋が目に入った。
あの薄暗い公団住宅も無くなって小綺麗な老人ホームが建ち、かつての陰鬱な雰囲気もすっかり無くなってしまった八幡公園周辺だったが、例の駄菓子屋だけは変わらず、ボロい佇まいを残していた。
俺自身もすっかりコンビニ店に慣れてしまい、食べるお菓子も駄菓子からスナックに変化していっていたので、駄菓子と言う響きに久しぶりな感覚と新鮮さが同時に頭の中を駆け巡った。
開け放たれた引き戸から中に入ると、急に自分が幼くなったかの様に思えた。
井草の匂いと蚊取り線香の匂いが混じり、店のすぐ奥にある和室に置かれたテレビからは大相撲の中継が聞こえる。
古い木の棚に置かれた駄菓子のラインナップは相変わらずで、少しだけ値上がりしている事が自分はもう高校生であると言う認識を保たせてくれた。
「いらっしゃい」
駄菓子屋のババアは大きく曲がった腰で和室の奥から出てくると、俺を見るなりまたあの上品な笑顔で「よく来たね」と言った。
「覚えてるよ」
ババアは皺だらけの目を細めて笑う。
俺は何か気の利いた言葉を返そうとしが、胸につかえて頷く事しかできなかった。
「煙草かい、いいけどその制服で吸うんじゃないよ」
ババアは冗談を言って俺の緊張を解してくれている様だった。
俺は笑って首を横に振ると、りんご型ゼリーを手に取ってババアに見せた。
ババアは笑って当時の10倍近い値段を言って「高くなっちまったね」と寂しそうに笑う。
俺は財布を開いて万券を渡した。
ババアは少し驚いた表情を見せたが、またすぐに例の笑顔に戻ってゆっくりと立ち上がると「待ってな、いまお釣りを渡すからね」と言って和室の奥へと進んでいった。
「全く、大きくなっちまったねぇ」などとブツブツ言うのが聞こえる。
俺はお釣りを受け取らずに帰るつもりだったが、ふとソフトグライダーに目が止まった。
手を伸ばして、薄くて軽いパッケージを眺める。あの日にやったドッグファイトを思い出す。
「そんなオモチャじゃ仕方ないだろう」
振り向くとババアが間口に立っていた。
「こっちに来な」
ババアは俺を呼び、小さな鍵を渡した。
「……これは?」
「その時がくればわかるさ」
ババアは上品な笑顔で言った。




